落第騎士の英雄譚~規格外の騎士(アストリアル)~【凍結】 作:那珂之川
『……何で、アイツらが苦しまないといけねぇんだよ。そんな卑怯なことなどする必要もねぇっていうのが解んないなんて阿呆だろうに』
『家の面子だけで貶めて、奪って、そして連日のあの報道だもの。こんなことする方が下衆よ』
家族ぐるみでの付き合いが長かったからこそ、その苦しみも痛みも本当の家族同然と言えるぐらい感じていた。それはさすがに自分と同い年の姉も同意見であった。人の噂も七十五日……その頃には騒ぎも収まっていたが、心の傷はそう簡単に癒えるものではない……事実、お隣の末妹が精神的にまいってしまい、部屋に閉じこもりがちの状態になってしまい、それに対して有効な手を打てずにいた。
『ま、俺には様子を見てやる位の事しか出来ねぇけどよ。で、そろそろ出ないと試合の時間に遅刻するぞ』
『え、やばっ、もうこんな時間!?い、行ってきます―!』
『……やれやれ』
隣の“親友”がとある一件で亡くなったこと。だが、その詳細を知らない。一つ解っているのは、今まで魔術の才能に乏しかったもう一人の親友が“規格外の才能”に目覚めたということだけ。その人物も今は修行ということで海外にいる。その代りに親友の母親が今まで親友がしていたことをこなしていた。
『ホント、俺の悩みなんてそれに比べりゃ些細なことだな』
才能があるということは人から羨ましく思われることがある。それが行き過ぎると、時として恨みやら妬みを買うことがある。事実、彼はその才能が故に<
その理由は彼の持つ魔力量の高さ。同年代の伐刀者の平均総魔力量からすれば桁外れという能力に目を付けたのだろう。だが、知り合いの魔導騎士に助け出してもらったおかげで特に怪我など負うこともなかった。それから程無くして親友の死という現実を突きつけられた……関与していない以上、自分自身のせいではないということは解っていた。だが、出来ることなら二度と自身の能力絡みで大切な人を巻き込みたくはない……その思いを込めて、少年は自らに枷をつけた。
本当ならば、自らの力で誰かを傷つけることを嫌うならば、魔導騎士を目指すべきではないのだろう。だが、少年にはそれができなかった。それは、自分が心想う少女が力で苦しんでいたのを助けた時に、その少女から言われたこと……
『斗真お兄ちゃんなら、誰よりも優しい魔導騎士になれるよ』
気になる女の子から言われたことで動揺すること自体、自分は『安い人間』なのかもしれない。でも、悪い気は一切しなかった。今まで自分自身の力に対して快く思っていなかったのは事実……だからこそ、伐刀者同士が競うという行為に関しては見る分には問題ないが、自ら武器を持って戦うということには消極的であった。そんな彼が騎士学校に入ると決めた理由は……たった一つ。
全てを守るために戦うことなんて出来なくとも、せめて自分の手の届く範囲―――大切なものを守るために強くなる。その為の力が自身にあるのだから。
破軍学園の大闘技場。先程まで第二試合―――<
『さぁ、当初の予想を覆した第二試合の興奮冷めやらぬと言ったところですが、いよいよ第三試合に移ります!!赤ゲートより姿を現したのは、まるで全身を純白に染めたかのような異様な出で立ち!その服装に返り血を浴びたことは皆無!!近付く有象無象を難なく退けてきた屈指の実力者!!今年の代表の有力候補、学内序列第二位にして生徒会執行部会計、<
月夜見の実況と合わせるかのように、姿を見せたのは学生が本来身に着けている制服ではなく、白を基調としたベルラインドレスに鍔の広い帽子という、騎士学校という場所において“異様”としか言えないであろう出で立ち。さながら貴婦人が登場したかと錯覚してしまうほどに……だが、伊達や酔狂でその恰好をしているわけではないというのは、実力者であるステラやエリス、そして明茜や珠雫、有栖院も察してしまうほどに彼女は強い。
『そして青ゲートより姿を見せたのは、なんと昨年まで
そして姿を見せた斗真は貴徳原と相対する。見るからには清楚なイメージという他ないが、斗真にはその姿を目にした時点で気付いていた……彼女の周りに纏わりついているかのような“血の芳香”に。三年生・Bランクにして<
(成程……逃げるつもりなどないということですか)
一方の貴徳原も斗真の姿を見て『逃げるつもりなどない』ということに気付く。となれば、ここで降参を勧める方が無礼という他ない……この場に立ったということは、すでに覚悟を決めたということと同義なのだから。
「―――参りますよ、『フランチェスカ』」
「―――突き抜けろ、『蜻蛉切』」
貴徳原が顕現させたのはガラス細工のように薄くて透明なレイピア。彼女は右手でそれを握ると、胸の前で水平に構え、左手の平を切っ先に向けて押し込む。本来ならば危険な行為かもしれないが、彼女の掌を傷つけることなく塵に砕け、彼女の周囲に砂光と舞う。一方の斗真が顕現させたのは両端に十文字の刃が煌く槍。それを右手に取り、自身の後方に構える。
『
大闘技場全体に鳴り響く試合開始の
(やっぱ、初っ端から勝負を決めに来やがったか)
自らの固有霊装に対してあのような行動をとれるということが不思議……初見の相手ならば、間違いなく先程の一撃で大怪我を負っていただろう。幸か不幸か、斗真は貴徳原の固有霊装を
距離を取った斗真に対し、近づく様子がない貴徳原。その様子からして、明らかに誘っているのは明白。粉々になった<フランチェスカ>は透明であるという点に加えて粉々になっている以上目では見えない。迂闊に近づけば間違いなく『自殺行為』であり、その霊装の射程範囲で呼吸をするのも拙い。目に見えないものを吸い込めば、遠隔操作で内部から切り刻まれるのは明白。どう攻めるか思考を巡らせる斗真。だが、
(困りましたね。先程の一撃で勝負を決めるつもりだったのですが……)
攻めあぐねていたのは貴徳原も同様であった。双十字槍という見るからに近接・中距離戦闘主体の武器である以上、下手に食らえばただでは済まないであろうと思い、不意打ちに近い形ではあるが先制攻撃を仕掛けた。しかし、視界に映る対戦相手はその不意打ちを躱したのだ。仮にこちらから攻撃を仕掛けたとしても、先程の様な回避をされ続ければ否応にも動揺が走る……ならば、相手の想定射程距離である
―――だが、貴徳原はここで選択を誤ってしまった。いや、彼女は知らなかった。滝沢斗真という人間には、射程の概念など“必要ない”ということに。
斗真は一つ息を吐き、『蜻蛉切』を構える。貴徳原は自身の周囲に無数の<フランチェスカ>を展開して、彼の接近を許さぬ防御態勢を取った。そこから斗真が取った行動は……その場で『蜻蛉切』を横に薙いだ。その行動に疑問を浮かべる貴徳原ではあったが、その疑問は程無くして戦慄へと変わる。
「えっ……?…………っ!?」
なぜならば次の瞬間、彼女が身に着けていた帽子が吹き飛んでいた。皮膚に傷などはなかった……つまり、彼は横薙ぎで貴徳原の帽子だけをバラバラにしたということだ。それも、明らかな
「疑問に思っただろ、先輩。どうして遠距離からそんな芸当ができたのか、って聞きたそうな表情をしてますよ。……簡単に言えば“空気の刃”を飛ばしただけです」
斗真の異能は“音”を操る。音とは即ち物体の振動によって発するもの。斗真は斬撃の際に起こる空気の“音”を操り、その斬撃の流れを“研ぎ澄ませた”のだ。発生しうる“音”を先鋭化させることで強烈な一撃へと昇華させる斗真の
―――斗真の発する“音”が消えた。
自ら場外に消えたわけではない。貴徳原は自らの五感と展開された<フランチェスカ>による感触で彼の索敵を試みようとした。だが、彼は見つからない……自身の周囲には無数の刃があり、飛び込めば怪我どころでは済まない。必死に探す貴徳原はそこで斗真が先ほどまで立っていた場所を見やる。それを見た貴徳原はその場所の違和感に気付く。
(陥没……いえ、あれは……穴!?)
遠くからではよく見えないが、少なくとも陥没した程度で出来る深さではない。卓越した判断力を持つ貴徳原はそこでまさかの可能性に行きついたのだが……既に何もかもが遅かった。気付いたときには<幻想形態>による急激なフラッシュバックによって、その意識を手放していた。
『―――貴徳原カナタ、戦闘不能。勝者、滝沢斗真。』
『な、なな、なぁーんと!?公式戦にはたった一度しか出場経験の無い<音断の奏者>が、まさかの大金星!学園序列第二位<紅の淑女>を破ったぁ!!これほどの実力を持っていたということに驚きという他ありません!!』
立っていたのは斗真。そして、先程まで貴徳原が立っていた場所には穴が開いていた。なんと彼は自身の異能で地中にトンネルを掘るという“荒業”をやってのけたのだ。そして直下から貴徳原に対して<幻想形態>での攻撃を加えてダウンさせた。リングという“横の判定”はあるにせよ、高さという“縦の判定”には制約がない。というか、斗真と同じことを考えたとしても実行する人自体皆無に等しい。斗真の制服はその余波であちこち破けているが、切り傷といった出血はなかった。試合が終わったことを確認すると、斗真は『蜻蛉切』を解除してリングを後にした。
『西京先生、これをどう見ますか?』
『いやぁ、これは彼の作戦勝ちさぁね。近接武器と思わせといて遠距離からでも攻撃できることを知らしめた上で、<紅の淑女>の視線を釘付けにした。それがあったからこそ、地中から攻撃するという荒業が可能だったというワケ』
地中から攻撃できるというカードをギリギリまで隠すために、遠距離から攻撃できる伐刀絶技の存在を囮として使った。それに加えて斗真が貴徳原の固有霊装や異能を見ていたからこそ、斗真はその発想に行きついたと西京は述べた。それ以前に“リング”という舞台の概念に囚われたことが貴徳原の敗因であったと……
試合を終えた斗真は一輝との会話を交わした後、選手入口を出ると……そこにいたのは、斗真が守ると決めた大切な少女―――葛城明茜その人であった。
「あ、斗真お兄ちゃん……って、どうしたの!?怪我でもしたの!?」
「怪我はしてねぇから、安心しろ。ちょっとばかし地中を掘ったらこうなっただけだよ」
「そ、そっか。よかったぁ……相手が序列二位の人だって聞いたから不安になっちゃって……」
「簡単に負けるのは男として癪なんでな。あの姉が煩いっていうのもあるが」
「あー、優紀ちゃんはねぇ……」
なんでそんなことをしたのかという質問をされなかったことに、斗真は明茜の天然さに苦笑を浮かべたが……そんな彼女だからこそ、斗真は守りたいと思った。惚れた弱みと言えるのかもしれない……でも、流石にそんな想いを彼女に伝えることはしない。こんな自分よりももっといい人はいる。だから、その人が現れるまで守り抜くと誓った。
『もし俺がいなくなったら、明茜と兄さんの事を頼むよ』
『やめろや、縁起でもねぇしお前の柄でもねぇだろうに』
『ははは、そうかもしれないね……行ってくるよ』
『ああ』
そして、それは……今は亡き親友との約束でもあるのだから。
リングの下を通るこんな荒業ありかと思う人はいるかもしれませんが、原作の方でリング溶かしちゃう人もいましたし、それに比べたら優しい方です、ハイw
そして斗真は朴念仁枠でございます。こういう人間は一人ぐらいいないと困りますからね(ぇ