落第騎士の英雄譚~規格外の騎士(アストリアル)~【凍結】   作:那珂之川

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#54 覚悟の重み

選抜戦も終盤に突入し、無敗の面々―――翔と一輝、エリスとステラ、そして斗真と有栖院は今も尚無敗を貫き続けている。上級生の名だたる面々、とりわけ<雷切>の強さが目立つ一方で一年ながらも六人が無敗を貫いているというのが今年のレベルの高さを物語っている。無論、一敗はしているものの珠雫と明茜もそのラインをキープし続けているのは流石というべきだろう。そんな中、翔とエリスはステラから相談を受けていた。

 

「イッキの様子が変、ですか?」

「ええ。先日トーカの付き添いで施設に行ったじゃない? それからなのよね」

「(……泡沫の野郎だな。余計なこと吹き込みやがって)」

 

一輝とステラのスキャンダルはいったん形を顰め、無事解放された一輝に追い打ちをかける形となったのが、学園の近隣にある養護施設の訪問であった。そこで何を吹き込まれたのかは知らないが、一輝の心境に変化が起きたのは間違いない。とはいえ、選抜戦自体に影響は出ていないので一安心ではあるが、翔はその原因を作った奴にも大方の察しが付く。

 

「ま、相談されたからには一応手は打っておくさ。五日後にはここにいる全員最終戦が控えてるし……そういや、ふと気になったんだがステラ」

「何かしら、カケル?」

「二人の親御さん―――ヴァーミリオン皇国の皇帝・皇妃両陛下は先日のスキャンダル云々も含めて、何か反応はあったのか?」

 

翔が気になったのは単に反応だけではない。その五日後の最終戦――― 一輝と刀華の試合は全世界に中継されるという運びとなっているだけに、この前のスキャンダルで国中大騒ぎになったのは間違いないだろう。とりわけステラとエリスの両親は国家元首クラスの重要人物というか、本人たちが断言するぐらいの親バカ(特に父親)なだけに、国家権力に訴えてこないか不安な点があった。それを察したのか、ステラは口を開いた。

 

「あー……お父様が“また”軍隊動かそうとしたから、お母様が投獄したらしいってお姉様から連絡があったのよ……はぁ、何であんなのが父親なのかしら」

「サラッという事実じゃないんだけどな、それ……」

「ま、またですか……」

 

頭を抱えながら話すステラに、疲れたような表情を浮かべているエリス。そして、そういう非常識な顛末に慣れてしまったのか、翔自身ため息を吐くことしかできなかった。とりあえず、国際問題は回避できたと思いたい……少なくとも七星剣武祭までは。

 

「ということは、ステラの家族が来日するっていうことはないのか?」

「そうでもないみたいなのよね……ただでさえお父様があの状態だし。てなわけで、『妥協案』ということでパーシヴァル王子殿下が来日するみたいなのよ」

「え? 何で破軍の選抜戦なのにクレーデルラントのパーシヴァル殿下が?」

「ルナ姉の案なのよ。三日後には武曲の選抜戦も最終戦らしいし、それも兼ねてってことみたいね」

 

つまり、ただでさえ歴史的因縁のある二国間に友好ムードを作りたいがための、ステラとエリスの姉―――つまり『第一皇女』である人物、ルナアイズ・ヴァーミリオン皇女殿下が考えた妥協案なのだろう。来日する王子殿下当人も武曲学園に身内がいるので、その様子を見に行くという名分が成り立つ。破軍の選抜戦の観戦は“そのついで”とも言えるが、隣国の次期国家元首候補からの言葉ともなればいくら親バカの父親といえども無碍にすること自体失礼だと踏んだ上でその案を出した彼女の聡明さには、翔も感心させられるほどであった。

 

「ま、多分うちの姉も本職の関係上護衛に入るだろう。数日前にメールが来て『最終戦見に行くからね』とか言われた時は疑問に思ったが」

「お姉さん? マコトさんの本職?」

「あ、そういやステラには話してなかったか。摩琴姉は次女、俺が今話したのは長女の綾華姉のこと」

 

そういえば接点がなかったことを思い出し、翔は綾華の事をかいつまんで話した。現在は武曲学園の臨時コーチという形で在籍していることも。すると、ステラからは意外な反応が返ってきた。

 

「あ、多分アタシ会った事あるわ。やけに日本人離れした容姿で日本人の名前だったから、記憶に残ってるのよね」

 

ステラの話によると、異能の訓練の時に偶然出くわし、暴走しかけた力を抑えてくれた人だという。数日ではあったが、異能の訓練に付き合ってもらい、城に招いて一緒に食事をしたことがあったらしい。ともなればエリスも知っていておかしくはないのだが、その当人は綾華と対面した際、初対面の様な反応を見せていた。

 

「多分、私が高熱で寝込んでいた時ですね。あの時の記憶はおぼろげでしたし」

「そういえば、そんなこともあったわね…」

 

彼女の異能の反動により、数日間高熱で寝込んでいたらしい。当時は原因不明の高熱であり、未知の病原によるものではないかと一時国中で大騒ぎになったほどだ。綾華が帰国する直前にその熱が治まったという話を聞き、恐らくはその原因を見抜いて必要最低限の処置を施した可能性があるのでは、と翔は思った。

 

 

二人と別れ、翔はジャージ姿に着替えて久しぶりに一人でランニング……とは言っても、普段よりきつめの魔力制御訓練を課した状態でのものとなるが。ふと、翔は自身しか知らない場所に気分転換で足を運ぶことにしたのだが、

 

「…ん?」

 

他の人が知らない場所のはずなのに、その方角から聞こえてくるのは風を切るような音。その音は翔自身良く知るもの―――刀剣を振るう際に発する音。近づくにつれ、その音を発する存在を見やり……翔は納得したような表情を浮かべた。

 

「………そういや、アイツも一度だけここに来ていたんだっけ」

 

昨年度までは同じ部屋のルームメイトであり、仲間でも親友でもあり、ライバルと呼べる存在でもある人物―――黒鉄一輝。ジャージ姿の彼が自身の霊装を顕現させてひたすら振るい続けていたのだろう。すると一輝も近づいてくる気配に気づいて、視線を翔の方に向けてきた。

 

「翔……どうしてここに?」

「どうして、って…まぁ、気まぐれに立ち寄ったらお前に偶然会った、という他ないけど……久々に模擬戦といきますか。ここいらで勝敗数を2に伸ばさせてもらうぞ」

「―――そう簡単にはいかせないよ、翔」

 

『叢雲』を顕現させ、刃先を一輝に向ける翔。その挑発的ともいえる物言いに、一輝は闘志を燃やす。彼等の模擬戦のトータルは全部で『1150戦』……大体一日平均三戦以上でないと約一年でこなせない量の模擬戦をたった二人で費やしてきた。互いに『幻想形態』かつ切り札とも言える秘剣や伐刀絶技を封じた状態―――剣術と体術のみでの模擬戦。

 

「ふっ!!」

「はあっ!!」

 

実家に伝わる武術を極めたいがために、脇目も振らず剣を握り続けた少年……実家にいた時はほとんど何も教わらなかったが故に、家を飛び出して武者修行に明け暮れた少年……その結果、おおよそ十代では考えられないほどの実力を魔術なしで実現せしめた実力者へと成長した。だが、彼等の原動力はそこではない。

 

そうして模擬戦が始まること十数分………小高い丘の草原に二人は横たわっていた。

 

「ふう………またイーブンに持越しか……」

「いや、<瞬動>使って何とかという時点で、やっぱり翔は強いよ……これで奥義とか使われてたら、多分お手上げだよ」

「常に限界を進化させてる奴の言うことじゃないんだけどなぁ……」

 

剣術と体術の面ではイーブン……だが、翔は明らかにある程度のハンデを負った状態で戦っていることを一輝自身見抜いていた。翔も一輝ならばそれぐらい見抜いていると踏んだ上でそのハンデを課している。理由は色々あるのだが、現状切り札とも言えない状態のものを一輝クラスの相手に晒すのはそれこそ“自殺行為”でしかないとよく解っているからだ。

 

「―――五日後には最終戦だけど、一輝。何か背負った奴が一番強いのか?」

「……翔?」

「確かにさ、何かを『覚悟』した奴の強さというのは俺も経験したことがあるから解ってるさ。でも、それだけで騎士の…人間の価値は決まらない」

 

一輝の様な類の人間からすれば、誰かに応援されている類の人間…例えば<雷切>東堂刀華のような存在が輝いて見えるのは当然の帰結だ。ただでさえ『いないのと同然』と扱われてきた側としては、無視していたとしても同じ人間の評価が気にならない訳ではない。恐らく、泡沫が一輝に言ったことは

 

―――刀華の様な『誰かに期待されている人間』は強い。それに勝てるのか?

 

翔なりの意訳ではあるが、要約すればそういうことになるのかもしれない。誰かからの期待が後押しとなり、その期待に応えようと頑張れるのも人間の強みなのだ。それに対して善悪などないのは当たり前だ。

 

「人の評価を気にするな、といっても難しい話だっていうのは俺にだって言える話さ。でも、人の評価ばかり気にしてたら、自分が目指そうとする道すら靄にかかって見えなくなる」

 

翔自身とて、周囲から散々な評価を叩きつけられたことはかなりある。だが、結局のところその評価とて『個々の杓子定規から当てはめられたもの』に過ぎないと割り切って打ち込んでいた。その例に当てはまらないものもいくつかはあるのだが、それはここで述べる必要はないと思いつつ、翔はハッキリと述べた。

 

「一輝。お前には叶えたい『夢』があるし、俺との『約束』がある。多分ステラもお前と何らかの約束をしてるとは思うけど、今悩んでたらそれすらも叶えなくなってしまうぞ。特にステラなんて天才の塊みたいなものだから、ぼやっとしてたら追い越される……違うか?」

「………やれやれ。ホント、翔は強いというか、いとも簡単に見抜かれるだなんてね。<完全掌握>でも食らったような気分だよ」

「俺はお前みたいにぶっ飛んでないんですけどねぇ……一年間剣を交え続けりゃ、それぐらいは見抜けるよ」

「それ自体普通じゃないからね」

「お前が言うな、お前が」

 

翔の言葉自体ブーメランとも受け取れそうな言葉の応酬ではあるが、それを聞いた一輝は先程まで引っかかっていたものが取れたかのように、スッキリとした表情を浮かべていた。それは強がりでも何でもなく、改めて目指すべきものがハッキリとした、と言わんばかりの表情とも見て取れた。

 

「ま、第一戦での言葉通り、『先に行って待ってる』から出遅れるんじゃねえぞ? <雷切>()()()に負けてた承知しねえからな?」

「また厳しい注文をしてくるね、君も。でも、諦めるつもりは一切ないとだけ言っておくよ」

 

翔も、一輝も、到達点はここではない。代表になって初めて“スタートラインに立った”ということになる。とりわけ、一輝の卒業要件に関わる以上、相手が昨年度七星剣武祭ベスト4という実力者に勝てない様では、優勝など夢のまた夢に終わる。そのことを誰よりも解っているからこそ、恥になるような戦いはしないと……一輝は滅多にしない強めの口調で言い切った。

 

 

所変わって、欧州の小国であるヴァーミリオン皇国。その飛行場に泊まっているのは隣国―――クレーデルラントの王族専用の航空機。今回は王子殿下の来日という運びで、本来ならば日本へ向けて直行する予定のはずの飛行機が隣国であるヴァーミリオン皇国に停泊しているのは理由があった。それは、その飛行機に搭乗している面々の中に一際目立つ存在……しっかりと着飾られた衣装がその方々の位の高さを象徴しているかのように佇む二人。容姿上は双方とも同年代に見えるのだが、少年は年相応に対し、少女の方は『既婚者』―――つまり、二人の年齢は離れているということである。

 

「しかし、驚きました。ルナアイズ皇女殿下より此度の話はお聞きになったのですが、よりにもよって陛下が来日なさるということは初耳でした」

「流石に王子殿下だけだとパパ―――うちの夫が納得しませんでしたので、ルナちゃんに留守中はお任せして、事の次第をちゃんと知るために、無理を言ってお願いしたんです。すみません、うちの身内のせいで~」

「いえ、お構いなく。僕も姉上に会いたいとは思っておりましたので、今回はお互い様です」

 

少女の方はヴァーミリオン皇国の皇妃、つまりはステラやエリスの母親であるアストレア・ヴァーミリオン皇妃。そして隣に座っているのは隣国のクレーデルラントの第一王子、パーシヴァル・ヴェル・クレーデルラント王子である。その傍らには、今回の緊急来日ということで優秀なSPが傍に控えている。

 

「―――お二方、間もなく出発です」

「今回はごめんね~、アヤカちゃん。お子さんもいるのに無理に頼んじゃって」

「いえ、これが私の選んだ仕事ですからお気遣いなく」

 

そう、翔の姉である綾華が皇妃と王子のSPもいるのだ。この三人を始めとしたクレーデルラント王族専用機はヴァーミリオン皇国を飛び立ち、一路日本へと旅立つ。

 

 

―――破軍学園選抜戦 最終戦まであと五日

 

 




かなり突貫的な文章なので、色々粗が出てるかもしれませんorz

で、本来ならば原作ではもっと先に出てくる彼女+オリキャラ一人追加しました。王子に関しては存在自体いないと彼女の留学の障害になりかねないと思い、前々から考えていたキャラではあったりします。

というわけで、次々回あたりに選抜戦編終了の予定です。

いやー、長かった(大体自分自身のせい)

そして、地獄が始まる……(戦闘シーンのオンパレード)

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