落第騎士の英雄譚~規格外の騎士(アストリアル)~【凍結】   作:那珂之川

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#52 水と雷

~破軍学園 第五訓練場~

 

珠雫のお願いから実現する形となった、翔と珠雫の模擬戦。既に試合が始まって一分………互いに霊装を構えてはいるが、一向に動く気配がない。リング外から二人の様子を見守っている明茜の元に、一人の女性が近づく。それは、この学園に在籍する者ならば…いや、そうでなくとも知らない人間はいないと言えるほどの実力者であった。

 

「やれやれ、どんな騒ぎかと思ってきてみれば……苦労を掛けるな、葛城妹」

「理事長先生。どうしてこちらに?」

「救護係の面々が慌ただしかったからな。それで気になって足を運んだ、というわけだ。ああ、この模擬戦は決着がつくまで止める気はないから安心してくれ」

「は、はぁ……」

 

どうやらこの戦いに至った経緯をおいそれとなく理解してくれていたようで、明茜は説明の手間が省けたことに一言返事するぐらいしかできなかった。それを聞きつつ、この学園の理事長―――黒乃は翔と珠雫の方を見やる。そして、呟いた。

 

「しかし、黒鉄妹も随分と無茶をする。<雷切>対策だというのは解らなくもないが、それだったらお前相手でも十二分だったとは思うが」

「多分、私だと手心を加えそうだったから、だと思います。お兄ちゃんのように完全に割り切ることなんて出来ませんから」

 

とどのつまり、翔に至っては戦いとプライベートを完全に切り離して戦いに臨んでいる、ということになる。そんな芸当ができる人間の事を思い出しつつ、黒乃は煙草を取り出して、火をつけた。そして息を吐くと、こう呟いた。

 

「良くも悪くも<為神>と<神風の魔術師>の息子にして<千鳥>の弟、ということだな」

「あはは……ところで、理事長先生。先程の言葉を聞くと珠雫ちゃんは『かなり分が悪い』という風に聞こえたんですが……今のお兄ちゃんは、そんなに強いんですか?」

 

明茜は疑問に思っていた。確かに始業式の時の一件からすれば、不意打ちと言う形になるとはいえ珠雫に勝るとも劣らない実力は明白。それは選抜戦での戦績からも明らかであり、名だたる実力者相手にも無傷で勝利を収めている事実が証明している。だが、伐刀者としての資質に劣っている彼が能力を使った相手に勝っているところを見たことがなかった。いや、厳密に言えば『Aランクの伐刀者を相手に勝利したところを実際に見たことがない』という表現が正しい。翔とエリスの一件にしても本人たちの話が大部分であり、ステラとの模擬戦の時は丁度選抜戦の試合があったために見に行けず、一輝たちから話を聞いたぐらいだ。

 

「優紀の奴と何度も手合わせしているとは耳にしたが?」

「それでも、優紀ちゃんの方が手加減してましたよ。能力を全開にしちゃうと優紀ちゃんが必ず勝っていましたし」

「成程な……(葛城の奴、無意識的に加減をしていたというところか……)」

 

近所にいた中学生(シニア)リーグ世界王者経験者相手に能力をフルで使われた状態で勝っているところを見たことがない、と明茜は述べた。そこまでとはいかないものの、今の模擬戦の相手は一年でもトップクラス―――七星剣武祭クラスの水使いの伐刀者。おまけに雷を通さない超純水の壁を展開できるほどの魔力制御の持ち主。その疑問に、黒乃は静かに呟くような音量で話し始める。

 

「葛城妹、お前は自身の兄の能力をどこまで把握している?」

「どこまで、ですか……そうですね」

 

僅か十代にして八葉理心流の皆伝に相当する奥義<迅雷焦破><瞬雷顕衝>を会得、表の葛城八葉流にしても到達に五十年かかると言われている皆伝『心刃(このは)の段』に至り、師範代の目録を受け取っている。ただ、魔力量自体は平均の半分程度なため、伐刀者としてはEランクの人物。そして、他の伐刀者とは異なり“魔力に依存しない異能”を持つということ。

 

「―――というところあたりでしょうか。それが何か関係あるのですか?」

「先日というか、ヴァーミリオン姉妹との模擬戦の際にアイツのデータを参照程度に取ったのだが……葛城妹。魔力値を全く考慮しない前提で、目の前で戦っているお前の兄の暫定ランクは恐らく―――だ」

「………えっ!?」

 

黒乃の言葉に明茜が目を見開くのと時同じくして、リング上にいた静寂の均衡が破られた。いや、翔が先に仕掛けたのだ。彼我の距離はおおよそ25m。しかし、そんな距離など翔にとっては在って無い様なもの。一気にギアを上げて、トップスピードを以て距離を詰め寄る。だが、珠雫はそのタイミングを待っていたかのごとく、彼女も動く。そう、翔が全速力を出したその瞬間を狙っていたのだ。

 

「凍てつけ、<凍土平原>!!」

 

翔の速力よりも遥かに速くリング上に張られた氷のフィールド、珠雫の伐刀絶技<凍土平原>。これによって翔をスリップさせて瞬時に距離を詰められることを防ぐ。次の攻撃手段である水の塊――― 一度張り付けば、相手を溺れさすまで剥がれることのない彼女の得意とする伐刀絶技<水牢弾>を翔に向けて放つ。数は四発……摩擦の無い氷のフィールドでそれを躱すのは難しい。

 

―――だが、相手は大会実績がないとはいえ、昨年の七星剣武祭クラスの面々を破ってきた実力者。この攻撃に対してなす術がないということなどない。

 

何と、彼は摩擦の利かない氷に突き刺すが如く左足に力を一点集中させる。摩擦が効かないのならば、摩擦が効くように氷を砕いてしまえばいいと。その衝撃と氷の摩擦の低さをを利用して一気に右に飛び退き<水牢弾>を全て躱すと、その氷の特性を生かして彼女との距離を詰めるため、彼は左手に持つ『叢雲』を逆手に持ち替えて雷を纏わせると、それを踵のすぐ後方の凍ったリングに突き刺し、それを押し込むかのように握った右手で柄の頭を叩く。

 

その刹那、『叢雲』を纏っていた雷が刀身の周囲を勢いよく迸り、まるでロケットエンジンが噴射したかのごとく翔の身体が急加速する。目指すは珠雫のいる場所ただ一点。凍るフィールドという相手にとって有利な状況下を、自らも有利に引き込むだけの思考の速さ。とはいえ、珠雫自身もその程度で終わるとは到底思っていない。

 

―――寧ろ、この状況になることも当然読めている。

 

瞬時に近づこうとした翔と珠雫の間を遮る様に貼られた純水の障壁。これには、流石の翔も『叢雲』を横に払う様に薙いでブレーキを掛けると、一度距離を取る。雷すら通さない超純水の障壁……破るのはそうたやすくはない。だが、それを破るための術も翔は今まで磨いてきたのだから……未だに刀身を渦巻く雷の力の減衰具合を瞬時に確認すると、静かに呟いた。

 

「流石、<深海の魔女(ローレライ)>と呼ばれるだけはあるか。本当に強いね。なら、試させてもらうよ」

 

―――八つある俺の秘剣。それをどこまで凌げるか。

 

翔は考えた。恐らく、明日の対戦相手はこの戦術すら簡単に見抜く。模擬戦という観点からいけば、それを前もって知らしめるのもいいだろう。しかし、翔もまた選抜戦を戦い抜いている身において、そう易々とヒントを与えるのは面白くないし、何より

 

―――俺自身の力を高めなければ、恐らく七星剣武祭は勝ち抜けない。

 

正直珠雫に対して詫びなければいけなくなるかもしれない。珠雫だけではなく、兄である一輝やルームメイトである有栖院、そして彼女の友人であり義妹でもある明茜に……それでも、翔は決めた。その決意を示すかのごとく、先程と同じく『叢雲』をリング上に突き刺して刃先からエネルギーを放出、その推進力を以て一気に加速する。

 

傍から見れば無謀な突貫にしか見えない行為。それは水の障壁の向こうにいる珠雫の目にもそう映った……はずだった。だが、迫りくる彼のそれが無謀な行為ではないと、生命的本能が警鐘を発していた。その警鐘に従うが如く、珠雫は自らの伐刀絶技<障波水蓮>から様々な形での攻撃を彼に対して試みる。彼女の水の攻撃は全速力で突撃してくる彼に回避は難しい。全ては難しいが、それでも傷を負わせることはできるだろう。当然、攻撃をかけた珠雫自身ですら……だが、その目論見はすぐに崩れ去った。

 

(なっ………嘘!?)

 

珠雫は目を見開いた。明らかに攻撃の全てを回避できるはずがない状態で幾多もの水の攻撃を受けたはずなのに、突撃してくる彼の動きに一切の衰えがみられない。いや、それぐらいは想定の範囲内だ。もっと驚くべきなのは、その攻撃の被弾跡が彼に一切見られないということだ。高密度の魔力の壁を纏っているわけではない。

 

その時点で、珠雫は妙な違和感を抱いた。最初は錯覚かと思っていたが……攻撃の命中前後で彼の姿が()()()()()()()()()()ことに。その時点で、彼の次に起こす行動に気付き、攻撃を破棄して水壁の防御を高めた。そのとっさの判断は褒められてしかるべきだろう。

 

―――流石は今年度第三席。でも、もう遅いんだよな、これが

 

その刹那、突撃してくる彼が光に包まれ、巨大な雷の刃へと変貌せしめる。その圧倒的質量を以て、珠雫の前面を覆っていた水壁を瞬く間に削り取った。その光景にはリング上にいた珠雫のみならず、リング外から様子を見守っていた明茜も……黒乃ですら口に咥えていた煙草をあやうく落としそうになったほどに。

 

だが、まだ勝負は続いている。それを好機と見た翔がどこからか姿を見せ、走りだそうとした瞬間に足元が動かなくなる。それは、凍り付いたリング上から生えてきた氷の腕。それを剥がす間もなく、突如翔の周囲が暗くなる。それに気づいて翔が見上げた時には、上から降り注ぐ氷の塊。

 

水壁が破られないという保証なんて最初からなかった。正直、完全な力押しと言う手段に打って出るとは思えなかったが、相手に分があると思い込ませた上で動きを封じるための術を練り、人間の頭上と言う絶対的死角から氷柱をぶつける。防御・拘束・攻撃を同時に行えるだけの魔力制御を有している彼女だからこそ可能とする芸当。リング上に着地した珠雫は肩で息をするように呼吸を整える。

 

「はぁ、はぁ………」

 

<幻想形態>とはいえ、この一撃で気絶は免れない……この状況では、珠雫の勝ちは揺るがないだろう。だが……珠雫には模擬戦の最初から感じていた雰囲気が消えていないことに気付いていた。そして、一つ息を吐いたと同時に背後から声が掛けられた。

 

「どうする? 続けるなら、まだ相手になるけど?」

 

それは紛れもなく、珠雫が戦っている相手―――翔当人であり、珠雫の首元に『叢雲』の刃が突き付けられている。この状況を珠雫は冷静に思案し、出した結論は一つであった。

 

「いえ、これ以上戦っても、私の負けが延びるだけです……ありがとうございます、翔さん」

「―――どういたしまして」

 

今の攻撃ですら躱されたともなれば、十中八九<雷切>には通用しない公算が高い。加えて、彼は選抜戦で見せた奥義を使わずして珠雫を追い詰めた。その段階から考えても、引き出しの数が少ない珠雫には分が悪い勝算でしかない。また一から戦術を見直さなければならなくなったことを察したのか、翔が呟いた。

 

「しかし、まさか珠雫相手に秘剣を三つ使う羽目になるとは思わなかった」

「え?」

「秘剣之陸 <電颯(はやて)>、秘剣之参<霧隠(きりがくれ)>、そして秘剣之壱<雷鳥>。その三つを用いてようやく<障波水蓮>を破れたってところだし、正直<霧隠>が完成していなかったら、負けていたかもしれないし。ま、紙一重の勝負だったってことだよ」

 

翔自身嘘は言っていない、と珠雫はすぐに察しつつ……自身が落ち込んだのかもしれないと思って、そう言ってくれたことに対し、珠雫は思わず笑みを零した。

 

「全く、そういうところはあの人譲りですね」

「そうか?」

 

珠雫の言った『あの人』には心当たりがあったので察しつつも、翔自身そこまで似ているとは思えず首を傾げた。一方、リング外から見ていた黒乃はそのやり取りを含め、彼の振るった剣術、珠雫の攻撃を全て躱し切った体術、そして……ここで見ていた人間を欺いた彼の異能に対し、頬を冷や汗が流れた。

 

(葛城妹には“暫定Aランク”とは言ったが……同年代でこれほどの実力を持った奴なんて、私ですら知らない。いや、知らなかったというべきだろうな)

 

それでいて、今も尚自らの限界と向き合っている彼の行きつく先―――かつて、自身もその入り口に至りながらも、引き返した場所。人という領域……運命の限界点の極致とも言える場所。

 

(葛城……それを知っても尚、お前は目指すのか。『運命の外側』を)

 




まぁ、模擬戦なのであまり引っ張るのもアレかな、と思った結果のこれです。珠雫の選抜戦の結果は次回以降にて。

で、次回いよいよ例の監禁事項です。
だって、不当な事由で拘束した以上は監禁同然じゃないですか(超理論)

ですが、色んな意味でブレイクしていきます。
あ、ちなみに赤い狸の末路は決まっておりますので(計画通り)

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