落第騎士の英雄譚~規格外の騎士(アストリアル)~【凍結】   作:那珂之川

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#55 刹那の一瞬

選抜戦の最終戦―――すなわち、七星剣武祭の代表が決定するであろう大事な局面が翌日に迫った。そんな彼等の行動……とは言っても、別段変わるわけではなかった。

 

「ふっ!!」

「せいっ!!」

 

いつも通りに中庭で伐刀絶技抜きの模擬戦を交わしている一輝たち。この中では一番過酷な戦いになるであろう一輝の様子はというと、翔のフォローもあってかいつも通りの様子…とはさすがに言えないが、緊張しすぎているような印象は見られないことに一番ホッとしているのは、他でもない彼の現在のルームメイトでもある。

 

「はぁ…やっぱ、付き合いの長さって大きいわよね」

「そういうものじゃないと思うけどな。それだけで言ったら珠雫のほうが長くなるわけだし」

「確かにそうなんだけれど。って、シズク! いい加減アンタは慎みを覚えたらどうなの!?」

「まただよ」

「それは、仕方ないかと」

 

でも、一輝に限らず他の無敗を守っている面々がこういった会話を交わせることに、翔は周囲の人々のみならず現在のルームメイトの存在も大きいのだと感じるほどだ。まぁ、それに付随するモノには多少目を瞑りたいというか諦めたことが多々あるのだが……ふと、翔はこの前のことを思い出し、エリスに話しかけた。

 

「というか、エリス。まさかアストレア陛下が来日するのには驚いたんだが……これもお前たちの姉君の策か?」

「うーん……多分、お父様がゴネたんだと思います。なので、冷静に判断できるお母様にお願いしたのかと。ルナ姉様も今は外交の関係で遠出は出来ないでしょうし」

「それをサラッといえるあたりに、信頼度を感じるよ……」

「というか、国家元首なんだからもう少し器の大きさとか、寛容さはないのか」

「と、斗真君ってば……」

 

斗真の言いたいことも理解できなくはないが、ヴァーミリオン皇国の国家元首の前にステラやエリスの父親でありたいとする彼の意思なのだろう。それが親バカでいいのかという疑問は……考えないでおくことにした。それはともかくとして、明日の最終戦はパーシヴァル王子殿下とアストレア皇妃陛下が観戦される中で戦うということだ。ま、一輝にとってはそれを一々気にしていられるような相手ではないのだが。

 

「にしても、序列一位の<雷切>相手とはねぇ……元ルームメイトの予想は?」

「まぁ、今のところはよくて五分だろうな」

 

一年前ならばいざ知らず、今の一輝は翔との模擬戦や勉学を通じて学んだ知識と術がある。先日のショッピングモールでの一件からしても、彼の持つ速力ならば<雷切>に対抗できるだけの実力はある……しかし、それでも『よくて五分』なのだ。彼女とて昨年の七星剣武祭での戦いから成長した可能性は捨てきれないし、以前との翔との戦いから新たに身に着けた技の可能性だってあるわけだ。なので、この勝敗を決するのは決着する直前まで分かったものではない。

 

「翔? さっきから僕の話題が出てるみたいだけど…何か言ったの?」

「いや、お前は昔からくじ運悪いな、という話をな」

「それは、流石に運がいい翔とは違うんだから…」

 

明日には七星剣武祭の代表が決まるという重要な局面とは思えないほどだ。いや、最終戦を戦う面々に緊張がないと言えば嘘になってしまう。だからこそ、こういったいつもの風景というのは本当にありがたいことであった。

 

「そういえば、カケル。エリスはちゃんとまともにルームメイトしてるのかしら?」

「まぁ一応はな」

「えぇ……一応じゃなくてちゃんとルームメイトしてるじゃないですか」

「初めよりは減ったけど、それでも過激なスキンシップしてくる人が言えた台詞じゃない。ステラ、ヴァーミリオンの皇族ってそういったことも勉強するのか?」

「流石にしないわよ……(アタシもイッキにそれぐらいしようかと思ったことは言わないでおこう…)」

 

中庭の鍛錬の後……夕食を終えた翔はベランダで一人、鉛の太刀を振るっていた。昨年度は模擬戦以外学内で自らの剣を振るうことなどなかった。七星剣武祭代表の事もそうだが、こうやって表立って大会に出るというのは、一昔前の自分自身からすれば考えられないことであった。すると、近くに気配を感じて視線を移すと……そこにいたのは、自身の元ルームメイトの姿であった。

 

「珍しいな、一輝。遠足前日の小学生のような心境か?」

「まぁ、違ってはないね。翔も似た様なものかな?」

「否定はしない……しっかし、こんなに早く機会が巡ってくるとは思ってなかったし、すんなりここまで行くとは思っても見なかった」

 

大方翔の実家辺りの絡みもあるのだろうが、若干の妨害があったとはいえ一輝が万全な状態で選抜戦を戦い抜けたことだ。一輝の父親というか実家である黒鉄家の横槍がもう少し過激なものも予想していただけにだ。それには一輝も苦笑を浮かべた。

 

「それは絢菜さんと左之助さんが助けてくれたからね。……翔、明日の試合は皆に恥じない剣を振るうつもりだよ」

「………そっか。ま、決心してるならそれ以上言うことはないさ」

 

自身に出来ることはもう終わっている。寧ろ今更どうこうする方が一輝にとって悪影響を与えかねない。とはいえ、翔の目の前にいるこの人物は戦いが始まる直前まで自身を追い込んでもおつりは来るのだが……その学習能力の高さには流石の翔も脱帽ものであった。一輝と別れて部屋に戻ると、風呂上がりの姿のルームメイト―――バスタオル一枚を身体に巻き、髪を乾かしているエリスに対し

 

「下着をとっととつけて健全な格好になれ」

「え? この場で着替えるんですか!? それはちょっと」

「本気でデコピンすっぞ」

 

結局デコピンの刑に処される運命となったエリスであった。そんなお仕置きをしたあとで言うのもおかしな話なのだが、既に外堀どころか内堀まで埋められているのではと思い始めた翔であった。それはそれで、彼女を恋人にしている以上ありがたいな話なのかもしれないが。

 

 

そして、その日は来た。破軍学園の七星剣武祭選抜戦の最終戦。ここまででも十数名が無敗を貫き、代表の座をかけて争う。その中の一人である翔の相手は三年生、しかも同じようにここまで無敗で勝ち上がっている猛者。だが、今の翔にはそんな情報など蛇足でしかなかった。自身の実力に対する慢心などではなく、同じように試合に臨むルームメイトの戦いを見届けるためにも、このような場所で躓いている暇などない。

 

「―――さて、どうしても観戦したい奴の試合がこの後に控えてるんでな」

 

そう呟き、『叢雲』を顕現させる。今の彼には迷いなどない。その強き決意を以て

 

「秘剣之一、<雷鳥>」

 

試合開始の合図が鳴り終わろうとした刹那、試合会場に雷鳴が轟いた。

 

 

試合が終わり受け取るもの―――剣武祭代表生の証であるメダルを受け取った後、翔が向かったのは大闘技場であった。中に入って観客席へ向かおうとしたところに、声を掛けてきた人物がいた。それは翔にとっては知り合いでもある人物に他ならなかった。

 

「あれ、かけ君。試合じゃなかったの?」

「って、刀華か。もう終わらせてきただけど?」

「は、早いね…ううん、かけ君位ならこれぐらいは当然か」

 

一輝の対戦相手である<雷切>東堂刀華の呼びかけに、翔は懐から七星剣武祭代表生に与えられるメダルを刀華に見せる。とどのつまり試合開始数秒で決着をつけてきた翔に対し刀華は驚くものの、自身も感じたことのある彼の実力ならば当然とも言える結果に納得するような表情を浮かべていた。

 

「私は手を抜かないよ。そして、かけ君と同じく代表生になるって決めたからね」

「……そっか。ま、俺はどっちにも関わりがあるから『頑張れ』としか言えないが」

 

その言葉を聞いて微笑んだ刀華は軽く会釈を済ませると、選手控室に向かって歩き出していった。その姿が見えなくなるまで見送った後、本来の目的である試合の観戦のために観客席へ向かうこととした。ただ、先に来ているであろう珠雫たちのほうは満席ということを明茜からのメールで知らされたため、比較的空いていそうな場所へ向かうことにした。その一角というのは、学園の教員などの関係者席。学生の身分の自分が行ってもいいのかという疑問があったので、自身の母親にメールを送った所

 

『おっけー』

 

という一言だけ返ってきたので、その方へ足を運ぶことにした。すると、そこには黒乃や絢菜、寧音を始めとした数人の方々が席に座っていた。真っ先に翔の到来に気付いたのは黒乃であった。

 

「葛城、試合の方は……いや、聞くまでもないだろうが」

「報告ですが、ちゃんと代表になりましたよ」

「さっすが、あやちゃんの子は優秀だねぃ」

「いえ、それほどでも。というか、まだ始まってないんですか?」

 

黒乃や西京の言葉に答えつつ、気になることを尋ねた。スケジュールの関係では最終戦全試合一斉スタートの予定とのことだったはずだ。それに対して答えたのは後方席に座る太った容姿の人物だ。

 

「いやはや、来賓であるパーシヴァル王子殿下とアストレア皇妃陛下のご到着が遅れまして、15分ほど開始を遅らせておるのですよ」

「倫理委員会の赤座委員長ですか……ま、見届け役ご苦労様です」

 

先程刀華と会った時はその辺りの事を聞かなかったが、彼女が遅刻するような人間ではない…彼の言っていることにも納得はしつつもまるで皮肉を言うかのように言い放つと、翔は前方の席の方に移動する。すると翔にとっては見知った顔ともいえる高齢の男性の姿がそこにあった。さらにはその隣にその来賓と自身の姉の姿があった。

 

「これは南郷先生。お久しぶりです」

「久しぶりじゃの。その佇まい、ますますあやつに似て来とるのう」

「はは……で、そちらにいるのがパーシヴァル殿下とアストレア陛下ですか。初めまして、葛城翔と申します。陛下に関しては、エリスさんから話は聞いておられるかと思うのですが…」

「初めまして、パーシヴァル・ヴェル・クーデルラントと申します」

「どうも、アストレア・ヴァーミリオンと申します。ふふ、エリスちゃんから素敵な彼氏さんとは聞いていましたが、アヤカちゃんのお子さんだと聞いたときは、ホント驚いちゃいました」

「久しぶりね、翔。代表入りおめでとう」

「ありがとう、綾華姉」

 

結果的に、寧音の隣に座る形となった翔。その直後位に生徒手帳のメール着信音が鳴り、斗真とエリス、ステラも無事に代表入りを果たしたことが本人たちのメールで知ることとなった。そして、試合実況の説明と共にリング上に姿を見せる一輝と刀華。コンディションは双方ともに申し分なし。オープンとなった大闘技場の上空には報道用のヘリが飛んでいる……今回のこの試合は全世界に生放送で配信される。そうしたのは座席後方に座る赤座というか黒鉄家の差し金も含んでいるのだろうが…

 

「ほう、あの小僧……成程、あやつが気に掛ける理由が解る気がするわい」

「見るからにコンディションは万全。黒坊の方もそれは同じ……これは、激しい勝負になりそうだねえ」

 

一輝の佇まいを見た南郷はその立ち振る舞いからしてもただのFランクの伐刀者ではないと見抜き、西京は彼の仕上がり具合に笑みを零した。名だたる実力者が二人の様子を見ている中、黒乃は気になる質問を翔に投げかけた。

 

「葛城。黒鉄と東堂の戦い……アイツが<一刀修羅>とアレを用いたとしても、<雷切>には及ばない」

「……ええ、まぁその指摘に違いはないです」

 

<瞬動>はあくまでも歩法。相手に知覚できないほどの速力―――移動力を高めるためのもので、それに対する威力の増加は見込めてもスイングスピード自体の増加にはつながらない。だが、<瞬動>のおかげで本来一輝の使用するオリジナルの秘剣の一つ―――第七秘剣<雷光>を<一刀修羅>なしで発動できるまでになっているのは、偏に絢菜の教えた鍛練法によるところが大きい。現状のところ、その<雷光>に<一刀修羅>を加えた場合、翔が知る限りにおいて<雷切>の速さとほぼ互角だろう。

 

だが、五分にするだけでは『意味がない』。長期戦になれば確実に刀華に軍配が上がる。それでなくとも、刀華には<閃理眼>という力がある。どんなブラフも看破される以上、一輝のジリ貧には変わりなくなる。そうなれば残る突破口はただ一つ。

 

「でも、勝算がなくはないです」

「ほう? それはどんな手段じゃ?」

「簡単な話です。短期決戦に持ち込んで<雷切>よりも速い攻撃手段を以て斬り伏せる。これ以外に現状の一輝が勝てるビジョンはないでしょう」

 

翔の言葉に南郷以外の面々は驚きを隠せない。<雷切>よりも速い攻撃手段を用いる……確かに、クロスレンジの攻撃手段がメインである一輝にはそれが最も実現可能なラインだろう。それを嘲笑うかのように言い放ったのは、赤座であった。

 

「んっふっふ、手加減するならばいざ知らず、彼が彼女に勝てることなどありえませんよ。彼の今までの試合を見ても、そのどれもが<雷切>には遠く及ばないのですから」

 

まるで、刀華が勝つことを前提に話すかのような言い方に翔は眉を顰めた。確かに双方の今までの試合だけを見れば、そう言い放ってしまう輩がいるのは仕方のないことだ。それを改めて言われると癪に来るのだが……翔は息を吐き、ただ一言だけ言い放った。

 

「……ま、好きなだけ言うといいですよ。この試合、多分一合目で決着がつくでしょうから」

 

 

場所は変わって、リング上で相対する一輝と刀華。真剣な表情を見せる一輝と刀華。少しの静寂の後、刀華は口の端を笑みの形につりあげ、言葉を発する。

 

「最初、対戦相手が貴方と聞いたとき、心が昂って仕方がなかった。かけ君が“好敵手”と認めた誇り高い騎士―――この人と戦りたいと!」

 

その刹那、刀華の周囲を迸る紫電の光。それが収束し、彼女の霊装『鳴神』を顕現させ、同時に顕現させた純白の鞘に納める。見るからに戦うというよりは自身を斬って捨てると言わんばかりの佇まいに、一輝は臆することなく自身の霊装『陰鉄』を顕現させる。

 

「それは、僕も似たような気持ちです。正直、翔と接点があったこと自体驚きですが、今はそんなことなどどうでもいいです」

 

<雷切>と自分。果たしてどちらが強いのか……色んな人からの期待を背負っているこの存在に勝てるのかと。だが、今の一輝は一人ではない。誰からも認められなかった中学時代……だが、それはこの破軍学園に入ってから変わった。

 

『頑張ってください、イッキ』

『―――イッキ、皆で一緒に行きましょう! 騎士の高みに!!』

『俺にだって代表になれたんだ。お前にだってなれるだろ?』

 

ここに来るまでに、入学試験で戦った折木や模擬戦を戦った摩琴、選抜戦で今まで対戦した殆どの人物や、武術指南で知り合った先輩や同級生、更には三人の代表生となった同級生から激励を貰った―――その接点を作ってくれたのは、昨年度実家からの圧力に屈することなく一年間ルームメイトをしてくれた人物。その人物が目の前の対戦相手とも接点があったことは驚きだが、今はそのことなど関係ない。

 

「この場に立った以上、自分にも、貴女にも、背中を押してくれたみんなにも…そして、彼にも恥となるような剣を振るうつもりなどありません。だから、今ここに宣言します」

 

 

―――僕の“最弱(さいきょう)”を以て、貴女の“不敗(さいきょう)”を打ち破ると

 

 

そうして始まる選抜戦の最終戦。試合開始の合図の直後、一輝から迸る高密度の魔力。彼の代名詞の一つでもある<一刀修羅>を発動させた証。開幕直後に時間制限のある技を使うのは無謀とも言える行為。躱されてしまえば、それこそ<雷切>の餌食だ。だが、その中でも一輝の新旧ルームメイトでもある二人は…ステラと翔には、解っていた。

 

「きっと…ううん、イッキは最初から<雷切>に対する攻略法を決めていたんだわ」

 

「真っ向勝負で最速の一撃を放つ……シンプルだが、アイツにとっては一番得意とするやり方だ」

 

一輝が放つのは彼の持つオリジナルの秘剣の中で最速を誇る<雷光>。刀華が放つのは自身の二つ名ともなっている超電磁抜刀術<雷切>。奇しくも同じ『雷』の名を冠する技の真っ向勝負。<一刀修羅>発動状態から一輝は<瞬動>を発動させ、一気に加速。当然、この動きは刀華も<閃理眼>を通して把握している。確実に勝つためならば、フェイントを入れて躱し、<雷切>で斬って落とすか遠距離で叩き伏せるのが安全策。だが、そんな策を刀華は真っ向から否定した。

 

(そんなの、冗談じゃない!!)

 

今まで自身の<雷切>を避けようとした輩は多かった。だが、目の前に迫りくる相手は自身の技を打ち破るために真っ向勝負を挑んできている。この勝負を避けようものなら、彼女の中にある騎士としての誇りが許さないであろう。何より、鉄壁とも言える自身の領域から逃げ出して戦うなど<雷切>の名が廃る。それ以上に

 

(彼に真っ向から打ち勝てない様じゃ、あの人には到底届かない! だから―――)

 

自身と同じ雷使いにして、彼女が目指す目標には到底届かなくなる。その思いと決意のありったけを雷に込めて、彼女はその刃を抜き放つ。

 

迫りくる刃。それは当然、一輝にも見えている。奥多摩での一件で見た時以上の速さで一輝の命をも刈り取らんとする『鳴神』。今ここで<雷光>を振るえば、打ち合いになって若干の隙は出来るかもしれない。そうすれば勝機は見えるだろうが……それでは、最早足りないと一輝は考えた。

 

(よくて互角……でも、それじゃ足りない!)

 

あくまでも『可能性』があるだけで確実とは言えない。ここから確実に勝つ方法を一輝は模索する……いや、模索する必要などなかった。今のままでは勝てないのならばどうしたらいいのか、という問いかけなど一輝にとっては今まで散々やってきたことでしかないのだから。<一刀修羅>の最大持続時間である三分半など長すぎる。ここで勝つためならばたった一秒あれば充分だと。

 

 

そうして交錯する鋼と鋼。大闘技場に流れる静寂の時。その中で遠くから聞こえるヘリの音。そんな中で、鋼が砕ける甲高い音が響き、リングに破片が散らばる………その少しあとに倒れ込んだ音が聞こえた。観衆が目にしたそれは、砕けた『鳴神』とリング上に倒れた<雷切>東堂刀華だった。

 

『―――え、な、ななな、なあんと!! たった一閃! 一瞬の交錯で東堂選手の『鳴神』が、<雷切>が粉砕されました!! リングに立つ勝者は<落第騎士(ワーストワン)>―――いえ、<瞬影の剣王(アナザーワン)>黒鉄一輝選手だぁー!!』

 

その実況によって、我を取り戻したかのごとく観衆から巻き起こる大歓声。その光景に目をやりつつも、黒乃や寧音といった面々も驚きを隠せない様子であった。

 

「葛城、このことを隠していたのか?」

「そんなわけないですよ。ただ、元々無茶な事やってた奴の思考からすれば、一手で確実に勝つためにこれぐらいの無茶はすると思っただけですよ…本当にやってしまったことには驚きですが」

「そりゃあ<一刀修羅>を更に凝縮して、たった一振りに全力を込めるだなんて芸当だもの。さしずめ<一刀羅刹>といった所かな?」

 

黒乃の言葉に、翔は冷や汗を流しつつも彼女の問いかけに答え、その思いを掬うかのように寧音が呟いた。元々数十倍の身体能力強化を付与する<一刀修羅>をたった一動作に集約させることによって、最大推定千倍以上の身体能力強化を可能とする伐刀絶技<一刀羅刹>。そんな無茶苦茶な技、思いついても実行するのは目の前で実践した一輝位だろう。

 

「それもあるじゃろうが、勝負を決めたのはそこではなかろう」

「ええ。刀華ちゃんは自身の限界まで己の力を出し切った……それも、彼を殺そうとするほどに。でも、一輝君は自身の限界を更に超えた」

「ふふ……まるで、誰かを見てるみたいだね」

「俺はあんな埒外じゃないよ、綾華姉」

 

口ではそう言いつつも、未だに限界を超え続けていこうとするその姿勢に、絢菜と綾華は揃って暖かい視線を翔に向けた。だが、納得している面々の中には納得していない輩もいる……倫理委員長の赤座その人だ。

 

「ええい! こんな結果、私は認めんぞぉ!!」

「……いいのかい? くーちゃんにあやちゃん。絶対ロクなことしないぞ」

「まぁ、今更って感じだけどねー。というか、来賓の前であの発言は恥でしょう……」

「それには同感だ。葛城、特別にここから降りることは許可しておく」

「……後始末しろってことですよね。まー、了解です」

 

この先の顛末も大体読めるからか、黒乃から放たれた言葉に翔は頭を抱えたくなった。まぁ、どの道そうする予定だったので別に構いはしないのだが。一方、近くの席にいた来賓の二人の反応はというと、

 

「……凄いですね。僕も精進しないと」

「ふふ、これは後で直接お会いしてお話してみたいですねー」

 

パーシヴァル王子はたった一戦とはいえ日本の騎士の強さに目を見開き、アストレア皇妃に至っては自身の娘の恋人でもあり、この試合を勝った一輝と直接対談してみたいと述べていた。その合間を見計らって、リングに降り立った翔。その音を聞いたのか、ふらつきながらも翔の方を見やった。刀華の方は霊装を砕かれた影響は心配されるが、見たところ外傷はないので命に別条はないと思われる。

 

「お疲れ、一輝。これで、ようやくお互いにスタートラインに立ったという訳だ」

「…そういうってことは、翔も代表になったんだね」

「ああ。しっかし」

「認めん! 絶対に認めんぞ!!」

(ちっ……もうきやがったか、あの豚は)

 

翔は一輝を労いつつも無茶を嗜めようとした矢先、怒号の様な声が聞こえてくる。翔は怪訝そうな表情を浮かべながらその声が聞こえた方向を見やると、それは紛れもなく倫理委員長の赤座の姿。右手には両刃斧の霊装が握られており、明らかに戦意を向けているも同義だ。これには内心怒っている翔などいざ知らず、襲い掛かってくる赤座。

 

「お前のような落第騎士が! 黒鉄家の面汚しがー!!」

 

剣を構えようとする一輝を右手で制し、翔は自身の霊装である『叢雲』を顕現させる。彼の内心に秘める怒りに呼応するかのごとく周囲に迸る蒼天の雷……そして、彼は呟く。

 

「折角の勝利の余韻に水を差す方が“面汚し”だ、下衆が。秘剣之陸<電颯(はやて)>」

「へ―――があああっ!?」

 

翔によって放たれた超光速の剣技。その威力によって今来た道を戻るが如く吹き飛ばされる赤座。だが、その数秒後に

 

「邪魔よ!」

「ぬべあっ!?」

 

赤座は一輝らから見て左側上部の観客席へと吹っ飛んでいく。その光景を静かに見つつもそれが起きた方角に視線を向けると、それは一輝にとってはルームメイトであり大切な恋人。翔にとっては親友みたいな存在であり自身の恋人の身内―――ステラ・ヴァーミリオンその人であった。彼女がここに来たともなれば、これ以上ここにいても野暮だろうと判断した翔は霊装を解除し、リングを去ろうとする。その擦れ違いざまに、

 

「後は、頼んだぞ」

「―――ええ。言われなくても」

 

言葉が少ない会話だが、今はそれだけあれば十分。あとは若い二人に任せることにして、リングを後にした。

 

 

そうして暫く通路を歩いていると、誰かを探すように歩く人物を目にした翔は笑みを零した。それは、翔にとっては今一番大切な人といっても過言ではないぐらい…ルームメイトであり、恋人でもある人物なのだから。

 

「どうしたんだ、エリス。ステラならリングにいるぞ」

「あ、カケル。そうでしたか…慌てて飛び出していったので、ちょっと気になって」

「ま、そういうところもステラらしいってことで。遅くなったけど、代表おめでとう」

 

その人物―――ステラの双子の妹であるエリス・ヴァーミリオンは翔の言葉にホッと胸を撫で下ろした。ステラとしては自分の大切な人が勝ったので、そのお祝いの言葉をかけるために、リングへ向かったのだろう。直接飛び込まなかったのは皇女としてのプライドがあったのかもしれないが……すると、エリスが飛びつくように翔を抱きしめ、これには目を見開きつつも、優しく彼女を抱きしめた。

 

「っと、吃驚させるなぁ…いつもより、甘えん坊だな」

「……カケルも、代表になったんですね」

「ああ。お陰様でな……」

 

今まで順風満帆とは程遠い生き方を強いられてきた。一歩違えば荒んだ生き方をしていてもおかしくはなかった。事実、自身に伐刀者としての才覚がないと解った時も…海外へ修行に行った時も、何か一つは諦めて生きてきた。

 

そんな時に、彼女と出会った。自身に持っていないものを持ちえながらも……それに妥協することなく、己を高め続けてきたこの少女に、恋をした。こんな自分を心から慕ってくれたこの少女に対し、翔は瞼を閉じて息を吐くと…再び瞼を開いて、真っ直ぐ彼女を見据える。

 

「その、エリス。時期尚早かもしれない言葉になるけれど……俺の家族になってくれないか?」

 

少し戸惑いがちに放たれた言葉にエリスは目を見開き、しばしの間静寂が流れる。そして、彼女は笑みを浮かべてこうハッキリと答えた。

 

「もう、遅いですよ……私でよければ、カケルの傍に居させてください」

 

そうして互いに重なる唇……僅か数秒ではあるが、それが長い時のように感じられるほどに濃密な数秒。互いに笑みを零す二人であったが、そこにのんびりとした声が響く。

 

「おぉ~、お二人ってば大胆ですねぇー」

「え……お、お母様!? え、えと、これは……」

「ちなみに、何時から聞いてました?」

「カケル君の言葉辺りかな?」

 

そこに姿を見せたのはエリスの母親であるアストレア皇妃陛下その人。話を聞くに、先程のやり取りを一部ではあるが聞いていたらしく…エリスに至っては恥ずかしさのあまり顔が真っ赤になり、両手で顔を隠す始末だ。これはもう言い逃れや言い訳しても逆に心証を悪くするだけだと悟り、翔はアストレアの方を向き先程の経緯について説明する。

 

「―――と言った次第です。七星剣武祭後に改めてヴァーミリオン皇国にご挨拶に伺いますので、それで納得していただけないでしょうか?」

「ふふ……そういう律義さは、タケルにそっくりですね。―――何かと手のかかる娘を、これからも末永く宜しくお願いしますね?」

「……はい!」

 

自身の母親のみならず、父親の側とも面識があったことには驚きだが、翔は踵を正してしっかりとした返事を返した。これで、七星剣武祭終了後にヴァーミリオン皇国を訪れるのは決定事項になってしまったが、どの道そうする予定だったのが早まっただけの話なので、気にはしていないが。

 

尚、エリスが落ち着くまでにそこから更に五分の時間を要することになったのは言うまでもない。

 

 




まさかの10000字オーバー……途中でどう切ろうか難しかったので、このまま投稿になりました。やっと次回で選抜戦編完了です。

次章では、中々目立つことの少なかった面々が活躍したり、ちょっと変則的な展開も視野に入れていますのでご了承ください。

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