記憶と引き換え   作:たかすあばた

1 / 5
目覚め

目が覚めると、見慣れない風景だった。周りを見渡すと、やはり見慣れない壁に、天井。自分は床に寝転がっていたらしい。起き上がると、体に激痛が走った。どこか痛めているのか?記憶の糸を辿るが、何も出てこない。そうだ、ここは何処だ?俺はいったい…

 

俺は誰だ?

 

「大丈夫ですか!」

聞こえた声に振り返ると、長い黒髪の美しい、メガネの女性が立っていた。

「申し訳ありません!私の監督不行き届きですのでどうか瑞鶴は、あの子は解体しないであげてください!お願いします!」

 「お、落ち着いてください!貴方の言っていることがわからない。解体?ここは一体どこなんです?」

 「ここは…し、執務室です。提督の…」

 「提督の執務室…じゃあここは海軍の鎮守府か?なぜ俺はそんなところに…」女性が目を丸くして俺の顔をのぞき込む。

 「まさか…記憶が…?」

 

 それからしばらく、「大淀」と名乗ったその女性とともに、記憶の確認をした。どうやら、瑞鶴という艦娘に爆撃を受けたショックで記憶喪失になったらしい。もっとも、自分が提督であるという記憶や過去の思い出など部分的な記憶の喪失で、艦娘や深海棲艦、計算や一般教養などの知識は残っているようだ。

 「でも、海軍の施設が何でこんなにボロボロなんですか?修繕に回す費用もない程に切迫して…」

 「貴方のせいです…」

許せない。

「私たちを使い捨ての兵器としてしか見ず、使えない者は切って棄て、大事な仲間たちを何人も犠牲にしておきながら!記憶がないから何もわかりません?良くそんな都合のいい口が叩けますね!手柄に欲を出したあなたの無茶な進撃に付き合わされて!どれだけ私たちが…私たちが…!」

大粒の涙を流しながら大淀は訴え続ける。提督は信じられないことを聞いているかのように目を丸くしていて、それが大淀のやるせなさを増長させていた。

「卑怯な男…!」

大淀が乱暴に閉めていったドアを、呆然と見つめていた。俺が、そんなひどい男だったとは。そんな自覚は全くない。しかし、恐らく…いや、間違いなく自分がやってきたこと。視界の隅に映っていた机を漁ると、その証拠は次々に出てきた。

所属する艦娘に対して過剰なほどに削減された食費。溜め込むだけ溜め込んで、まるで手付かずの燃料、鋼材、バケツその他諸々。そうして搾り取った分、膨れ上がった自分のポケットマネー。

艦娘のことは、知識だけだが知っている。海に突如現れた深海棲艦を唯一打倒し得る力を秘めた、人類の味方。その容姿から、一部からは女神とも称される。兵器の様でありながら、人間の様でもある神秘の存在。感情を持っていることは、先程の大淀の様子から見て火を見るより明らかだ。

そんな彼女たちの生活や心を顧みず私腹を肥やし続けたのが、俺だ。俺なのか。そこまで思い立った瞬間、怒りの矛先を見失い、力任せにその腐りきった書類をそこら中にばらまいた。

書類が床一面に散らばったころに、ふと視線に気づく。少し空いたドアの隙間から少女が俺を覗いている。背丈から見て、駆逐艦。執務室から唸り声でも漏れていたか。目を合わせると、鬼でも見たような怯えた表情で逃げ去ってしまった。

今のが、俺と艦娘の今の関係性か。

 

変えなければ。執務に取り掛かろうとした、その時だった。爆音とともに扉が吹き飛んだ。煙の中から現れたのは、軽巡洋艦。知識として知っている。天龍と龍田だ。

「よう提督。記憶がないんだってな?」

「そんな状態でもお仕事しようなんて、熱心なのね~」

口元だけが笑っていた。机の前で立ち止まると、俺の胸ぐらをつかみ上げる。艦娘の腕力で、人ひとりの体重はいとも簡単に椅子から浮かび上がった。

「執務にも支障が出るんじゃねえか?記憶を戻す手伝いをしてやるよ」

「少しだけご一緒くださるかしら~」

これから何が始まるかは、予測がつく。が、逃げる気はなかった。

 

廊下の奥まった隅で、俺は床に押さえつけられた。天龍姉妹のほかに、長門、摩耶、深雪が集まっていた。

「ほら、何か思い出さねえか?口答えした俺を、お前はこうやって蹴とばしたんだ!」

腹に鋭い一撃が入る。一撃で気を失わないようある程度加減しているとはいえ、艦娘の力は人間の比ではない。腹からこみ上げてくるものをこらえ、細い呼吸をしていると、今度は頬を片手でわしづかみされ、持ち上げられた。脚が床から離れ、首から下がだらんとぶら下がる。

「貴様はよく私たちとスキンシップしていたな。反抗的な口をこんな風に抑えて!」

ビッグセブンの拳が鳩尾に入る。俺は床に激しく放り落とされてから、胃の中身をぶちまけた。

「はっ!きったねー!」

脚が、拳が、体中に叩き付けられる。その痛みを歯をくいしばって耐えた。彼女たちの受けた心の痛みは、こんなものではない。こんなもの、可愛いくらいだ。1分か、10分か。時間の感覚がわからなくなってきたころ、満足したのか天龍達は去っていった。壁に手をつき、どうにか立ち上がる。

変えなければ、この鎮守府を。朦朧とした意識の中でその使命だけを燃料に、きしむ体を執務室へと運んだ。

 

 

蝶番が壊れ、穴にドアだった板を立てかけているだけになった執務室。大淀と、顔中に痣を作った提督が机を挟んで向き合う。

「これは…」

「見ての通り、修正案。まずは食費と出撃回数の改善だ。」

「償いのつもりですか?今更こんなことをしたって、皆のあなたへの評価が覆ることはありませんよ」

「気にしないよ。鎮守府に必要なのは皆なんだ。俺じゃない」

「気持ち悪いです。ハッキリ言って」

「どうとでも。これからは大破進撃は禁止ね。戦場における最終決定権も、現場の旗艦に一任する」

「ハッ!ほらそうやって、結局責任を私たちに押し付ける気じゃないですか!」

「違う、決定権を与えた俺の責任だ」

「自己犠牲ですか?そんなことであの子たちの心が揺らぐとでも?」

「ほら、それとスケジュール案。皆には執務室には近づかないように伝えて」

「ご心配なく、ここに近寄りたがる子なんてここには誰もいません」

「そ。じゃ、皆に伝えて」

「失礼します」

艦娘たちの間には混乱が走った。食堂への予算増、過剰と言えた出撃回数の激減、週1の休暇。一部艦娘が一体何事かと問いただそうにも、提督は面会を謝絶。艦娘たちが提督の顔を見ることを最小限に抑えられるシステムを取り、ストレスを軽減した。

「間宮さん、これ、食べていいの!?」

「え、ええ…とりあえず、今月は食事の心配はしなくていいみたいなの」駆逐艦たちは素直に喜ぶが、天龍をはじめとする多くの艦娘は、不信感をぬぐえなかった。

「いったい何企んでやがるあのクズ野郎…」

「とりあえず、今は食べよう。栄養は補給できるうちに取っておかなくてはな。またいつ食堂の予算を削られるかわかったものではないからな」

天龍を中心とするメンツからの提督イジメは続き、黙認され続けた。

 

1か月を過ぎたころ。食堂に集まった艦娘たちに、大淀からある発表が伝えられた。

「本日より、皆さんに給料が支給されます。皆さんが毎日汗を流して稼いだお金ですので初めから皆さんに渡って然るべきお金ですが、くれぐれも計画的に使い、皆さんの生活に役立ててください」

遠回しに提督への不満を漏らしつつ、艦娘たちへの給与を開始した。

「おおー!このお金好きに使えんの!?」袋を開け、まず一番最初に大声を出したのは深雪。

「深雪ちゃん、さっき大淀さんも言ってたけど、くれぐれも無駄遣いはダメだよ。せっかく私たちが稼いだお金がこうして手元に戻ってきたんだから」

「わかってるって白雪!」

また、同日から建物の修繕が始まる。物置になっていた部屋が整理されるといくつかの空き部屋が生まれた。数週間後。

「本日より、2階の物置となっていた二部屋が一部屋に統合され、多目的スペースとして開放されるそうです。もしも設置したい設備等があったら私に言ってください。私の方から提と…予算を申請します」

「はいはーい!わたしマーガレット読みたい!」

「ジャンプ読みたい!ジャンプ!」

まだ、提督イジメは続けられている。大淀は執務室に入ることなく、穴に括りつけられたドアの残骸の隙間から渡される書類だけで提督とやり取りしている。あれ以来、提督の姿を直接見てはいなかった。

 

少しずつ改善されていく、鎮守府。提督の顔を見ることもなくなり、この変化に喜ぶものは少なくなかった。しかしこの変化が、新たな「歪み」を鎮守府にもたらしていることに彼女たちは気づかなかった。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。