落第騎士の英雄譚~規格外の騎士(アストリアル)~【凍結】   作:那珂之川

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#38 表裏の二面

「ありがとな、綾華姉」

「いいのいいの、用事のついでだったわけだし。エリスちゃん、世話の焼ける弟だけれど宜しくね?」

「え? あ、はい。ありがとうございました。そういえばカケル、私は持たなくていいんですか?」

「これぐらいなら一人でいけるよ」

 

車の中での会話が思ったより弾み、気が付けば学生寮の前に到着。食材に関しては言いだしっぺの法則ということで翔が全て持つことにした。食材の総重量が約30kgにも及ぶほどの多さだが、これぐらいならば軽い部類であると翔は呟いた。

 

翔とエリスの仲の良さを見た綾華は何かを察したようで、エリスに対して自身の弟を宜しく頼むように声を掛け、エリスはその言葉に対して曖昧な答えを返しつつ、送迎をしてくれたことに感謝の言葉を述べた。

 

「それじゃあね~。今度は七星剣武祭で会えるといいねー。あ、別に見送りとかはしなくていいから」

 

そう言い放つと、綾華は車を走らせて学生寮の前を去っていった。それに対して手を振り見送るエリス……一方の翔は荷物で両手が塞がっているため、ただ遠ざかっていく綾華の車を見送ることしかできなかった。

 

手を振るために荷物を降ろす、という選択肢がなかったわけではないが、そうなると確実にエリスが荷物持ちを申し出てきそうだったので断念した。綾華は翔のそんな気持ちを汲み取ったかのように『見送りはしなくていい』という言葉を使ったのだろう。彼女の用事のついでとはいえ、送迎してもらった身としては見送り位しておきたい……なので、二人は車が見えなくなるまでその場で見送り続けたのだ。

 

「じゃ、戻りますか」

「そうですね」

 

車が完全に見えなくなったことを確認すると、二人はそのまま406号室へと戻って夕食の支度をすることとなった。

 

 

今日の夕食はすき焼き―――つまりは日本食なので外国出身のエリスには荷が重い、と思う人間はいるだろう。事実、翔もそう思っていた一人であった。だが、一緒に暮らし始めて一週間でその考えは完膚なきまでに破壊された。

 

「カケル、どうでしょうか?」

「問題ないかな。というか、和食のスキルもあったことに驚きなんだけれど」

「まぁ、私の立場が立場ですので。それと、カケルと出会った後は和食を中心にスキルを磨いていましたから」

 

第三皇女という立場にいるエリスは、自らに課せられた役割も理解している。なので、一通りの家事スキルは“花嫁修業”の一環で幼い頃から学び続けてきた。しかし、翔との出会いの後、それだけでは足りないとエリスは悩み……その悩みをどこから聞いたのか、エリスの父親であるヴァーミリオン国王が一流の日本料理専門の料理人(エキスパート)を城のお抱えとして雇い入れたのだ。

 

「その結果がここ一週間でいただいた食事だものなぁ……金が取れるレベルだよ(和食も凄かったけど、他のジャンルの料理もスキルが高かった……何か、申し訳ない気持ちになるな)」

 

自身の向上心に加えて思わぬ形での手助け……その結果として、現在のエリスの調理スキルは総じて高い。その中で和食に関しては『一流』という部類の評価を貰っても不思議ではない腕前を持つ。

 

伐刀者のみならず他分野においても一線級の才覚を持つ女性を恋人にしたことに、翔自身複雑な心境を抱いた。料理上手な彼女という存在は男性にしてみれば嬉しい……嬉しいのだが、彼女がそこまで入れ込んだ理由を作った側の立場からすれば正直『やりすぎ』と思わなくもない部分がある。そんな翔の心境を察したのか、エリスは笑みを浮かべつつ翔を見やる。

 

「カケル、私がそうしたいと思ったからそうしただけですよ。カケルが気にする必要なんて何一つありませんから」

「やれやれ、お見通しですか。ホント、エリスには敵わないな」

「これぐらいは読めますよ。その……カケルのルームメイトでもあり、下僕であり、恋人なんですから」

「途中の一言で完全に台無しだよ」

 

いつも通りのエリスの言葉に対して容赦のない翔のツッコミが入る。とはいえ、折角の二人きり……それを待っていたかのように、エリスは翔の方へ顔を見上げ、頬をうっすらと赤く染めつつ瞼を閉じる。その行動で察することができないほど翔も鈍感ではない。彼も最愛の彼女の方へ顔を向け、瞼を閉じてゆっくりと顔を近づける。狭まる二人の唇の距離……それがあと少しでなくなるという寸前で、

 

―――呼び鈴が鳴った。

 

「「ですよねー」」

 

時間的にはそろそろ隣人が来るころだろうと思っていた。結果としてキスは出来ずに互いの額がコツンと軽く当たる形となった。翔とエリスの二人は、ほぼ同時に瞼を開けたことと呼び鈴に対する言葉が同じだったことに苦笑を零した。メインの調理係でもあるエリスに任せて、翔がその来客の対応―――とは言ってもその対象は隣人の二人なのだが、翔が玄関の扉を開けると予想通りの二人―――一輝とステラの二人であった。

 

「よく来たな。もうすぐで出来るからあがってくれ」

「それじゃ、お邪魔するよ」

「お邪魔します、っと。エリスが調理をしてるの?」

「俺がやったらエリスが拗ねるって解ってるだろうに……一輝は食べる余裕位あるか?」

「まぁ、その辺に関しては問題ないよ」

 

一輝とステラの姿を見た翔……ふと、別行動する前の様子と比較してみると、お互いに“悩みが解決した”と思わせるような印象を抱いた。まぁ、お互いに初心なこの二人はどんな展開になるのか正直見物だ……という二人の“進展(せいちょう)”はひとまず置いておき、今日のメインとなる(綾華から持たされる形となった)高級肉のすき焼き。その味は、

 

「ま、また腕を上げたわねエリス……」

「これは美味しい。エリスも料理は得意なんだね」

 

大成功といっても過言ではないぐらいの出来栄えに、一輝は率直に美味しいということを声に出し、ステラはというと自身の妹の和食スキルに冷や汗を流すほどであった。食事を始めて15分……20kgもあった高級肉を全て平らげてしまったのだ。鍋に残るのはすき焼きのつゆぐらい……その原因というのは、

 

「結構食べるよな、エリスもそうだけれどステラも」

「しょ、しょうがないじゃない。これぐらい食べないと『食べた』って気にならないのよ。まぁ、お肉が美味しかったというのもあるけど」

「だからって一人で7kg近くは食べ過ぎだと思うよお姉ちゃん」

「そういうエリスは9kg食べてるじゃない。食べ過ぎると余計なお肉がついちゃうわよ?」

「そうならない体質だって、お姉ちゃんも知ってるじゃない」

 

ステラとエリス(このふたり)の持つ膨大な魔力量の維持、そして自身を構築している肉体を万全なコンディションにするための必要エネルギー、つまりはカロリーという形となるのだが……普通の人間の感覚では『嘘を言っている』と思ってしまうほどの量を食べきった上で同年代の平均を上回る“魅力的なスタイル”なのだから驚きという他ない。

 

「何だか、凄い会話だよね」

「違いない」

 

世の中には体重計に乗っただけで一喜一憂する人間もいる。それが女性ならば更にデリケートな問題だ……一輝は知らないだろうが、翔は身内絡みでその場面に偶然出くわしたことがあっただけに、その事情を察するぐらいは出来る。とはいえ、自身が男という生き物だからなのかもしれないが、その気持ちが理解できなかった……食べることよりも鍛練で今よりも強くなることを重視していた結果なのかもしれない、と翔自身は思った。

 

そんな翔や一輝でも、『二人のこんな会話を他の女性が聞いたら怒るのだろうなぁ』という考えに至るのはそう難しくはなかった。人よりも多く食べておいてその立派なスタイル……“食べた分だけ育つ”という夢物語を体現しているかのような容姿をしているのだから。夕食を終え、後片付けも一段落したところで食後のデザートの時間を堪能している時に翔がステラに尋ねた。

 

「そういや、ステラは加々美といつ友達になったんだ?同じクラスメイトだから接点はあったけれど」

「そうね、きっかけはカガミらしいといえばらしいわね」

 

ステラと加々美が友達になるきっかけは入学式の時の一件も含まれているが、その後加々美はステラにも取材を申し込んだ。やはりAランクという高ランク騎士が同年代にいるのは“珍しい”ということもあって、加々美自身が興味を持つのは想像に難くない。

 

その過程で、先日のステラと珠雫の一件に関しては加々美自身もどこか後ろめたいところはあったようで、ステラに謝罪をしたのだ。一方のステラにしてみれば『どうして謝られるのか解らない』といった塩梅であったが……

 

「アタシは別に気にしてなかったんだけれど、なし崩しみたいな感じで友達になったってところね。イッキとのことを聞かれた時は流石に焦ったけれど」

「だろうな」

 

一流(さいきょう)のジャーナリストを目指す身としては、相手に対する礼儀を忘れてはいけない……加々美は少なくともそう思っているようだとステラは述べた。まぁ、加々美の事を悪く言うつもりなど微塵も無いが、この国に限らず報道機関というものの礼儀に関しては『言うだけ無駄』なのかもしれないが。

 

 

その頃、破軍学園の理事長室にて、四人の女性が顔を合わせていた。そのいずれもが“Aランク”と呼ばれる強者揃い……

 

「久しぶりだな、<紫電の魔女(ヴィレッタ)>葛城綾華……いや、今は南郷綾華と呼ぶべきか。君の事は絢菜からよく聞いてる」

 

そう言葉を零すのはこの学園の理事長、元KOKリーグ世界序列第三位<世界時計(ワールドクロック)>新宮寺黒乃。

 

「綾華は相変わらず、かな。武曲のコーチを引き受けたんだっけ?翔に負けず劣らずの苦労人気質を背負ってるね」

 

破軍学園に今年度から着任して、いきなり教頭職を務めている魔導騎士―――<神風の魔術師(アウトレイジストーム)>葛城絢菜。

 

「いや~、堅物とまで言われたあのくそじじいの曾孫を落とすだなんてねぇ~。やっぱりあれかな、そのおっぱいで釣ったのかな?」

「寧音さん、あまり変なこと言うと殴りますよ?」

 

破軍の非常勤講師を務めるKOKリーグ世界序列第三位<夜叉姫>西京寧音と、彼女に対して冷たさを感じるような笑顔を向ける<紫電の魔女(ヴィレッタ)>南郷綾華の四人。尚、綾華の妹で講師を務める<千鳥>葛城摩琴はKOKリーグ戦の関係で学園を離れていた。

 

世界でも名立たる実力者の四人が理事長室に集まった理由……それは、綾華がここを訪れた理由でもあった。

 

「母さんなら父さんあたりから噂は聞いてると思うけれど、どうやら先日の<解放軍(リベリオン)>は目晦ましの可能性が高いです。」

「ま、冷静に考えりゃそうだろうねぇ。あれだけの規模ならどっかの大手銀行襲った方が『効率がいい』だろうし。」

 

先週末のショッピングモール襲撃の一件……距離自体は離れているが、破軍学園とショッピングモールの立地関係を考えれば学園の生徒が休日を利用してそこを訪れている可能性だって考えられたであろう……そこまで深読みできないほど<解放軍>とて阿呆ではない。一般人に恐怖を与える意味においては有効なのだが、あそこまで用意周到にするならば銀行強盗でもして資金集めした方がまだ『賢い選択』だと西京も述べた。それには綾華も軽く頷く。それを聞いた黒乃が一つの可能性を尋ねる。

 

破軍(ウチ)を含めた日本の騎士学校七校……そのいずれかが襲撃される可能性があると?」

「可能性の域は出ませんが、おそらくは。武曲(こっち)に関しても、無いわけではありません……混乱はさせたくないので、幕ノ内理事長にはこのことを伝えていません。」

 

<解放軍>が日本の騎士学校を襲撃する……可能性の話とはいえ、論理が飛躍しすぎている部分があるのは綾華自身も否定しない。だが、可能性がある以上放置すれば、それは大きな災いとなることだってある……綾華がこの話をするために破軍学園まで来た理由を、母親でもある絢菜が尋ねた。

 

「……つまり、綾華にはどうしてもその可能性に至ってしまった理由があるわけだよね?」

「本当なら、自分が勤めることになる学校の生徒を疑いたくはなかったんだけどね………<風の剣帝>黒鉄王馬の存在、といえばいいかな」

 

武曲学園三年Aランク、小学生(リトル)リーグ元世界王者、学園序列一位という輝かしい戦績(じつりょく)を持つ騎士。そんな彼だが、一・二年は『興味がない』という理由で七星剣武祭代表の座を固辞していた。傍から見れば快く思わない人間もいるだろうが、そう言わせるだけの実力を王馬は兼ね備えている。学園に籍を置きつつも武者修行に明け暮れるという彼が三年となった今年、急遽日本に帰ってきて代表戦に名乗りを上げた。『今年が最後だから』と思う人が多数いる中で、綾華は異なる考え方をした。

 

「まだ代表も確定していないのに、興味がわいたという理由で戻ってくることが『腑に落ちなかった』の。確かに、この学園にいるヴァーミリオン姉妹の存在は気にしているのかもしれないけど」

 

まるで()()()()()()()()()()()()()()ことを解りきったかのような行動をしていることに、綾華は首を傾げた。とはいっても、何か悪いことをしているわけではないのでそれ以上の追及などできるはずもない……悩んだ末に、自分の知り合いにその可能性を伝えることにした。

 

「ヴァーミリオン姉妹の事もそうだが、黒鉄兄妹も同学年にいて、うちの甥もいて、更には絢菜の子である(アイツ)もいる。話題性においては一歩抜きん出ているというのは事実だろう」

 

なぜなら、綾華の考える限りにおいて破軍が襲撃される可能性が“一番高い”……北関東の貪狼学園の線も考えたが、話題性において七校の騎士学校のうち最も高いのは、他ならぬ破軍(ココ)なだけにだ。彼女の話を聞いた黒乃も破軍の話題性自体を否定しない。元々そういった面子を集める目的―――七星の頂を目指す以上は名だたる実力者が必要不可欠……その一方で“無名の実力者”もいるのだが……

 

「何はともあれ感謝する、綾華。折角だから今日は学園に泊まっていくといい。許可位は出しておこう」

「ありがとうございます、黒乃さん。突然訪問したのにそこまでしていただいて」

「気にしなくていいよ、綾華」

「折角だから、ご教授願いたいところだねえ」

「何をですか」

 

表も動けば裏も然り……身内のそんなことなど知ることもなく、翔と一輝(+斗真)の選抜戦初戦の一日が過ぎていったのであった。

 


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