落第騎士の英雄譚~規格外の騎士(アストリアル)~【凍結】   作:那珂之川

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#51 力試し

―――『黒鉄』という存在の大きさ

 

幼い頃から伐刀者としての才覚を示した私は、周りから『天才少女』と持て囃され、どんな我侭も許された。どのようなことも相手が悪いということになり、へこへことまるで振り子のように頭を下げる周りの大人達。でも、それは私ではなく『黒鉄家』という存在に対して逆らいたくないから、気に入られたいから……

 

正直、うんざりと言う他なかった。鬱陶しいと言えたかもしれない。人間という存在が面倒だと思えたほどに。でも、そんな私を叱ってくれた人がいた。

 

『どう見ても、珠雫が悪い』

 

周りの大人たちに蹴られ殴られながらも、先程の言葉を取り消さなかった少年。私にとっては血の繋がった兄でありながらも、伐刀者としての才覚は私や上の兄から見れば遥かに劣る……それでも、へこたれることなく自らの道を突き進む存在に触れ、私は人間と言う存在を嫌いにならなかった。

 

『ダサい、はしたない、カッコ悪い……子供をいじめて何がそんなに楽しいのか、私に教えてくれるかな? ん?』

 

そして、私を叱ってくれたのはもう一人。伐刀者としての才覚に溢れ…私は無論の事、上の兄ですら勝つことができなかった女性の存在。少年に謝罪を強要していた連中を数秒で気絶すると、少年の乱れた服装を慣れた手つきで整えた。その上で、私に向き直って一言述べた。

 

『珠雫ちゃん? あなたにとって血の繋がった兄をどうして庇わないのかな? ちゃんと正しいことを言った彼に何の言葉もないのかな?』

 

言えなかった。ううん、解らなかった。そうやって叱られるまで、私は自分のしていることが『悪い』と思ったことがなかった……何が良くて、何が悪いのかを教わってこなかった。正しいことと間違ったこと、それは人の価値観によるもの。その意味では、それまでの私の価値観は『黒鉄』という絶対的力によるものでしかなかった。

 

曽祖父の死の後、黒鉄家を去った女性。小学卒業を期に実家を離れた一つ上の兄。そこからの五年間、私にとっては苦痛以外の何ものでもなかった。彼等をまるでいなかった存在のようにしか見ていない親族……無論、自身の両親でさえ。だが、その中で知ったこともあった。

 

『葛城家』という存在。由来は平安時代に台頭した藤原氏の血族という説もあれば、陰陽師と呼ばれた安倍清明の血統を受け継いでいるという噂など、諸説あるものの約千年にも及ぶ血筋が絶えることなく続いているらしい。その家と黒鉄家の関わりは今から約三百年前―――江戸時代において将軍家を守護する家系として二つの家が選ばれたことに由来する。

 

黒鉄家を表とするならば、葛城家は裏の存在。あらゆる裏稼業を請け負い、彼我の力の差を一切無視した『勝つための術』に特化した技を後世に伝承しながらも生きてきた家の存在は、侍の正道を突き進む黒鉄家と折り合いが悪く、衝突することも数え切れないほどに多かった。その影響は現代においても未だ残り続けている。

 

そんな黒鉄家でも葛城家を排除できなかった理由は単純明快。彼らの力―――すなわち権力は黒鉄家よりも上。日本国内のみならず、諸外国にも多大な影響力を持ち、下手をすれば国家元首である内閣総理大臣……いや、国家の象徴たる皇族に次ぐ権威を持つとまで実しやかに囁かれているほどだ。それほどの権威を持ち得ながらもそれを表沙汰に振るうのを由としない。過ぎた力は己すら滅ぼすことを誰よりも知っているからこそ、内に秘められたままだ。

 

閑話休題。

 

兄が家を去ってから五年間、私は兄を取り巻く環境の苛烈さを知った。その背中に背負った孤独の冷たさも。

 

この家を去る直前、私は勝負を申し込んだ。<幻想形態>ではあるが紛れもない真剣勝負……何とかして家に留まってほしい一心で私は挑んだ。伐刀者としての才覚ならば、私に完全に分があった。

 

『ごめん、珠雫。でも、僕はこの場で立ち止まることは……できないんだ』

 

だが、兄はそれを覆し、私に勝ち……黒鉄の家を出た。

 

悔しかった。伐刀者としての才覚に劣る者相手に負けたということよりも、黒鉄のほぼ全てによって追い詰められてしまった兄を引き留めきれなかったことに。

 

その時決めた。誰も兄を愛さないというのならば、その分を与えようと。ならば、彼に付いていく強さでは中途半端、彼を支えるに足る強さでも到底足りない。彼と並び立って戦えるだけの強さを彼女は欲した。そしてたゆまぬ努力の末に手にしたBランクと言う評価。

 

兄の目指す場所は七星の頂。その場所に共に行くためには、まだ足りない。そして、自らの限界を試せる機会が訪れた。次の選抜戦の第十三戦目―――学内序列最高位の騎士が相手だ。今までのとは違う、紛れもない『格上』の相手。その騎士に万全なコンディションで臨むために、彼女は一つの頼みをすることにした。

 

自分を叱ってくれた女性の子ども―――兄と同じように伐刀者としての才覚に乏しいが、それを補って余りある技術を持つ規格外の騎士……その人物に、珠雫は模擬戦を申し込んだ。彼女が知る限りにおいて、ハッキリと『格上』といえるであろうその人物と相対する。

 

これまでの五年間で積み上げてきた全てを以て、黒鉄珠雫としての限界を超えるために。

 

 

~破軍学園 カフェテリア『ぷらっと』~

 

連休が明けて、いつも通り学校生活と時折選抜戦の日々に戻る。一輝とステラ、有栖院と斗真、そしてエリスの五人はカフェテリアの一角でくつろいでいた。ここにいる五人は既に第十三戦を戦い、いずれも勝利を収めている。無論話題の中心でもあり、近付く者もいるのだが……今日ばかりは近づく人もいない様子だった。

 

その原因はというと、周囲に赤い燐光を纏わせながら今朝の新聞の一面と睨めっこする一人の女子生徒―――<紅竜の戦姫>ステラ・ヴァーミリオンその人であった。やがて、睨めっこしても埒が明かないと判断したのか、持っていた新聞をテーブルに置き、ため息を吐いた。

 

「はぁ、何が巨人の生き残りよ。どう見たってこんな岩の魔導人形(ゴーレム)の時点で伐刀者の仕業以外ありえないでしょうに」

「結局、この件は解らず仕舞いなのかしら?」

「うん。生徒会執行部の人達も、この件を調査すると言って残ったぐらいだからね」

「しかし、こんな時期に風邪を引くだなんて、少々たるんでないかな? お姉ちゃん」

「うぐ……返す言葉もないわ……」

「まぁまぁ……けど、こんな時期に物騒な噂もあったもんだな……(連中の仕業か?)」

 

翔やエリスらが大阪に行っている頃と時同じくして、一輝とステラは理事長からの頼み(実際には翔が刀華から頼まれたこと)という形で奥多摩の合宿施設の掃除手伝いに行くだけだったのだが、そこで岩の魔導人形の集団に襲われたとのことだ。

 

何とか生徒会長である刀華が間に合ったので事なきを得た、というところだが……斗真は襲った連中がもしかしたら一輝やステラを真っ先に狙った可能性が脳裏に浮かんだ。とはいえ、教官陣にも鋭い読みをする人がいるので問題はないと信じ、一輝らの会話に耳を傾ける。

 

「生徒会長、東堂刀華……どんな人だったの? 一輝やステラは実際に目にしたわけなんでしょ?」

「うーん、アタシは体調を崩してたからハッキリとは……イッキは?」

「状況が状況だったから話すことも出来なかったし、流石に人となりまでは読めなかったけど……実力は今でもはっきりと思い出せるよ。噂自体誇張でも何でもなく、純粋に強いと言えるほどに」

 

東堂刀華の戦闘スタイル自体は抜刀術主体、というのは見て取れた。そして、太刀筋も速さも目にした一輝は、彼女の二つ名である<雷切>と呼ばれるに値する実力者だということを瞬時に悟った。正直言って、彼女と自分の親友が戦うとどういう結果になるのだろうと考えてしまうほどに。

 

「へぇ~、一輝にそこまで言わせるとは……流石は学内序列一位の実力者だな」

「それに次ぐ<紅の淑女>を破ったトウマがそれを言いますか?」

「あれは上手く虚を突けただけだよ。で、明日は一輝にとって心配って訳か」

「まぁ、そうだね……」

 

斗真自身嘘は言っていない。見えない刃を躱しつつ、彼女に有効打を与えるためには想定しえない場所からの急襲を取る方が一番早いと考えた上で白星を勝ち得た。それよりも、一輝の妹である珠雫の次の選抜戦第十三戦目の相手―――そう、先程から話題に上っている<雷切>東堂刀華がその相手なのだ。

 

「シズク、明日の選抜戦であの会長さんと当たるのよね?」

「ええ。今日はそれを仮定して、雷使いの上級生を相手に模擬戦をやってるわ。『気が散るからアタシは来るな』って言われちゃったから、こうしてここにいるのだけれど……」

「アリス? 珠雫が何かしたのかな?」

 

ここに珠雫がいないのは、明日戦う『雷』属性の伐刀者対策には物足りないが、同属性の上級生を複数相手にするという模擬戦をこなしていた。すなわち、<雷切>という騎士の存在は、普段そういうことをしない彼女が模擬戦をするほどの『格上』の相手ということを意味している。とはいえ、それを述べた後の有栖院の表情は、ため息を吐きたそうな表情を浮かべていた。それを見た一輝が何かに気付いたのか、有栖院に尋ねた。

 

「脅されたわけじゃないから安心して頂戴。それに、口止めされたわけじゃないから、別に言っても構わないわね……彼女、ちょっと嘘をついたのよ」

「シズクが嘘を?」

「あの子ね、どうやら上級生だけでなく『彼女が知る限りにおいて最も強い雷使いの伐刀者』にも模擬戦を打診していたみたいなのよ。だとすると、彼のあの言葉も納得が出来るわ」

 

有栖院の言葉に一輝とステラのみならず、斗真とエリスも本来ならここにいてもおかしくはない『とある人物』がここにいないことの意図を察した。『彼女が知る限りにおいて最も強い雷使いの伐刀者』……風の噂では破軍学園最強と言っても過言ではない一人の学生騎士。

 

「雷使いの伐刀者って……まさか」

「ええ。今日試合があったとはいえ、疲労はほぼないでしょう」

「それに、アイツにしてみれば剣武祭クラスの模擬戦は望むところだな……」

「まぁ、その辺はちゃんと考えてくれるから大丈夫だとは思うけれど……やっぱり心配だよ」

 

家を出る前の珠雫の印象がどうにも抜けきっていない様であった。無理もない……約五年も顔を合わせることなどなかった実の妹。入学試験における優秀な成績、ここまでの選抜戦における戦績。それは紛れもなく彼女の伐刀者としての努力の結果からくるものだということは、一輝とて理解できない訳ではない。無理や無茶なことはしてほしくない、という気持ちがどうしても口にしてしまうほどに先行してしまうのも無理はない。それを察したのか斗真は一輝に

 

「一輝、珠雫ちゃんが決めて戦うと選んだ道なんだ。兄のお前に出来るのは、それをちゃんと見届けてやることだけだと思うぞ。その辺はお前だけじゃなく、きっと珠雫ちゃんも似たような気持ちを抱いてるんじゃないかと思うぞ。ま、俺の勝手な予測だけどよ」

「斗真……その、ありがとう」

「何でお礼をいわれにゃならんのよ……ま、素直に受け取っとくさ」

「ふふ……」

 

強さに貪欲な双子の姉を持ってしまったが故の斗真の経験談を聞き、一輝は目を見開いて……暫くした後に笑みを零しつつ斗真に礼を述べた。その言葉に斗真は怪訝そうな表情を浮かべ、周囲の面々はそのやり取りに笑みを零したのだった。

 

 

~破軍学園 第五訓練場~

 

「おー……こりゃまた、気合の入り様が違うな。ま、流石に<幻想形態>に留めて戦闘不能にしてるだけだろうけど」

「見るからに圧勝、と言うレベルだね…」

 

その頃、第五訓練場に足を運んだ翔と明茜が目にした光景は、気絶している雷使いの上級生たち。そして、幾つもの水柱を周囲に展開している一人の少女―――<深海の魔女>黒鉄珠雫が翔らに気づき、その方向へと視線を向けた。

 

「今日は選抜戦の後だというのに、無理を言って申し訳ありません」

「気にするな。明日は<雷切>との試合だというのに模擬戦をしている珠雫ほどじゃないよ。あー、ちなみに明茜は倒れている人たちを運んでもらったりする救護係という形で同行してもらったから、模擬戦の相手にしないよう頼む」

「あ……その辺のフォローもありがとうございます」

「兄も兄なら妹も妹、だろうと思ったからな。困った時はお互い様だよ、珠雫」

 

明日の<雷切>との戦い……恐らく、楽な勝ち方などできないだろうと珠雫は既に察していた。破軍学園学内序列一位にして、昨年度七星剣武祭ベスト4という相手。今までリーグ戦に参加もしてこなかった珠雫にとって未知の領域。自身のもう一人の実兄である<風の剣帝>のような位階にいるであろう存在が相手なのだ。

 

だから、珠雫は悩んだ。恐らく上級生相手の模擬戦では<雷切>対策にもなりはしない。だとするならば、自身が知っているうえで最も強く、出来れば同年代の雷使い……運よく、それに該当しうるであろう人物は一人いた。

 

自身の叔母である<神風の魔術師>の子であり、この選抜戦において現状十三戦全勝という強さを発揮している<閃雷の剣帝>という二つ名を持つ学生騎士。現状七星剣武祭最有力候補の一角にして、未だに強さの底を見せていない人物―――葛城翔という騎士を彼女は模擬戦の相手に選んだ。

 

選抜戦の規定上、戦績に関わらず同学年同士の対戦カードは組まれていない。これには理事長である黒乃の『学年を問わず、出場する生徒全体の競争意識を煽ることでレベルを高める』という意向が強く反映されている。だからこそ、この戦いはとりわけ支障はない……まぁ、お互いに七星剣武祭に出て試合で当たった場合はその限りではないが。

 

「で、()()()()は済んだ感じとみていいのかな?」

「はい。その認識で構いません」

「解った。明茜、申し訳ないんだがそっちの上級生を頼む。じゃあ珠雫、ちょっとリング上に倒れてる上級生を外に出すまで待っててくれるか? 流石に余計な被害は出したくないんでな」

「うん、了解したよお兄ちゃん」

「ええ、その位ならば」

 

本来ならば珠雫本人がやるのがいいのだろうとは思うが、ちょっとした準備運動も兼ねて翔がリングに倒れている上級生をリングの外へと静かに降ろした。どの道救護係の生徒が来るので、それまでは明茜に面倒を頼みつつ翔は改めてリングに立ち、珠雫と相対する。

 

「流石に気絶までいっちゃうと明日に響く可能性があるから…これ以上の戦闘続行が厳しい時点、あるいは霊装を落とした時点で勝敗を決する。それでいいか?」

「はい。ですが、これは明日を想定した上での模擬戦ですので、<幻想形態>とはいえ一切手は抜きません」

「……ま、それは最初から解ってるさ。でないと、何より君が納得しないだろうからな」

 

翔がその言葉を放ったと同時に、周囲の空気が変わったことを珠雫は瞬時に悟った。それを感じると同時に、冷や汗が頬を伝う。

 

(今まで試合をちゃんと見ていなかったわけではないけど、これは『桁違い』ね……お兄様が認めるだけのことはある)

 

珠雫が今まで戦ってきた相手とは明らかに別格。空気が痛く感じるだけでなく、全身の産毛が逆立っていると解るほどに……彼女は彼の雰囲気の変化を察した。明らかに観客席から感じ取っていたものとは異なる、と本能で悟った。

 

(おそらく……<緋凰の皇女>―――エリスさんと戦った時のコンディションで相対している)

 

覇気の様なものは感じ取れるが、それでいて殺気が微塵も感じられないと…武術をそこまで極めていない珠雫にすら把握できるぐらいに、彼の雰囲気は『静かすぎる』。一瞬たりとも気を抜けば簡単に呑み込まれてしまうそうなほどに……そんな様子の彼女を知ってか知らずか、彼は左手を眼前に構える。

 

「―――蒼天を超え、天元を衝け『叢雲』」

 

立ち昇る雷を掴み、光を振り掃う様に振るう。そこに顕現したのは蒼穹の太刀。即ち、彼も戦闘の準備が整ったことを意味する。それを見た珠雫は意を決し、真剣な表情で自らの小太刀の霊装である『宵時雨』を構えた。

 

(この試合、他でもない私自身が望んだこと! 彼と対等に戦えない様じゃ、恐らく『雷切』と互角以上に戦うなんて出来ない!!)

 

 

―――『黒鉄』の中で才覚を示し、自らが愛する者のために更なる強さを求めるもの。

 

 

―――『葛城』の中で才覚が劣っていても、大切なものを守り切るために今も尚強くあろうとするもの。

 

 

二人の戦いが今、始まる。

 




話的にはアニメ十話にようやっと踏み込んだところです。
個人的にやりたかった話でもあります。何で摩琴や明茜じゃないのか? と言う疑問は追々……もうそろそろ七星剣武祭編もプロット考えないとなぁ(組み合わせ完全白紙)

何で白紙なのかって? ……それはネタバレになりそうなので、ノーコメントでお願いしますw

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