落第騎士の英雄譚~規格外の騎士(アストリアル)~【凍結】   作:那珂之川

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久しぶりの投稿ですorz


#47 完全と不完全の境目

大闘技場では、翔と桐原の試合が開始された。今までの試合で速攻をかけ続けてきた翔はそれをせず、<城砕き(デストロイヤー)>と戦った時のように自身の霊装である『叢雲』を構え、桐原を見据える。

 

「おや、てっきり速攻でも掛けるのかと思ったよ」

「他の連中ならそうしてたさ。でも、アンタ相手だとそれだけじゃ足りないんでな」

「ほう? その威勢がいつまで続くのか、見させてもらおうじゃないか<道化の騎士(ザ・フール)>」

 

桐原のその言葉と共にリング上に展開される森のフィールド。それが展開し終わると同時に桐原自身の姿も消える。そう、彼の代名詞とも言える存在隠蔽(ステルス)の伐刀絶技<狩人の森(エリア・インビジブル)>だ。

 

『おおーっと、ここで桐原選手が<狩人の森>を展開しました! 今までの試合展開を見る限りにおいて広範囲の技を持たない葛城選手にとっては、これは苦しい展開になりそうです!』

 

視覚のみならず、触覚・聴覚・嗅覚といった相手を感じ取るための感覚や気配からも遮断し、あまつさえ彼からの攻撃も被弾直前まで不可視。対人戦においては無類の強さを発揮する能力と言っても過言ではない。

 

だが、翔にとってはこの技を受けること自体初めてではないし、昨年からの成長具合は一輝との初戦を見ていたので解りきっている。あとは、その初戦からここに至るまでの成長を計ればいいだけだ……そう考えている翔の背後から飛んでくる魔力を纏った物体―――それを察し、翔は『叢雲』を振るってそれを粉砕する。紛れもなく桐原の『朧月』から放たれた矢に対し

 

「……小手調べのつもりか?」

 

桐原に聞こえない程度の小声で呟く翔。そう言って一息吐くと、まるで最初から何も無かったかのごとく、その場から『姿を消した』。これには矢を撃った張本人である桐原が目を丸くするが、

 

「姿は見えなくとも、バレバレなんですが『桐原先輩』」

「!?」

 

背後から聞こえてきた声の方向に対し、振り向き様に桐原は『朧月』による弓攻撃を繰り出すが、その方向に彼の姿は確認できず……矢は空を切る様に森の領域を駆け抜けていった。そして彼の視界に飛び込んできたものは―――翔の『叢雲』の太刀筋であった。だが、彼とて屈指の実力者。咄嗟に魔力爆弾を投げつけ、強引に距離を取った。翔の方もそれを瞬時に察したのか、自身の持つ能力で強制的に桐原との距離を取ったので、先程の爆弾によるダメージは一切ない。

 

『い、一体何が起こったのでしょうか!? 葛城選手、まるで黒鉄選手が桐原選手の時に見せた様な動きを見せました!! 葛城先生、彼は一体何をしたのでしょうか?』

『まぁ、単純に言えば『魔力に依存しない高速移動』ですね。本来伐刀者にとって体術はあまり重視されませんし、そもそも並の伐刀者ならば<身体能力強化>で事足りてしまいますから』

 

そう、魔導騎士ひいては伐刀者にとって体術の部類はあまり重要視されない。それこそ、KOKのトップリーグ選手の様な一握りとも言える『世界トップクラスの人間』であればあるほど重要視されるもの。学生騎士にしてみれば基本的能力である<身体能力強化>を使ってしまえば、それで事足りるのが現実だ。

 

「あやちゃんの言う通り、うちらのような人間でもない限りはそこまで考えようとはしない。けれど、黒坊やかけ坊はあの歳でその領域に足を踏み入れた。魔力値で言えば常人に劣るからこそ、その考えに至るのも早かったのかもしれないけどねぇ」

「確かに……アイツは物心つく時には既に剣を振るってたからな。優紀の奴は面白くなさそうに見てたが」

 

伐刀者として能力を突き詰めるのには早く限界が来てしまう。だからこそ、一輝や翔は伸ばせる可能性のある体術・剣術をただひたすら研ぎ澄ませ続けたのでは、と言い放った西京。それには斗真も同意しつつ、翔が幼い頃から剣を振り続けていた光景を懐かしみながらもリング上で戦う翔に視線を向ける。

 

(しっかし、かけ坊が見せたのは…紛れもなくあやちゃんのとほぼ遜色ない<瞬動>。それでいて、まだ上を見ているというのは正直怖い位だよ)

 

別に西京とて、かつて翔らと同じ学生騎士のころは上を目指す意欲がなかったわけではない。ただ、自身の能力が強すぎるが故に学内では敵なし。強いて言うなら七星剣武祭に出場してくる一部の同年代の学生騎士ぐらいだった。そういう環境下では、どうしても自身を鍛えることに気怠さを覚えることがあった。

 

だが、リング上に立っている翔にはそのような様子など微塵も見られない。この破軍学園においては現時点で『最強の剣士』……だが、彼の見据えている領域はもはやここにはない。まるで、西京自身が知っている『更なる高み』に上ってこようとしているみたいに。それも、そう遠くはない未来なのかもしれない、と感じてしまうほどであった。

 

 

「ふぅん……先ほど言ったこともどうやら嘘ではないみたいだね」

「随分と余裕なことで。もう勝利宣言でもしたかのような表情だけど」

「いやはや、君がいくら頑張った所で僕の勝ちは揺らがない。<落第騎士(ワーストワン)>の時は不覚を取ったけど、近接戦しかできない君に僕の居場所は解らない」

 

確かに、翔には一輝のように『絶対価値観』を暴くような芸当などできない。その意味合いにおいては、桐原の言うことも強ち間違いではない。だが、それでは100点満点中の『10点』でしかないということを、翔の目の前にいる人間は知らない。

 

「だが、せめてもの情けとして、一発で沈めてあげよう。<落第騎士>のようにズタボロにしないだけ感謝してくれよ?」

 

そう言い放つ桐原。恐らくはこの時点で“見えない矢”を放っているのだろう。それが一本なのだろうが、数本だろうが……もう翔にとってはそんなことなど()()()()()()。翔は軽く息を吐き、静かに瞼を閉じて精神を研ぎ澄ませる。

 

「ほらほら、逃げなくていいのかい? 死んじゃうんだぜぇ!?」

 

桐原が何を言っているのかすらも、今この瞬間において重要ではない。何かのタイミングを見計らうかのように……そして、

 

(勝った……!!)

 

彼のみえない矢が既に回避できない距離にいる……それを見た瞬間、桐原は勝利を確信した。彼が狙った場所は頭部。当たれば致命的の一撃で勝敗は決する。その考えに至った次の瞬間

 

「………え?」

 

彼の放った見えない矢は粉々に粉砕された。それだけではない……彼の眼前に突如舞い上がる血飛沫。それがアクション映画のワンシーンのようなスローモーションのように、桐原の視界に入る。そして次第に暗くなっていく……

 

―――何故、どうして、何が起きたのか。

 

そして完全に意識を手放す直前、彼は翔の呟いた言葉を聞く。それを桐原自身覚えているのかどうかなど、翔には知る由もないが

 

『ありがとうな、桐原先輩。お蔭で、この技のいい練習台になりましたよ』

 

桐原が倒れると、リング上に展開されていた<狩人の森>は消え……観客席にいる面々は無傷で立っている翔とリング上に倒れている桐原の姿をその目に焼き付けることとなる。

 

『桐原静矢、戦闘不能。勝者、葛城翔』

『な、ななな、なあんと!? 昨年七星剣武祭代表であった桐原選手相手に無傷での勝利! これで葛城選手は無傷の十二連勝!! 彼を止められるものは果たしているのでしょうか!?』

 

近距離戦でしか戦えないと思われていた翔が遠距離・対人戦に優れていた相手に被弾することなく勝利。それ以上に、彼は一体何をしたのか……それに気づいていたのは、絢菜と西京の二人だけであった。

 

(翔……今の技は……)

(いやはや……うちとの戦いでも見せなかった剣技というか、『彼女』の技巧を不完全とはいえ取り入れているとはね……)

 

その二人にしか解らぬのも無理はない。何故ならば、桐原を負かした翔が放った技は……その二人が良く知っている人物の技巧を不完全ながらも組み込んだ技なのだから。それ以外の人間からすれば、一体何をしたのかと疑問に思わざるを得ないほどに。だが、

 

(所詮、不完全は不完全なんだけどな……まだまだ研鑽が足りないな)

 

道半ば、と言いたげに翔はポツリとつぶやいた。その領域に達するには、更なる研鑽を求められることも十二分に承知している。それ以上に、彼の能力は未だ『不完全』ということ自体彼自身ですら気づいていなかった。

 

 

「……お、無事に勝ったか。ま、そうでないと困るんだけどな」

 

試合会場を出た翔が生徒手帳を確認すると、丁度一輝からのメールが届いて『問題は無事に解決したよ』という簡潔な文章であるが、それを見て大方の事情を察した翔は笑みを零した。メール画面を閉じて生徒手帳をしまう翔の元に、一人の人物が近づいてくる。それは、正直言って今この場にいるとは思えない人物であった。

 

「がんばっとるみたいやな、翔。ここに来るまでに色々噂は聞いとったが、アイツに負けず劣らずや」

「……いや、何でお前がここにいるんだよ雄大。向こうも今頃は選抜戦じゃないのか?」

「いやー、丁度選抜戦が休みに入ってしもうたからな。そのついでにこっちに来たんや」

「そんなことしてるぐらいなら小梅ちゃんの御機嫌をしっかり取れよ、アホな兄貴」

「阿呆言うなや!」

 

翔は『雄大』と呼んだ人物とタメ口で会話を交わしているが、実際のところは彼が一つ上、学年は二つ上。そして、彼は翔と同じ学生騎士であり……昨年度七星剣武祭覇者、即ち<七星剣王>と呼ばれる人物。

 

「ま、何はともあれ久しぶりだな雄大。この場は諸星先輩と呼んだほうが良かったか?」

「やめてくれ、翔。お前に先輩呼ばわりされると逆に落ち着かんわ」

「ここ学園の中なんだけどな……ま、そういうんなら従うけど」

 

彼こそが<七星剣王>諸星雄大。関西の武曲学園三年、序列一位の強さを誇り昨年は準決勝で<雷切>を破った人物。その彼が態々翔を尋ねた理由を尋ねる暇もなく、諸星の方からその話を切り出した。

 

「ここに来た理由は単純や。翔、こっちも丁度休みなんやろ?」

「まぁ、そうだな……って、まさか」

「そのまさかや……俺かて断りたかったんやけど、あんな殺気向けられたら断りも出来へん」

 

GW中も実施していた選抜戦の事も勘案して四日ほどの連休。どうしようか考えていた矢先の諸星の言葉。彼と同じ学園に在籍している人物のことを思い出し、翔と諸星は互いにため息が出そうな表情を浮かべていた。これを無碍に断ると後々怖いことにしかならない……となると、

 

「ま、いいさ。多分学園に残ってただろうし……ちなみに、俺以外に誘いたい奴とかいるか?」

「指定があったのはお前と…斗真とエリス・ヴァーミリオンやな」

「斗真は解るんだが、エリスもアイツが?」

「いや、うちの留学生の方やな。久々に会ってみたいとか言うてたし」

 

翔の出した答えは自ずとこうならざるを得なかった。何にせよ、この連休も無事に終わることはないであろうと思うと、翔の内心は正直憂鬱でしかなかった。

 




一輝と蔵人の対決は省略といいますか、ちょっと理由があって省く形にしました。後々のためのストックとも言いますか(ぇ

てなわけで、次からオリジナル展開となります。
理由はって? ………あの巨人どもに翔投入した時点で勝ち目が0どころの話じゃなくなるからですw

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