落第騎士の英雄譚~規格外の騎士(アストリアル)~【凍結】   作:那珂之川

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#40 窮(きわ)めることへの渇望

選抜戦第三戦の後で加々美を主体とした数人のクラスメイト(女子生徒)からお願いされた剣術というか、武術指南。とはいえ、彼等が日頃やっているトレーニング法をそのままこなさせるというのは宜しくない。そこで武術における初歩中の初歩のトレーニングを実践してもらうこととなった。加々美に関しては一輝や翔の話を聞いて熱心にメモを取っていた。

 

「う、うわわわっ!?」

「こ、これは……」

 

「えと、片足立ちですよね?」

「地味だけど、こういった基礎があって武術は成り立つってわけ」

 

人間にとっての軸―――体幹と深層筋を鍛えるトレーニング法、というよりはエクササイズに近いが。鍛練と言われて大抵の人間が思い浮かべるのは筋力トレーニングだろう。だが、それで鍛えられるのは四肢の筋肉がメインとなる。それをそのまま続けると『軟弱な根っこで巨体を支える木』のような状態になりかねない。100%鍛えられない、とまではいかないが……体幹の部分に関しては、それこそ自分で意識して鍛えていく必要がある。いくら優れた能力があったとしても、その根幹となる部分を疎かにすれば『宝の持ち腐れ』になるのは想像に難くない。

 

「何より、片足だけに重心を置くことが重要なんだ。戦いにおいて両足に重心がかかっている状態は、中国拳法において『双重の病』と戒めているほどだからね」

「えーと……」

「加々美、日常生活において両足に力が入っている場面は想像できるか?」

「ん~、強いて言うなら立って話を聞いている場面でしょうか?」

「それに違いはない。騎士同士の戦いでもそうだけれど、人間が行動を起こす際には()()()()()()()()()()

 

例えば、床にある荷物を持ちあげる行動。荷物自体にも重力が働く以上、荷物の重心も存在する。それを持って安定させようとバランスを取ることがあるだろう……それも重心の移動からの行動の一つである。戦いにおいては、いかに重心の移動によるロスを減らせるか……異能という名の武器を振るって戦う伐刀者には必要のない能力、と切り捨てる人間も少なからずいる。だが“本当の強さ”を手にする者たちはこのロス自体をほぼ無くしている。

 

「ただ走るならば、余程のことがない限り誰にだってできる。大事なのは、両足に負荷をかけ続ける状態は戦いにおいて『好ましくない』ってことをまずは知ってもらうことさ」

「ほうほう。ちなみに、センパイ達はどれぐらいできます?」

「この前だと最高一時間ぐらいやってたっけ?」

「まぁ、それぐらいだろうな」

 

二人の言葉を聞いて、それに一番驚いているのは熱心に取り組んでいる数人の女子生徒。三十秒でもやっとなのに、教わっている対象はその120倍の時間に耐え切っているという事実。すると、加々美が思い出したように翔に質問を投げかけた。

 

「そういえば、葛城センパイの剣術―――『葛城八葉流』でしたっけ? 噂では総合武術と聞いてますけど」

「まぁ、認識自体は間違ってないよ」

 

葛城八葉流―――起源は何と安土桃山時代にまで遡る。

 

初伝の『無手(からて)の段』

中伝の『刀剣(かたな)の段』

奧伝の『槍薙(やなぎ)の段』

皆伝の『心刃(このは)の段』

 

にて構成されており、太刀などの剣術や槍などの槍術―――大まかに二種類の異なる武器の武術というのがこの流派である。広く門戸を開いており、その基礎部分は警察などの治安組織の武術教練にも取り入れられているほどだ。

 

「一輝あたりなら解ってることだけど、他の武術よりも門戸が広い分、それを極めるには“本来”かなりの時間を要する」

 

伐刀者の異能属性などに制限はないものの、極めるにあたっては『初伝に五年、中伝に十年、奧伝に三十年、皆伝に五十年』という言葉がついてしまうぐらいにその道は険しい。何故ならば、八葉流はその段階に応じた歩法や呼吸法などの『体の運び』に関わる技術があり、初伝から皆伝までの全てにそれらを前提とした技があるからだ。

 

「八葉流にしても、今やってもらっていることにしても、『ローマは一日にして成らず』という言葉の様なものさ。加々美に解りやすく言うなら、いくら外見のいいカメラでも中身の性能(スペック)が外見に見合ってなければそれこそ『見かけ倒し』だろ?」

「あ、それなら解りやすいですね!」

「頭の回転が速い翔がいてくれて助かったよ。流石に僕だけだと言い方が乏しくなっちゃうからね」

(ま、一輝の過ごしてきた環境からすれば仕方ないよな)

 

尚、翔は既に八葉流の皆伝に至っており、現師範である祖父の葛城武蔵より『師範代』の目録を受け取っている。伐刀者としての才能がないと解りきった時点で翔は誰よりも剣術に打ち込んだ。直前の一振りよりも速く、鋭く、無駄を省く……そしてそれは、学生騎士となった今でも続けている。

 

 

両親ともに優れた伐刀者ということは、誇りであった。そして、少し歳の離れた姉二人も優れた伐刀者……そうなれば、自分にも才能があると思ってしまうのが世の常。だが、現実は非情という他なかった。

 

『魔力値がE……』

『双子の弟の方は優秀だというのに……』

 

自身の魔力量“E”という評価……それとは対照的に、双子の弟の魔力量は“A”。そうなれば、大抵の人達は自分に見向きなどしなかった。両親や姉たちも弟の事ばかりで、自分にはあまり目もくれていなかった。親族の中には『落ちこぼれ』と揶揄する人間もいた。

 

『お兄ちゃん、大丈夫?』

『ったく、あいつらは……ま、何と言おうが俺らは翔の味方だ』

『ありがとうな』

 

そんな自分を心配してか、妹はいつも一緒にいてくれた。隣に住む友人も何かと気を使ってくれた。そして……自分とは違って優秀な双子の弟も気遣ってくれていた。

 

『わりぃな、兄貴。本当なら手伝わなきゃいけねぇのに』

『気にするなよ、健。それじゃ、僕は部屋に戻ってるよ』

 

気が付けば、家事全般を一通りこなしていた。流石に女性陣の洗濯物に関しては、男性である自分が担当するのも拙いので妹に一任していたが。段々と家の中には居場所などなくなっていき、家政夫的な役割を押し付けられるような形となっていた。でも……必要とされていないよりは遥かにマシだった。そんな噂を聞きつけて祖父である武蔵や祖母である初音から実家に来ないかと誘われたこともあった。でも、

 

『申し出は有り難いのですが、お断りします。僕がいなくなったら、家の皆がしっかりしてくれませんから』

 

そんな役割でもいい……伐刀者としての才能に恵まれなくとも、自分の手で届く範囲位は守りたい。だれも見向きなんてしなくても、自分の目指す道が見えているからには、一秒はおろか一瞬たりとも立ち止まっている暇なんてない。目指す極致はただ一つ。

 

 

―――“振るうことはおろか動くことさえ察することのできない太刀筋”

 

 

その決意は揺らぐことなどない。自身の中に力が芽生えた今でも……そしてそれは、かつて自身の大切な人と交わした約束でもあるのだから。

 

 

主立った要因は加々美の興味本位からであるが、何だかんだで始まった一輝と翔の武術教練。勝ち進んでいく毎に同じクラスだけでなく同学年のクラスにもこの噂(というか新聞部の発行している新聞)を聞いて『教えてほしい』という生徒が増えてきた。今のところその全てが女子……中には翔に教えを乞いたいという生徒もいるほどで、非公式のファンクラブの存在も嘘ではないのだと内心ため息を吐いた。

 

「まさか、こういった形でファンクラブの影響を知るとは思ってなかったわ……頼むから、その不機嫌そうな表情をやめてくれないかな?」

「む~、やめませんよ。私のカケルを奪おうとする人にはお仕置きです」

「お仕置きしたら、本気でチョップ食らわすぞ」

 

睨んでくるエリスに対して翔はジト目でそう言葉を返した。流石に女性を複数愛するという行為自体翔には『無理』だと思っており、目の前にいる彼女以外の女性に愛情を注ぐという余裕なんてない。そのようなことはエリスも翔から聞かされているのだが、やはり恋人としては面白くないだろう……それも察した上で翔はエリスが差し出したスポーツドリンクを受け取り、喉を潤す。

 

武術教練は元々一輝が引き受けた形なので、翔はあくまでも『補佐』という形で関わっている。教えられない訳ではないが、剣術をひたすらに磨いてきた一輝ならば効率のいいやり方も心得ている。なので、今は休憩ということで中庭から少し離れた自販機で一息ついている、という状況だ。そこに試合を終わらせたエリスが合流して、会話を交わしていた。

 

「にしても、お姉ちゃんも意地っ張りですね。いっそのこと、イッキに何かしら教わるようお願いすればいいのに、とは思いますよ」

「それは一輝自身が許さないだろうよ。何せエリスもそうだけれど、戦闘スタイルが最適化(アジャスト)しちゃってる以上は下手に教えると逆効果になるだろうし」

 

ステラの戦い方はパワーこそ目立つものの、基本的にはオールラウンダー。近距離の<皇室剣技>もさることながら、<妃竜の息吹>にくわえて広範囲攻撃の術も持ち合わせている『強者の剣』。対する一輝は<模倣剣技>によって最適化する多彩な剣術、<一刀修羅>や<完全掌握>などに見られる並外れた集中力を以て勝利を勝ち取る『技巧の剣』。根本としている剣術が真逆である以上、一輝からのアドバイスが必ずしもプラスになるとは限らない。

 

それ以上に、一輝自身がステラの『予測できる範囲の成長』ということに対して否定的であるということが一番の要因かもしれない。ステラ自身が適当と思っていても、知らず知らずのうちにその剣筋を最適化しつくしていることを一輝はあっさり見抜くであろう。先日の模擬戦においても、慢心こそしていたがフェイントによる一撃以外の部分は紛れもなく完成度が高い。その状態に下手に手を加えれば悪化する危険性も秘めている……申し訳ないとは思うが、これ以上の改善をするのは他でもないステラ自身()()()()()。この部分に関してはステラのみならずエリスにも言えた話だが。

 

「酷くないですか、それは?」

「教えたくない訳じゃない。俺も一輝もステラやエリスには『想像を超えた存在』でいてほしいって思ってるだけさ」

「あ………ふふっ、そう言われてしまうと、その期待に応えないといけないじゃないですか」

「それだけの資質は持っていると思ってるけど?」

「ナチュラルな姿で突撃しますよ?」

「おう、やめーや」

 

真面目な空気というのはどうにも慣れない。それは目の前にいる恋人にも同じ気持ちだったようだ……過激な発言も相変わらずであるが。休憩も一区切りとなり、エリスが同行する形で翔は中庭に戻ると、一輝の前には五人の男子生徒が立っていた。その生徒達は翔や一輝らと同じクラスの人間であるということを瞬時に見抜く。で、彼等の手には固有霊装が握られていた……状況からして<幻想形態>にしているとは思えない様相を呈している。

 

「えと、どういうことなんでしょう?というか、こんな場所で固有霊装の展開は……」

「ああ、()()()()()()()()()()()。エリスなら問題はないと思うけど、ちょっと離れててくれ」

 

いつ騒ぎになってもおかしくはない……この状況からその要因を瞬時に読み取った翔はエリスに距離を取るよう言葉をかけた上で、一輝らの元に近づく。そして、こう一言言い放った。

 

「お前らなぁ、男の僻みほど見てて恥ずかしいものはないぞ。今なら固有霊装の展開を『見なかったことにしておく』から、とっとと一輝に謝った方がいいことをお勧めするぞ?」

「ちょっ、翔!?」

「ああ? って、そこにいるのは同じくダブりのEランク(らくだいせい)じゃねえか!」

「ちやほやされていい御身分っすねぇ? 大先輩気取りっすか?」

「別に先輩気取りだなんて思ってないけどねぇ、歳いっこしか変わらないんだし……文句があるんなら、実力でねじ伏せてこそ『騎士』なんだろ? ()()()()()()()()()()()()()()()()

 

五人組の男子生徒に対し挑発的な言葉をかけて意識を向けさせ、その上で彼らの正しさを証明するのであれば実力で証明して見せろ、とでも言いたげに翔はそう言い切って、右手を腰に置き、左腕は力を抜いた自然な状態で立っている。見るからに無防備……だが、五人組の人間は武器を構えたまま動く気配がない。そして10秒もしないうちに五人組の息が荒くなり始め、顔には汗が流れている。

 

「えと、黒鉄センパイ。葛城センパイはただ立っているだけですよね?」

「ううん、立っているだけじゃないよ。彼は既に次の行動に移せる準備を整えている」

 

傍から見ればただ立っているだけに見えても不思議ではない。だが、一輝クラスの剣士ともなれば僅かな重心の動きすらも捉えられる。現に、翔の重心は右側に寄っている―――既に行動に移せる準備をしている証拠だ。そして、翔が彼等にしていることも当然理解できる。

 

「そして、翔は彼等にプレッシャーを与えているんだ。一流の剣士となると己の武器の間合いはいわば『結界』のようなものだからね。正直言って、僕と同じぐらいの歳であれだけの境地にいることが驚きという他ないけれど」

 

八葉流を<模倣剣技>で読み取った一輝だからこそ、それを極めるには膨大な時間を要することも理解している。それこそ、物心ついた時から脇目も振らずに努力したとしても、それだけでは足りない。一輝自身がそうしたように一挙一足を全て一振りにつぎ込む位の努力を弛まなく続けなければならない。その努力の一端がこの状況……恐らく、五人組には『どこから攻撃しても無効化される』光景が脳裏に過ぎっていることだろう。

 

「く、くそうっ!!」

 

その空気に耐え切れず、飛び出すのは日本刀を持った男子生徒。唐竹割りの要領で振り下ろされる刃……だが、日本刀の扱いに関しては翔も良く熟知している。重心を右足に乗せたまま、左足で思いっきり地面を蹴り飛ばす。その勢いのままに蹴りで日本刀を地面にめり込ませるように叩き付ける。その光景にたまらず他の生徒も仕掛けるが結果は同じ……

 

「さて、残るは君一人だけどどうする?」

「く、くそう!」

 

次々と固有霊装が床にめり込まされる形となり、残るはリーダー格の長身の男子生徒―――真鍋は自らの固有霊装であるリボルバー式の銃を展開する。東洋系にしては珍しい部類の固有霊装……しかし、翔にも身近に銃の固有霊装を持つ者がいるので、さして驚きはしなかった。彼がその引き金を引こうとした瞬間、目の前から翔の姿が消えた。

 

「なっ……ぐあっ!?………ひっ!?」

 

その光景に疑問を抱く暇などなく、腕をひねられたかと思いきや、次の瞬間には自身の固有霊装を自らに向けている翔の姿が映っていた。簡単に言えば、護身術などに見られる『相手の銃を奪う』ことを実行した。躊躇うことなく引かれていく銃の引き金。その恐怖のあまり、自身の固有霊装であることすら忘れてしまっている真鍋。そして

 

「あ、ああ………」

「学則はきちんと守ろうな。それと、ランクだけに囚われるようじゃ強くなんてなれないよ」

 

銃弾が発射する寸前で直上に向けて発射。所謂威嚇射撃となったが、今の彼等にはこれだけで十分すぎるだろう、と翔は持っていた真鍋の固有霊装を手放した。ただ、固有霊装を無力化する関係で中庭の床の一部を破壊する羽目になってしまったことに翔はため息を吐き、一輝と加々美の方を向いた。

 

「てなわけで、一輝。こいつらの事は頼むわ。流石に中庭の床を破壊したことは報告しないと駄目だろうし」

「え? あ、うん。解った」

 

一輝ならば彼等に対してそう邪険にすることはないと解っていたからこそ一輝に任せ、翔は報告のために理事長室へと向かうこととなった。尚、エリスも特にすることがなかったので翔に同行することとなった。

 

 

「―――という顛末です。特に怪我人はいないので、ここらは穏便にお願いします」

「その方がいいだろうな。しかし、固有霊装を持った相手なら『正当防衛』という形で展開しても構わなかったのに、律儀なことだな」

「余計面倒なことになりそうだったので。それに、あの程度なら使うまでもないですよ……高ランクの人間が暴れていたら話は別ですが」

 

破損した床を修繕してもらう意味合いも込めて、黒乃の元を訪れた翔とエリス。翔の報告を聞いた黒乃のある意味容赦のない言葉に、翔はため息を吐きたくなったが、堪えて言葉を続けた。変に実力を出すよりはその方がまだマシである、と……とはいえ、器物損壊をした側としては覚悟はしている……それを見抜いたのか、黒乃はエリスに

 

「ヴァーミリオン、申し訳ないが葛城と二人だけにさせてほしい。少し込み入った話になるからな」

「あ、はい。解りました」

 

黒乃の言葉を聞き、理事長室を後にするエリス……横目で翔の様子を気にしながら……そして扉が閉じられると、黒乃は煙草に火をつけて一服する。そして真剣な表情を翔に対して向ける。

 

「―――お前の器物損壊に関しては、相手の事情もあるから不問とする。その交換条件として、質問をしたいのだが構わないか?」

「拒否権などないって知ってるでしょうに……それで、質問とは?」

「ああ。()()()()()()()―――葛城健のことだ。アイツが一度だけ出場した世界大会の実況を引き受けたことがあってな……『<解放軍>の襲撃による不慮の事故で亡くなった』と当時は騒がれていたが、あの実力を見た人間としては『信じられなかった』のさ。お前は、その真実を知っているな?」

 

黒乃から投げかけられた質問に翔は驚きの表情を露わにした。それを見た黒乃も翔がその人物の真相を知っているのでは、という確証を得た。正直言って半ば賭けのようなものであった……その賭けに負けた様な感じを翔は抱き、そして溜息を吐いた。

 

「ウチの母さんの差し金、というわけでもなさそうですね……まぁ、どの道関わることになるであろう連中にも繋がる話ですので、話しますよ」

「カマをかけたことに関しては申し訳なく思う。だが、謎であることを放置したくない性質なものでな」

「構いませんよ。他人に話すのはこれで“二人目”ですから」

 

そう零した後、翔は話し始める。自身の置かれた状況が一気に変わってしまったあの日の事を……

 


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