落第騎士の英雄譚~規格外の騎士(アストリアル)~【凍結】   作:那珂之川

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まさかの5000字ですよ、ちくせうw


#04 新たなる風は暴風の如く

二人の事に関する悪い噂と言うのも、新鮮味がなくなると飽きてしまうのが人間でもあり、二学期半ばごろにはそんな噂を表立って言うものもそれほどいなくなっていた。とはいえ、桐原に関しては平常運転だったのだが、その本人も突如嫌味を言わなくなっていた。一輝は翔を見やるが、これには翔も解らずじまいであった。突然そんな噂が消え去った理由は簡単。

 

その噂をも書き換えてしまうほどの『新鮮味のある噂』―――それは現理事長が離任し、新たな理事長が着任するという噂で持ちきりだった。しかも、その人物は破軍学園の卒業生にして有数の実力者と言う噂までたった始末だ。

 

「何か、こうまで静かになると逆に不気味だよね。」

「その意見には同意する。命に関わりかねない状況になるよかマシだが。」

 

桐原の追撃もなくなり、のんびり昼食を食べれることに感謝はしたい。まぁ、逆に言えば噂のせいで『近寄ったら内申に響く』とか言ったものだから、近寄ってくる物好きなどいない。一輝のように文字通り死にもの狂い努力する人間がいれば話は違うのだが……すると、少なくともこの学園で見たことのない人物―――長い黒髪を後頭部に結い、黒系のスーツを着込んだ女性が二人の元に近づく。

 

「ああ、丁度良かった。済まないが、理事長室は何処かな?」

「それでしたら、そこの建物にありますよ。案内しましょうか?」

「いや、建物の場所さえわかれば大丈夫だ。感謝するよ。」

 

翔の言葉を聞いて理解したのか、簡潔にお礼を述べてその場を去る一人の女性。考えていた矢先に物好きな人もいたものかと翔が考えていたその十分後、教室に戻ろうとしたその途中の廊下で、目の当たりにした光景に一輝はおろか翔ですら絶句した。

 

「何あれ……」

「ゴメン、俺もこの状況は読み込めないわ。」

 

何が起こったのかと言うと、水入りバケツを両手と頭に持たされた大人達。その面子は……理事長のみならず、理事長派の教師にも及んでいた。一歩間違えれば大問題なのだが……今日に関しては職員会議ということで近寄ってくる生徒などいない。その例外でもあった一輝と翔。その二人の判断は、

 

「よし、俺達は何も見なかった。埃一つない綺麗な廊下があるだけだ。」

「翔!?」

 

触らぬ神に祟りなし―――それが翔がはじき出した答えであった。このままいても面倒事に巻き込まれるのは必至。戸惑う一輝の首根っこを掴んでそそくさとその場を後にした。いくら“常識外”の経験をしようとも、“想定外”の出来事には不安要素が満載な上に下手に関われば火傷どころでは済まない。瞬時にそれを察したからこそ、全力で逃げた。ある程度距離を取った所で、掴んでいた手を放して一輝を下ろした。

 

「悪い、一輝。流石にあの場所にいたままだと余計なことに巻き込まれそうなものだったからな。」

「そ、それはいいけれど……何だったんだろう。」

「一つ言えるのは、気にしたら負けってところだろう。」

 

 

その翌日―――月が替わり、10月1日。突如開かれることとなった全校集会。その壇上に立つのは昨日翔と一輝が中庭で遭遇した女性であった。そして、その女性が自己紹介も兼ねた言葉を生徒たちに聞かせるように述べた。

 

「私は新宮寺黒乃(しんぐうじ くろの)――本日よりこの破軍学園の理事長を務めることとなった。私の方針は前理事長とは異なるから、今まで通り胡坐をかいていられる保証などないぞ?まぁ、文字通り『死にもの狂いで頑張ってもらう』こととなるから、覚悟するように。」

 

彼女の名を聞いて、翔は漸く彼女の事を思い出した。Aランク伐刀者の一人で元世界序列(ランク)三位というれっきとした実力者。彼女の能力も意図して付けられた二つ名は<世界時計(ワールドクロック)>。そしてこの破軍学園の卒業生でもある。彼女が新理事長となった理由は七星剣武祭における破軍学園の成績が振るわない―――その一点だろう。その立て直しを図るために世界トップレベルの彼女を理事長に据えるという決断をした。それにしても、凡そ理事長から出た言葉とは思えないほどの威圧には冷や汗を流す生徒もいたほどだ。

 

それにしても、本来ならば来年の三月に交代させるのが筋なのにそれを半年ほど前倒しした理由。この場合は『そんなことが出来た理由』と言っていいのかもしれない。黒鉄本家としては良い様に動いてくれる手駒を失うのはよろしくないであろう……そうできた意味を、理事長が教えてくれるかのように述べた。

 

「さて、更に今日から新しい教師が赴任してくれることとなった。自己紹介を頼むぞ」

「初めまして~。葛城摩琴(かつらぎ まこと)と言います。皆さんの実戦授業を担当することもあるので、覚悟してね?」

 

「………(そういうことか……)」

「翔?名字が同じだけど、まさか……」

「俺の姉だ」

 

黒乃の紹介に合わせて入ってきたのはボーイッシュな印象を強く受ける女性。その女性を見た瞬間頭を抱えた翔に一輝が気になる質問をぶつけると、翔はそれを肯定せざるを得なかった。正確に言えば、『理事長が交代出来た理由』を彼女の存在で察してしまったためだ。

 

葛城摩琴―――葛城家の次女であり、本来の年齢で言えばこの学園の三年生と同年代。それを彼女は何と魔導騎士の特権である『15歳で成人扱い』を使い、あらゆる手段を駆使して教員免許を取得したのだ。一体何がそこまで彼女を駆り立てるのか解らなかったが……恐らくはこのためだったと思うと、翔にとっては頭が痛くなる思いだ。

 

彼女自身の事を述べると軽いブラコンをこじらせており、翔には積極的にスキンシップを取る。それ以外だと、Aランク伐刀者であり現時点で世界序列四位の実力者。『King Of Knights』―――伐刀者同士が戦う格闘技であり、一年の放送権料が三兆円以上と言う国家予算の一部並の規模。その花形の競技でもある『KOK』のリーグ戦においては東洋太平洋圏最強とも謳われる<夜叉姫>西京寧音(さいきょう ねね)と互角に渡り合えるのだが、双方共に本気を出すと会場そのものが崩壊しかねないという有り様から、名付けられた二つ名は<千鳥(ちどり)>。しかも昨年のオリンピック代表として二人とも出場している。恐らくは<夜叉姫>絡みで黒乃が声をかけたのだろう。

 

実力的に申し分はなく、七星剣武祭で勝ち残る生徒を選別するという意味でも、教師としてはこれ以上ないほどの適任者。その間にも学園長の話はまだ続いており、非常勤の講師も一人加わるということだった。翔はこの先、色々大変だろうと率直に感じた。

 

 

その日の放課後、呼び出しを受けた翔が理事長室に入るとそこにいたのは黒乃と摩琴の二人。相手は共に世界ランクの人間。ここで逆らう方が逆に命などない。そう率直に感じた翔であった。

 

「というわけで、私もこの教師だからここでは『先生』でお願いねっ☆」

「何言っても無駄だと思うので、そうさせていただきます『葛城先生』。で、俺を呼び出した理由は身内同士の顔合わせだけってわけじゃないでしょ?」

「察しがいいな、葛城。お前はこのままの成績だけで言えば進級は出来るだろうが……それだと、お前自身は納得しないだろう。と、そこにいるお前の姉が力説してな。」

「てへっ」

 

摩琴は弟自慢には余念がない記憶力の持ち主だがむやみやたらと言いふらすような人間ではない。ストレートな物言いを好みそうな黒乃にしては遠回しな言い方をしているということ。その二点から導き出される結論を、翔は述べた。

 

「………要は、俺に『留年』してほしいということですか?このままいけば一輝は紛れもなく留年するでしょうし、『数合わせ』と言ったところでしょうか?」

 

どうあがいたとしても、実戦授業に出席していない一輝はそうならざるを得ない。何せ半年分の授業だ。残り半年でそれをカバーできなくはないが、それをするだけの人材的な余裕がない以上はそれを回避する術はない。それならば、ある意味『同じ境遇』を背負う翔に白羽の矢を立てた、というところだろう。摩琴はその答えに感心しつつも、首を傾げる。

 

「う~ん、それも正解って言えば正解かな。……これは黒鉄君に秘密にしてほしいんだけど、実は来年度留学生を迎えるの。」

「留学生ってことは、本気で優勝を狙うための人材を呼び込むってことですか。で、どこなんです?」

「ヴァーミリオン皇国、と言えばお前も知っているな?」

「まぁ、知らない場所ではありませんね。俺も一度行っている国ですし。」

 

ヴァーミリオン皇国。欧州の小さな国であり、翔も成り行きと言う形で足を運んだ場所の一つだ。なので、その名を覚えていないはずはない。そこで翔は一つの疑問にぶつかる。この学園長の事だから、方針からしても高ランクの同年代の人間を選抜してこの学園に留学生として迎えることとなる。で、七星剣武祭ともなれば最低でもBランク以上の伐刀者が望ましいところ。本気で優勝を狙いに行くのであれば、それほどの実力者を迎えるのが筋だ。

 

かの国で理事長のお眼鏡に適う様な高ランクの伐刀者……それに対して『心当たり』が一つだけある。あるのだが………当たってほしくないと思いつつも翔は尋ねた。

 

「まさか、『ヴァーミリオンの皇族』とか言いませんよね?」

「おや、知っているのか?」

「七星剣武祭のレベルと理事長の方針から行けば、該当するのが『その人たちしかいない』んですよ。」

 

確か、記憶が正しければ第二皇女と第三皇女が双子で、歳は翔や一輝の一個下。現在のランクは解らないものの、少なくともBランク以上は下らない。とはいえ、黒乃の方針である『徹底した実力主義』から鑑みても姉妹で同室にするとは思えない。仮にそうすれば優遇しているという要らぬ噂が立つからだ。となれば、同様に()()()()()()()()一輝に白羽の矢が立つのは明白。…まぁ、黙っていろと言われた手前、一輝には言えないが。

 

「……もしかしてなんですけど、来年度の部屋割りは俺と一輝がヴァーミリオン姉妹を受け持てと?」

「理解が早くて助かる。つまりは()()()()()()だ。」

「私としては気が気でならないんだけど、黒乃さん、いや理事長の方針には逆らえなくてね~」

「お前はいい加減弟離れをしろ。絢菜が呆れかえってたぞ?」

「だが断る」

「おい。……というわけでだ。姉と妹、どっちを受け持つ?」

 

黒乃から出てきた絢菜と言う名前は、翔と摩琴の母親である葛城絢菜(かつらぎ あやな)のことだ。彼女もまた伐刀者であり、高ランクの魔導騎士でもある。まぁ、細かい紹介の方は追々するとして、相部屋の件に関しては拒否権などとうにない……翔は一つため息をつき、いろいろ考えた結果……

 

「妹でお願いします。」

「ええっ、私のこと嫌いになったの!?お姉ちゃん悲しいです。」

「葛城、この五月蝿いのをどうにかしてくれ。」

「どうにかなるんだったら、地球がひっくり返る方が早いかもしれません。」

 

ある意味不治の病ともいえる摩琴を軽くスルーしつつ、辛辣な言葉を言い放つ翔。と、ここで翔は一つの疑問を投げかける。

 

「理事長、そうなると一年プラスして通う分の学費や支援金とかはどうなるんでしょうか?あと、流石に留年だとそこにいる先生はともかく、他の家族が納得してくれるかどうか……」

「学費などの必要経費に関しては、事情も鑑みて四年間免除することは決まっている。無論、黒鉄の方もな。後者の方は既に話して納得してくれた……絢菜からキツイお仕置きを貰ったが。」

「そら、そうなるかと。」

 

内申とかに後々響くことは明白なので、自分の母親がお仕置きをしたのも無理はないかと思ってしまった翔だった。何はともあれ、来年も一年生として過ごすことが決定した。用件が終わり、翔が理事長室を後にすると……摩琴は黒乃に話しかけた。

 

「どう?私の自慢の弟は?」

「正直言って、色々驚きだよ。………この能力値もな。」

 

20にも満たないかの少年。それでいてその奥底からのぞかせたのは底知れぬ力。率直な感想を述べつつ黒乃が開いたのは翔のステータス。

 

攻撃力 :F+

防御力 :F

魔力量 :E

魔力制御:A+

運   :Unknown(測定不能)

身体能力:A

 

伐刀者ランク:Unknown(測定不能)

 

魔術を基本とすれば攻撃・防御・魔力量は当然の評価であった。魔力制御と身体能力は<六道の雷神>の鍛錬によるもの。だが、それ以上に黒乃の関心を引いたのは運の項目。運が悪いということになればFランク、その逆に良いとAランク…なのだが、彼の場合はそのランクと言う概念で計れない領域にいるということになる。そのせいで伐刀者ランクすらも計れない始末だ。気になった黒乃は摩琴を見やると、彼女はこう答えた。

 

「一家はおろか、一族の中でも“神懸り”って言われるぐらい運はいいね。」

 

尤も、その翔本人自身は運が良いとは思っていない。その運の良さに付随する形で様々なアクシデントやらトラブルやらに見舞われてきたためだ。運の良さと悪さが両極端という有り様……そう言った意味も込められた“Unknown”なのかもしれない。

 




原作では理事長の着任時期が解らなかったため、今作ではこのような設定にしました。この他にもいろいろ変わってくる場面が出てきますがご了承ください。

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