落第騎士の英雄譚~規格外の騎士(アストリアル)~【凍結】   作:那珂之川

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#02 面倒事とは降りかかってくるもの

学園での生活にも慣れてきて数ヶ月が過ぎ……七月中旬ごろ、『いつ起きてもおかしくはなかった出来事』が起こる。それは、

 

「それはまた派手にやられたなぁ…」

「流石に僕から手は出していないけどね。」

 

一輝が一方的に喧嘩を吹っ掛けられ、負傷させられた。しかも相手は固有霊装を使った攻撃に加え、使用許可が指定されていない場所でそれを使用した。ここで一輝が“正当防衛”と言う形で同じように対抗しようとしたところで、退学させられるのは一輝のほうだ。

 

何故か?理由は簡単だ。相手はランクで言えば一輝よりも格上。そういったことは誰よりも熟知している人間がそういった行動を起こした……となれば、そのような行動を認めた人間はこの学園でも偉い立場にいる人間―――ようは『理事長』ひいては『黒鉄家』の差し金だということは、一輝も察した上で回避も反撃もせずに一方的に被害を受ける形にした。

 

「ま、形式上病み上がりだし、今日の夕食は俺が作るよ。」

「え、いいのかい?」

「人の親切位有り難く受け取っとけ。寧ろ押し付ける。」

「容赦ないね、翔も。」

 

結果として、一輝を負傷させた人物は厳重注意という軽い処分で済んでいた。そんな人間が“七星剣武祭”の代表選手と言う時点でたかが知れている。

 

七星剣武祭―――日本にある七つの騎士学校の代表が日本一の学生騎士の座をかけて争う武闘大会。破軍学園はその意味でもトップクラスなのだが、近年は成績が振るわず優勝はおろか上位三名に入るのもやっとのところ。そもそも『ランク選抜』という実戦力完全無視の選抜方法を取っていれば自ずとそうなるのも無理はない。

 

別に高ランクの人間が弱いというつもりはない。だが、能力が高いことと実際の戦いはまったくの別次元の話だ。いくら能力が強かろうが、あらゆる相手に対して柔軟な判断・行動を起こせなければ、それは宝の持ち腐れと言う他ないのだ。尤も、そういう自分が実践できるか……正直、よくは解らないがそこそこの相手であっても互角にやり合える自信は少なからずある。

 

「ほい、それ食べたらとっとと休めよ。明日からまた朝練やるわけだし。」

「はは、流石にばれてたか。」

 

普通に考えれば固有霊装とはいえ立派な武器。下手をすれば大怪我自体は免れない。だが、それに対する設備も整えられている。そのうちの一つが『iPS治療槽(カプセル)』の存在。端的に言えば人間の自己治癒能力を高める代物。なので、四肢が切断されても条件さえ整えれば回復することもできる。その代償も安くはないのだが…そこまでの医療設備の高さはいかに学生騎士、ひいては魔導騎士と言う存在を重要視しているのかを物語っている。それが固有霊装による負傷を受けても何事もなかったかのように戻ってこれた一輝に関わる事実である。

 

その翌日、そのトラブルと言う矛先は翔に向けられることとなる。とはいえ、翔自身がそのトラブルに見舞われることはなかった。中庭で珍しく昼食をとる一輝。そして、その近くに翔がいるのだが、一輝の隣にはいなかった。

 

「今日は落ち着かない日だね。」

「……まぁな。」

 

彼がいるのは木の茂みの中。彼を探して躍起になっているのは先日一輝を大怪我に追い込んだ張本人。名前?あんな卑怯まがいのことをする人物の名前を覚えるだけでも記憶力の無駄である、と思いつつ購買で買ったパンを口の中に放り込むように消化していく。その午後の実戦授業は、

 

「これから同ランクの者同士で手合わせをしてもらう。」

 

ということであった。だが、これに対して面白くなさそうにしていた人物が一人。桐原静矢(きりはら しずや)……今年度の首席入学者にして、七星剣武祭の出場選手の一人だ。ついでに言うと、この人物こそが一輝を嵌めようとした『理事長』の差し金を務めた人物。正直、翔にとっても反吐が出るほどに面白くない人物でもある。

 

「君ほどの人物が何であの落ちこぼれと一緒にいるのか理解に苦しむよ。」

 

彼の取り巻きと一緒に声高らかに一輝のみならず翔にも中傷や良くない噂を流す。一輝のルームメイトであるというただそれだけの理由で。とはいえ、翔自身そいつの言うことなど真に受けていないどころか平然と受け流していた。彼にしてみればそんなことなど()()()()()と言っても差し支えないものであった。

 

そして、彼が教師に言った一言は、ある意味翔にとっては予測できていた言葉であった。

 

「先生、僕は葛城君と手合わせがしたいです。」

(やっぱりか……)

 

これに抗議したところで意味をなさないのは明白。とはいえ、彼に対して自身の能力を見せるということもしたくない。……ともあれ、教師の指示で対峙することとなる翔と桐原。無論、実戦形式であるため非殺傷の<幻想形態>を展開する。

 

「天を衝け、『叢雲』」

「狩りの時間だ、『朧月』」

 

翔が左手に持つのは蒼穹の鋼の太刀。桐原が展開したのは翠色の弓。傍から見れば近距離(クロスレンジ)遠距離(ロングレンジ)……一見すれば分は翔の方が悪い。ランク的な意味合いでも桐原が勝つということに誰も疑いはもっていなかった。そして、試合開始と同時に桐原の姿が消えた。

 

(ステルス能力、というわけか。……確かに視界の情報が入らなければ、苦戦は必至だ)

 

翔は周囲の置かれた状況を冷静に分析する。気が付けば周囲は森のような結界が展開されていた。そして、翔目がけて超高速の何かが撃ち込まれる。だが、その速度すらも翔にとっては止まっているも同然だが、彼は“わざと大きな動き”でそれを回避した。撃ち込まれたもの―――それは、『朧月』から放たれた魔力の矢。その姿を見た桐原は笑みを浮かべる。

 

『ハハッ、まぐれとはいえ躱すとはねぇ。でも、マグレは二度続かないんだよね!!』

 

そう言って次々と撃ち込まれる高速の魔力の矢。自身の姿を消す結界に、相手の射程を上回る長射程攻撃。これを破るには広範囲攻撃(ワイドレンジ・アタック)が有効。だが、それを解っていても翔はそれを使うつもりなどない。入学試験の時に見せた力ですら、だ。正確に言えば……『使う必要すらない』。

 

桐原は気付いていない。彼が一発目を撃った時点で既に捕捉されているということを。そして、翔は今後に支障が出ないような簡単な方法でこの手合わせを終わらせることとした。

 

「(角度、距離……誤差は最大82cm、最小14cm。矢の数は4本か……)」

 

そこから彼は後ろに飛んだ。そしてその着地先は試合リングの外側―――つまりは場外に飛んだのだ。

 

「ありゃ、場外だったか。先生、この場合ですと俺の負けですよね?」

「あ、ああ、そういうことになるな。この試合、桐原の勝ちだ。」

 

この実戦形式においては場外に出た場合、その時点で負けとなる。公式大会などではカウントルールとなっているが、そこまで厳密にやると他の生徒の評価が出来ないため、時間制限を設けた上で行われている。これで今日の出番は終わったので、次の生徒の邪魔にならないよう速やかに去ろうとした翔であったが、これを見た桐原は、

 

「ハハハッ、あの落ちこぼれに付き合っているだけあって、見事な負け犬っぷりだよ!!」

 

とわざと聞こえるように言い放ったが、一方の翔は言い返すこともせず、それが聞こえていないかのようにその場を去った。その試合を見ていた大半の人間も桐原の実力から逃げたと思った事だろう。……だが、本来ならここにいない人物は先程の試合を面白そうに見ていた。

 

「暇つぶしで七星剣武祭出場の面々を見に来ただけだったけど……まさか、面白いものが見れるだなんてね☆」

 

そう呟くのは傍から見れば小学生……下手をすれば幼稚園児にも見える一人の少年。だが、彼の服装は紛れもなく破軍学園の制服であった。そして彼もまた七星剣武祭出場のメンバーの一人。その彼は先程の翔と桐原の試合結果が変わったことに驚かされた。

 

(僕の予測だと『桐原君の圧倒的負け』だった。それを『自ら場外負けにする』だなんて……これは面白い後輩かもね。)

 

二人がこのまま戦えば、という結果を覆したあの少年。自身の能力でこれを捻じ曲げることも可能だが、彼はそれを由としないだろう。あのような罵声を浴びせられてもまるで聞かなかったかのように出来てしまうあの精神力。その胆力だけで言えばこの学園はおろか、日本にいる学生騎士の中でも一番と言って差し支えないぐらいに。

 

「さて早く帰らないと、とーかに怒られそうだし、戻ろっと。」

 

その試合を見ていた中で翔に興味を持った人物―――≪観測不能(フィフティ/フィフティ)≫の二つ名を持つ人物。破軍学園二年、御祓泡沫(みそぎ うたかた)は気付かれない様にその場を離れ、教室に戻ったのだが……彼の呟いた人物に怒られる羽目となったのは言うまでもなかった。

 




見て分かったかと思いますが、あえて勝てる試合を放棄しています。
その理由辺りは次回にて語っていく予定。

余談ですが、主人公設定考えた後にアスタリスクの存在を知って「ファッ!?」となってましたw

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