落第騎士の英雄譚~規格外の騎士(アストリアル)~【凍結】 作:那珂之川
“葛城八葉流”―――解りやすく言えば、総合武術とも言うべきもの。八葉流の本質は無手・武器の如何を問わず、“常軌を逸した戦術や戦法を想定”するという前提の下で最善の一手を打つための武術。そんなコンセプトを持つ時点で他の多彩な武術とは既に一線を画している。
ただ、一般的に知られる“葛城八葉流”はその本質を隠している。大衆のみならず、一般の伐刀者に対しても門戸を開いており、そこで教えられるのは“表八葉(おもてはちよう)”。表があれば当然裏もあり…その特性故に葛城家の人間のみしか扱いこなせない“裏八葉(うらはちよう)”も存在する。先ほど述べたコンセプトは裏八葉が持ちうるもの。
当然翔もその武術を扱う人間の一人であり、明茜もまた裏八葉を使いこなす伐刀者の一人。とはいえ、裏だからと言って表が勝てない訳ではない。才覚があっても努力が伴わなければ、“八葉流”を極めることなどできないのだから。当然、そこには表も裏もない。
「―――で、まだやるか?」
「ま、まだ、やるに、決まってん、でしょ……」
「滅茶苦茶疲労してるんじゃないですか、優紀ちゃん。」
呆れたような表情をしつつ『叢雲』を持つ翔、息を荒くしてても霊装を握る手は緩めることもなく、なお挑もうとする優紀、疲れたような表情を浮かべている明茜。三人は出会った場所ではなく、八葉流の道場に移動していた。その理由は単純明快で、優紀が
『あれは不意打ちだったからノーカン!久々に会ったんだから、手合わせしなさい!一年前とは違うんだからね!!』
『……ゴメン、お兄ちゃん。止めれなかった。』
『明茜が謝らなくていいと思う。こういう性格というのはよく知ってるから。』
と言い出したことだった。翔の両親が住んでいる家と優紀の両親が住んでいる家が隣同士と言うことから、優紀がどういう人間なのかを一番よく知っている。彼女は幼い頃から伐刀者としての才覚を発揮しており、明茜も同様であった。周りが伐刀者となる中で、魔術の才能が目覚めなかった翔ならば勝てると意気込んではいつも負けていた。
普通ならば考えられないことだろう。能力を持たないものが伐刀者に勝つことなど。誰に聞いても、「そんなことなど、天地がひっくり返ってもあり得ない」ことだと殆どの者が口をそろえるだろう。……だからこそ、翔は人よりも厳しいノルマを課し続けてきた。その結果として並の伐刀者相手ならば、剣術のみで圧倒出来るにまで成長した。尤も、翔の持つ魔術に頼らない特技による部分も大きいのだが。
さて、紹介を忘れていたが……滝沢優紀(たきざわ ゆうき)―――固有霊装は二丁の
……ただまぁ、これは純粋に武術での手合わせなので、能力の仕様はご法度。万が一能力を使った時は
「優紀ちゃん。『また』能力使ったら、夕飯のおかず一品減らすからね!」
「か、堪忍してつかぁさい。」
「やれやれ、だ。」
結果として、今日の手合わせに関しては翔の15勝1敗―――敗北は優紀が能力を使ったため。本来なら優紀の反則負けなのだが、翔は「それも優紀らしいから」と言う理由で反則にしなくていいと明茜に言った。そんな甘いところも翔が持つ強さなのだと、明茜は思った。当の翔本人はそのことに気付いていないが。何せ、翔自身曰く『親切を押し付ける捻くれ者』と言ってしまうぐらいに。まだやれると優紀は固有霊装を構えるが、この手合わせの終了を告げるかのように女性が優紀に近付き
「お客さんに何をやってるのよ、優紀ちゃん!!」
「きゃん!?」
「あ、お祖母ちゃん。」
「もう、明茜ももっと主張してもいいのよ。って、翔じゃない!」
「久しぶり、お祖母ちゃん。で、正直助かった。……当の本人は床にめり込んでるけど。」
振るわれた手刀は優紀を床にめり込ませるほどの威力。それを振るった女性―――翔や明茜にとって祖母に当たり、武蔵の妻である葛城初音(かつらぎ はつね)その人であった。どうやら、夕食の準備が出来たのに戻ってこない三人を心配して道場にまで足を運んだようだ。それを指し示すかのように、道場の窓の『色』はすでに夜を指し示していた。
「うきゅうぅぅぅぅぅ……」
「もう、力技はいいんだけれど、直すの大変だよ、これ。」
「大丈夫よ、これぐらい優紀ちゃんにやってもらうわ。」
今更ながらに、普通ではない家系に生まれ育ったことは色々と気苦労を生んでいることに翔は頭を抱えたくなった。とは言っても、翔当人もその一人に含まれるのであるが。ともかくめり込んだ優紀を床から引っこ抜き、先に手合わせを終えた武蔵と一輝の二人と合流する形で夕食と相成り……その後は、葛城家の立派な浴場で翔と一輝は汗を流していた。
「にしても、一輝も大分安定するようにはなってきたな。この前は三分位もたせられたっけ。」
「あの後はいつも通りだったけれどね。少なくとも、翔には感謝しないといけうわっぷ!?」
「謙遜するのも結構だけど、まずは魔力制御をきちんと極めろ。……ま、言わなくても解っちゃいると思うが。」
「それはもう、武蔵さんと手合わせしたら嫌と言うほど思い知ったからね。」
魔力量が少なくとも…いや、少ないからこそ魔力制御は活きてくる。それは目の前にいる葛城翔と言う
「言っておくが、只で負けてやれるほど安くはないぞ?」
「それは僕も同じだよ。」
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『彼は黒鉄家に対して何をしたのか』……聞けば教えてくれるとは思うが、流石に個人的事情のことを聞くのは気が引けるというのもある。彼から今までに聞いた話も嘘偽りないものであると、その時の彼の瞳を見て確信している。……いや、一輝には解っていたのだ。それを聞けば自分の中の何かが崩れてしまう――― 一輝自身の心がそう警鐘を鳴らしていた。自分の身内が、父がそのようなことをするはずがないのだと、信じたかったのかもしれない。
その翔本人はと言うと……道場で叢雲を構え、瞳を閉じて意識を集中させていた。そして、何かを確認すると叢雲をしまい、姿勢を崩して息を吐いた。
「何とか“四天”までは仕上げられたが……最低でも、来年度に変わる前には“六道”まで完成させておかないと。」
「ふむ、流石は親父が仕込んだだけの事はあるな。」
「あ、お祖父ちゃん。お邪魔しちゃったかな?」
「気にせんでええ。ここはお前の実家なのだから、遠慮せずに堂々として居ればいい。にしても、<迅雷>と<瞬雷>をその若さでそこまで会得しているのは、知る限りにおいては親父位と言った所だろう。」
「ある意味スパルタを通り越した鍛練だったけどね。」
そこに武蔵が姿を見せ、翔は真剣な表情を崩して苦笑を浮かべた。彼の言葉には武蔵も思わず笑みを零したほどだ。そして会話の中で出てきた特定の
「驕ること自体烏滸がましい、と思ってる。事実、魔術関連の才覚なんて身体能力強化で留まってるのも事実だからね。それに、俺のルームメイトはある意味“底が知れなさすぎる”から怖いと思う所もある。」
繰り返しの言葉となるが……普通ならば考えもしないこと、常人ならば躊躇ってしまうこと、魔導騎士における常識―――黒鉄一輝と言う人間は、それに真っ向から挑み続け、今もなお己と向き合い続けている。才能や力に胡坐をかけば痛い目を見るのは事実だし、一輝相手にそれをしてしまうのは“愚策”と言う他ない。出会ってから9ヶ月という短い時間ではあるが、彼という人間をこれ以上なく見て来たからこそ、彼と共に努力することを決めた。彼の親友として、ルームメイトとして……好敵手として。
「現状に妥協しないその姿勢……翔、その気持ちを常に忘れるな。尤も、わしが言わずとも解っておるみたいだが。」
「嫌というほど思い知ってるからね。」
―――例え、『運命』という限界があろうとも、そんな『運命』すら切り開く力を以て、己の生きる道を作るために。
ようやく原作8・9巻手に入れて読みましたが……やっぱ熱いわw
本作の零章に関しては、本作に関わってくる人の一端を紹介する意味合いも込めてのものです。そして、翔にはとある人物との戦闘シーンを原作編でやる予定です。
次で零章最終、登場人物たちの紹介を挟んだ後に本編に入ります。