落第騎士の英雄譚~規格外の騎士(アストリアル)~【凍結】 作:那珂之川
破軍学園の理事長室。そこには、翔とこの学園の理事長である黒乃、そして教頭である絢菜の三人がいた。その三人がいる理由は、先日翔が刀華から話を受けた内容にも関わっている。
「―――というわけでして、一輝とステラ辺りにでもお願いしようかと思いたいのですが、頼めますか?」
「まぁ、それぐらいなら私から話しても問題はないだろう。にしても、お前ほどの実力者なら堂々と東堂と会っていても変な噂を囃したてる奴などいないだろうに」
「生徒にいなくとも、どこで変な噂を焚き付ける奴がいるか解りませんからね。まぁ、自身の心配というよりかは噂を焚き付けた連中の心配になりますが」
翔がそう零した理由……それは、翔が一番よく知っている『とある人物達』に関わる話だ。まぁ、それはひとまず置いておくが、翔が頼まれたのは七星剣武祭代表合宿として利用する奥多摩の合宿施設の清掃。刀華も流石に生徒会執行部の面々では足りないと判断し、翔に協力を仰いだのだ。
「本音を言えば刀華の手伝いをしたかったのですが、アイツの機嫌を損ねると何しでかすか解ったものじゃないので」
「あー……そういうところは黒ちゃんにそっくりだよね、優紀ちゃんは」
「………ノーコメント」
滝沢優紀―――黒乃の姪にあたり、現在は武曲学園一年。そして翔の幼馴染というか腐れ縁に近しい間柄である。とはいえ、翔自身優紀に対して特別な感情は抱いていない。何と言うか、事あるごとに勝負を吹っ掛けられてきたので、喧嘩仲間に近いところはある。本人の前でそんなことは流石に言えないが。
で、数日前に破軍学園を訪れた<七星剣王>諸星雄大の招きという理由がその人物のお願いというか…半ば脅迫じみた印象は拭えないが、翔はしぶしぶ了承した。選抜戦というこの時期に他校を訪問することになるので、その許可をもらうために理事長室を訪れたのだ。
「まぁ、事情は解った。武曲学園への連絡は私がしておこう。ちなみに、向こうでの寝食は?」
「それなんですが、綾華姉が大方の事情を優紀から聞いてたみたいで、結果的には南郷邸に泊まることになりました。寅次郎さんからは『ついでに可愛い愛弟子の様子も見たい』ということで寧音さんを希望していましたが」
「じゃあ、当日に拉致っておくね」
「………ツッコミ入れてもいいんだぞ?」
「もう諦めました。寧ろ葛城家に生まれた時から受け入れましたよ」
しれっと犯罪行為を言いのけてしまう絢菜のぶっ飛び具合を前に、黒乃と翔は互いに苦笑を浮かばせることしかできなかった。ともあれ、向こうでは日中鍛練三昧確定だろう……学園で毎日トレーニングしている側からすれば、特に変わったことではないが。ふと、翔は気になったことというか、一つの話題を切りだした。
「そういえば、昨日左之助さんからメールがきて、来週には日本に戻ってくるそうです。
「葛城先生が、か?それはまた『珍しい』な」
「教え子の結婚とかのお祝い事を忘れていたから、それの詫びとか言っていましたが……ま、表向きそう話さざるを得ない理由は理解できますが」
「まぁ、そうなるよね。袂を分かったとはいえ、やっぱり大変だね」
翔の曽祖父であり、絢菜にとっては義祖父である<六道の雷神>葛城左之助。かつては破軍学園で教鞭を振るっていたこともあり、黒乃にとっては恩師とも言える存在。この学園の一強時代を支えていた人物でもある。とはいえ、とある家の余計な横槍でその時代も終わりを告げてしまったが。
その話はさておき、風来坊という肩書がよく似合うその人物が日本へと帰国する理由……その事情を翔は何となく察していた。それは海外旅行時に幾度となく経験した彼の神懸った勘の鋭さにあった。それをよく知っている絢菜も翔の言いたかったことを察し、ため息を吐いた。
「――連中がそろそろ動き出す、ということか。絢菜、摩琴にその一件を伝えてくれ」
「そう言うと思って、既に必要なことは伝えたよ。黒鉄の家の事はよく知っているから」
「お前にしてみれば『知っている』というレベルでは済まないだろう……葛城。連中がお前に何かする可能性は低いが、念のために警戒はしてくれ。一応綾華にも話は通しておくが、連休中の『非常時』の霊装の使用許可の是非はお前自身に委ねる。報告に関しては事後で構わん」
黒乃から発せられた言葉に翔は内心感謝しつつも、一時的とはいえそこまでの権限を一人の学生騎士に持たせていいのかという疑問が浮かび、そのことを口から発した。
「ええ、元よりそのつもりです。というか、やけに柔軟な対応ですね」
「何かしたい時に何も出来ない辛さは解っているからな。それに、お前の力の怖さはお前自身が良く知っているだろう?」
「……まぁ、そうですね」
黒乃から発せられた言葉に、翔は目を瞑ってただ返事を述べた。翔が退出した後、部屋に残った黒乃と絢菜。話題は無論というべき流れであった。
「ともあれ、連中がどう動くのかは注視するが、
「それについては同意見かな。放っておくと左之助さんが単独で乗り込んで支部壊滅させそうだし」
「あの人に関しては冗談にすら聞こえないぞ、絢菜。はぁ……」
自身らの恩師とはいえ、最早『何でもアリ』という言葉がこれ以上ないほどに似合う人物が、これからどういった行動を起こすか考えただけでも嫌になりそうであったが、そこは堪えつつ黒乃は頭を抱え、絢菜も流石に苦笑しか出なかった。
「とまぁ、こんな事情と理由から、こうなった」
「今頃寧音さんは南○人間砲弾すら吃驚の所業になってるという訳か。あの人、世界序列三位だよな?」
「それは間違いない事実。ま、うちの母さんの能力自体チートの塊みたいなものだし」
そんなこんなで翌日。大阪行きの新幹線で、翔と斗真、エリスとそして明茜の四人が話に興じていた。席はどうでもよかったのだが、斗真が気恥ずかしくなるという理由があって同性同士で座っている。別に斗真と明茜はルームメイトという関係以前に幼馴染(+許婚)でもあるので気恥ずかしいというようなことはないだろうが、そんな主張を渋々と受け入れることにした。そして今頃、自分の母親が西京あたりにしていることを思うと、少々気の毒だと思わざるを得なかったが。
「気になったのですが、あの人―――教頭先生は魔導騎士なのにA級リーグで見たことがないのは何故です?」
エリスのその疑問も尤もだろう。この日本とエリスの出身であるヴァーミリオン皇国が加盟している<国際魔導騎士連盟>のトップはKOK・A級リーグで現世界序列一位。その序列三位にいる<夜叉姫>西京寧音をも上回ると目される天才騎士とも言われる<神風の魔術師>葛城(旧姓:黒鉄)絢菜。少なくとも現序列三位以内は堅いであろうその人物がKOKに行かない理由を翔は述べた。
「目立ちたがりって訳じゃないし、そもそも実家の関係で目立つと面倒になるのが解りきってたからかな。前に気になって尋ねた時に返ってきた答えがそれだったし」
実家である黒鉄家のこともあって表に出たがらない絢菜のみならず、翔の父親も優れた魔導騎士なのだが、彼もまた面倒事を嫌う性格故か公の大会は騎士学校卒業後出場なし。そのような事情と性格が今日の翔にも受け継がれたことに、彼の両親をよく知っている斗真と明茜は揃って苦笑を零した。
特に道中は遅延などもなく、新幹線は無事定刻通りに新大阪駅に到着。荷物を持って降り立った四人を待っていたのは、黒を基調としたモダンな制服に身を包んだ人物。周囲もその人物に視線を送る。まぁ、目立っても仕方ないことと割り切っているのか、その人物は四人の姿を見つけると声を掛けた。
「おー、こっちや翔!」
「お。って、雄大直々に出迎えかい。椛あたりならまだ幾分かマシだっただろうに」
「動けるのがワイしかおらんかったんや。この騒がしさは大目に見たってくれ」
<七星剣王>直々の出迎えに翔は苦笑しつつも呟くと、それは最早慣れていると言わんばかりに答えた雄大。翔の隣にいる斗真が雄大に声を掛けるような形で声を発した。
「……ああ、アイツならそう言いかねんからな。っと、久しいな雄大。ここは『諸星先輩』といったほうが良かったか?」
「鳥肌しか立たんからやめたってくれ。久しぶりやな、斗真。
「お久しぶりです、雄大さん」
「はじめまして。エリス・ヴァーミリオンです」
「諸星雄大や。よろしゅうな。さて、立ち話もアレやし移動しよか」
確かに、只でさえ注目を集める状況は好ましくない。ということで雄大の案内で五人がまず最初に向かった先はというと………
「ここは……お店ですか?」
「―――
「ま、ちょうどお昼時やし別にええやろ。折角大阪にまで足を運んでもらったんやし、噂の皇女様には一番美味いもの食べてもらわなあかんやろ」
「―――ああ、なるほど。そういうことでしたか」
入り口に『一番星』の暖簾を掲げた二階建ての古民家。ここに来るのは初めてのエリスや明茜はともかく、一時期関西にいた翔や、知り合いである斗真にはその場所の意味も理解していた。ふとエリスは入り口の脇にある表札と錆びた郵便ポストで翔と斗真の反応の意味を察した。そう、このお店は諸星家―――雄大の実家でもある。彼のこういった性格を知っているだけに翔と斗真は笑みを浮かべた。
「はは、その反応やとばれたみたいやな。けど、大阪一美味いお好み焼きというのは嘘つかへんで」
「そうですか。期待していますよ」
「無駄にハードル上がっていきますね」
これ以上店の前で立ち話もアレなので、店内に入る。翔らは連休とはいえ、世間一般的には平日。とはいえ、昼前なので少し混んでいるような状況なのには変わりない。雄大が奥にいる中年の女性―――雄大の母親と話しているのを聞きつつ視線を動かすと、物影の方からこちらを窺う和服を着た少女の姿が目に入り、翔はそちらに近づいた。
「久しぶりだね、小梅ちゃん。雄大はちゃんと兄貴らしいことしてくれてるかい?」
『お久しぶりです。そっちはぼちぼちです』
「って、何言うとるんやお前は」
彼女は諸星小梅、雄大の妹である。とある事情により、口が利かれない状態であり…とはいえ聴覚は普通なので、筆談は問題なくできる。普段は実家の手伝いということで、和服もお店の制服みたいなもののような感じだ。今日は常連の人ぐらいなので、雄大もテーブル席に座り五人で昼食と相成った。和食慣れしているとはいえ、外国人であるエリスにとって粉物は初体験とのことだったが
「これは美味しいですね。お姉ちゃんもきっと気に入ると思いますよ」
「いや~、そう言ってもらえるとうれしいわ。もう五皿も食べているのには驚愕ものやけど」
「あー、その分はきちんと実家に請求してください。これぐらいは払えますので」
人より結構食べているエリスの食べっぷりには、雄大も思わず苦笑を浮かべるほどであった。まぁ、ここのお好み焼きが大阪一美味いという雄大の弁も間違いではないと思いつつ、翔は一つ気になることを尋ねた。それは他でもない雄大の在籍する武曲学園のことだ。
「そういや、雄大。武曲にも留学生という話は姉から聞いたんだが、優紀に匹敵しうるだけの逸材なんて聞いたことがないんだけど」
「いやー、それはワイも同じやったんや。昨年の世界戦でも目立った連中はおらんかったからな。嘘みたいな話やけど……魔力値は元々高かったんやけど、能力に目覚めたんは今年初めらしいで」
「遅咲きってレベルじゃねーぞ、それ……」
「せやけど、今の選抜戦では十二戦全勝。ワイや白夜、椛に王馬以外の昨年上位陣相手に勝っとるぐらいや」
その話を鵜呑みにするとなればかなりの『遅咲き』といえるレベルの話だ。魔力値がもともと高ければ自身の能力に気付くのもそう遅くはないというのに……だが、たった三ヶ月……いや、手続きの関係も鑑みると二ヶ月で武曲のトップレベル―――すなわち七星剣武祭クラスに持っていけているということに他ならない。すると、いつの間にか十二皿を食べ終えていたエリスが口元のソースを拭き取ってから、雄大に尋ねた。
「ひょっとしてですが、クレーデルラント王国……そこの『第一王女』でしょうか?」
「お、知り合いやったか?」
「かの国とは何かと因縁がありますから。それと、モロボシさんが言っていた事実と私が知っている事実が丁度一致しますので、もしかしたらとは思っていたのですが、どうやら当たりだったみたいですね。そうでなければ私が呼ばれた理由にも説明がつきませんでしたし」
クレーデルラント王国……欧州の一国であり、ヴァーミリオン皇国とは浅からぬ因縁がある。まぁ、ここでは詳しく語ることはないが、そこの第一王女に関わる事実から述べた推測が当たったことにエリスは『ステラを呼ばなかった理由』を察しつつ、言葉を続けた。
「我が国とは因縁こそあれ、彼女とは親友としての付き合いが長いですから」
「ひょっとして、俺や左之助さんが関わった時はその帰り道だった、とか?」
「ええ。あの時は色々あって話すことすらできませんでしたが。にしても、まさかそこまでの練度になってたとは……」
翔とエリスの出会いの背景の事も交えつつ、エリスはその『第一王女』の成長には目を見開くものがあると呟いた。単独ではないとするならば、師事していた人がいるであろう……翔の中で考えられる可能性は一つしかなかった。
「おそらくは綾華姉だろう。SPだけじゃなくて教員の免許も持っている。それと『八葉流』の師範代でもあるから、師事するにはうってつけだろうし、何より世話焼きな性格だからな」
何より、彼女を武曲に引き込めた理由としては自然な流れとも言えるだろう。そんなこんなで昼食も終わり、店の前に出たところで雄大が尋ねる。
「そういや、翔らはどうするんや?」
「一度南郷邸に移動かな。流石に荷物を持っての移動は大変だし」
「あー、肝心なこと言うの忘れとった。このまま
「何かあるんです?」
「どうやらお前さんらの迎えがそっちに行っとるみたいでな。どないする?」
「……何か、嫌な予感がするのは俺だけか?」
「奇遇だな、斗真。俺も同意見だ。……その言葉に甘えさせてもらうよ」
「了解したわ……はぁ、アイツまた怒るんやろうな」
「???」
これから面倒事しかない未来だけが如実に見えつつある翔と斗真の姿を見て首を傾げるエリス。ともあれ、五人は関西地方の騎士学校である武曲学園に向かうこととなった。
というわけで、かの国から一人追加しました。
能力系統は具体的に決めてません。なるべく登場人物のイメージに合う様なものに仕上げるとしか、現状は言えません(何
そういや原作10巻の話になるのですが
ステラの母親があんなに若いというか幼い容姿だなんて想像できないんですが!?
ぶっちゃけ本作主人公の母親も似た様なものなので……時間があれば修正を加えていく予定です。