落第騎士の英雄譚~規格外の騎士(アストリアル)~【凍結】 作:那珂之川
これでようやく選抜戦編終了です。
破軍学園の代表選抜戦は全ての日程を終了したのだが、現状代表となっているのは
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の無敗で勝ち進んだ六名。そのため、選抜委員会は現状十九勝一敗で勝ち残っている面々による一発勝負のトーナメントを急遽開催。元々実戦力重視という現学園長の意向に加え、七星剣武祭の本番―――個人戦では問答無用の一発勝負。本番も意識した残る二枠を巡って激しい争いが繰り広げられた。
「しかし……一輝も思い切ったことをしたな」
「今になって思うと恥ずかしいことをしたんだなって思うよ……それに対して後悔はしてないけど」
先日の一輝の最終戦の後、一輝とステラは公衆の面前と言うか全世界へ中継されている場所で堂々のプロポーズと言う大胆不敵さを発揮せしめた。あの時の騒ぎはこれだったのかと思うと、翔は苦笑しか出てこなかった。数日後、アストレア皇妃が一輝やステラの元を直接訪れ、例の騒ぎに関して直接会話を行い……王子と皇妃が帰国後、ヴァーミリオン皇帝からは『徒に大人の争いに対して子供を巻き込むな』と言いたげな印象を含みつつ、遺憾の意を発表。これによりスキャンダル問題は完全に下火となり、倫理委員会の委員長であった赤座はその責を問われる形で辞任させられた。
本来ならばその密接な上司でもある支部長も対象に入るはずだが、連盟総本部からのお咎めはなかったとのこと。その裏で恐らく自身の身内が関わっているのだと思うと、ため息をつきたくなった翔であった。
「で、あれだけの大さわぎを起こした結果、七星剣武祭の後に挨拶に来いって?」
「正直選抜戦終了直後とか言われなくてよかったけどね」
「そんなの流石に酷だってステラあたりが釘でもさしたんだと思うぞ」
スケジュールと言うか、学生でもある自分らの休みの時期を勘案すると……最も早く訪問できる時期がそこしかない事実も含んではいる。ともあれ、一輝はステラと共にヴァーミリオン皇国へ行くことが確定になったようだ……それは翔とエリスにも言えたことなのだが。
そして、選抜戦全ての戦いが終わった数日後、全校生徒は滅多に使われることのない体育館に集められていた。激戦とも言えた代表選抜戦を勝ち抜いた八名―――その顔ぶれは
「三年Bランク、東堂刀華」
―――昨年ベスト4の実績を残す<雷切>
「同じく三年Bランク、貴徳原カナタ」
―――目立った実績こそないものの、序列二位の実力者である<紅の淑女>
「一年Dランク、有栖院凪。一年Cランク、滝沢斗真。……は所用により欠席か」
―――技巧派とも言える<黒い荊>、全国入賞経験を持つ<音断の奏者>
「一年Aランク、ステラ・ヴァーミリオン」
―――今年度首席入学にして、同学年では稀有なAランクの実力者である<紅竜の戦姫>
「同じく一年Aランク、エリス・ヴァーミリオン」
―――次席入学ながらもステラに劣らぬ力を持つ<緋凰の皇女>
「一年Eランク、葛城翔」
―――常識外れた異能と卓越した剣術を振るう<閃雷の剣帝>
「一年Fランク、黒鉄一輝」
―――常に己の限界を超え続け、剣術を極めた異端の実力者である<瞬影の剣王>
壇上に立つ六名に加え、この場にはいない有栖院と斗真を加えた計八名が破軍学園の代表として選ばれたことを黒乃が告げると、生徒達からは拍手が巻き起こる。続いて今回の代表団の団長が発表となるのだが、ある意味予想が当たる形となった。
『今年の団長は一年Fランク、黒鉄一輝』
「えっ」
まぁ、当の本人が驚いてもおかしくはないだろう。とはいえ、<雷切>や<狩人>を始めとした名だたる実力者を打ち倒してきた実績からすれば当然の帰結とも言える。しかも、これは同じ代表である<雷切>東堂刀華からの要望でもあった。
「これは私だけでなく、ここにいる生徒達が決めたことです」
「解りました。団長の任、謹んでお受けします」
これには流石の一輝も断るということ自体失礼だと感じ、謹んで受けることとなった。
「これがお前のやってきたことの結果だからな、仕方ない」
「あはは………」
翔のその言葉には流石の一輝も苦笑しか出てこなかったのは言うまでもない。
その頃、所要によってその場にいなかった片割れ―――滝沢斗真は堤防沿いの道を一人で歩いていた。別に結団式に出席するのが面倒だったからというわけではなく、彼が怪訝そうな表情を浮かべているその様相を見れば、殆どの人が『面倒事を押し付けられたのか』と察してしまえそうなほどに解りやすかった。ふと、斗真は視界に入ってきた橋の下に人がいるのを見つけた。そして、偶然にも拾った“音”で、その人物が誰なのかを悟ると……斗真は静かにその人物へと近づいた。
「……珍しくサボりか? アリス」
「あら? 誰かと思えば斗真じゃない。そういうあなただって似た様なものじゃない」
「サボりじゃねえよ、面倒な呼び出し食らったんでな……で、だ。アリス……お前は一体いつまで『本当の自分』を隠し通すつもりだ?」
「……ふふ、一体何を言っているのかしらね?」
「しらばっくれるのはなしだぞ。俺の異能はアリスだって知っているはずだ。この期に及んで『戯言』などと言ったら、一発ぶん殴るぞ」
代表生の結団式を互いに休んだ人物同士。しかし、互いに代表になれたことを祝うような雰囲気ではなく、完全に一触即発とも言えるような雰囲気。彼の表情と言動を見た有栖院は……何かを諦めたように、息を吐く。
「全く、乙女に対して物騒な台詞ね……でも、今のところ気が付いているのは貴方だけのようだけれど」
そう話しつつも、有栖院は斗真が自身の異能に対することも鑑みた上で、位置取りをしていることに冷や汗が流れた。この状況下ではこちらが不利―――それを見抜いたのか、斗真が一言こう述べる。
「ま、俺の大切な人らを直接傷つけるつもりがないなら、このことは胸の奥にしまっといてやるよ。それでいいか?」
「……アタシのことを深く追及しないのかしら?」
「俺だってそこまでしてるほど好奇心旺盛ってわけじゃねえよ。アリス、まかり間違ってそんなことしたら、俺よりも先に翔の奴が戦闘不能にしてくるからな。んじゃ、珠雫に迷惑を掛けないうちに早めに戻って来いよ」
人間だれしも話したくないことの一つぐらいあるものだ。それを解っているからこそ、斗真は有栖院の抱えている現状には追及しない。有栖院も彼がそういう魂胆であるという旨に聞こえる言葉から、下手に対立したくないということを察した。言いたいことを言い終えたのか、斗真がその場を離れていくのを見た有栖院は……彼に向かってこう言い放つように声を発する。
「ありがとうね、斗真」
「お前にお礼言われる筋合いはねえんだけどな……」
代表団の結団式も終わり、一仕事終えた黒乃と絢菜。ひとまず一騒動は乗り超えたものの、本当の闘いはこれからであるということを魔導騎士としての勘が囁いていることに苦笑を零す。それは先日綾華から齎された情報もそうだが、奥多摩での巨人騒ぎの一件のこともある。
「―――で、だ。絢菜、向こうに合宿の打診は?」
「もう済ませてるよ。巨門学園側も快く引き受けてくれたし……ただ、それ絡みで一つ報告があるんだよね」
絢菜が言うには、受け入れの関係で破軍の代表生全員は難しい……というのは建前で、本音として手の内を全てばらすのは拙いということで、彼女の身内が勤務している関西の武曲学園にも合同合宿の打診をしたのだ。返事としては向こうからもいい返事が得られたということで、代表生の何人かをそちらに派遣する形となる。その上で、
「私としては一輝君、ステラちゃん、有栖院さん、刀華さんに翔を巨門学園に、カナタさんとエリスちゃんと斗真君を武曲学園に派遣したいと考えてるんだけど、問題ないかな?」
「おや、恣意的に二人を分けるとは……何だかんだ言って認めていないのか?」
「そういう魂胆じゃないよ。でも、互いに実力を伸ばすためにはこれが一番いいと思ったからね……一番の理由は優紀ちゃん絡みだけど」
翔とエリスの仲は無論絢菜とて知っている。だからこそ、彼女は彼等の実力を伸ばすための最善の案を提示したに過ぎない、と黒乃に向かって述べた。彼女の器を鑑みれば、この合宿も大きな糧になるであろうことは紛れもない事実であった。
「まぁ、摩琴の奴とは違って弁えている様だったからな。先程の発言は聞かなかったことにしてくれると助かる」
「ふふ、そういう容赦のないところは昔から知ってるわけだし、それぐらいは察してあげるのに」
「一応理事長兼お前の上司だからな」
ただ、絢菜自身懸念していることがある。それは武曲学園にいる翔の幼馴染のことだ。彼女の気持ちはよく解っているが、当の相手にその意識はないということ。そして、彼女の事はその知り合いが伝えている可能性もあるだけに、それがトラブルにならないことを少しばかり祈りたくなったのは言うまでもない。
そしてその数日後、時刻は午前三時―――まだ夜も明けていない時間、破軍学園内の敷地にある小高い丘でジャージを着た一人の少年が瞼を閉じ、静かに立っていた。しばらくすると、彼の周囲に迸る雷――本来は雷の色である黄色なのだが、それは次第に変化していき……水色に変わった瞬間に彼は瞼を開けた。そうすると展開していた雷も解除され、静かに息を吐いた。
「……これでようやく“七夜”までか。“八卦”ともなると、さらに踏み込むことになるから鍛練でできたとしても一日一回限りがいいところだな」
その少年―――翔は他に誰もいないところでポツリとつぶやく。そもそも、この鍛錬自体現在のルームメイトはおろか元ルームメイトにすら明かしていない。何せ、この技というか“この領域”は七星剣武祭決勝まで温存したいと思っている代物。それを迂闊にも見せるわけにもいかない。かといって、色々迷惑をかけるわけにもいかず……夜も明けていないこの時間に鍛練をしていたのだ。
一息つくと、彼はポケットから一枚の紙を取り出した。それは選抜戦終了後、新聞部である加々美に他校の代表メンバーを名前だけでもいいので調べてほしい、とお願いしていた。それを昨日の夜にこっそり受け取って目を通したのだが、改めてその紙を見返した翔は正直ため息しか出なかった。
「……はぁ、こりゃ一輝の事は悪く言えねえな」
そう呟いた翔は昔の記憶を思い起こし始めた。
『―――げぼぁ!?』
『詐欺を働いたのじゃから、これぐらいは当然。生かしておるだけ感謝してほしいものよのう』
五年前―――ヴァーミリオン皇国、クレーデルラント王国と旅をしていた翔と左之助が次に向かったのはフランス民主共和国。そこで、偶然にも体が弱い絵描きの少女と対面することとなった。その過程で腑に落ちなかった左之助は単独行動を起こした……結果としては、その少女から必要以上の治療費を巻き上げていたとして、左之助がその医者をフルボッコにしていた。後で聞いたところ、その医者は<解放軍>の<使徒>だったそうだが……
『……』
『え? 何?』
『モデルになって 私が描く絵のヌー』
『断る』
その関連でその少女からヌードモデルになってほしいと懇願されたが、自身のプライドを投げ捨てるような行為自体お断りであるということで、面白がる左之助を無理矢理説得して一路イギリス方面に向かった。万が一追跡されないよう全速力で振り切った。で、何故この話題が出るのかと言うと……その少女の名前が、加々美に調べてもらった他校の代表リストに載っていたからだ。つまり……
「はぁ、かったるい……俺も運がいいとは言えねえな、コレ」
まだこの学園に来ていないだけマシであると思いながら、本来楽しみと思っていたはずの七星剣武祭が不安しかないことに、それこそ本気で油断できない時間が来ることを半ば諦めていた翔であった。
―――七星剣武祭まで、あと一ヶ月。
次はいよいよ襲撃編ですが、そのあたりで主人公の強さの一端をお見せできれば、と思ってます。