落第騎士の英雄譚~規格外の騎士(アストリアル)~【凍結】   作:那珂之川

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#06 冬景色に舞う少女

学園は冬休みに入った。伐刀者の手前に一人の学生でもあるので、普通の学校に通う生徒同様に休みが与えられている。実家に帰省する生徒もいれば、学園に残って来年度の七星剣武祭に向けての鍛錬に励む生徒もいる…そんな中、翔と一輝は防寒具に身を包み、駅の玄関口を並ぶように出る。彼らの目に飛び込んできたのは、雪で固められた道や路肩に積みあがった雪山。見るからにも寒そうな雪景色を見て、これには一輝も苦笑を零す。

 

「流石に雪が多いね、この辺りだと。……にしても、まさかこんなところにまで足を運ぶことになるだなんて思っても見なかったよ。」

「普通はこんなところに来ることなんてないからな。よくて年に一回……先祖の墓参りぐらいだろうし。」

 

二人がやってきたのは東北地方の山麓にほど近い温泉街。観光客もそれなりには来るので交通の便は良い方だが、ここに来るのはせいぜいご先祖様のお墓参りぐらいであると翔は述べた。そもそも二人がここに来た理由は別に観光と言うことではなく、れっきとした理由がある。それは先日の『翔の祖父が一輝に興味がわいた』と言うことから端を発したものであった。流石に山にほど近いというのもあって、空は晴れているのに気温は氷点下。時折冷たい風が頬を伝うように流れていく。

 

「一輝、大丈夫か?」

「まぁ、これぐらいは大丈夫だよ。実家も冬は雪深いところだったし。」

「そっか。まぁ、無理してないならいいんだが。」

 

一輝の過去に関しては翔も一通りの事情を知っている。彼から聞いた話だけではなく、その話から“読み取れてしまったもの”も含めて。先程の言葉は決して強がっていないということは翔も感じ取れたので、深く追求することもなくゆっくりと歩を進める。すると、温泉街の饅頭屋の店主が翔に気付く。

 

「お、翔の坊ちゃんじゃねえか!隣はお友達かい?」

「お久しぶりです、おやっさん。ぎっくり腰は完治したみたいですね。」

「おうよ!あんま無理してまた怒られたら洒落にならんからなぁ。あんま引き止めたら親父さんに怒られちまうから、これ餞別な。」

「はは、ありがとうございます。おばさんに礼を言っておいてください。」

「ああ、またな!」

 

そういって受け取ったのは紙袋。重量からして結構な量の饅頭に翔は苦笑を零しつつ、その中から一個を取り出して一輝に差し出す。

 

「ほい、小腹埋め程度に一個。」

「ありがとう、翔。」

 

それに火がついたようなのか、通るたびに次々と声を掛けられる翔。その表情は苦笑に近いが、それでも嫌な表情を一つもせずに応対する姿に一輝はどこかしら羨ましそうな表情を浮かべていた。そして一通りの応対が終わる頃には、駅に降りた時にはリュック一つであった荷物が両手に袋を持った状態にまで発展してしまった。なお、饅頭の入った紙袋は一輝に預ける形となった。

 

「すまん、一輝。正直助かる。」

「はは、いつも助けられてる僕からしたら安い恩返しだよ。」

「そう言ってくれるだけでも感謝かな。」

 

駅を出て15分ほど歩いた二人は目的の場所に辿り着いた。そこは、見るからに和風の大きなお屋敷。その周囲を塀で囲んでおり、さながら江戸時代の武家屋敷という感じの場所であった。これには一輝も驚嘆の声を上げた。

 

「タイムスリップしたかと思うぐらいの場所だね。ここが?」

「ああ。父方―――『葛城家』の本家にして、『葛城八葉流(かつらぎはちようりゅう)』の総本山。数人の門下生はここに住み込んで鍛練してるんだ。さて、立ち話してると冷えるし、中に行くか。」

「えと、お邪魔します。」

 

流石に天候がいいとはいえ、気温が気温なだけに風邪をひかない保障などない。二人はゆっくりと門をくぐり、中に入る。だが、ここで二人は門に入った瞬間、彼等に向けられる殺気を感じる。その殺気の流れを読み取った翔は、一輝に向けて叫ぶ。

 

「一輝、“前に飛べ”!!」

「っ……!!(あれは、女の子!?)」

 

一輝は紙袋を落とさない様に飛び込むような格好で身体強化で一気に加速する。一輝がいた場所に突き刺さるのは刃。紛れもなく『幻想形態』の固有霊装。そして、それを振るったのは道場着を纏った人間。その人間を見た一輝はその人物が女性だということに内心驚く。

 

「この時期に道場破りとはいい度胸だな!ならば、私があい」

「道場破りかそうでないかと言う区別位……」

「え?」

 

二人を道場破りと決めつけるように言い放った少女。これを見た翔はわざと雪が深いところに片足を突き入れるように踏み込む。彼の言葉に素っ頓狂な声を上げるが、時既に遅し。

 

「つけろや、こんのボケェ!!!」

「うにゃあああああああああ!?」

 

『身体能力強化』を下半身に集中させ、体のひねりと同時に突っ込んだ片足を雪ごとその少女に向けるように蹴り上げる。雪とは言え、その塊は“氷”と同じ。流石に怪我を避けるために新雪の部分に留めたが、細かい氷のシャワーというか軌道が斬撃の衝撃波に近い代物は容赦なく少女に降り注いだ。一輝はその光景に一瞬唖然とするも、すぐさま翔のところに近寄った。

 

「だ、大丈夫!?翔もだけど、そこの女の子も」

「心配するな。軽く気絶してるだけだ。……とはいえ、荷物で余裕ないんだよなぁ。」

「そこを考えなかったの!?」

「カチンと来たので勢いでやった。反省はしてない。」

「そこはしようよ!?」

 

流石の一輝も翔のこの行動っぷりにはツッコミを入れずにはいられなかった。どうしたものかと翔が考え込んでいると、こちらに駆け寄ってくる一人の少女の姿。どうやら襲ってきたこの少女を探すためと言うか追いかけてきたのだろう。そして、翔にとってはその少女はよく知る一人であった。

 

「な、何なんですか!?………あ、」

「やぁ、明茜(あかね)。お探し物ならそこでのびてるよ?」

「翔、お兄ちゃん…!?」

「妹さん?」

「正確には再従妹だけど。年末年始はお世話になるから、よろしく。」

 

葛城明茜(かつらぎ あかね)―――翔の祖父の弟の家系であり、彼女の両親は物心つかない頃に死別。偶々幼い彼女を預かっていた翔の家でそのまま三女と言う形で養子として迎え入れた。姉二人とは異なってどちらかと言えば臆病がちな性格で、自分から進んで物事を引っ張るタイプと言うよりは、誰かのサポートに徹するタイプの人間だ。尚、明茜も魔導騎士を志しており、魔術の潜在資質で言えば兄弟姉妹の中で一番だろう、というのが翔の母親である絢菜の言葉。

 

「で、こっちが俺の友達でルームメイトの…」

「僕は黒鉄一輝って言うんだ。よろしく、葛城さん。」

「か、葛城明茜といいます!その、お兄ちゃんと被りますので、私の事は明茜でいいです。」

「解ったよ。改めてよろしく、明茜ちゃん。」

「よ、よろしくおねがいしまひゅ!あ、あう、噛んじゃいました。」

 

典型的な妹キャラと言う他ない。明茜にはこのまま真っ直ぐ育ってほしいものである。簡単にお互いの事を自己紹介した後、翔は紙袋を明茜に差し出した。この行動には首を傾げる明茜。

 

「明茜、済まないがこれ持ってくれないか?」

「え?それぐらいお安いご用ですけど、何かあったのお兄ちゃん?」

「忘れてるかもしれんけど、そこで気絶してる奴運ばにゃいけんからな。この場合は俺が運んだ方がいいだろう……着替えは明茜に任せるが。」

「って、何で気絶してるの!?」

「道場破りと勘違いされて襲われたから、ついカッとなって気絶させた。」

 

翔の簡潔な説明に納得したというか、彼女の性格を知っているだけにため息をつきたくなるような表情をしつつ、明茜は翔から荷物を受け取り、翔は気絶した少女を抱える。その体勢は言わずもがな『お姫さま抱っこ』の状態である。門をくぐってからの一連の流れに、一輝はポツリと

 

『決断、早まったかなぁ……』

 

とそう零したのを聞いたのは、本人以外いなかった。

 

 

葛城家本家に通された二人。着替えと言うことで明茜は先程の気絶した少女と別室にいる。そして翔と一輝はこの家の現在の主と炬燵に入りつつ話に花を咲かせていた。

 

「ハッハッハ!そいつは来て早々災難だったなぁ。」

「道場破りと勘違いされるだなんて思わなかったけれどね。≪剣士殺し(ソードイーター)≫あたりでもここに来たの?」

「二ヶ月ほど前だったがな。そん時はパンチ一発で強制的にお帰り願ったが。」

 

翔と話し込んでいる初老の男性。彼の名は葛城武蔵(かつらぎ むさし)。<六道の雷神>葛城左之助の長子にして葛城本家現当主兼葛城八葉流師範。彼もまた屈指の伐刀者であり、二つ名は<雷刃(らいじん)>。本人としては息子―――つまりは翔の父親に早く家督と師範の位を譲り渡したいものの、彼の立場を鑑みて未だにその立場にいる。幼いころはかの<サムライ・リョーマ>に師事し、彼の一番弟子として評価も高い。そんな経緯のせいで黒鉄家としては葛城家を下に見たがるのであろう。

 

「それで、君が黒鉄一輝君か。」

「はい、初めまして武蔵さん。」

「そう畏まらんでいい。成程、君の様な人間がいることには師匠もさぞ喜んでおるだろう。ああ、師匠と言うのは君の曽祖父のことだ。」

「龍馬さんのお弟子さん、ですか!?」

「ハハ、そう大それたものではないがね。」

 

笑い飛ばす武蔵ではあるが、英雄の弟子と言うことは色んな連中が目を付けてくるのと同義。だが、武蔵はそれを己の力で切り開いて今の地位を確立せしめた。だからこそ、魔術ではなく必要最低限の能力を徹底的に磨き続け、家に疎まれながらも自分を諦めない一輝に自分の姿を重ねたのかもしれない。

 

「折角の機会だ。よければ、このあと儂と手合わせしないか?誰にも頼らず己を信じ続けて磨いた力、それを肌で感じてみたくなった。」

「……それは願ってもないことです。宜しくお願いします。(翔、この人ってどれぐらい強い?)」

「(ハンデ込みの<千鳥>よりは確実に強い。後は自分で確かめてみろ。)じゃあ、俺はゆっくりしてるよ。」

「そうしたほうがいいだろう。尤も、そうならざるを得ないだろうがな。」

「???」

 

一輝はてっきり武蔵が翔とも手合わせするのかと思いきや、翔は早々にパス宣言をしてそれを見た武蔵も何かを感じ取り、一体何があるのか解らずじまいのまま、武蔵に連れられてその場を離れていく。そして残るのは翔……炬燵でぬくぬくしながら、皮を剥いた蜜柑を口の中に放り込む。すると、そこに近づく慌ただしい足音。そして勢いよく開かれる障子。そこに立っていたのは、誰の目から見ても『スタイルの良い美少女』と評価を下してもおかしくはない少女。流石に雪を被ったので私服に着替えているが…その後ろにはおろおろとしている明茜の姿がいた。

 

「だから、違うって言ってるでしょ、優紀ちゃん!」

「この私をあっさりと退けたのよ。黙ってられるわけ……ここねっ!!」

「……面倒事は未だ続くってわけね。やれやれだ……久しぶりだな、優紀。」

「は、え、………か、翔ぅっ!?」

 

翔と明茜の間にいるような立ち位置で、翔の姿に驚く少女―――彼女の名は滝沢優紀(たきざわ ゆうき)。翔にとっては幼馴染とも言うべき少女との再会。少なくとも、翔は穏便に済まないだろうと心の中でため息を吐いた。

 




あと2~5話ぐらいで原作に入ります。
幅大きくね?と思うでしょうが、モチベーション次第なのですw

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