落第騎士の英雄譚~規格外の騎士(アストリアル)~【凍結】   作:那珂之川

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#45 一つ去ってまた一つ

~破軍学園 医務室~

 

闘技場での白熱した試合……ベッドに横たわっていた草薙は目を覚ました。

 

「……ん……ここは」

「お目覚めみたいだな、草薙さん」

「葛城君…そっか、負けちゃったのか。私は」

 

ベッドの横から聞こえてきた男性の声―――翔の声を聞き、草薙は改めて先程の試合の結果を突き付けられる形となった。まさか、捨て身とも言えるあの技を真正面から破られるなどとは微塵にも思っていなかっただろう。正直言えば、こうして生きていることなどを考えずに発動した<閃光の道標(シャイニング・ロード)>……一体どうやって止めたのかが気になり、草薙は翔に問いかけた。

 

「でも、どうやって止めたんです? あの技はほぼ亜光速に到達するのに……」

「俺が動きを止めれば、その死角から攻撃してくるのではと考え……ただその一点に絞って、技を振るわせてもらったのさ。あの状況下で真正面から攻撃する場合も考えて対策は一応打ってあった」

 

『彼女の技を真っ向から破った相手ならば、死角から突くしかない』

 

その結論に至らせた翔の一連の行動に草薙は最早ため息しか出なかった。元々剣術の引き出しの量だけでなく、質自体も違い過ぎていた、ということだ。やはり<閃雷の剣帝>と呼ばれるだけの実力を兼ね備えていたことに納得し、理解した。ふと、草薙は以前から気になっていた質問を投げかけた。それは、ずっと翔に対して抱いていた既視感に関わること……

 

「葛城君、君はその……葛城健という人を知ってるかな?」

 

翔にとっては予想できていた質問。そしてその問いかけが投げかけられたことで今までの推測がほぼすべて正解となった瞬間。翔は静かに首を振って頷くと、説明をするために口に出す。

 

「知ってますよ。だって、健は俺にとって……一番の身内、半身とも言えるような存在ですから。ま、アイツは双子の弟です」

 

そして話した。今はもうこの世にいないことも含めて……ただ、その内容はおいそれと話せることでもないのでぼかしはしたが。その上で、翔はポケットから一枚の折り曲げた紙を取出し、草薙に手渡した。それを広げた草薙が目にしたのは見るからに地図であった。

 

「えと、これは?」

「アイツのお墓の場所だよ。多分その場所すらまともに教えてもらってなさそうだったからな。ま、気が向いたら一度だけでも行ってやるといい。それと、理事長からの伝言。あの技は使用禁止だからな」

 

そう言って医務室を後にした翔。再び一人となった草薙は……涙を零した。それは自分に対する情けなさなのか、恋い焦がれていた人の身内に対して余計な心配をかけてしまったためなのか……その涙の真意は、涙を流す草薙本人だけが知ることであった。

 

 

医務室を出た翔。すると彼を出迎えるように待っていたのは……彼女と戦った経験を持ち、翔とは直接血が繋がっていなくとも本当の兄妹のように接している少女―――明茜であった。

 

「お疲れ、お兄ちゃん。あんな試合の後でそんなに動くと倒れちゃうよ?」

「体力はこの学園に来てから無駄と言えるぐらい鍛えてきたからな……で、迎えにでもきたのか? 今から行けば第三試合には間に合うだろうに」

「一輝さんも斗真君も強いからね。そこまで出来る方が羨ましいよ」

「やれやれ……ま、無理は決してしてないから安心してくれ」

 

どうやら、あれほど派手とも言える試合の後なだけに不安な所もあったのだろう……そんな心情を察してか、翔は無理などしてないと付け加えるように話し、その言葉に明茜は苦笑を零した。そのような言葉でも若干納得できない様子……その意味は翔が一番よく知っている。ともあれ、一輝たちの元へと向かうために移動しながら会話を続けることにした。

 

「エリスは?」

「一輝さんの試合を見てから来る、って言ってたよ。やっぱりあの人―――綾辻先輩の事が気になるんでしょうか?」

「気になるというか……多分、感じ取ったんじゃないかな?」

「何をです?」

 

いつもならば恋人であるエリスも真っ先に来そうなのに、それを二の次にしてまでも次の一輝の試合の様子を見つめることにした理由……翔は衝撃的ともいえる発言を言い放つ。

 

「『彼女が勝つために一輝に対して反則を仕掛けた』―――といったところかな。一輝が医務室に運ばれたこともおそらくはそうなんだろう……アイツに<一刀修羅>を使わせるためだけに。で、さらにはリング上に斬撃の牢獄を張り巡らせた、といったところだろう……そうだとしても、今の一輝なら魔力放出なしの<瞬動>だけで<一刀修羅>並の速力ぐらいは出せるから焼け石に水程度だろうが」

「えっ!? じゃあ、一輝さんはそれを承知の上で!?」

「優しいアイツらしいとは思うよ。ま、お節介だけどリング上の反則は『なかったことにさせてもらった』けど」

 

秘剣之弐<雪風>―――自身の異能で相手の伐刀絶技を可能な限り模倣し、自身の技として放つ剣技。その使いどころは限定されるものの、『雷』を駆使することで相手の武器の種類はほぼ問わない利点に加え、更にはその応用で相手の伐刀絶技そのものを『奪う』こともできる。ただ、これにも一定の条件を満たさなければ使えないデメリットが存在する『形無しの秘剣』なのだ。

 

で、恐らくは綾辻がリング上に張ったであろう斬撃の牢獄……それを翔は『奪う』ことで無数の突き刺す斬撃を繰り出したのだ。それを張ったであろう綾辻自身がその異変に気づいてもおかしくないのは百も承知。一応、今回の解説役兼審判である折木にはその件に関して一輝とは別件で相談し、自身の母親にもその相談はしてある。

 

「俺の剣自体『変幻自在』だから誤魔化し様はいくらでもある。ま、この試合一つとっても彼女が反則負けになるってことはないだろう」

「ということは、一輝さんは」

「勝つだろうな。だから急ぐ必要もないかなって思ってる。今の心情の彼女なら、不利な状況下でも勝ちに行かなければならない心境になっていることには申し訳なく思うけど」

 

 

「―――と言うことなんだけど、どう思う? あの子の母親として」

『……いつにもなく辛辣ね、絢菜。これに関しては私も軽率であったとは思うわ』

 

丁度その頃、絢菜は電話で誰かと話していた。辛辣な言葉を投げかける彼女に対して、その通話の相手は自身の過失もあったということを認めざるを得なかったであろう。それが自身の身内絡みならば尚更なだけに。その言葉が聞けただけでも満足だったように、絢菜は笑みを零した。

 

「ま、うちの息子が上手く取り成してくれたから、問題はないでしょう。……ちゃんと、話してあげなさいよ。―――で、うちの息子がしでかしたことに対しては何も言わないのかな?」

 

そう言って通話を切ると、絢菜は一息ついて、傍にいた煙草を咥えた女性―――黒乃の方を見やる。煙草を手に取って一息つくと、黒乃はこう言い放った。

 

「そもそも、綾辻の反則負けを未然に防いだんだ。相手の伐刀絶技を自身の制御下に置くこと自体非常識と言えるだろうが、裏を返せば誤魔化し様は幾らでもあるということだ……元々は、察しきれなかった選抜委員会側の落ち度だからな。そもそも、ルール上では『共謀などを除く、試合予定の無い対戦相手の反則に該当する伐刀絶技を選手が使用した場合の規定などない』のだから」

「物は言いようにしか聞こえないけどね」

「それと、草薙の件の事もある。加えてアイツには元々無理強いをした立場だからな。今回は大目に見ることにしたさ」

 

目の当たりにすればするほど『デタラメ』とも言える翔の実力。とはいえ、そのお蔭で草薙が命を落とすという最悪の顛末を避けれたことも事実。なので、事情を聞いた黒乃の判断は不問という結論に至った。元々ヴァーミリオン姉妹のために留年してもらうお願いをした側としてはこの程度など恩返しにもなりはしない、と付け加えた。

 

外は、雨など降る様子も微塵に見られないほどに晴れやかな空模様だった。

 

 

「その、迷惑をかけてしまってごめんなさい!」

「なぁ、何で謝られなきゃいけないの? 俺は何もしてないぞ?」

「カケル、アンタ以外にこの状況を作れる人間なんていないでしょうに……」

 

翔と明茜が戻ってきた頃には一輝と綾辻の試合も終わっており、結果は綾辻の降参と言う形で幕を閉じた。

 

で、どうやら前の試合―――翔が綾辻の伐刀絶技を『奪った』ことをそれとなく察したのか、試合が終わって話し込んでいた一輝とステラにエリス、それと綾辻のところに近づいてきた翔を見て駆けより、真っ先に謝った。この一連の行動には流石の翔もげんなりした表情を浮かべるほどであった。

 

「このままだと平行線になりそうだから、謝罪は一応受け取る。で、一輝は道場を取り返すのを手伝うのか?」

「元々そのつもりだよ。ステラたちの試合も考慮して、二日後ぐらいにはなりそうだけれど」

「そっか。ま、頑張ってくれ」

「何よカケル、その冷たい言い方は!? 手伝ってくれてもいいんじゃない!?」

「ちょっと、お姉ちゃん!」

「というか、翔にしては『珍しい』ね」

 

一輝の言葉に対して他人事のように話す翔。これにはステラが声を荒げ、エリスが慌てて自身の姉を嗜める。一方、その言葉を投げかけられた一輝自身は冷静な表情を崩すことなく翔の方を見つめ、問いかけた。

 

綾辻絡みの一件は翔も既に知っていること……貪狼学園のエースにして昨年度七星剣武祭ベスト8の実力者―――<剣士殺し(ソードイーター)>倉敷蔵人のことも。いろいろ問題はあるものの、実績で言えば一線級の剣士である彼に見向きもしない理由を一輝が気にかけたのだ。

 

「流石は元ルームメイトだな、一輝。俺がそこまで気にかけていられないのは単純さ……次の試合―――第十二戦目の試合が大体その日になるからな」

「そっか。それなら翔はそっちに集中させないと申し訳ないね」

「む……それなら、初めからそう言いなさいよ」

「それを聞かずに怒った相手が言いますか、この雌豚は」

「あらぁ? 何か言ったかしら、シズクゥ?」

「はは……ホント、賑やかだね」

「否定できないのがどうにも……」

 

翔は手伝いに行けない理由を簡潔に述べた。その試合……翔にとっては気の抜くことのできない対戦相手。彼にとっては学園に入った時から因縁とも言える関係に近いだろう。彼の生徒手帳のメールにはこう記載されていた。

 

 

『葛城翔様 選抜戦第十二試合の対戦者は 二年三組 桐原静矢様に決定しました』

 

 

正直言えば選抜戦で当たりたくはないと思っていたのだが、現実は非情であることに溜息を吐きたくなった。とはいえ、決まってしまったことには文句など言うつもりもなく、気を引き締めようと決意した翔の生徒手帳が鳴り、画面を見やるとメールの着信音であった。それを開いて一通り確認すると、画面を閉じて一輝たちに向き直った。

 

「悪い。知り合いからちょっと呼び出し食らったから、先に帰っててくれ」

「え? あ、うん。解ったよ翔」

「今日の夕食は和食ですから、遅れずに帰ってきてくださいね。カケル」

「俺は子供か!?」

 

そんなやりとりをして一輝らと別れた翔が辿り着いたのは、学園内の武道場。流石に夕方なので人がいるようには感じられないものの、翔はその奥にいる人物の気配を肌で感じ取った。靴を脱いでその奥へと続く扉を開くと、そこにいたのは一人の少女の存在。

 

翔は知っている。その少女の存在を。今となっては自身の二つ名に含まれる『雷』の使い手。かつて自身も師事していた<闘神>の愛弟子の一人。表向きは破軍学園において最も強い剣士と謳われる人物。正座をして瞼を閉じ、精神集中している様子の女子生徒―――<雷切>東堂刀華は、翔が来たことを感じ取ったのか、閉じていた瞼を静かに開いて視界の中に翔の姿を捉えると静かに微笑んだ。

 

「ごめんなさい、かけ君。こんな時間に呼び出してしまって」

「知り合いだから別にいいけどな。で、用件は? 早く帰らないとルームメイトに何されるか解ったものじゃないので」

「別に手合わせってわけじゃないですよ。ただ、かけ君の場合はこうしないと話せませんから」

 

別ベクトルではあるが、互いに学園の有名人……その二人が一緒に行動すればあらぬ疑いをかける人間がいる。それを考慮してこの場所を選んだことに、翔は今日何度目か解らないため息を吐いた。

 

「そういや、刀華も十一戦全勝おめでとう。十二戦目の組み合わせは見たけど、勝利は堅いかな」

「ほとんど不戦勝ですけどね。いざとなったら、かけ君に模擬戦でも申し込みますよ」

「選抜戦で当たる可能性があるだけに、それはNGだろうが」

「言ってみただけですよ。けれど、いずれはリベンジしたいって思ってるのは事実ですし」

 

刀華の穏やかな表情の奥底にある闘志。それを感じ取った翔は苦笑を零す。

 

「で、ただ世間話がしたくて呼び出したわけじゃないんだろ? 多分、生徒会執行部絡みの仕事か?」

「あ、あああああ! すっかり忘れてた!」

「んなこったろうとは思った……とりあえず、話は聞くよ」

「あ、ありがとう、かけ君! やっぱり持つものは友達よね!」

 

真面目なのにどこか抜けている親友に溜息を吐きつつ、翔は刀華から一通りの説明を受けた後、とりあえずメンバーは適当に見繕うという答えを返して帰路についた。




一輝の戦闘の描写に関してはまるっきりカットしました。
だって、あの牢獄なしに加え、魔力放出なしで原作並(魔力放出状態)の超スピードを出せる一輝に綾辻が勝てるビジョンが見つかりませんでしたorz

で、綾辻が翔に謝ったシーンですが

牢獄が消えた→時間的に翔と草薙の試合→広範囲の斬撃を繰り出したのは翔→なので、翔に謝罪

という一連の流れです。解りづらかったかなとは思いました…(土下座)

次回は多分戦闘シーンなのですが……一輝と蔵人の戦闘シーンって需要あるのかな(悩み中)

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