落第騎士の英雄譚~規格外の騎士(アストリアル)~【凍結】 作:那珂之川
一輝の試合が終わった後、あまり大勢で行くのもアレだと思ったので、翔とエリス、ステラの三人で一輝のところに向かうと……一人の女子生徒にタジタジしている様子の一輝がそこにいた。そして、メモとペンを持って一輝に質問攻めをしているのは、ピーチブロンドの髪を持つ女子生徒―――新聞部の日下部加々美であった。クラスメイトでもあり、とある一件で仲良くなったステラが加々美に対して叫ぶように言葉を放つ。
「ちょっと、カガミ!?何やってるの!?」
「あ、ステラちゃん。だって、あの<狩人>を無傷で破ったとなれば興味が湧かないわけないでしょ~?私にしてみれば“二度”センパイの実力を見てるわけだし?」
「まぁ、カガミならそう言うとは思ったけど……イッキが困ってるじゃないの!!」
「でもねぇ………おやぁ?」
加々美は心の中で、友人であるステラの言葉とジャーナリストとしての探求心を天秤にかけたように悩む……すると、彼女のターゲットはもう一人の方に向いた。それは他ならぬ、エリスの隣に立っている一人の男子生徒―――他ならぬ翔であった。一輝の傍を離れると、すぐに翔の傍に寄ってくる。流石に一輝のように腕にしがみついてくるような真似はしないであろう……そんなことをしたら
「さっき第二試合で勝った噂の葛城センパイじゃないですか!! 先日は災難でしたねえ?」
「ある意味火付け役の
「おや、ご存じないのですか!? 黒鉄センパイのように甘いマスクを持ちながら、誰の言葉にも耳を貸さず、己の道を一心に進むクールさ! そんな正反対のギャップを持つセンパイって結構人気があるんですよ? 何せ、同級生だけでなく上級生にも人気があるんですから!! しかも、昨年度から非公式のファンクラブまであるそうですから」
「ええっ!?」
「はあっ!?」
「ど、どういうことなんですかカケル!?」
「そんな事実、俺も今初めて知ったよ!?」
加々美の言葉に翔は頭を抱えたくなった。一輝の親友兼ルームメイトであった昨年……桐原の流していた噂のせいで冷たい目で見られることは覚悟していたのだが、まさかファンクラブという存在があるだなんて誰が予想できたものか。加々美の言葉曰く、昨年度は所謂“都市伝説”のような類ではあったが、翔が勝った直後にそのファンクラブの存在がネットの掲示板で急浮上したそうだ。尚、浮上した時点での会員数は15人……あれだけの噂を流されていてその人数がいるだけでも驚きだ。
「ちなみに、ファンクラブ浮上第一号―――No.15は葛城摩琴先生らしいです」
「うん、知ってた」
もう、自身の姉に対する反応は物凄く淡々としていた。そんなことに一々無駄な労力を費やすぐらいなら自身を鍛えることに使った方が有意義というものだ。何はともあれ、同じクラスメイトということから、翔と加々美は友人として仲良くしようということで一致した。ちなみに、翔のファンクラブは破軍学園のみで構成されているのではなく、他の騎士学校……日本にある破軍・貪狼・巨門・武曲・禄存・文曲・廉貞の七校に跨っているほどの規模らしい。
「アンタどんだけ好かれてるのよ?」
「俺が聞きたいよ……そもそも、知人がいる武曲と巨門ならともかく、他の四校の連中に知り合いなんていないんだぞ」
東北の巨門学園は実家の関係で、南関東の
「新手のストーカーとかかな?会ったら完膚なきまでに叩きのめして記憶吹き飛ばすか」
「………」
「ちなみに、ああいう加減の無い言葉も人気の秘密らしいって」
「なにそれこわいんですけど」
結論として、翔のファンクラブは全員“そういう嗜好”の素質があるらしい……ということのようだ。翔としては『そんなものやってる暇があったら、もっといい男見つけろよ。特に摩琴姉……俺は面倒事が嫌いな人間なんだぞ?』と言いたかったが、何故だかエリスに睨まれそうだったので、口には出さずに心の片隅に置いておくこととした。
「ま、今日はお疲れのようですので、日を改めて取材させてもらいますから。その時は宜しくお願いしますね~!!」
そう言いつつ、加々美は他の試合を見に行くとか言ってその場を去っていった。それを見届けると、翔は滅多に見せることのない疲れ切った表情を浮かべつつ、頭を抱えた。
「あ、うん……はぁ~……まさかファンクラブが日本の騎士学校七校に跨るという事実には、流石の俺も吃驚だよ」
「聞いてる側の僕も吃驚だよ。でも、本当に心当たりが無いの?」
「ねぇよ。マジで」
「あ、うん。ゴメン」
「いや、謝んなくていいからな?」
何かこれ以上考えてると絶対ロクなことにならないような感じがしたので、ここで気分を一新するかのように翔は息を吐いた。ともかく、そのことは心の奥底にしまっておくこととした。出来ることならばそのまま永久封印しておきたいと思うほどに。
すると、近くにいたステラがまるでタイミングを計っているかのようにそわそわしはじめた。先週金曜のことを思い出し……ここいらで、こちらからお願いした“借り”を返すがごとく助け舟を出すこととした。
「そうだ。選抜戦初勝利祝いも兼ねて、今日の夕食は四人ですき焼きにするか。俺とエリスで材料調達するから、二人はのんびりしながら帰ってきてくれ。というわけで、エリス。いくつか足りない食材があるから、早速街に行って買い物と洒落込みますか」
「―――成程。了解です、カケル。イッキ、お姉ちゃんのことを“宜しくお願いします”ね?」
「ちょ、ちょっとカケルにエリス!? 突然何を言い出すのよ!? というか、アンタ達呼吸がピッタリすぎじゃないの!?」
「え?あ、うん。了解したよ」
「イッキ!? このバカーーーー!!」
「ええっ!? 何でバカ呼ばわりされないといけないの!?」
打ち合わせなしに
「じゃあ、のんびり帰ろっか?」
「そ、そうね。」
お互いにどこかぎこちない感じで帰路につくこととなった。
所変わって街中のスーパーマーケット……すき焼きをするのに足りない食材を買うために、翔とエリスは揃って買い物に来ていた。流石に着替える時間がなかったので破軍学園の制服のままであり、何かと目立ってしまう。それは主にヴァーミリオン皇国の皇女であるエリスの存在故なのだが。冷蔵庫の中身をきちんと把握しているという翔の非常識さはともかくとして、エリスは翔に問いかけた。
「カケル、さっき突発的に言ったのはお姉ちゃんのことを気遣って、ということで間違いないですか?」
「正解。何かと不器用なのは先週の件で解ってたからな。一輝も自覚はしてなかったけど、何かステラに言いたかったことがあったみたいだし、結果オーライってところかな……一輝じゃなくてエリスを誘ったところからして、絶対ステラから後で質問されそうだ」
「まぁ、お姉ちゃんは私の事情をある程度知っていますから、気付いてもおかしくはないと思います。……お姉ちゃんには絶対負けませんし」
「同じ男性を取り合いするんじゃないのに、どうして勝負になるんですかねぇ……」
さっきのやり取りで少なからず翔とエリスの関係が変わったことにステラあたりは気付く可能性が高い。何せ、双子という存在は互いの存在や気持ちを読み取る
「それより、とっとと買い物を終わらせますか。後は肉類なんだが……」
「あれ?見知った顔だと思ったら、翔じゃない!!」
「えっ?って、何でここにいるの?」
ここの店で買えるものはあらかた買ったので、次に移動しようとしたところ……翔の姿を見つけて近寄ってくる翡翠の如き瞳と白銀の長い髪の女性。パッと見は明らかに外国の人そのものであり、スタイルも外国人モデルの様なスレンダー体型なのだが、それに反するかのような流暢な日本語。そして翔はここにいるのが珍しいかのような言葉をその女性に向けて呟いた。一方、その姿にエリスは首を傾げた。
「えと、どちら様なんですかカケル?まさか……許婚ですか?」
「そんな訳あるか。こう見えて日本人―――俺の姉ですよ。久しぶり、綾華(あやか)姉」
「ええっ!?」
「久しぶり、翔。そして…初めまして、エリス・ヴァーミリオンさん」
どう見ても日本人とは思えない風貌の持ち主の女性―――翔が“綾華姉”と呼んだ人物にエリスは自身の視界に映ったものがまるで信じられなかったのであった。取り敢えず店の中で騒ぐのは宜しくないので、彼女が乗ってきた車で破軍学園に送り届けてもらう形と相成った。運転席にその女性、助手席にエリス、後ろの座席に翔が座る形となった。
「さて…私は南郷 綾華(なんごう あやか)。旧姓は葛城―――その長女で、現在は一児の母なのですよ。あ、ちなみに娘は夫が面倒を見てくれてるの」
「既婚者ですか。あれ、確か聞いた話ではカケルの四つ上だと……」
「はい。こう見えて二十歳なのです」
「……いろいろ凄い人ですね」
「何せ、卒業直後に妊娠発覚して、子供を産んだ後も休みなくSPの仕事やってるし」
「いえーい」
「いや、褒めてねえし」
中国・四国地方にある廉貞学園の卒業生で、実力に関しては摩琴よりも上でありながら力を誇示したりすることはなく、結婚して幸せな家庭を築きつつ、まったりと生活を送っている……いや、SPという仕事をやっている時点でまったりとは程遠いといって差し支えないであろう。ちなみに、彼女の瞳と髪は元から……従妹に似たような風貌の人間がいるので、間違いなく“そちら関係”の影響である。
「というか、すみません。送り届けてもらえるどころかお肉まで頂いちゃって」
「いいの、いいの。あんな量うちだけだと食べきれないし、冷凍するにも入りきらないから遠慮しなくていいのです」
車の送迎どころか、かなり値の張る高級な肉をざっと20kg持たされる形となったことに翔はおろかエリスも軽くドン引きの様相であった。
綾華曰く『報酬だけでは申し訳ない』と各国の夫人がプレゼントと称して色々なものを贈呈してくれる、とのことだ。厳密に計算はしていないが、一回当たり数十万~数百万単位になるらしい。最近彼女が驚いたのは、何と彼女には内緒で彼女の夫に指輪の宝石を贈っていたことらしい。
「まぁ、仕事が仕事だからねぇ……で、そんなことだけのためにあそこにいたわけじゃないでしょうに」
「ふふ、まあね。暫くは日本にいるから、というのもあるんだけれど。夫に任せていた子育てもしっかりしないとって」
その言葉自体も嘘ではないのだろう。だが、その理由
「今年からね、武曲学園に非常勤講師で務めることになったの。それと、ヴァーミリオン姉妹に話題が集中してるけれど、武曲も今年留学生を招いている。そして、
「成程ね。大方その留学生と優紀の関係で綾華姉が講師をやることになったって訳だ。普通なら廉貞あたりになるだろうし」
「あはは、翔の大正解。いやぁ~、変なことに首は突っ込むものじゃないねぇー……」
(とは言いつつ、アヤカさんは嬉しそうですね……)
国内はおろか海外にもその名を轟かせている近畿の武曲学園。破軍の現理事長である黒乃が提唱した“実戦・実力主義”のモデルはその学園が行っているものなのだから。ここ数年『七星剣王』の座を守り抜く実力者揃い……だが、それに胡坐をかくことはせず、元世界王者の綾華を非常勤講師に据え、三年間
「なら、『雄大』に言っておいてくれ。『真正面から叩き潰しに行く』ってな。ま、現段階だと七星剣武祭の代表にすらなってないから、負けたりしたら恥だけれど。」
「了解したよ、翔。(その表情……やっぱり、健と双子だけなことはあるか……)」
自らの力を試せる―――そういう時の表情は、兄弟共にそっくりであると綾華は笑みを零した。それと同時に、弟が出来なかったことを知らず知らずのうちに兄が挑んでいるということに、内心複雑な感情を抱いた。
悲しい経験は時間が解決してくれる、という言葉はあるのだが……身内の死という事実は、簡単に解決できることではない。その点から言うとすれば、彼の死を受け入れている一番の身内―――翔は本当に強くなった、と絢華が今の翔を見た率直な気持ちであった。
というわけで、密かに人気のあった主人公の巻。
その辺りは追々ネタ出ししていきます。