落第騎士の英雄譚~規格外の騎士(アストリアル)~【凍結】   作:那珂之川

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#46 二つの剣の冴え

選抜戦第十戦から数日後。

一輝とステラ、そして綾辻の三人が自然の多く残る道を歩く。

 

綾辻の案内と言う形で一輝とステラが向かうのは旧・綾辻流道場。そこへ向かう道を懐かしむように歩く綾辻もそうだが、一輝も昔を思い出すようにその道を歩いていた。

 

「しかし、懐かしいね。この道も」

「そういえば、黒鉄君はうちに一度来たことがあったんだっけ」

「うん。『うちはそういうのをやっていない』って丁重にお断りされたけどね」

 

小学校を卒業後、実家を飛び出す形で一輝は自分の足でいける道場のあちらこちらを巡った。無論、その中には八葉流も含まれている。それは置いといて、一輝のその行動自体が『道場破り』というだけあって無傷で済むものなどなかったが、彼自身それを承知の上でその行動をとっていた。

 

誰よりも劣るならば、誰よりも研鑽を積む。まぁ、人道外れた行動は取ることなどなかったが、それでも今日の一輝を作り上げてきた原点とも言えるだろう。その言葉を聞いて驚きを隠せなかったのは綾辻であった。

 

「ホント、黒鉄君は凄いと思うよ……ふと思った事なんだけど、葛城君とどっちが強いのかな?」

「えっ?」

「あ、いや、ちょっと気になったんだ。噂はボクも色々耳にしてるからね。それに、彼の今日の試合は黒鉄君と戦った事のある相手だから、余計に考えてしまってね」

「成程ね。センパイがそう思うのも無理はないか」

 

一輝も少し気になって翔の次の試合の予定を見たのだが、あの時の翔の言葉を今思い返すと納得できるものだった。第十一戦目の相手は<狩人>桐原静矢………一輝が初戦で戦った相手であった。

 

今までの選抜戦を見る限りにおいて、広範囲の伐刀絶技を持っていない様な印象を強く受ける戦い方をしている翔。戦闘スタイル的には一輝に近い部類であり、桐原の得意とする遠距離戦ではかなり分が悪い……綾辻はそう考えた。それはステラも同意見だったようで、二人は一輝の方を見やる。その視線を感じつつも、歩みを止めずに一輝は言葉を紡ぐ。

 

「少なくとも、苦戦するということはないだろうね。そもそも、一年間ルームメイトとして一緒に過ごしてきたけど、彼の剣術の底が知れない。低く見積もっても、剣術だけで言えば達人級(マスタークラス)と言ってもいい位かな」

「そこまでの腕前なの!?」

「うん。非公式の模擬戦ではあるけれど、二年前の時点で<夜叉姫>西京寧音先生を破ってる。詳しい内容は解らないけれど、西京先生曰く『かけ坊と二度と戦いたくはない』って言ってたぐらいだし」

「今じゃなくて、『二年前』の時点で世界トップクラスのAランク伐刀者に勝ってるってことは……」

「日本にいる学生騎士の中では、紛れもなくトップクラスの実力を持ってるってことになるかな。尤も、『まだまだ弱い』って本人は言ってたけどね」

 

翔が何を以てして『弱い』という言葉を使ったのかは流石の一輝も解らなかった。ただ、ハッキリと言えることは一つ。

 

「今の桐原君の実力を以てしても、翔を倒すのは無理だと思う。恐らく桐原君は見下すような発言をするだろうけど、多分『火にダイナマイト投げる』ことにしかならないと思う」

「一度勝った相手とはいえ容赦ないわね、イッキ。まぁ、アタシも模擬戦で手合わせしたから、カケルの強さの一端は理解してるけど」

「むしろ、桐原君にちょっとばかし同情を抱きそうだよ……まぁ、今の僕にそんな余裕はないけれどね」

 

そう……これから一輝が戦う相手は紛れもなく学生騎士でもトップクラスの実力者。正直言って、EやFといった低ランクの人間が高ランクの人間を相手にしようとしていること自体が『無謀』とか『無理』と言われてしまうだろう。

 

だが、一輝にも翔にもそんなことなど些細な問題でしかない。彼らが目指す場所へたどり着くためには、これしきの壁で立ち止まってなんかいられないからだ。()()()()()()()()()()()()という相手で躓くようでは、七星の頂など見えるはずもない。

 

そうして三人が辿り着いた場所は一見すれば廃屋と言っても差し支えないほどに傷んでしまった武家屋敷。ここが旧・綾辻流道場……その有り様を見つめる綾辻が痛ましい表情を見せることに二人は黙る他なかった。

 

 

『威勢は良いが、それでは儂に傷一つすらつけられぬぞ小僧』

 

「………ちっ、嫌な夢を見ちまったものだ」

 

旧・綾辻流道場………その場所に似つかわしくないであろうソファーに座る一人の青年。ソファーは恐らく持ち込んだものなのだろうが、染色しているであろう髪に、サングラスをしているがその奥の瞳は獰猛さを隠そうともせず、派手な臙脂色の上着を着崩した人物は、先程まで見ていた夢の光景に舌打ちをしつつ呟いた。

 

強い奴と戦いたい……そう考えた彼が約半年前、道場破りとして戦いを挑んた相手―――その人物は今まで戦った相手よりも尋常ではなかった。彼とて強さに自信があった…その自信を砕いた相手が現れたことに興奮していた。とはいえ、学生騎士という身分である以上そう頻繁に訪れることもできないし、学園側から『その人物との対戦を禁ずる。守れない場合は七星剣武祭への出場権を剥奪する』と通告されてしまった以上、これには従わざるを得なかった。この燻りを収めてくれる相手はいないのか……その願いが通じたのかどうかは解らないが、彼―――倉敷蔵人は近づいてくる足音に気づき、正面に見える入口の方に視線を向ける。

 

姿を見せたのは三人。いずれも破軍学園の制服に身を包んだ人物……そう、一輝とステラ、そして綾辻の三人だ。彼等を見て蔵人は少し驚いたような表情をするも、笑みを零した。

 

「へぇ、誰かと思えば絢瀬に、あん時のお二人さんか。ひょっとして、こないだの仕返しにでもきたのか、腰抜け風情が」

「その程度なら来るはずもないし、あの時は状況が状況だったからね。倉敷君、君に決闘を申し込む―――助っ人だ。綾辻さんに代わって、この道場を取り戻すためのね。後ろの二人は見届けと言う所さ。まさか、断るとは言わないよね?」

 

蔵人の物言いに対しても真剣な表情を崩すことなく、一輝はそう言った後上着の内ポケットから何を取出し、蔵人の目の前に放り投げる。それは、ここの道場に来るまでに喧嘩を吹っ掛けられた貪狼学園の生徒手帳。それも一つや二つではなく、全部で七つ。それを見た蔵人は

 

(ここにいた連中を……はっ、あの時は腑抜けかと思ってたが、意外に大胆な奴だな)

 

腕試し程度に元々けしかけるつもりであったが、目の前にいるこの人物が汗一つすらかいていない様相では、数を増やしたところで意味を為さないだろう。寧ろ、相応の実力を持っている―――そう判断し、蔵人はゆっくりと立ち上がり、自身の霊装を顕現させる。

 

「いいだろう――――『大蛇丸』」

 

それはまるで白骨を削りだして作り上げた様な野太刀。それが蔵人の霊装<大蛇丸>。

 

学生騎士は基本的に学外での霊装の使用は禁止されている。だが、いくつかの例外が存在する。

例えば、何かしらの事件に巻き込まれた時。そして、認可を受けた私営道場の道場主がこれを許可した場合だ。今回の場合は後者に該当し、今現在この道場の主である蔵人が霊装を顕現した時点で許可したも同じ。故に、一輝もこれを断る理由はないのだ。

 

「―――来てくれ、『陰鉄』」

 

一輝も自身の霊装である『陰鉄』を顕現させる。それを構える一輝の姿を、蔵人はまるで欲しかったものが手に届く場所にまで来たかのような気持ちを抱くとともに、気分が高揚していた。こんな気持ちは<最後の侍(ラストサムライ)>と戦った時以来……その本能の赴くままに蔵人は『大蛇丸』を構えた。

 

「ルールは真剣勝負、どちらかが死んだ方が負けだ。さぁ、試合開始だ!!」

 

 

一輝と蔵人が真剣勝負を始めた頃と同時刻。場所は変わって破軍学園の大闘技場。

この学園でも最大規模の闘技場の観客席は今日も満員であった。

 

「今頃、一輝の奴は<剣士殺し>と戦ってる頃合いかな。ま、アイツが遅れを取るとは思えないが」

「ですね。しかし、カケルは何だかんだ苦労人かもしれませんが…」

「あはは……(その原因の大半はエリスちゃんだと思うんだけどね…)」

 

観客席の最前列に座る斗真、エリス、そして明茜。

 

で、何故明茜が翔とエリスの事を知っているのかと言うと、翔の気軽に相談できる相手の一人が明茜と言う単純な理由だ。相談と言うよりは愚痴をこぼす程度なのだが、それを聞いてくれる明茜の存在は翔にとって貴重であり、明茜もまた相談に乗ってくれる相手として翔の存在を大切に思っている。とはいえ、あくまでも『義兄妹』という立場が前提になっているのだが。

 

そして、更には……

 

「で、何で西京先生がここに?」

「いやー、かけ坊が黒坊と戦った相手にどう戦うのか見物だったから……抜け出してきちゃった♪」

「うちのお母さんに怒られても責任持てませんよ……」

 

明茜の隣に座る西京寧音先生。試合監督という仕事をほっぽりだしてきたことには正直冷や汗しか流れなかった。それはともかくとして、エリスらはリング上に視線を向ける。

 

『さぁ、選抜戦も折り返しに入りました! ここからはさらに熾烈を極めるであろう試合展開も予想されます! 第十二戦目の実況は私月夜見三日月です。そして解説は』

『どうも~、今年度からこの学園の教頭でもあります、葛城絢菜でーす』

『えと、教頭先生。名字から察するに、これから行われる試合の関係者なのでしょうか?』

『まぁ、そうですね。でも、ご心配なく。その辺りも弁えて公平に解説しますので』

 

「………西京先生、いいんですか?」

「黙っててくれると嬉しいかな……」

「あっ、はい……(あの人ならそれぐらい既に察してるだろうな)」

 

実況席に座っている月夜見と絢菜……その紹介を聞いて、気まずそうな表情を浮かべる西京。それを見た斗真は内心、絢菜(あのひと)ならこのことすら把握しているだろうと思いながらも、リングに視線を向けた。

 

選抜戦のスケジュール上、第十一戦目の半数が消化された時点で第十二戦目が開始される運びとなっており、その意味においても最初に十一戦無敗を達成した翔が第十二戦目の最初に来ても何ら不思議ではない。そしてリング上に試合を行う生徒が入場する。

 

『さぁ、青コーナーより入場してくるのは、昨年の七星剣武祭代表! 初戦はまさかの黒星でしたが、その強さは健在! 二戦目から破竹の十連勝を果たし、今日は十一連勝を達成するのか!? <狩人>二年・桐原静矢選手です!』

『対人戦においてほぼ敵なしの能力である<狩人の森(エリア・インビジブル)>は未だ衰えず、ですね。ただ、崖っぷちである状況がどこまで影響するか』

 

現状十勝一敗の桐原が代表入りに望みを繋ぐためには、勝ち続ける他ない。何かを一度失った人間の必死さは並大抵ではない……それが才能のある者ならば尚更。だが、それはこれから彼が戦う相手に通じるか否か。桐原が出てきた場所から丁度正反対の入り口から、その人物が姿を見せる。

 

『そして、赤コーナーより姿を見せたのは現在十一戦全勝! その剣術と伐刀絶技に限界はあるのか!? <瞬影の剣王(アナザーワン)>に勝るとも劣らない実力を今日も見せてくれるのでしょうか! <閃雷の剣帝(アストリアル)>一年・葛城翔選手です!』

 

向かい合う翔と桐原。普段通りの表情を見せる翔に対し、桐原の表情は『翔を見下している』ということを彼の口から発さずとも読み取れるほどに解りやすく、翔は内心でため息をついた。そして彼の開口一番に飛んできた言葉は予想通りと述べるべきか、テンプレートでも用意したのかと言わんばかりであった。

 

「ここまでどんなイカサマをしたのかは知らないけど、僕の能力の前で同じ手は通じないよ<道化の騎士(ザ・フール)>。今日は皆の前で無様な姿を晒してもらうよ」

「その二つ名で呼ばれるのも久しいな。そうできるんなら、やって見せろよ昨年度七星剣武祭代表の『桐原先輩』?」

「………―――狩りの時間だ『朧月』」

「―――蒼天を超え、天元を衝け『叢雲』」

 

彼の言葉にすら逆上せず、かえって煽られる形となったことに桐原は面白くなさそうな表情を浮かべながら、弓の霊装である『朧月』を展開。それを見た翔も自身の霊装である『叢雲』を顕現し、構える。

 

『さぁ、昨年度代表である<狩人>が意地を見せるのか!? もしくは<閃雷の剣帝>が無敗を守り、<狩人>に引導を渡すのか!? 間もなく試合開始です!!』

 

Let’s Go Ahead!(試合開始)

 

一輝、そして翔。異なる場所で互いに負けられない戦いがほぼ同時に幕を開けた。

 


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