落第騎士の英雄譚~規格外の騎士(アストリアル)~【凍結】   作:那珂之川

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#50 一度ならず二度起きる

所変わって南郷邸のリビング……そこにいる一部を除く面々は冷や汗しか流れないような状況であった。というのも、先程玄関前にあった箱の中身というのは

 

「あー!! あやちゃんも加減なさすぎだよ!! お蔭でKOKリーグ戦の移動の手間は省けたけどさぁ!!」

「ホッホッホッ、愛弟子は相も変わらずの騒がしさじゃ。ま、その辺りもかわいいんじゃが」

「か、かか、可愛いって、気色わりぃこと言うんじゃねえ!!」

 

破軍学園の臨時講師でもある<夜叉姫>西京寧音その人であった。彼女も<闘神>南郷寅次郎の弟子の一人である(本人は否定したがっているが)。その彼女が騒ぎ立てる原因を作ったのは、他でもない翔と綾華の母親本人だということだ。

 

そんな彼女をまるで猫でも愛でるかのように扱う寅次郎に対し、突っぱねるような態度を取る西京。こんなやりとりが流石に30分も続いているこの状況……そうなると、一部の人達は自ずとこうなる。

 

「カ、カケル。あ、足の感覚が……」

「す、すみません、私も……」

「まぁ、正座が慣れていない人だとそうなるわな」

 

そう簡単に慣れるものではない。元々地べたに姿勢を正して長時間座るという文化ではないエリスやメルエスには結構堪えている様であった。このような状況が流石に長時間続くのは拙いという思いが通じたのか、助け舟の如くその場に姿を見せたのは宗一郎であった。

 

「曽祖父さん、それぐらいにしておかないとエリスさんやメルエスさんあたりが動けなくなってますよ?」

「そうじゃのう。ま、言いたいことがあるんなら、この後道場でたっぷりと聞くぞい」

「言ったな! 今日こそその気色悪い笑顔を歪ませてやる!!」

 

言葉ではそう言っているものの、その内には久々に自分の師と手合わせできる喜びを滲ませるかのような印象を感じた。流石に二次被害は御免被りたいので口に出すことは避けるのだが。ともあれ、このまますぐには動けない面々がいるので翔は二人の方を向いた。

 

「とりあえず、姿勢を崩したら? 流石に正座のままだと動けないだろうし」

「そ、そうですね……って、あれ……きゃっ!?」

 

最初に姿勢を崩そうとしたメルエスだったが、足のしびれが予想以上だったようで、そのまま体勢が崩れてしまう。で、この時の席順は右から翔、エリス、メルエス、明茜、斗真。メルエスは右側に倒れ込むような形となった……その先にいるのはエリス。だが、彼女もまた足が痺れて動けない一人。足に力が入らないということはドミノ形式で右側に倒れ込む形となる。つまり

 

「うおっと……って、どわぁあっ!?」

 

流石の翔ですら咄嗟に二人分の負荷を支えきるのは難しかったようで、そのまま倒れ込む。そしてその様子を近くで見た明茜と斗真の出た言葉は

 

「あ、あははは……何と言うか、お兄ちゃんらしいね」

「やっぱ、お前の女運って捻じ曲がってるよな。この場合はむしろラッキースケベか?」

「んなこと言ってないで助けやがり下さい」

 

状況的には翔をエリスとメルエスの二人が押し倒した、と言われてしまってもおかしくないような体勢…といった方がニュアンス的に伝わるであろう。まぁ、エリスはともかくとしてメルエスにそのような考えはないと思うが。

 

翔はこういった女運……俗に言う『ラッキースケベ』の遭遇率は半端なく高い。しかも性質の悪いことに、その被害を受けた相手の翔に対する印象が下がるどころか確変でもしたかのごとく上がるのだ。常識的に考えれば下がるのが一般的な思考だと思うのだが、こればかりは翔ですら解らずじまいであった。本人は自覚してないものの、女顔の様なルックスを考えると好感度が上がるという事象はありえなくもないことなのだが、それを抜きにしても恥ずかしいところを晒された相手の好感度が上がるとか、チートというかバグレベルに等しい。

 

「す、すみません。迷惑をかけてしまった様で」

「いえ、お気になさらず」

 

で、これが更に厄介なのは……これが一度だけでは済まないところにある。翔自身の意思ではどうしようもないほどに……

 

そんな話し合いの後、夕食と食事後の軽い運動を済ませ、翔は来客用の部屋にいた。すると扉が開いて斗真が姿を見せた。見るからに風呂上がりの格好の彼は翔に話しかけた。

 

「風呂空いたから、入ってきていいぞ。早めに入ってこないとお嬢様方と鉢合わせになっちまうぜ」

「お、そっか。じゃあすぐにいかないとハプニングに見舞われそうだし、とっとと行ってくる」

「おう。………何でだろうな。アイツがああいうとフラグにしか聞こえないのは俺だけだろうか?」

 

そう言ってのけた斗真の言葉が奇しくも現実になるとは、南郷邸にいる誰しもが想像していなかっただろう。というか、そんな事態を予想できた人はまさしく神に等しい所業といえるかもしれない。翔は脱衣所に入るとまず、他に誰も入っていないことを確認する。他に入っている人がいる様子は見られなかったので、念のためタオルを腰に巻いた上で浴場へ続く扉を開けた。だが、次の瞬間彼の視線に飛び込んできたのは

 

「………え?」

「………はい?」

 

身体にタオルを巻いて大切な所は隠しているものの、それでも同年代よりも発達しているスタイルを持ち、煌くアッシュブロンドの髪を後ろで結っている人物―――メルエスがその場にいることに翔の思考は一瞬硬直し、素っ頓狂な声しか出なかった。一方のメルエスも他の人、しかも異性が浴場へ来たことに吃驚している様子であった。

 

「えと、とりあえずすみませんでした。先客がいるのなら」

「あ、あの、待ってください!」

「(えぇーーー………)」

 

そのまま踵を返して去ろうとした翔に対し、メルエスは翔の腕を掴んだ。一般的な感覚とはかけ離れた彼女の対応に、翔は動揺していた。これが王族という人間の感覚なのかと……ともあれ、このまま突っ立っていては風邪をひいてしまう。メルエスのこの調子では素直に退いてくれはしないだろう……なので、翔の出した結論は一つ。それは『諦める』ということであった。流石に体を洗うのはいろいろ問題にしか成りえないので各自で、ということで押し切った。

 

「はぁ、何と言いますか……異性と同じ風呂という感覚に慣れているようにしか見えませんが」

「こう見えても人を見る目はありますよ。それに、エリスがお認めになった人ならば安心できる…そんな考えからです」

「ということは、ある程度エリスから聞いているということですか」

「まぁ、そうなりますね。四年前の一件に関しても大方の事情は父様から伺っていますし」

 

脱衣所に着替えの形跡がなかったのは、そのまま洗濯機の中へ入れていたから。で、風呂上がりの着替えは綾華が用意するということで一通りの疑問は解けた。とはいえ、未婚の姫君が平民といっても差し支えない…しかも隣国の姫君と恋人関係にある男性と同じ風呂に入るというのは、いろいろ騒ぎになりそうな案件なのだが、メルエスの言葉からしてエリス自身が認めている相手ならば問題はないと言い切るかのような口調に、翔は苦笑を零した。寧ろ男性として見られていないのではないかと思うと、軽くショックな心境であった。

 

「そしたら、お先に上がりますね。エリスたちに会ったら、時間をずらすように説明いたしますので」

「お願いします。流石に俺が出ていったら騒ぎになりかねないので」

「解りました」

 

そういってメルエスが風呂から上がろうとした時、滑りやすい足場に足を取られ、そのまま後方に落ちようとしている。お湯が張っているとはいえ、メルエスのいる場所は浅めの場所で怪我する危険性もある。それを瞬時に察した翔は、両手で風呂の底に手をつき、自身の身体を強制的に起こすのと同時に加速させる。風呂に立ち昇る水柱……それがシャワーのように降り注ぐ中、

 

「ふう……何とか間に合った……」

 

間一髪というタイミングではあったが、何とかメルエスがお風呂の底に叩き付けられるという事象は回避でき、息を吐いた翔………そこまでは完ぺきだったのだが、問題は彼がメルエスを支えている両手の置かれている箇所であった。

 

「大丈夫ですか?」

「え、えと、その、ひゃっ……」

「ん?…………あ」

 

先程のハプニングでメルエスのバスタオルがはだけ、翔の両手は完璧に狙ったかのごとくメルエスの豊満な胸を直接鷲掴みにするかのように置かれていた。そのくすぐったさからか声を押し殺す彼女の姿と自分の手の置かれている場所を把握した翔は、すぐさまその手をどけて彼女から距離を取ると

 

「すみませんでじだああああああああ」

「ちょ、ちょっと、しっかりしてください!!」

 

水中土下座という思いついても実行しないであろう謝罪に発展した翔の行動に、メルエスが逆に慌てふためく結果となり、その十数秒後に騒がしさから様子を見に来た綾華姉が浴場に姿を見せるまでこのようなコント(?)は続いたのであった。その一連のハプニングの判断は綾華姉曰く

 

 

『いっそのこと、王女殿下も娶って二国間の友好を取り持てばいいと思うよ?』

 

 

サラッと一夫多妻を仄めかすかのような結論に翔は冷や汗しか流れなかった。いや、まだ綾華だからそんな笑い話で済んだと思えばありがたいことなのだろう。これが摩琴だった場合だと……修羅場まっしぐらな未来しか見えなかった。なお、先程のハプニングに関してメルエスに改めて謝ったのだが、

 

「あれは、その……私にも責任がありますから、今回はこの国の言葉である『両成敗』ということでいいですか?」

 

ということで、解決はした。それでも、あのハプニングでの感覚は忘れようとしても忘れられないことに、自身も思春期の男子なのだと強く感じた。というかだ……もしあの光景をエリスに見られていた場合が一番予測できなかった。ただでさえ天然なのか計算ずくなのか解らないが多少過激なスキンシップを味わっているだけに……それ以上は冷や汗が流れたので、本能的に考えるのを止めた。

 

翔は一度部屋に戻り、道場へと足を運ぼうとした時にタイミング良く鳴った生徒手帳のメール着信音。

 

「ん? こんな時間にメールか」

 

もう次の選抜戦の対戦相手でも決まったのかと思い受信BOXを開くと、メールは二通来ていた。一通は第十三戦目の対戦相手の通知メール。そして、もう一通は……翔にとっては知り合いだが、やり取り自体はあまりない人物からのもの。その内容に一通り目を通すと、その返信メールをすぐさま作成して送信し、画面を閉じて部屋を後にした。

 

「ま、いつかはこうなることとは思ってたさ」

 

翔は笑みを零した。そのメールを送った人物の意図は大体掴めた。似たような特性を持つ明茜ではなく翔にそのメールを送った意図から、その人物が次の選抜戦で戦うことになるであろう相手は―――彼女をおいて他にいない。

 

 

選抜戦は様々な意味で熾烈を極めていく。それを指し示すかのごとく、新東京国際空港の最終便から日本の地に降り立ったのは一人の青年。身元を隠す故なのかサングラスを身につけており、その奥に秘める瞳は何を映しているのか、誰にも解らない。本来ならばこういった"正規の手続き"など彼にとっては面倒この上ないのだが、こればかりはその当人にしかその事情や思惑を知ることなどできないのだから。

 

「懐かしい匂い……さて、一先ずは挨拶と洒落込むとするか。あの愚息はちゃんとやってるかのう」

 

そう呟くと、その青年はゆっくりと歩を進めた。時間帯は深夜とはいえ、人の往来がある群衆の中をまるで誰もいない荒野を歩くがごとく堂々と歩を進め、人ごみの中へと消えていった。その十数秒後、人ごみをかき分けていくように走る数人の大人がいた。

 

「くそっ、逃げられた!」

「こちらの尾行を完全に撒くとはな。とんでもない化物だ」

「どうする? 赤座様からは『尾行および追跡せよ』と命を受けているが…この状況では任務を遂行できまい」

「ばれていた、というわけか。くっ、あのような若作りの癖に老獪な狐め……!!」

「ともあれ、一度報告に戻るべきだ。今後の指示を仰ぐためにもな」

 

どうやら、先程の青年を尾行していたのだが、彼の姿を完全に見失ったことに悔しがるも、『分が悪い相手』というのは彼ら自身自覚しており、今後の対応を含めてその場を速やかに去った。一方、その青年はというと、何事もなかったかのようにタクシーに乗車していた。

 

「お疲れ様です、『大旦那様』」

「タクシーに偽装するとは、大胆な手段もあったものだ」

「いえいえ、表向きは個人タクシーであることに変わりありません。今日は深夜に偶々お得意様である予約客を乗せて、目的地に送り届けるだけのことですよ」

 

青年の事を『大旦那様』と述べた運転手。見た目は青年と変わりない位の若さであるが、彼は葛城家の執事であり、普段は副業のタクシー運転手をしていることが多い。何故執事がそういったことをしているのかという疑問はひとまず置いておき……軽やかな口調で述べた運転手に対し、青年は笑みを零した。

 

「何にせよ助かった。あの面倒な連中を蒔くのは容易いが、一般人にまで迷惑がかかるのは御免被りたいところだったからな。ところで、翔の奴は順調に勝っているのか?」

「ええ。先日武志様より、現在十二戦無敗のこと。この先の予定からしても、代表入りは十分に堅いラインかと述べておられました」

「ふふ、流石は『昔の儂より才能のある奴』だ―――このまま本家の方へ頼む。武蔵や初音と合流して今後のことを話さにゃならん」

「畏まりました。シートベルトはきっちりお願いいたしますよ」

「ああ」

 

その青年の名は―――葛城左之助。かつて<六道の雷神>と怖れられ、<闘神>や<サムライ・リョーマ>と共に第二次大戦において日本を勝利へと導いた人物の一人。いわば英雄と称されてもおかしくはない人物が再び日本の地を踏むことになった理由は、彼にしか解らない。

 




零巻での一輝とカナタのシーンを多少バージョンアップした結果がコレです。私は悪くない(何

次回から再び選抜戦に入りますが、ここからは基本アニメ版ベース改変となりますのでご了承ください。

あと、赤い狸は……どうしようかな。流石にただ吹っ飛ばすのも芸がないので、いろいろ考えておきます(ドS的発想)

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