落第騎士の英雄譚~規格外の騎士(アストリアル)~【凍結】 作:那珂之川
七星剣武祭代表を決める選抜戦が開始されてから二週間が経過した。全二十戦のうち既に五戦が行われ、無敗を守る名立たる実力者の中……注目の的として挙げられるのはトップクラスの成績で入学したステラやエリス、明茜や珠雫、さらには別の意味で注目を集める一輝と翔たちであった。
『一年Fランク・黒鉄一輝選手、これで無傷の五戦五勝!もう<
初戦で昨年度の首席入学・七星剣武祭代表<狩人>桐原静矢を破った一輝。ランク社会とも言われる魔導騎士―――ひいては伐刀者同士の戦いにおいて『ありえる筈の無い』結果に対して疑問を抱いた人間がいたことも事実。彼の名字から不正をしたのではないか、と思う人間もいるほどであった。だが、一度では『奇跡』や『偶然』と呼んでも差し支えない結果を二度や三度…ここまで続けば、そういった考えを持つ人間も少なくなっていった。その一端が彼に付けられた二つ名<瞬影の剣王>……ごく一部の人間は、未だに彼の事を妬んでいるのだが。
試合を終えて選手入口を出た一輝。すると、彼を出迎えるような形で元ルームメイトが声を掛けた。
「お疲れ様、一輝」
「そっちこそお疲れ、翔。にしても、翔の新しい二つ名はピッタリだと思うよ」
「別に<
「ははは………」
初戦で序列第四位<城砕き>を破った<道化の騎士>改め<
「そういえば、結果はどんな感じ?」
「相手がなめきった態度だったから、
「相変わらず容赦ないね……」
この二人はE・Fランクというランク評価では下の方……だが、その実力はAランクの人間すら破った実績を持っている。そして昨年度はルームメイトであった二人。当然、留年生でもある二人が無敗を守っているということは否応にも周囲の話題となってしまう。それだけでなく、彼等の今のルームメイトの存在も話題に拍車を掛けているのであるが。
「そういえば、今日は珍しく珠雫がいないね。何か聞いてる?」
「いや、特には聞いてないな。彼女にもプライベートぐらいはあるだろうし。一輝、久々に二人で鍛練でもするか?」
「それはいいね。あ、一応ステラにメールを送っとかないと」
会話もそこそこにして、運動着に着替えるために寮へと向かう翔と一輝。さて、翔が一輝を待っていたのには理由があった。本来ならば彼以外にもいるであろう人間の存在がいなかったこともそうだが。
「ちったぁ自重しなさい」
「はうあっ!?」
その発端は数日前に遡る。晴れて恋人同士となった翔とエリス……とは言っても、初日から積極的にスキンシップを取ってきたエリスの態度は相変わらずであり、それに対して翔のツッコミが入る一連の流れは変わらず、というところだ。変に依存しすぎて支障が出るのも宜しくはない、ということは当事者同士で話し合って納得している。
恋人になってから変わった所と言えば、エリスが翔の入浴中に突撃するようになった点ぐらいだ。これは聞く耳持たず……幸いにもバスタオルは身に着けているということで、翔は禁止にすることを
私的な所はそんな感じであるが、学園内においてはルームメイトということもあって一緒に行動する頻度が少し多くなった程度だ。始業式の時から一緒に行動しているだけに周りからは『仲の良いカップル』という噂が流れるほどに。なので『その噂が真実になった=恋人になった』からといって劇的に変わったわけではない。何かが変わってそれに付随する問題が起きるのも困りものである。
「解りやすいよな」
「ですね」
対照的に、一輝とステラの距離が遠くなった印象を強く受けた。翔とエリスが二人を見て率直に思ったことは『お互いにどう踏み込んでいいのか解らない』といった所であろう。一輝はそういうことを考えるよりも自らを高めることを優先してきた……ステラに関しても皇族という立場上そう言った経験が皆無……互いに『恋愛初心者』であるが故に、相手を傷つけまいと距離を取った結果が現在の二人の距離感ということになる。
それを言ったら翔とエリスも人の事は言えない立場なのだが、元から積極的にスキンシップを取ってくるエリスの存在は大きい、と翔はそう感じている。遠くなるどころか更に近寄ってくるので、別段困るわけでもない……時折理性がヤバくなることもあるが。更には翔自身の家庭がある意味女系家族構成なので、女性に対する扱いはそれとなく
流石に知り合い(エリスにとっての身内)の恋愛事に首を突っ込んで大火傷は御免被るということで大人しく事の次第を見ていたのだが、二週間全く進展なし。更にはコンビニから帰ってきた翔とエリスが寮のベランダで木刀を振るう運動着姿のステラを目撃したのだが……
「剣筋が寝ぼけまくってるな。エリス相手だと一太刀も浴びせられんぞ」
「辛辣ですね、カケル」
「ふえ……って、カ、カケルにエリスじゃない! な、ななななにやってるのにょ!?」
「どうしても足りないものがあったから、コンビニに行ってたんだ。というか、噛んだな」
「噛みましたね」
「あううう………」
一輝との模擬戦で見せた剣筋がまるで遠い昔のような有り様。感情の乱れが彼女の剣筋にもはっきりと出るほどにステラが悩んでいるのだと察した。自分のテンパり様があまりにも恥ずかしくて、まるでトマトのように真っ赤な顔を両手で隠しているステラであったが、少しすると落ち着いたのか、今度は大きくため息を吐いた。
「はぁ、笑いたければ笑いなさいよ、カケルにエリス。どうせお姉ちゃんは意気地なしですよ」
「マイナス方向に思考が傾いてるんですけど!?」
「というか、なぜ私達が笑わないといけないのでしょうか?」
「………とりあえず、話ぐらいは聞いてやるよ。ルームメイトの身内ともなれば、放っておくのも可哀想だからな」
ステラからの相談は、まぁ、想定の範囲内であった。
選抜戦初戦以降、一輝との距離が遠くなった。ステラとしては、恋人らしいことをしたい……でも、妹であるエリスのようにそこまでする度量なんてない。どうしたものか本気で悩んでいる有り様に、流石の翔も面倒事に関わることを決めたのだ。それが元ルームメイト絡みならば尚更。一輝はステラに対してどう思っているのか……それを問いただす意味はあるのだろう。
というか、だ。一輝がそんな性格だということはステラも重々承知はしているはず。なのに、そう焦りを感じた理由。それは選抜戦の第三戦の後……加々美が主体となる形で、同じクラスの女子が一輝に持ち掛けた一つの話が引き金であった。
「僕に剣術を教わりたい?」
「はい! センパイってすっごく強いじゃないですか! そんな人が同じクラスにいるのに、教わらない手はないと思いまして。できれば、葛城センパイにも教わりたいって思ってるので」
「えっと、前者の方は僕でよければ教えるけど、後者に関しては翔本人に直接交渉してくれるかな? 流石に僕が独断で決めることじゃないからね」
剣術の指南……魔術に出来る限り頼らず、剣術のみで名だたる伐刀者を相手にしてきた一輝。その強さに迫りたいという加々美自身の興味も解らなくはない。それのみならず、元ルームメイトであった翔にも教わりたいという人間は少なくない。それを感じつつも一輝は別途で交渉してほしいと加々美に伝えた。何せ、双方共に剣術のみで並の伐刀者を相手に出来るが、その剣術の根底にあるものは異なるだけに。
「む~………」
「お、お姉ちゃん……」
それに対して面白くない表情をするステラに苦笑を浮かべるエリス。在校生ならばいざ知らず、新一年生からすれば一輝が留年した理由なんて知らない。それこそごく一部の人間ぐらいだろう。勝ち進んでいくこと自体は恋人としてもルームメイトとしても喜ばしいことなのだが、同学年の女子に囲まれる一輝の姿は恋人として見てて面白くない……そういった心情を一輝自身は知る由もない。その一方で、同じ教室にいた男子生徒の一部は面白くなさそうな表情を浮かべながら一輝の方を見ている。
「何デレデレしてんだアイツ……」
「調子に乗るなよ、ダブりのFランクが……」
自分らよりも伐刀者ランクは下なのに、勝ち進んでいることへの僻みというべきなのか……すると、空気を読んだのか読んでいないのか…教室に入ってきた翔。その手にはプリントの山…担任である折木に頼まれて教室を離れていたのだ。それを教壇の上に置くと、他の同級生の方を向いて
「ユリちゃんまた吐血して倒れたので、ホームルームはないから各自帰ってくれ、とのことだ」
((ユリちゃああああん!?))
翔にしてみれば慣れたことなので淡々とした口調なのだが、他の生徒からすれば驚きを隠せないことだ……流石にほぼ毎日吐血されると慣れてしまう……そんな光景に慣れるというのは問題なのかもしれないが、魔導騎士になってから血を見るよりは『経験になる』だろう。それが良い意味なのか悪い意味なのかは本人たちの判断に委ねるが。
その伝言を終えると翔は一輝のところに近づく。すると、待ってましたとばかりに加々美が近づいてきた。
「葛城センパイ! 唐突ですけど、剣術を教えてくれませんか!?」
「もしかしてだけど、一輝も?」
「正直僕なんか、とは思ったけどね」
「……ま、『表』の方は教えても損はないから、構わないけど……何だよ一輝、その表情は?」
「いや、翔の事だから『何かしら理由を付けて断る』かと思ったからね」
意外にもあっさりと加々美の申し出を承諾したことに対して、流石の一輝も驚きを隠せなかったようで……それに対して、翔は一息吐いてその理由を述べた。
「『こういう類の人間』に対してそれは悪手みたいなものだからな。で、いつからやるんだ?」
「明日からお願いしようと思うんですが、いいですか?」
「今日からじゃないだけマシかな……ま、選抜戦もあるから、合間に教える程度だと思ってくれ」
「わっかりました! 『突撃取材、無敵の<瞬影の剣王>と<閃雷の剣帝>! 黒鉄一輝と葛城翔の熱血指導に本紙記者も昇天!』 うん、次の記事はこれで決まり!!」
「趣旨変わってんぞ、オイ」
「ははは………」
確実に尾びれが付きそうな様相にツッコミを入れる翔に、それは『大したことではない』と言いたげに加々美は笑みを零した。それを見た翔が盛大な溜息をつくこととなり、一輝は苦笑を浮かべる他なかった。
とまぁ、前置きが長くなってしまったが……そんな状態のステラを見かねて、元ルームメイトとして一輝が何を考えているのかを聞き出すことにしたのだ。
「一輝、ステラと付き合ってるのか?」
「ぶふっ!? ゲ、ゲホッ……」
「盛大に噴いたな。ということは図星か」
翔のデッドボール並の直球的な質問に、一輝は口に含んでいたスポーツドリンクを盛大に噴いてむせていた。こうまで解りやすい反応だと話が早くて助かると翔は思いながら、一輝が落ち着くのを待った。そして落ち着いた彼が放った言葉は
「え、えと、何で分かったの?」
「お前は阿呆か。選抜戦初戦の前後で二人の距離感が変われば気付くわ……伊達にルームメイトやってませんからな、俺は」
「流石だね……折角だから、相談に乗ってくれるかい?」
「ま、話を振った側だから、それぐらいは構わない」
一輝が言うには、選抜戦初戦の後…二人で色々話していく中で、彼女への好意に気づき告白した。人目を気にしてか教室棟の屋上での告白、ということになったそうだ。ただ、今まで過ごしてきた境遇故に一輝自身女子と付き合ったことなどなく、どう接すればいいか解らずに困っていた。それに対する翔の答えは、
「変に意識すればするほど距離が離れていくだけだぞ? ま、一輝の場合は変な目で見て嫌われるのが嫌だから、あえてそうしてるのだろうけれど」
「容赦なく事実を言うよね、翔は」
「けど間違ってはないだろ? 現にそうなっちゃってるんだから。特に一輝の場合は同じルームメイトなんだから、ちゃんと話し合わなきゃダメだろ」
「というか、まるでそうしたかのように聞こえるんだけれど……もしかして」
「エリスとは恋人関係ですが、それがどうかしたか?」
「あっさり認めたね」
「お前相手なら隠すことでもないからな」
変に押したりして仲を拗れさすのも面倒ごとにしかならない。なので、一度二人でちゃんと話し合う様にアドバイスはした。流石に恋人との付き合い方など聞かれても、我流である自分の意見は参考にならないぞ……とでも言いたげな表情を一輝に向けた上で。