落第騎士の英雄譚~規格外の騎士(アストリアル)~【凍結】   作:那珂之川

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#53 昔の約定

~学生寮 406号室~

 

翌日の選抜戦……珠雫の試合が行われている中、翔はと言うと寝ていた。自分から出来ることは大方済んだというのもあるのだが、一度負けている相手に試合を見られるというのも屈辱的な気持ちになるかもしれない。

 

それを配慮する形になったとはいえ、昨日の試合の疲れを癒すべく体を休ませていたのだが、近付いてくる音―――それが明らかに急いでいる状態であることを察したのか、翔が上半身を起こしたのと同時位に、開錠と玄関のドアが開くドアの音が聞こえた。

 

「カ、カケル! 大変です……!」

 

姿を見せたのはルームメイト兼恋人であるエリスの姿。明らかに普通の事態ではない様子に、翔は寝ぼけていた意識をハッキリさせるために、冷蔵庫からスポーツドリンクを二つ取り、一つをエリスに差し出した。

 

「まぁ、とりあえずこれでも飲んで一旦気持ちを落ち着けろ」

「あ……あ、ありがとうございます」

 

今の状況で会話を続けても、まともな情報が得られないと判断した。そうして落ち着かせること数分……エリスはようやくいつもの様な状態にまで落ち着いたので、改めて話を聞くことになった。その内容は

 

「一輝が倫理委員会の査問にねぇ……ついに『なりふりかまわず』の手段に出たか」

「お、落ち着いてますね。もう少し慌てるかと思ったのですが」

「ここまでの大事とはいかなくとも、経験自体は幾らでもあるからな。とはいえ、正直こんなことしたら『ロクな結果』にならんぞ」

 

一輝とステラのスキャンダル疑惑。それを各メディアがこぞって取り上げている……大方実家である黒鉄家の差し金と言うか嫌がらせと言うか、ぶっちゃけFランクと言う最低ランクでありながらも実績を挙げている一輝に対する『僻み』と言う他ないだろう。エリスから聞いた情報を整理した上で、翔がそう零した理由はいくつかあるが、ここでは伏せておく。

 

恐らく一輝はこれに対して真正面から挑むために、その召集を受けることにしたのだろう。とはいえ、相手が相手なだけに一輝の衣食住の保障にも嫌がらせをしてくることは明白。最初は問題なくとも、次第に蝕んでいけば最終戦のころにはボロボロだろう……そこまで考えた上で、翔はとある人物達を思い出し、ため息を吐く。

 

「少なくとも2,3日で出てこれる事態になると思うから、エリスからステラにそう伝えてくれないか?」

「え? 一体何が起こるんですか?」

「………身内のカチコミかな」

「はい?」

 

 

~国際魔導騎士連盟 日本支部~

 

日本支部ビルの地下十階。煤けた机とくたびれた椅子が置いてあるだけで、他には何もない白い壁と床と天井に覆われた場所。言うなれば犯罪者を勾留するための場所。先程一日目の査問委員会を終えた一輝は部屋に入れられ、周りに誰もいないこの状況に溜息を吐いた。

 

「やれやれ……解ってはいたけどね」

 

ここに連行される際に、倫理委員会を務める委員長の赤座守より見せられたとある夕刊の一面。そこに書かれていたのは一輝とステラのキスシーンの写真。それをもってスキャンダルというような印象を抱かせる文面。それを見たステラが怒りのあまり燃やしてしまったのでその詳細は読めなかったが、その写真と見出しで大方の事情を察した。

 

魔導騎士というか学生騎士である以上、15歳を超えれば成人とみなされる。当然一輝もステラもこの要件を満たしているので、仮に婚姻ともなれば双方の親を交えて話をすればいいだけの話なのだ。そもそも、スキャンダル疑惑自体にステラ自身の意思が介在していない以上、疑惑として成り立たない前提を無視してこんな適当なことを各メディアがでっち上げた理由も、狙いも……一輝には瞬時に理解できていた。

 

「桐原君をけしかけてきたときと同じだね……」

 

一輝の側に失点を作り、彼が間違ったということを立証させようとするのが狙いであった。それはともかく、腹ごしらえをしようとした一輝は机を見やると、栄養バーが二本だけで水はないという有り様。こんな仕打ちも想定内だと思いながら机に近づこうとした時、

 

「おやおや、まだまだ育ちざかりの少年がそんな食事でいいのかい?」

「え?」

 

後ろから聞こえてきた声に、一輝が振り向くと……さっきまで一人しかいなかったはずの部屋に二人目の人間がいることに目を見開いた。その人物は昔の軍服を思い起こさせるような緑を基調としたきっちりとした格好に、目線を見られたくないのか緑の軍帽を深く被っている。しかも、その人物はさきほどまでなかったはずのパイプ椅子に座り、手には小説位の大きさの本を手に持ち、読書をしている様であった。

 

「えと、貴方は一体……というか、いつ入ってきたんですか?」

「ま、お前さんの査問が無事に終わる様に監視する“監視係”みたいなものさ。とはいえ、どこかの阿呆のように肉体的懲罰は与えないから安心してくれ。いつ入って来たのかという質問は、ちょっと答えられないがな」

 

そう言いながらもその人物―――憲兵のような人は自身の後ろから布で包んだ何かを取出し、一輝に向けて差し出した。

 

「それは一体……」

「夕食だ。そんな栄養バーでは査問なんぞ持たないだろう。ただで受け取るのに気が引けるなら、その栄養バーと交換でどうかな?」

「構いませんけど、こんなので大丈夫ですか?」

「気にするな。俺は燃費がいいからな」

 

気にかかることが多すぎるのも事実だが、彼の言っていることにも一理あり……一輝は机にあった栄養バーを彼に差し出し、代わりに受け取ったもの……布の包みを開けると、しっかりと栄養バランスが考慮されたお弁当であった。気が引けるとはいえ、親切を無碍にするのもよろしくないので、一輝はその弁当を全部食べた。

 

「あの、ありがとうござ……寝てるね」

 

気が付くと床に横になって眠っていた憲兵。仕方ないので、彼の傍に空になった容器の包みを置き、明日の査問の為に一輝も目を閉じて少しでも疲れを癒そうと瞼を閉じた。彼が完全に眠った頃にその憲兵は閉じていた瞼を開き、体を起こす。

 

「ようやく寝たか。しかし……あの狸もクソジジィどもも堅物も面倒なことを」

 

こんなところでそんな文句を吐き捨てるように呟く人物。その音声など録音などされないし、そもそも『不都合な録音どころか録画なんて出来ない様に細工してある』のだが。彼は傍にあった包みを手に持ち、まるで最初から鍵がかかっていなかったかのように、その部屋を後にした。

 

 

一方、場所は変わって日本支部の一階。流石に深夜という時間帯もあって静まり返っている受付前のロビーには、二人の人物がいた。外見的特徴から述べるならば、一人の青年と一人の少女という表現が最も当てはまるであろう。だが、その見た目に反して年齢は異なるという摩訶不思議の様子。そして二人の手にはそれぞれ武器―――固有霊装が握られていた。

 

「ふぅ…左之助さん。まさかこんなに早く行動を起こすとは思ってもいませんでした」

「フフッ……記者の連中には教え子が何人かいるからな。そやつらのおかげで行動を早く起こせただけじゃ。夕刊を見た後だったら、早朝にかち込む予定じゃったが」

「もう、武蔵義父様がまた頭を抱えますよ……では、手筈通りに」

「ここいらで“迷彩”を外すかの。………さて、龍馬の阿呆な孫に喝を入れてくるとするかのう」

「私は一輝君を探します。多分地下なのは間違いないでしょう」

 

そう言って二手に分かれた二人の人物。監視カメラに映り、手には武器を持つ人物が映ったことを監視員がすぐに気付き、侵入者のアラームがビル中に鳴り響く。しかし、それでも焦ることなく一歩ずつ確実に歩みを進める二人。

 

「止まれ! このビル内では霊装の展開は基本的に禁じられている!! 大人しく霊装を解除して、両手を上げろ!!」

 

それぞれ姿を見せたビル警備の伐刀者。魔導騎士の連盟というだけあって、<解放軍>の襲撃を防ぐために多くの伐刀者が警備に当たっている。完全に武装したその様子を見て、特に驚くどころか

 

「ほう、行動の早さは流石だが……所詮は雑兵程度じゃな」

 

「……随分となめられてますね」

 

別々の場所にいる筈なのに、会話が成立してしまいそうな言葉。だが、このような所で止まるということや引き返すという選択肢など、彼等には既になかった。警備の伐刀者が自らの固有霊装でもある銃の引き金に力を込めた瞬間、彼の視線は急激に天井へと向けられた。

 

「――――があっ!?」

「遅いのう。距離のアドバンテージを稼ぎたくば、せめてその倍以上は用意すべきと忠告しておこう」

 

おおよそ50mという距離を瞬時に詰めた青年は銃を持つ伐刀者を床にたたき伏せると同時に身体を捻らせ、その周囲にいた警備の伐刀者全員を壁に…天井に…そして最初に攻撃を封じられた伐刀者と同じように床にと…最初から障害物などなかったかのように吹き飛ばされ、めり込んでいる影響からか倒れる様子もなかった。そもそも、彼等はそこそこの魔力量を持っているので、この程度の衝撃であっても無傷の公算が高くなると踏んでの一手であった。

 

相手からすれば、青年の動きが速過ぎて一体何をされたのかすらも解らない…そんな状態であった。それも至極当然だ…青年と警備隊の実力差には『決定的な隔たり』があるのだから……そしてそれは、地下にいる一輝を目指して歩を進める少女と警備の面々にも同様のことが言えた。

 

無論、この騒ぎは当然の如く執務室―――支部長である厳にも伝えられていた。二人の来訪者、それぞれが上と下を目指す構図ということを担当から聞き、防犯カメラに映った彼らの姿を見て思案した後、厳は警備担当に繋ぐ。

 

「私だ。今すぐ二人の制止に向かったものを下がらせろ。近くにいるものは直ちに武装を解除して道を開けるよう徹底しろ」

『はあ!? で、ですが……』

「早くしろ。それと赤座と葛城をここに呼べ」

『わ、解りました!!』

 

語尾を強くして連絡を終えると、椅子にもたれかかった。あの二人は自分も良く知っている。とりわけ、少女の方に関しては厳にとって様々な因縁を抱えている相手でもある。

 

「刃を向けられたか……いや、元々はこちら側が向けた様なものだが」

 

そう呟いた理由は大いにある。厳とその少女は実の兄妹であった……だが、才覚に溢れた妹に対し、自身は大した才覚などなかった。ただ男性という理由で担ぎ上げられ、捨てられることなどなかったのはありがたいとおもった。だが、それ故に自身に対して厳しくあらなければならない生き方を押し付けられてしまった。

 

その余波で妹の人生にも影響を与えた。正直、この場で……家との繋がりを断つと決め、実家を離れたあの日……そして、彼女の身内の葬式……自身にどんな理由があろうとも、刃を向けられて殺されてもおかしくはない……そう思っていたのは事実であった。ほどなくして、執務室に小太りの男性―――赤座とがっちりとした体型の男性―――厳が『葛城』と呼んだ男性が姿を見せた。

 

「どうかなさいましたでしょうか?」

「―――侵入者だ。恐らくはお前にも関わりのある人物だ」

「はい? 賊如き、そこにいる<為神>殿に頼めばよいのではないかと」

「誰に向かってものを言っているんだ、赤狸風情が……で、俺を呼んだのはソイツの制止役ってことか?」

「……無論、それもあるだろう。今回、襲撃を掛けたのは<六道の雷神>と<神風の魔術師>とのことだ。お前は何か聞いているのか?」

「いんや、その襲撃自体初耳なのには違いない」

 

厳から言われた言葉に、葛城と呼ばれた男性―――日本支部副支部長:葛城武志(かつらぎ たける)は首を横に振ってその事実が初めて知ったと言わんばかりの反応を示し、それが嘘ではないと厳も目を伏せた。

 

確かに嘘は言っていない。武志は先程まで地下にいて、身分を偽ってまで“とある人物の監視係”という建前でその当人に会っていたわけなので、彼等の襲撃に気付くのが今さっき放たれた厳の言葉という事実に偽りや誇張などない。

 

「そうか」

「といって、身内を庇われるおつもりではございませんよね? とりわけ<神風の魔術師>は副支部長殿の」

「黙れ、狸。お望みならその図体を綺麗さっぱりの三枚おろしにするぞ」

「ひいっ!?」

 

赤座の物言いに武志が殺気を放って威嚇すると、当の赤座本人が委縮したその時、乱暴に開けられた扉。その衝撃で蝶番が変形してドアが宙づりの状態になる。そんなこともお構いなしに黒き雷を纏い、真っ黒とも言える刀身を持つ野太刀の霊装を手に携えて、三人に近づく人物。その人物に武志は苦笑を零した。

 

「おっと、これはまた随分とお怒りですな。お祖父様」

「まあ、身内絡みもそうじゃが……龍馬との約定もあるからの。久しいな、厳坊。一段と堅物になりおって、龍馬が聞けば悲しむぞ」

「お久しぶりです、左之助殿……これは、耳に痛い話ですな」

「な、なな、一体何をなさっておるのですか!? このような所業、いくら左之助殿といえども」

「黙れメタボリックボール。お前に用なんぞ一寸もないから十秒以内に視界から消えろ。さもなくば、この場で消すぞい?」

「―――赤座、直ちに下がれ。これは日本支部長としての命令だ」

「は、は、はひっ!!」

 

その青年―――左之助の言葉に厳は沈痛な表情を浮かべ、慌てふためく赤座の物言いに対しては威圧を放って黙らせ、仕方なく厳が下がるよう命ずると、赤座は泣き出しそうな表情をしつつ執務室を後にしていった。それを見届けた後、気配を確認して……左之助は自身の異能と固有霊装を解除した。

 

「さて、わしがこのような事をしてまで出向いた理由じゃが、先程も言ったが『龍馬との約定』を果たすためじゃ」

「……その内容は?」

「単純じゃよ。『一輝が黒鉄家の理不尽な理由で身柄を拘束されるような事態になった際、それを打破してほしい』とな。こんなスキャンダルまがいの、しかも相手方の意向を無視して一方的に決めつけるような論調……教え子数人から連絡を受けて、遥々実家の東北から足を運んだのよ―――ま、そんなことはどうでもいい」

 

龍馬との昔の約束……それを果たすために、と述べた左之助の説明に厳と武志は黙って聞いている他なかった。一通り主張が終わった上で、左之助がこう述べた。

 

「要求は黒鉄一輝君の即時釈放並びに各メディアに対して謝罪文の発表。今回の一連の騒動を起こした『日本支部倫理委員会』『黒鉄家』の両方からな。だが、これでは一部の連中が納得しない……ならば、騎士らしく実力を示してもらう。それが一番手っ取り早い方法だと思わんか?」

「実力……選抜戦ですか?」

「然様。最終戦で学内序列一位の人物と戦ってもらうように計らう。彼女も一輝君も無敗同士ならば、規定上問題なかろう。勝った方が無条件で七星剣武祭代表に選ばれるのじゃからな」

 

左之助が提案したのはごく自然の対応。とはいえ、黒鉄家の連中が納得しない可能性も考慮し、左之助はその条件を達成した暁には後者の条件もきっちり実行してもらうと念を入れた上で……特に反論する事由は、今の厳にはなかった。

 

今の一輝の戦績は無敗を貫いている状態。しかも、現時点の戦績で序列三位<速度中毒(ランナーズハイ)>を破っている。序列二位は一敗している以上、実力を計るには難しく『手を抜いた』と見られるかもしれない。その点でいけば、序列最高位である<雷切>は昨年の七星剣武祭ベスト4に加えて<特別召集>にも参加した経験ありの実力者。一輝の実力を試すという意味においては、相手としては実に申し分ないだろう。

 

「えと、ありがとうございます左之助さん、でしたっけ?」

「おや、名前は名乗ってなかったはずなんだが…翔からかの?」

「ええ。彼の持っていたアルバムと話から推測した結果です……そこまで若いのには驚きましたが」

「ほっほっほっ、お主も努力すればこれぐらいの若さは保てる。精進してみるとええ」

「あはは……頑張ってはみます」

 

こうして一輝は助け出され、昨日の騒ぎはまるで嘘であったと言わんばかりのメディアの対応に溜息を吐きたい気分であった。とはいえ、一度ああいう噂が流れるとなかなか抜けきらないのが人の常である。一輝と翔がやっている武術指南に関しても最大の半分程度にまで減る具合であった。

 

―――最終戦まであと三週間

 

 


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