落第騎士の英雄譚~規格外の騎士(アストリアル)~【凍結】   作:那珂之川

48 / 61
一ヶ月ほど空いてしまって済みません(土下座)

というわけでちょいとオリ展開でございます。


#43 遺した物 残された者

『―――いいか? お前は誰よりも弱い。悔しいと思うのなら、俺を打ち負かせるまで強くなって見せろよ』

 

 

幼い頃の記憶……床に手をつき、荒く呼吸しながらもその眼は相対している人物―――竹刀を持って佇む一人の少年。誰よりも才能がないと言われ、それでも尚足掻き続けている一人の少女。落ち着いたのか、少女は傍に落ちていた竹刀を取り、構える。

 

『勝って見せる。お兄ちゃんに、絶対追い付いてやるんだから!』

『ああ、その心意気だ。なら、まだ続けるか?』

『当然!!』

 

追いかける目標のためにひたすら剣を振り続ける毎日……本当の兄ではなく、兄弟子みたいな存在であった。苦しいことも多かったけれど、楽しいことも多かった。強くなったという手応えを感じることが出来た。でも……そんな楽しい日々は突如として別れを告げてしまった。

 

ある日を境に姿を見せることが無くなったその人物。彼の死を知ったのは、それから一ヶ月後に届けられた手紙。目標を失ってしまった……そんな悲しみをぶつける場もなく……自分はどうしたらいいのかも解らず……至った答えは、一つだった。

 

『才能の無い私だけど、この道しか選べないから』

 

そう言って彼女は歩んだ。その行先は―――日本にある騎士学校の一つ、『破軍学園』だった。

 

 

『葛城翔選手、わずか6秒で相手を戦闘不能にしましたぁ! これで無傷の九連勝! 我が校にこれほどの天才が眠っていたという事実はまさに衝撃的です!!』

 

瞬影の剣王(アナザーワン)>黒鉄一輝

閃雷の剣帝(アストリアル)>葛城翔

紅竜の戦姫(ティアマト)>ステラ・ヴァーミリオン

緋凰の皇女(ヴァルファーレ)>エリス・ヴァーミリオン

 

新学期が始まって約一ヶ月。選抜戦も折り返し直前の第九戦まで進み、ここまで来ると名だたる実力者がいずれも無敗を守り続けており、翔もその一人である。彼の知り合いも順調に勝ち星を重ねているのだが、その中で一人黒星がついた人物がいた。

 

「お疲れ、お兄ちゃん……その、昨日はごめんなさい」

「何で俺が謝られるんだか。ま、ちゃんと結果を踏まえて次に繋げればいいんじゃないか? まだ選抜戦だって可能性がないわけじゃないからな」

「う、うん!」

 

天雷の士(スターセイヴァー)>葛城明茜……第九戦で二年生相手に敗北を喫してしまったのだ。とはいえ、彼女の実力自体発展途上故、まだまだ伸びしろがあるので下手に叱ることはせず、しっかり負けた原因を見つめなおせれば良しという形で諭し、明茜も翔の言葉に笑みを零して頷いた。

 

「しっかし、剣術においてもそれなりの明茜相手に勝つとはな。どうやら二年生みたいだが、知ってるか?」

「いや、俺も流石に初耳だった。まぁ、俺や一輝の様な存在もいるからいない、なんて確証はなかったけど」

「そこは自覚あったんですね、カケル」

 

ただ、疑問もある。新入生の中で第四席の明茜を打ち負かせるとなれば相応の実力はあるのかもしれないが、明茜から聞かされた名前は昨年度の成績優秀入学者の中にいなかったのは明らかであった。その辺りは翔が無駄に覚えていたからすぐに解った、というのもあるのだが。今の明茜の実力は、時折翔自身も手合わせしているのでその感触からの憶測だが……剣術オンリーで言うなら、一年生でも最強クラスの部類に入る。

 

「キツイことを言うなぁ……にしても、ここに来て一輝だけじゃなく俺にまで『妙なもの』が付きまとうとはな」

「妙なもの? ストーカーとかの類か?」

「えと、陰湿な追っかけみたいなものでしょうか?」

「合ってはいるけど、もう少し言葉を選ぼうよエリス。ただねぇ……」

「敵意とかを感じない。ということかな? お兄ちゃん」

「まぁ、そんな感じ。まるで俺の動きを見て学ぶかのような感じがな。(ただ、それとは別にやきもちみたいな感情も感じたんだよなぁ)」

 

少なくとも、翔にはそのような感情を抱かせる心当たりなどない。知り合いの同年代の女性の面々に対して勝負事で打ち負かすことはあっても、相手の心を傷つけるような酷い所業をしたつもりもない。ただ、このまま放置して自身の選抜戦に影響が出ても困るので、思い切って声を掛けてみることにした。

 

「そこの陰に隠れてる人、用があるんなら出てきたらどうかな?」

「!? ひゃわっ!?」

 

そう声を掛けた瞬間、その視線の主はすぐに飛び上がって退避しようとしたところで直上にある木の枝に頭頂部を強打。そして木の枝のしなりで後方に飛ばされ、その人物が飛んでいく先は―――池があった。

 

「「「「あっ」」」」

 

四人がそう言葉を零した次の瞬間、その人物が落ちて池に盛大な水柱が吹き上がった。しばらくして仰向けで浮き上がってきたのは、破軍学園の制服に身を包んだ一人の女子生徒であった。ともあれ、放置しておくのは忍びないということでエリスと明茜がその少女を運ぶことになったのだが、その少女……明茜が第九戦で戦った相手とのことだ。

 

で、已む無く学園の医務室へと運んだ。不幸中の幸いか、怪我と言えるのは頭部に軽いたんこぶができていた程度であった。池に落ちたことがラッキーというべきなのかは定かではないが。するとその長い黒髪の少女が目を覚まし、様子を見ていた翔達に気付いた後、ここが先程彼女自身がいた場所でないことに気付く。

 

「えと、ここは……」

「学園の医務室だよ。軽いたんこぶ程度でそっちは自然と直るだろうし、良かったよ」

「あ、その、ごめんなさい! もしかして……その、気付いてました?」

「物陰から見ていたことに関しては最初から気付いていたよ。ところで、君の名前は?」

「……二年の草薙愛海(くさなぎ あゆみ)と言います」

 

で、何故翔を物陰から付け回していたのかという疑問について尋ねたところ、Eランクであるにもかかわらずここまで勝ち進んでいる翔の強さから何かを学び取れないかと思い、そのような行動に出たということだ。愛海の言葉にはとりわけ嘘を言っている様子はなさそうだ…しかし、昨年度色々苦労させられた経験からの邪推なのかもしれないが、翔にはそれが『言い訳』にしか聞こえなかった。

 

「成程。ちなみにだけど、『草薙奏(くさなぎ かなで)』さんの縁者だったりする?」

「え? 確かに草薙奏は私のお母さんだけど……何で解ったんですか?」

「母からよく話を聞かされてたからね。それに、先程ちらっと見えた君の掌…相当武術をやりこんでないとそのようにならないからな」

 

翔から出てきた人物の言葉に草薙は目を丸くし、彼女がつけていた人間が自身の身内の事を知っているとは思いもしていなかった。その一方、エリスは首を傾げているのだが。

 

「えと、クサナギカナデって一体誰なんです?」

「非伐刀者ゆえに伐刀者の世界じゃあまり知られていないが、武術の世界においては紛れもない有名人だよ」

 

その疑問について答えたのは斗真であった。『草薙柳槍流(くさなぎりゅうそうりゅう)』の使い手であり、名だたる大会においてその名誉を欲しいままにしてきた“天才”と呼ばれたほどの人物。伐刀者相手でもその武術を以て鎮圧した実績も数知れず……ただ、魔導騎士から不興を買ってしまったためか彼女の事を知る人間は数少ない。翔は身内絡みということもあるのだが、斗真に関しては自身の霊装のこともあってその武術を習っていたらしい。

 

「あと、奏さんと一度手合わせしたことがあるけれど、本当に非伐刀者なのかと思うぐらいに強かったよ」

「えっ、お母さんと手合わせしたことがあるんですか!?」

「勝負というか、軽い打ち合いの稽古程度のものだったけれどな」

 

……どうやら、草薙は母親である奏に追いつくために努力はしているのだが、実力が伸び悩んでいた。そこで、選抜戦を勝ち進んでいる面子の中で最も武に長けているであろう翔を頼ろうとしたのだが……いかんせん、異性と関わる機会がなかったがためにどう声を掛けたものか悩んでいたらしい。まぁ、選抜戦ならばここにいる明茜を除く面子全員が対戦する可能性があるわけだが、とりわけ困るようなこともなかったので鍛練に誘ってみることとした。

 

「あ、ありがとうございます!」

 

結果としては草薙も鍛練に参加するということと、付け回していたことに関してはもう二度としないということで決着をつけた。とりあえず見送っていくということで愛海とエリス、明茜が出ていったのを確認すると……翔は斗真の方を見やって質問を投げかけた。

 

「なぁ、斗真。奏さんとの関わりで『アイツ』も関わってたのか?」

「関わってた、と言えば合ってる。門下生の稽古位はやってたぞ…その時には既にAランクだったからな」

「成程ね……ちょっとばかし面倒なことになりそうだな」

 

斗真の言葉に翔は肩を竦めた。彼の言葉からすれば彼女の視線に込められていた理由にも納得がいく。だが、それは同時に面倒事になるであろう未来しか見えないことと同じ……そんな友人の様子を察してか、斗真は苦笑を零したのであった。

 

いつもの鍛錬に草薙と、一輝を付け回していた人物―――三年の綾辻絢瀬(あやつじ あやせ)の二人が加わっての鍛錬。その際には一輝としては真面目なのだが一歩間違えるとセクハラにしか見えない光景があったり、それに嫉妬したステラが『妃竜の罪剣』の剣圧から焼きもちという感情ダダ漏れの様相が伝わってきたり……まぁ、色々あったにはあった。だが、そんな平穏な日々も長くは続かなかった。

 

「無茶したな、一輝。ま、優しいお前の事だから何も言わないでおく……ユリちゃんには事情を説明してあるから、『お前にしかできない戦い』をして来い」

「……ホント、そういう気配りには感謝してるよ。ありがとう、翔」

 

深夜の校舎近くで倒れていた一輝。そして校舎には盛大なクレーターができていた。その光景を目撃した第一発見者もとい元ルームメイトとして、翔は何かしらの事情があって一輝がそのような事をしたのだと察しつつ、その為に必要な手立てはした。後は一輝次第……とはいえ、あまり友人の事ばかり構っていても仕方がないのも事実であった。それは、翔の生徒手帳に送られてきた一通のメール―――第十戦の対戦相手。

 

『葛城翔様 選抜戦第十試合の対戦者は 二年一組 草薙愛海様に決定しました』

 

 

『でさ、その子はてんで負けず嫌いでな。俺も思わず語尾が荒くなっちゃうんだよ。奏さんからは『嫁に貰ってほしい』とか言ったけど、あの人の弟子を嫁にしていいというのはどうにも…』

『その割には嫌そうな表情をしてないんだけど?』

『……否定はしない』

 

公式戦に出たがらない彼が選んだ道―――それは、非伐刀者でありながらも一線級の実力を持っていた草薙奏の道場の門戸を叩くことであった。草薙家は元々葛城家の分家……とは言ってもかなり遠い親戚ではあるが家同士の付き合い自体は相当密接で、翔の母親も草薙奏とは非常に仲の良い友人の付き合いをしていたほどだ。なので、翔もその過程で草薙奏の事は知っていた。ただ、その娘である愛海のことは全然知らなかった。それは頻繁に通っていた彼も同様に知らなかったのだ。

 

健が亡くなった後、奏は海外へ武者修行へと行き…娘であった愛海は親戚の家に預けられた。かの<最後の侍(ラストサムライ)>に比肩するとまで謳われていた奏だが、更なる強さを求めたが故に道場を離れた。一応草薙家の住居と道場は親友である絢菜が預かる形としたらしい。流石にその辺りの事は鍛練に関係ないだろうということで翔はその事情を知らない。というか、その辺りの事は翔が海外に行っていた間の話なので知ることもなかったのだが。

 

「……にしても、妙な因果と言うかアイツの残していったツケと言うべきか……やれやれ、だな」

 

嫌と言うほどではないにしろ、残していったものの『片を付ける』という損な役割をさせられていることにため息の一つでも吐きたくなった翔であった。




次回は久々の戦闘シーン。このイベントの後はちょいと駆け足気味になります。

そういえば、第十巻が出たそうですが……近くの本屋が軒並み全滅しました(在庫的な意味で)
なので、GW中に遠出はするのでその際に買ってくる予定です。ますます追い抜かされていくなぁ(自業自得)

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。