落第騎士の英雄譚~規格外の騎士(アストリアル)~【凍結】   作:那珂之川

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#05 実力の本質

破軍学園の新たな理事長―――新宮寺黒乃理事長から全校生徒に提示されたのは“完全なる実力主義、徹底した実戦主義”。流石にいきなりやるというのは生徒の間でも戸惑いは見られたが、そんな意見など有無を言わさずと言わんばかりに破軍学園のレベルを向上させるための大胆な改革案を打ち出すこととなる。

 

七星剣武祭の代表選抜方式をランク選抜ではなく『実戦力選抜』に変更。高ランクの伐刀者はその才覚のみならず、あらゆる状況に即した判断力・認識力・行動力を要求される。とりわけそう言った基本が出来ずにランク重視の戦い方しかできないものが大半だ。これには現在の魔導騎士社会自体がランク重視になっているというのも問題なのだが。

 

黒乃は元とはいえ世界屈指の実力者。ランクだけで渡り合えるほど魔導騎士―――ひいては伐刀者として生き残ることなどできないということを誰よりも知っている。それは、現世界ランカーの一人でもある葛城摩琴も同意見。ましてや、学生騎士最強を決める祭典ともなれば、才能(ランク)のみならず、それをさらに磨き上げて己の力とする伐刀者など普通にいるレベルなのだ。この選抜戦にも勝ち残れない様では七星剣武祭を勝ち抜くことすら難しいであろう。

 

そして、その実戦力を磨かせるためのもう一つの改革案。それは、全寮制である破軍学園の部屋割りシステム自体を大幅に見直し、同学年・同クラスという括りはあるが、出席番号や性別に関係なく“()()()()()()()()”をルームメイトとして組ませることであった。実力差が近い者同士が近くにいれば、自ずと“ルームメイトよりも強くなろう”と意識を向けさせて切磋琢磨させる。

 

意図的に競争心を煽ることで学園全体のレベルを向上させるための黒乃の案。傍から見れば滅茶苦茶だろうが、やるからには本気でやらなければ七星剣武祭の頂である<七星剣王>を得ることなど夢のまた夢という話だ。それは翔にもよくわかっていた。だが、今の翔には一つだけ納得できないものがあった。それは、留年の事でも彼女の案に対しての文句などではなく、今置かれている状況であった。

 

「理事長、何で俺が留学生絡みの書類を処理しなけりゃいけないんですか。とりわけ今回のは国家にも関わるんですから、理事長の仕事でしょうに。」

「まぁ、いいではないか。魔導制御の基礎を『既に終えている』お前が授業に行った所で何も得るものはないだろう。ほれ、こっちの確認も頼む。」

「そうは言いますが、結局は楽したいだけですよね。理事長自身が。」

「否定はしない。」

「おい。」

 

理事長権限による書類整理の手伝い。ある意味職権乱用とも言うべき所業に巻き込まれた翔。それを差し引いても曲がりなりにも理事長に対する言葉遣いではないが、悪態をつきつつも黙々と作業をこなしている翔に対し、黒乃は笑みを零した。

 

実際のところ、黒乃の言ったことは間違いではない。魔導制御に関しては<六道の雷神>葛城左之助より一通りのことを学び終えているため、その証拠と言うか彼のステータスが魔導制御“A+”という世界でもかなり珍しい高さを誇る。大した魔力量を持たない彼がその評価などおかしいという人間も少なからずと言うか、桐原の流していた悪い噂のせいでかなり多いが……これに彼が持つ能力を加えると話は変わる。だが、彼は入学試験以来表立ってその能力を解放していない。単に説明するのが面倒なので使わないと言われてしまえばそれまでなのだが。

 

ちなみに、翔の姉である摩琴は実戦授業の関係でここにはいない。それとは別に翔のルームメイト絡みで彼女がその力を見るべく試合を組んだのだ。

 

「ハンデ付とはいえ、世界序列四位≪千鳥≫相手に一輝がどこまで食い下がれるか。……尤も、この仕事のせいで観戦に行けませんが。」

「お前といい、黒鉄といい、いわば“枠外”のような存在は極力隠しておきたい。七星剣武祭の選抜会で勝ち進めば、否応にもお前たちの存在を認めざるを得なくなる。」

「ま、その前に黒鉄本家からの『妨害』はそれとなく来そうではありますが。」

 

翔の放った懸案は黒乃にとっても想定していることであり、肩を竦めるようにため息を吐いた。自ら実家との関わりを断った人間に対して、家の面子だけという『あまりにも小さな理由』だけで容赦なく妨害する黒鉄家の人間は、翔にとっても悪い印象しか持たない。何せ、そんなくだらない理由だけで危うく家族をバラバラにされてしまう所だっただけになおさら、である。

 

 

 

「ただいま~……こりゃまた盛大に『アレ』使ったな。」

「おかえり、翔。うん……まぁ、そうだね。」

 

黒乃の手伝いを終え、数日分の食材を買い込んで部屋に帰宅した翔の目に飛び込んできたのは、下手するといつぶっ倒れてもおかしくない顔色を浮かべている一輝の姿。今日の放課後、それぞれの用事のため別れる前はあきらかに元気であったにもかかわらずだ。それにはちゃんと理由がある。それを知っているからこそ、翔はあまり心配はしていないが、ため息を吐きそうな表情を浮かべて一輝を見やり、それを見た彼は苦笑を浮かべた。

 

「ま、ハンデ付とはいえウチの姉とやり合ったんだ。で、結果は?」

「何とか勝てたよ。ギリギリだったけれど。」

「流石。夕飯はすぐ作るから、何だったら先に風呂でも入って体を休めておけよ。」

「はは、了解したよ。」

 

一輝は翔に頭が上がらない側面を持つ。それは、自分の戦い方に起因してくる。『常に全力』で戦っているものだから、試合後にその反動が出て家事とかが疎かになりがちになる。その辺りのフォローを翔が受け持っていた。

 

翔もそれに関しては苦ではなかった。何かと家を開けがちな二人の姉、両親も忙しいので自ずと自分が家の事と妹のことも面倒を見ることとなり、そうなると家事のスキルは否応にも上がることとなる。それは世界旅行の時も同様であった。摩琴に『女子力高いね』とか言われた時は流石にカチンと来たので『10分間低周波治療の刑』に処したが。

 

「ハンデありとはいえ、<夜叉姫>と互角に渡り合えるというのは間違いじゃなさそうだね。」

「戦いに関しては周囲が驚愕するぐらいの努力家だからな。強くなるためには“常識”から破壊していく人間だから。」

「破壊するところ間違ってないかな?」

「お前が言うな。」

 

強くなるためには『なりふり構わない』とか『手段を選ばない』とまで言う訳ではないが、摩琴は葛城の技に固執することを由としなかった。それは摩琴のみならず葛城家の人間に言えることであり、無論翔も例に漏れずその一人だ。

 

『<己>という殻を破ること、それが本当の強さを手にする一歩』―――葛城家が代々受け継いできた家訓の一つ。

 

世界には様々な武術が存在している。そういった武術を学び、己の力を取り込むことで唯一無二の力を磨く。葛城家に伝わる武術はその意味においても極めて珍しい性質を持った武術を今に伝えているが、これに関しては後々語ることとなるので割愛する。

 

 

そんなこんなで冬休みも近づいてきたある日、翔は一輝に尋ねた。

 

「一輝、冬休みは夏休みと同じように学園に残るのか?」

「まぁ、そうだね。帰るところなんてないわけだし。」

 

一輝は黒鉄本家との関係を断っている以上、帰省と言う選択肢などない。仮に帰れたとしても、絶対気分の良いものではないということは明白。翔もその辺りは解っているのだが、確認も込めた上でそれを聞き、その上で言葉を続ける。

 

「実は、ちょっと前に連絡した時、うちの父方のじいちゃんが一輝に興味を持ってな。一度会ってみたいらしい。」

「え?一体何を話したのさ。」

「初めは当たり障りだったんだが、『翔のルームメイトで、“黒鉄”となれば興味がわいた』とか言う理由だった。で、律儀にも一輝の分の旅費も同封してあったんだが……どうする?」

「流石にそこまでお膳立てされたら無碍にはできないね。折角の機会だし、お邪魔させてもらうよ。」

「了解。流石に場所とか解らんだろうから、俺も同行するわ。」

「済まないね、翔。正直助かる。」

 

何と言うか、一輝の性格など一言にも話していないにもかかわらず、ここまでの念の入れよう。旅費をあっさりと出すあたり、余程興味がわいたのだと翔は率直に感じた。ちなみに一輝には話さなかったが、翔にも久々に会いたいと書いており、今年の年末年始は久々に祖父母の家で過ごすことになるのが確定であった。尚、そのことは摩琴に話したところ

 

「あ~、その方がいいと思うよ。姉貴はお仕事モードだし、明茜(あかね)は元々あっちにいるし、父さんと母さんに至っては初日の出を拝むために富士山登るって言ってたし。」

「正月の天気吹雪じゃなかったっけ?」

「あの二人の前には天候すら退くレベルだと思う。」

 

とんでもないことが平然と会話の中に組み込まれているのだが、これが葛城家における“平常運転”とも言うべき有り様だ。多少ぶっ飛んだぐらいでは動じない強靭な精神を持っているというべきか、異常過ぎてそれ自体が平常に見えてしまうのか…どちらにせよ、常人には理解しがたい会話が繰り広げられているのは紛れもない事実であった。

 




うん、すまない。まだ零章なんですw

残るイベントは大まかに二つなので、それが終わり次第原作一巻に突入です。

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