落第騎士の英雄譚~規格外の騎士(アストリアル)~【凍結】 作:那珂之川
平日は殆ど更新できない可能性がありますのでご了承ください。
翔と桐原の戦いの後……その後も事あるごとに噂をまき散らす桐原。それを目の当たりにしている一輝から翔に対して一つの質問が投げかけられた。
「どうして平然としていられるんだい?」
「普通に考えれば途中で根を上げてしまう。それがどんなに精神が強い人間でも、評価を気にする側としては気が気でいられなくなる。一輝はその辺りを心配してくれるのかな?」
「まぁ、そんなところだね。僕だけならばともかく、翔にまでそんな噂が…」
「気にするな、と言う方が無理か。教室にいれば“やたらと五月蝿いスピーカー”がいるから尚更だし」
一輝の事を気にかけていたクラスメイトも噂や桐原の流す言葉に騙されて離れていく中、どうして目の前にいるクラスメイト兼ルームメイトは気軽に接してくれているのだろう。それと、先日の授業の内容に関しては彼が噂で流していた。とはいっても、その噂での範疇でしか知らないが。それも含めつつ、翔は話し始めた。
「俺にしてみれば、あんな悪口を言っている方が愚か者、と言う他ないだろう。で、悪口とか噂とかを気にしない理由としては、『もう慣れた』ことだからな。」
「どういうことなんだい?」
「……お前の実家、つまりは黒鉄本家。そこから俺をピンポイントで圧力かけて来ただけでなく、家族に対しても嫌がらせをかけてきてな。危うく家族が空中分解しかけたんだ」
「……」
絶句、と言う他ないだろう。寧ろ一輝は驚きであった。話は翔からちょくちょく聞いていたが、彼の両親や姉妹は資質の優れた伐刀者であるということ。彼ならばともかくその家族までも巻き込んだのは何故か。その理由は、
「そのきっかけは葛城家と黒鉄家―――二つの家で行われた御前試合。本来、俺は出る予定などなかったんだ」
元々伐刀者同士の戦いということを前提とした御前試合。その当時『力』に目覚めていなかった翔はその試合に出る予定はなかった。だが、それに待ったをかけたのは黒鉄家の現当主にして魔導騎士連盟日本支部長、黒鉄厳(くろがね いつき)であった。
「『互いに長男同士で戦わせないのは、恥と言う他ない。それを拒否したとすれば、それは陛下に対する侮辱だ』とか言って無理矢理組み込まれた」
「……もしかして、その相手って」
「察しがいいお前なら気付くだろう。―――<風の剣帝>黒鉄王馬。それが俺が御前試合で戦った相手なんだよ。この前は面識がある程度と嘘をついて済まなかったな」
「いや、それについては怒ってないよ。翔も
当時の時点で世界大会を制し、U-12の世界王者となり同年代の
「まぁ、その結果云々はともかくとして、それ以降本家からの圧力があってな……その状況に耐えられなくなって、俺は国外に飛び出したんだ。そこに同行者が付く形になってしまった」
「同行者?」
「俺の曽祖父、葛城左之助(かつらぎ さのすけ)。その異名位は一輝でも知っているだろ?」
「<
「噂ではなく事実らしい。本人がそう言っていたからな。」
翔にとって罪悪を感じているのは、自らのせいで家族をバラバラにしてしまったこと。このまま努力しても改善しない兆候……それに苛立ったというのもあるだろう。だが、翔自身突如目覚めた力に戸惑いを感じていたのも事実であった。己と向き合う意味でも、翔は一番信頼できる母親にのみ相談し……その結果、同行者として左之助が保護者という意味合いも含めた二人旅となった。
「彼から教わったのは武術と魔力制御の技術、それと大学卒業程度までの勉学のみ。後は『自分で考えろ』と言う感じだった。だからこそ、自分の気持ちを整理できたのかもしれない。」
距離を置くことで自分の考えを落ち着いて整理する。それがまずは必要なのだと左之助は言葉ではなく翔を鍛錬していく中で気付かせることにした。心が興奮状態では、折角の言ったことも100%伝わらないだろうということの表れだったのかもしれない。一通り落ち着いたところで、左之助はこう言った。
「『他人の言うことなど気にするな。大事なのは、お前がその力を以て何を成したいか。お前が真っ当な事をし続ければ、その評価もいずれは覆る』とな。事実、俺の曾祖父もうつけ者と呼ばれた相当の跳ねっ返りだったらしい。本人は笑って話してたけど」
圧倒的実力と卓越した戦術眼で<サムライ・リョーマ>を英雄たらしめた影の英雄、それが翔の曽祖父である葛城左之助。だが、歴史書には彼が副官を務めたことぐらいしか記載されていない。彼は優秀であると同時に問題児でもあり、戦後は色々と“暴れた”らしい。そのせいで主立った戦績を抹消されたそうだ。
「『覚えていてくれるのは<サムライ・リョーマ>と<闘神>だけでいい』……まったく、とんだ食わせ者だと思うよ。だが、そのお蔭で俺も吹っ切れたのさ。正直桐原の『スピーカー』を叩き壊したいと思った事なんて一度や二度できかないぞ?ま、そのうち機会があれば
『転んでもただでは起きない』―――翔のその根底にある強さを一輝は感じ取った。嘘や言い訳ではなく、今のは紛れもない翔自身の言葉なのだと。桐原の流す噂に対して良くない感情を持っているのは人並みだなと思いつつも、更には一度戦った相手である桐原の能力を全て見抜き、次は勝つと宣言したことには正直驚きだろう。
「そういえば、世界を旅したみたいだけど、どういったところに行ったんだい?」
「ああ、それなら……あったあった」
ふと翔の行った所が気になった一輝に聞かれ、翔が引出しから取り出したのは真新しいアルバム。そこには翔と先ほど言っていた人物の姿……なのだろうが、一輝は尋ねた。
「ねぇ、翔の隣に映ってるこの人は?」
「これがさっき言ってた曽祖父、葛城左之助」
「え……青年にしか見えないんだけど?」
「一輝、それが真っ当な人間の反応だ。俺も見た時は昔の写真と変わりないことに幻でも見たのかと思ったからな」
翔はともかくとして、翔が左之助と呼んだ人物はどう見ても青年にしか見えず……傍から見れば兄弟と言っても差し支えなかった。実際、旅をしていた翔は何度もそう言われたのだろうと一輝が見やると、翔はやれやれと言った感じで首を横に振った。その違和感になれてきたところで、一輝はもう一つの違和感に気付いた。それは、その写真を撮っている場所なのだ。
「ねぇ、翔。ここに“エベレスト”って文字があるんだけど……」
「ああ、無理矢理付き合わされた。あの時はガチで死を覚悟したよ……」
「どう考えても軽装備で登るところじゃないよね、ここ!?」
「彼曰く『俺の庭』らしい。あんなのが庭だなんて常識すら捨ててるとしか思えない」
葛城左之助……跳ねっ返りとかうつけ者とかそういう類で片付けられるレベルではなく……どう考えても人類と言うカテゴリーから外れた『人外』という印象を強く持った一輝であった。そして、そんな彼についていけてる翔もまた人類のカテゴリーを外れかかっているのかもしれない、と。
その一輝の予想が間違ってなかったことを知るのは、そう遠くない未来の話でもあった。
『朱に交われば赤くなる』と言う奴です。理由を上手く書けてるかどうかは私にも解らん(ぇ
零章はもうちょっとだけ続きます。