落第騎士の英雄譚~規格外の騎士(アストリアル)~【凍結】 作:那珂之川
翔は話した。五年前のあの日、何が起きたのか……
葛城家と黒鉄家の御前試合当日、いつもと変わらぬように朝食の支度をする翔。元々鍛練の為に家族で一番起きるのが早い。伐刀者としての才能が乏しかっただけに、このような場所を与えられるだけでもありがたい、とは思っていた。準備が整ったところで翔は身に着けていたエプロンを外し、息を吐いてもう一つの日課をこなしに行く。
『さぁ、とっとと起きてくれないかな? ハリー、ハリー、ハリー、ハリー!!』
『にゃああああああ!?』
『あ、兄貴、少しは落ち着いてグホアッ!?』
『健、ムチャシヤガッテ……』
家族の中で寝坊癖のある二つ上の姉と双子の弟を叩き起こすこと……その手段が少し乱暴なのはご愛嬌、ということで。まぁ、乱暴にとは言っても今日は大事な試合があるのでダメージは少しも残らない様に配慮はした。そして食卓に翔以外の人間が座ったのを確認して朝食を食べ始めると、彼は他の家事を済ませるためにその場を後にした……これが今の葛城家における自身の立ち位置なのだから、と……そう思っていた翔に、双子の弟である健が声を掛けた。
「兄貴、今日は用事とかあったりするのか?」
「ん? いや、特売とかはないから、家事が終われば今日は暇になるけど」
「あ、相変わらずの主夫ぶりだな……なら、今日の試合、兄貴にも見てほしい」
「は? 出来るのなら見に行きたいけど、色々大丈夫なのか?」
唐突に言われた試合観戦へのお誘い。元々当事者側である翔が試合を見る権利位あるのは解っているのだが、いろいろ問題を抱えている自分が行っても問題ないかどうか……その不安を払拭するかのように健がこう述べた。
「元々兄貴が試合するわけだったし、俺が座る席に兄貴が座れば解決する話だろ?」
「……じゃあ、そこの五人を説得して問題なかったら、そういうことで頼む」
「了解したぜ、兄貴」
この時は、そう簡単に事が進むとは思ってもいなかった。いなかったのだが……現実というのは、こうまで非情なのだと実感した。大きめのワゴン車……その後部座席で翔は眠っていた。
「すぅ…………」
「ね、寝ちゃってる……」
「ま、一番張りつめてたのは間違いねぇからな……俺が言えた義理じゃねえが、父さんに母さん、姉さんらも“同罪”だからな?」
家の事の大半を幼い彼が全て管理していた……それに甘受していた健も自分の事を棚に上げるつもりなどない、と踏まえた上で中々見せることのない真剣な表情で前の座席にいる四人に向けてそう言い放った。それに対して真っ先に反応したのは、運転をしている一家の大黒柱の存在―――父親である武志(たける)であった。
「それは解っちゃいる……けどな、健。順風満帆とも言える人生を送ってきた人間に、才能の乏しい人間の人生を指し示すというのは難しい問題なんだ。無論、才能があると言うだけでもそれはそれで問題はあるのだが」
大方予想通りの言葉、といえばそうなのだろう。彼の返答を聞いた健はそれ以上何も言わず、黙って窓の外の風景を見つめた。それを見たのか、武志は握っているハンドルに力が入る。彼の気持ちを察したのか、助手席にいる彼の妻―――絢菜は蓋を開けた缶コーヒーを差し出した。
「あなた、肩に力が入ってますよ。はい」
「お、すまないな……ふぅ、流石は我が妻、といったところか」
「伊達に剣を交えた関係ではありませんよ………あなたのせい、ではないのですから」
「解ってはいるさ………でも、父親になって初めてこういった気持ちを抱くというのは、本当に情けないことだと思う」
彼自身とて才能に胡坐をかいてきたつもりなどなかった。努力の過程でくじけそうになったこともある……しかし、どう足掻いても埋めることのできない『足りないもの』を持ったことなどなかったがために、自身の子がそういう境遇になっていることに対して何一つできない自分自身を恨めしく思った。それは隣にいる最愛の人も同じであった。しかし、滅多に自身の身内の置かれている状況に対して文句など言わなかった健にしては珍しい言葉に、武志は妙な胸騒ぎを感じていた。
(まさか、な……)
この後、武志は自身の感じていた懸念が現実となってしまうことに、強く後悔することとなってしまった。
御前試合はつつがなく執り行われた。翔の代理として試合をすることとなった健の試合だけではなく、前座という形で綾華と摩琴も黒鉄家の親族の伐刀者との試合を行った。過程を言うまでもなく、結果は二試合とも無傷での完勝……これに笑みを零している武志や絢菜に対し、険しい顔を浮かべる厳。
黒鉄家の関係者の中には『なぜ格下の家に敗れるのか』と呟く者もいた。過去に翔の祖父である武蔵が黒鉄龍馬の弟子であったことに起因するのだが、そもそも龍馬を軟禁同然にした一派の人間が都合のいい時だけそう言うことに対して『自分に都合のいい部分しか見えない人間』としか言いようがないのも事実だが。
そして始まった健と王馬の対戦。U-12世界王者ともなっていた王馬相手には流石の翔自身も心配はしていたのだが、それは杞憂になってくれたことに少し安堵した。王馬は確かに強い…だが大会などあまり興味の無かった健とて強さに対する渇望がなかったわけではない。尤も、その渇望を抱いた要因は彼のいちばん身近とも言える身内の存在なのだが、その当人である翔はそんなことなど知る由もなかった。
試合の形勢は完全な一進一退……このままでは埒が明かないと踏んだのか、王馬も健も互いに固有霊装を構え、その一撃に全てを込める。しばし訪れる静寂……だが、その静寂を破ったのは、この場に不釣り合いな銃撃音であった。
「!?……王馬、勝負はお預けみてぇらしい」
「……どうやら、野暮な侵入者のようだ」
そうして会場になだれ込んでくるかのように数十人の銃武装をした人間が闘技場に入ってきて、所構わず銃を乱射する。これには武志や絢菜も真剣な表情で魔力の結界を張って銃弾を防ぐ。
「非伐刀者でこれだけの人数……間違いなく『使徒』がいるな。絢菜、子供たちは任せた」
「ええ、解ったわ……明茜、翔は?」
「あ、そういえばさっきトイレに行くって席を離れたけど……もしかして!?」
「……母さん、とりあえず私達だけでも先に離れよう。このままだと父さんの邪魔になってしまう」
「綾華お姉ちゃん!?」
「…そうね。明茜、状況が落ち着いたら私が捜すわ。だから、ね?」
「う、うん」
外には厳重な警備が敷かれていたはず……それを突破して来たとなれば、相手に相当の手練れがいることは言わずもがな。近くに翔の姿がなかったことは気掛かりであるが、彼一人の為にここにいる全員が危ない目に遭うのだけは避けるべきだ、と絢菜は明茜に諭し、彼女もそれを察したのか素直に頷くことしかできなかった。すると、兵士らを戦闘不能にしながら家族の元に近づいてきた健が合流し、銃を構える兵士らに向く形で固有霊装を構えたまま状況を確認する。
「大丈夫か、父さんに母さん、それにみんなも」
「こっちは大丈夫だが……どうやら、翔がトイレに行ったまま戻ってこないらしい」
「……俺が行く。ここは父さんだけに任せた方がいいだろう?」
「解った。だが、どうやら『使徒』もいる可能性がある……無理はするなよ?」
「解ってるさ」
そう言葉を交わした健は闘技場を出て翔が向かったと思しき場所を虱潰しに捜していく……少し時間は遡り、翔当人はトイレにいた。
「……」
「人が静かに用を足していただけなのに、銃を突きつけるのは失礼なことだな。まったく……」
彼の足元には気絶している数人の兵士の姿……いきなり銃を突き付けられたので、素手で反射的に叩きのめしたのだ。流石に御法度とはいえ、この状況においては折角のものを使わない手などない、ということで兵士らの持っていた銃と弾丸のマガジンを支障の無い程度に奪い、翔はトイレの外に出た。そこに映る光景は翔の予想通りとなっていた。
「………どこまでやれるか解らないが、いくか」
的確に心臓や脳天を撃ち貫かれている黒系のスーツに身を包んだ護衛達。その様相からして非伐刀者である自分がどこまで通用するかなど言うまでもない……だが、出来ることはやっておきたい思い一つで翔は急いだ。彼が目指した先はたった一つ。皇族のいる貴賓室……無論、最優先で護衛が敷かれていることだろう……だが、その道中を進んでいく毎に翔は『最悪の予感』を想像せずにはいられなかった。
(……
皇族ともなれば彼らを守るために本気で命を張ることだろう。だが、貴賓室に向かう過程で見た護衛の亡骸はたったの三人“しか”いなかった。外側の護衛を信頼しての人数とは思うのだが、それを差し引いても長い道中においてたった三人というのはおかしい、と思う他なかった。それ以上に、相当の手練れがこの先にいる―――翔は覚悟を決め、扉を蹴り破った。
「むっ!?」
その部屋にいた人物は飛んできた扉に気付いて持っていた得物で易々と真っ二つに斬る。だが、それだけではなかった。斬った扉の片方が突如穴だらけとなり、そこから飛んでくる銃弾にその人物は思わず目を見開く。
いくら剣の使い手とは言え突発的な出来事に全て対処できるはずもなく、いくつかの銃弾は彼の身体を撃ち貫く……そうしてその陰から姿を見せたのは、一人の少年―――翔であった。彼は持っていた銃と余ったマガジンを全て投げ捨てると、近くに偶然落ちていた日本刀を手に取り、その人物と相対する。
「そ、其方は……」
「時間は稼ぎます。ですから、早く逃げてください!」
「わ、わかった。恩に着る……!!」
翔の言葉に貴賓室にいた人物達―――皇族の人間らは裏口からすぐに逃げていった。それを横目で見届けると、先程銃弾を食らったのかその場に蹲っている人物に声を掛けた。
「さて―――さっきので一切ダメージは食らってないんですよね?」
「ほう、その歳でそこまで見抜けるほどの洞察眼を持っているとはな。伐刀者ではない、というのが
彼はそう言って手に持っていた大剣―――彼の口振りからして恐らくは固有霊装を構えなおした。その佇まいに剣術を磨いてきた翔自身も、たったそれだけのことで実力の一端を感じ取れるほどに……彼は強い、ということを嫌になるぐらい理解している。
「<
「……葛城翔」
「カツラギ……成程、
襲い掛かるヴァレンシュタインの剣。まともに打ち合えば翔の持つ日本刀など小枝も同然の代物。だから、翔は己の持てる知識と技術を全て集約させ、彼との戦いに臨む。出来る限り時間を稼ぎ、実力のある自身の身内がここに来るまで……耐えられるか自信などない。でも、今ここで逃げれば、最悪皇族の人間が危険な目に遭うのは明白。
無論、二人の対決は終始ヴァレンシュタインが圧していた。経験と才能の差……だが、翔も負けじと隙あらば容赦なく剣撃を浴びせる。だが、その悉くをヴァレンシュタインは回避せしめた。だが、相手は翔を殺そうとはしていない……文字通り『試している』のだろう。なればこそ、このような手練れ相手に焦りはなおのこと禁物である。
(………やってみるか)
だが、少しでも時間を稼ぐためには相手を少しでも負傷させなければならない。翔は意を決して太刀を構え、前のめりに倒れる。
「……(どういうつもりだ?)」
怪我などしていないのに顔面から倒れていく光景にヴァレンシュタインはその光景を不思議に感じた。だが、次の瞬間……翔の姿が彼の眼前から消えた。それに目を見開く暇もなく、迫りくる刃―――彼は咄嗟に大剣を眼前に構え、その太刀を辛うじて受け切った。それを見た翔はすぐさま距離を取って太刀を構える。
「面白い少年だ。他の伐刀者ですら近寄ることのできなかった領域に踏み込んでくるとはな……」
「それはどうも…(彼の能力……予想通りなら、
彼の賛辞のような言葉に翔は渋々ながらもその言葉を受け止めつつ、考えを巡らせていた。彼の異能の正体……それを先程まで斬り合っていた中で感じた『手応え』……そこから想定される答えから言えることは一つ。
(俺が知る限りにおいて、この能力を止められる人間がこの闘技場の中にはいない)
「連れて帰ろうと思ったが、お前のその目は“拒絶”……後顧の憂いを断つべく、本気で斬らせてもらおう。恨むならば、お前の不幸を呪うのだな」
彼は本気を出すと言った。それに偽りなどないのだろう……本能がその刃を受けてはならないと警鐘を鳴らしている。だが、翔は動けない。彼の威圧によって動けないのではない。
(踏み出そうにも、足が滑る……くそっ、最悪の方向に当たってしまったってことか)
「―――どうやら、気付いたようだな。冥土の土産に教えてやろう、俺の異能をな」
如何なる物体も運動エネルギーを発するためには『摩擦』が必要となる。その力の作用―――即ちそれを操作できれば無敵の防御を形成することはおろか、攻撃に転ずればあらゆる物質の分子間を難なくすり抜ける無双の剣と化す、とヴァレンシュタインは説明した。彼の能力は全ての力の基点となる『摩擦』を操作する能力なのだと。非伐刀者である翔にとってはなす術などない………笑みを零して静かに瞼を閉じた。
(もう、ここまでなのか………カッコつけて無理した結果がこの罰だったってことかな……みんな、ゴメン……)
まだ生への渇望はある……でも、この状況下ではどうすることも出来やしない……力がない者が無理をして中途半端よりも酷い結果を生み出したのは他でもない自分自身なので言い訳などしない……これも運命なのだと、迫りくる刃を待った。次の瞬間、
(えっ………)
突然何かに突き飛ばされる感覚。この部屋には自分とヴァレンシュタインしかいなかったはずだ。死ぬはずだった自分に何が起きたのか……突き飛ばされた衝撃で所々少し痛むが、瞼を恐る恐る開くと……そこに映ったのは、翔にとって更に残酷な現実であった。
「あ、ああ…………」
振り下ろされたヴァレンシュタインの大剣。それを受け切ろうとした武器は粉々に折られ、そして彼の剣筋をなぞるかのように噴き出している大量の血。その攻撃によって地に倒れた少年。だが、その攻撃を受けたのは翔ではなく、彼にとって最も身近とも言える人間……半身といってもいい位の人間……翔はその名を叫んだ。
「た、健いいいいいいいいいぃぃぃぃぃぃっ!!」
その出血に冷静ではいられず、慌てて駆けよる翔。これには流石のヴァレンシュタインも驚きを隠せなかったようで、一先ず距離を取って様子を見ていた。だが、そんなことなど構っている余裕など今の翔にはなかった。
「あ、あに、き………」
「喋るな! 今すぐ助けを……!!」
「む、無理だよ、あに、き………この傷だと、も、もう………」
誰がどう見ても明らかな致命傷……それはその凶刃を受けた健自身が一番よく理解していた。それは解っている……でも、それ以上に、翔にはどうしても納得できなかった。
「何でお前が命を張る必要があったんだよ……!! 僕なんかより、お前の方がずっと才能があるだろうに!!」
「はは………やっと、本音を言ってくれたな。兄貴」
確かに才能は優れていた。勝利への渇望はあった。でも、健は感じていた。たとえ必死に努力したとしても、目の前にいる双子の兄には恐らく敵わないのだと……それが何なのかは解らない……理解できない以上は彼に言うこともできない……少しずつ薄れゆく意識の中、健は『雷』の力を発動させ、翔に伝えたかった情報を流した。
「っ!?健、お前……」
「お、おれはさ、ふつう、に……まとも、な……じんせいを、おく、り、たかっ……た……はあっ、はあっ……」
伐刀者として生を受けた以上は、その才能を見られることが多くなってしまう……伐刀者でないがゆえに、居場所が限定されてしまった自身の兄。だが、そんな彼を羨ましく思った。そして、同時に自身の異能を妬んだ……でも、その力で自身の大切なものを守ることが出来たのは……自身の持つ力のお蔭であった。正直、初めて自分の力に対して感謝したかった。しかし、もうその思いを抱くこともなく、自身の守りたいものを守ることすらできなくなる。それだけは寂しかった。
「あに、き……とうさん、や、かあ、さん……ねえさ、ん、や…あか、ね……きらい、に、なる、な、よ……」
彼等とて能力がない身内を嫌っているわけではなく、能力がない人間相手にどう接すればいいのか戸惑っているだけなのだと……一番伝えたかった言葉を彼に伝え終えると同時に、その瞼は閉じられ、彼の身体から力が抜けて重みを一層感じた。翔はそれで察してしまった……
「―――――――!!!」
目の前にいる彼はもう目を覚まさない。もう二度と、いつものように起こすことすら叶わない夢となってしまった。翔は泣いた……最早声にすらならない慟哭が部屋の中に木霊する。だが、この部屋にいるのは彼ら二人だけではなかった。先程まで翔と戦い、健を殺した張本人―――ヴァレンシュタインが大剣を構えた。
「惜しいことをした……よもや、割り込んでくるとはな。だが、二度目はないぞ」
その構えに微塵も隙は無い……叫び終えた翔は肩で大きく呼吸を行い、健を床に寝かせてゆっくりと立ち上がる。状況から見れば絶体絶命……だが、ヴァレンシュタインは翔の後ろ姿を見た瞬間、言い知れぬ恐怖を感じた。
(な、なんだ……彼は伐刀者ではない……なのに、何故だ!? 何故俺が気圧されているのだ!?)
目の前にいるのが人間と形容しがたいほどの存在と相対している感覚……それに似た感覚をヴァレンシュタインは知っている。そして、ヴァレンシュタインは先程まであったはずの勝機が完全に消え失せたことを察してしまった。目の前にいる人物から感じ取れる感情……今の彼の中を渦巻いている感情はただ一つ。本当にシンプルな感情であった。
「……さない」
「何?」
「聞こえなかったのか。なら……もう一度言ってやる……」
―――お前だけは許さない
「っ……!? がああああっ!?」
その刹那、ヴァレンシュタインの片腕が跡形もなく消滅した。痛みのあまりその場に膝をつく……一体どのような手段を彼は用いたというのか……伐刀者でもない人間が自らの能力を無力化した……まさか、伐刀者の能力を無効化する能力なのかと推測したが、次の瞬間、ヴァレンシュタインは彼に起きた異変に目を見開く。
「―――来い」
「なっ……!?
彼が顕現させたのは蒼穹の鋼の太刀。さらに彼の周囲に巻き起こる『雷』の力。先程まで伐刀者の力など微塵も感じなかった少年が、目の前で身内を殺されたことから『力』に目覚めた……そんなことなど実力者であるヴァレンシュタインですら初耳であったし、初見であった。隻腕となってしまった以上、己の能力に加減などしていられる余裕などない。
「だが、いくら力に目覚めようと我が剣に敵う者などいまい……覚悟してもらおう!!」
少年に対する摩擦を0にし、自身の剣にかかる摩擦すら0にした上で全力の斬撃を浴びせるがごとく振るう。その少年も手にした太刀を彼の大剣目がけて振るう。その行動にヴァレンシュタインは『かかった』と、かすかに笑みを零した。二つの刃が交差した刹那、今まで閉じられていた少年の瞼が開き、強き意志をその内に宿した瞳で敵の剣士を捉える。そして、空いていた太刀の峰目目がけ、強く握った右拳を叩きつけた。
「なあっ!?」
その技の威力にヴァレンシュタインは貴賓室の強化ガラスをぶち破って吹き飛ばされ、闘技場全体に衝撃が響き渡る。その振動が収まった頃には、大人一人ぐらいが通れるであろう穴が貴賓室から闘技場の外まで一直線に形成されていた。
「流石に、仕留めるまでは、いかな、かったか………」
力の反動からか、急激にブラックアウトする視界。火事場の馬鹿力的なものが不意に出たのかと……このまま双子の弟の元へと逝くのも悪くはないと思いつつ、翔は意識を手放した。
次に翔が目を覚ましたのは、見たことのない天井……病院の個室であった。近くにあったカレンダーで今日がその試合のあった日から一週間が経過していたことを知った。そして、あの時起こったことは夢ではないのだと自覚するのにそう時間はかからなかった。
「………『俺が死ぬことは兄貴のせいじゃない』か。そう言われてしまったら、何も言えないって」
自らのうちに芽生えた力……自身の魔力量とは不釣り合いとも言えるそれが“規格外の異能”と理解するまでには、そこから更に数ヶ月の時間を要した。身内の死は悲しい……無論、翔とてその一人だ。双子の弟……自身にとって半身といってもいい存在がこの世から去ってしまったのだ。だが、その亡骸をきちんと看取ることもできず、気がついた時には既に骨となって葛城家の墓に納められた。
自らの修行のために海外へ出発する日の早朝、翔は葛城家の墓に来ていた。線香に火をつけて、墓前に花を添えた。そして瞼を閉じて手を合わせる。今まで誰かのために生きてきた翔は、一つの決意を宣言するかのように語り掛ける。
「健。僕は……俺は今まで、自分という存在を戒めてきた。でも、それは今日でやめる……俺は、魔導騎士になる。誰にも負けない、大切なものを如何なる脅威から守り抜く騎士になるために」
彼から知らされた<解放軍>を招いた張本人に対しては、今はその怒りを封じる。一度は諦めてしまった夢……それを再び追いかけるために、少年は旅立つ。それを祝福するかのように、東の空から昇る太陽。その光を背に浴びながら、翔はその場を後にした。
『その出来事』によって失ったもの、引き換えに手にしたもの……その顛末を聞いた黒乃は吸っていた煙草がまだ長いにもかかわらず、まるで怒りをぶつけるかのように灰皿に押し付けて強引に火を消した。その行動の後、黒乃は一息吐く。しばしの静寂が理事長室全体に広がる……そして、静寂を破ったのは黒乃の一言であった。
「余計な事を聞いてしまったようだな。すまない、葛城」
「気にしないでください。それに、張本人とは言ってもその背景だって考えられるわけですから……100%彼の存在が弟を殺した、というわけでもないでしょうし」
恨んでいないと言えば嘘になる。だが、彼とてこんな結末など望んでいなかっただろう。その確証なんてないに等しいが、少なくとも将来Aランクになるであろう人間を失うことが、国家にとってどれだけの『損失』になるのかぐらい理解できない人間ではない……その魔導騎士を統括している立場ならば尚更だろう。
「ま、過ぎたことはどうしようもないことですから……喫緊の問題は俺よりも
「ふむ……つまり、お前とヴァーミリオン妹みたいな関係になっているということか?」
「……摩琴姉ですか?」
「いや、お前のもう一人の姉からな。まぁ、そちらの事情はともかくとして、奴らがそれをネタにしてくる可能性があるということか」
「十中八九、といったところでしょうか。マスコミや新聞社はある意味連盟に『握られている』ようなものですから、期待はしてませんよ」
恐らくは『ステラの知らない一輝の本性』という嘘をでっちあげて、スキャンダルに仕立て上げるつもりなのだろう。それに関してはある程度向こうを泳がせるつもりだ……すべてが終わった時には『後の祭り』になっているのだろうが。尤も、その策を考え付いたのは翔なのだが、それを実行するのはある意味翔以上の“曲者”と呼ばれる人物だ。
「彼らがどのような手段に出ても対策は打ってありますので、大丈夫とは思いますが……あとは
「アイツか……正直言って寧音以上の曲者を相手にする側が可哀想としか言いようがないな……選抜戦に関しては任せておけ。最悪私自身が連盟に乗り込むことも
翔の父親のことは黒乃も良く知っている。かつて学生騎士であった頃、東北の巨門学園に『雷刃の継承者』―――<為神(なるかみ)>と呼ばれた天才騎士がいた。何回か手合わせしているが、自身はおろか西京ですら完敗……互角に戦えていたのは破軍最強と呼ばれた<神風の魔術師>ただ一人。その二人は揃って魔導騎士となり、結婚して四人の子宝に恵まれた……そのうちの一人はもうこの世にいないが、残る三人のいずれもが他を寄せ付けぬほどの実力者へと成長したことに『血は争えない』のだと黒乃が笑みを零す。
てなわけで、原作敵キャラに登場してもらいました。いつそうなったのかは書いていなかったので、こういう形にしました……主人公が現状どれぐらいの強さを持っているのかはまだ先になりそうですがw