落第騎士の英雄譚~規格外の騎士(アストリアル)~【凍結】   作:那珂之川

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#36 <落第騎士>vs<狩人>②

突如、目の前に姿を現した一輝の攻撃を桐原は何とかしのぎ、距離を取った。流石に冷や汗をかいたようだが、それでも桐原はその自信を崩していなかった。

 

「やれやれ。一瞬ヒヤッとしたけれど、大したことなかったかな。というか、黒鉄君は本気で僕に勝つつもりでいるようだねぇ?」

「そうでなければ、ここにはいないさ。」

 

桐原の嘲笑とも受け取れるような言葉に動揺したりすることもなく、一輝は真剣な眼差しで桐原を射抜くように見つめている。その表情に桐原の表情は『侮蔑』とも受け取れる代物を一輝に向けた。

 

「……不愉快、実に不愉快すぎる。寝言も大概にしてもらえるかなぁ、黒鉄君?君の様な“Fランク(おちこぼれ)”が“天才”に勝てるというのかい?ああ、そうか―――」

 

弱者だというのに、立ち向かってくる存在。それが桐原にとって一番気に食わない存在。所詮才能(ランク)の前ではその実力差をひっくり返すことなど不可能―――それが桐原の伐刀者としての考え方。だというのに、目の前にいる黒鉄一輝という存在は自分にとって“目障り”と言う他ない……そこで桐原は思い出したように、言い放った。

 

「確か、学園長との約束だったねぇ。『七星剣武祭で優勝すれば卒業の資格を与える』―――くくくっ、あっはははははは!これは傑作だ!!君の様な惨めな能力しか持たない人間が優勝だなんて、へそで茶を沸かせるぐらい面白い話だよ!!」

 

これには桐原のみならず、観客席のあちらこちらからも……

 

『<落第騎士(ワーストワン)>が七星剣王?なにそれ、新しいジョーク?』

『ばっかだろアイツ、そんなん出来るわけないって。』

『親の七光り野郎はとっととおうちに帰んな!!』

 

嘲笑や野次が一輝に対して向けられている。普通ならばこれに対して集中できないであろう。事実、エリスの隣に座っているステラから魔力が沸々と蛍の光のように舞うが如く発せられている。紛れもないステラの“怒り”を感じ取った翔は、一応周囲に対する配慮も込めつつステラに対して呟く。

 

「怒るのは結構だけど、消火作業は御免被るぞ?」

「で、でも!!」

「そんなに気になるんなら、モニターに映るアイツの表情を見てみな。」

 

翔の言葉にステラはモニターに映る一輝の様子を見やる。その表情に、ステラの中で燻っていた怒りはいつのまにか消え失せていた……そこに映る一輝の表情は、ステラと戦っていた時の表情と同じものを試合開始前から一片たりとも崩してはいない。更にステラの不安をかき消すように、一輝は真剣な表情を崩すことなくこう言い放った。

 

「そんなに笑いたかったら笑うといい。僕自身、それがどれだけ困難なのかも既に知っている。桐原君……<七星剣王>を目指すことすらしない人間に、そんな言葉は()()()()()とだけは言っておくよ。」

 

「……だったら、今度はもっと惨めな姿にしてやるよ<落第騎士(ワーストワン)>。」

 

一輝の言葉に対して桐原は再び姿を消した。先程の言葉からして先刻のように容易くは行かないであろうと一輝は“既に”身構えていた……すると、全方位から聞こえる桐原の声。

 

『それじゃあ、親切な僕は当てる場所を予告してあげよう。―――まずは右太腿………へっ?』

 

そう言い放った直後、“放った矢”が彼の右太腿を撃ち貫く―――()()()()()()()()。なぜなら、彼の放った矢は右太腿ではなく、一輝の右足から10cm離れた木の枝に着弾していた。これには流石の桐原も素っ頓狂な声を上げて吃驚していた。一方、一輝は一息ついた。そして、こう言い放った。

 

「ふぅ……“やっぱり”矢の方もステルス化できていたんだね。でも、()()()()()桐原君。」

「な、何故だ!?僕の矢は直撃するまで知覚できないんだ………っ!?」

 

昨年よりも能力に磨きをかけていた桐原……昨年とは違い、今年は矢の方もステルス化できるほどに。だが、その対戦相手である黒鉄一輝という人間は何らかの方法でその矢を逸らした。

 

(おい、何かの冗談だよな…!?僕の姿は黒鉄君(おちこぼれ)には一切見えていないんだぞ!?なのに、なのに……どうしてその視線は真っ直ぐこちらを向いているんだ!?)

 

だが、そんなことを考えている余裕は今の桐原にはなかった―――何故ならば、<狩人の森(エリア・インビジブル)>で見えないはずの桐原を見据えるかのように、一輝は全てを見抜くかのような真剣な眼差しを……他の誰でもない桐原自身に向けていたのだから。なぜならば、一輝にとっては“見えて”いるのではなく、“観えて”いるのだから。

 

「そして、“捉えたよ”桐原君。僕はもう、君を逃がさない……。僕の“最弱(さいきょう)”を以て、君の“無傷(さいきょう)”を打ち負かす!!」

 

リングに上がった以上、情けや加減は不要。その意を以て、一輝は<一刀修羅>を発動させた。

 

 

一輝のその表情をモニター越しで見ていた翔は確信した……一輝は既に()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだと。こうなった以上、どの道桐原には勝ち目などないのだと。そして、先程桐原の矢が逸れたことに関しては一輝の持つオリジナルの剣技―――そのうちの一つを用いたものだとすぐに察した。そもそも、桐原の<狩人の森(エリア・インビジブル)>には()()()()()()がある。

 

「確かに桐原の<狩人の森(エリア・インビジブル)>は対人戦闘においてかなりの強さを誇ることは事実。でも、それには()()()()()が存在する。それは、アイツの攻撃手段が“単調すぎる”ってこと。そして、森の結界にしても自身の姿を撹乱する程度にしか使えないのも欠点と言えばそうかな。」

 

桐原の持つ霊装と狙撃手的な能力の側面を持つ異能ならば、彼がそう傾倒したとしても無理はない話だ。事実、矢をステルス化することができるようになった今年の桐原だが、“それ以上の成長”がなかった。失うことが怖くて『無傷』を貫くことを続けて来た桐原には、攻撃を隠すという防御(ディフェンス)的発想に至ることはあっても、攻撃手段自体を巧妙化するという攻撃(オフェンス)的発想に至ることはできなかった。だからこそ、一輝は早い段階で桐原を“掌握”せしめることが出来た。

 

「それに、あからさまな殺気は並の人間ならともかく、一輝クラスの剣士ににとっては『私はここにいます』と教えてるようなものなんだ。自身の気配を断つことは出来ても、相手への殺気というのはそう簡単に御せるものじゃない。」

 

どんなに相手に対して無心を心がけていても、相手を倒したいという意志が介在すれば、それは即ち攻撃という刃を通す形で殺意が込められてしまう。無想・無殺意の刃を振るえるのはまさに武の極致とも言える所業。それに加えて桐原の“弱者に対する”性格というものが完全に仇となった……この戦闘の結果は既に見えたも同然。一方、実況席の西京はこの光景に思わず笑いがこみあげてきた。

 

『アッハハハハハ!!こりゃあ、非常識にも程があるさぁね!!』

『さ、西京先生?一体どうしたというんですか?』

『ああ~、ごめんごめん。いや~、KOKトップリーグでも経験したことのないものが見れたからね。でも、これで桐原の<狩人の森(エリア・インビジブル)>は最早意味を成さなくなった―――とでも言えばいいのかな?』

『えっ、それはどういう……』

 

実況の月夜見が西京の方を見やると、突如聞こえてくる桐原の恐怖が入り混じった声。桐原自身の姿は実況の二人はおろか、観客席にも見えていない。傍から見れば一輝があらゆる方向に駆けだしているような動きにしか見えない……だが、今の一輝には姿が見えない桐原すらも既に捉えられることを西京は説明する。

 

『先日のヴァーミリオン姉との模擬戦で見せた黒坊の<模倣剣技(ブレイドスティール)>―――相手の剣術の動きや型のみならず、そこから剣術の歴史を紐解き、流派の心得や創生の理念、つまりは『剣術の理』を暴き出す技術。黒坊はこれを応用して、桐原静矢という人間の『絶対価値観(アイデンティティ)』を暴き出したっていうワケ。名付けるならば、<完全掌握(パーフェクトビジョン)>と言った所かな?』

 

人間の価値観というものはそう簡単に変えられるものではない。価値観を変えることとは即ち自らの生き方をも変えなければならないことを意味するから。ましてや人間の行動根拠ともなりうる『絶対価値観(アイデンティティ)』など尚更である。一輝は桐原の『絶対価値観』を掌握することで彼の思考や感情を“完全掌握”した。

 

如何なる攻撃を繰り出したとしても…桐原自身の『絶対価値観』はどういった考えを以てどのような攻撃を放つという『認識・判断・行動のプロセス』に少なからず介在する。簡単に言えば『戦う相手の思考を読み取ってしまえば、仮に相手が見えなくともどういった攻撃を繰り出すかを完全に把握できる』……そんな芸当自体『人間離れ』しているとしか言えないが、一輝は常人の想像すらつかない膨大な量の努力の果てにその所業を成せるレベルに到達した。

 

この時になって桐原は黒鉄一輝という騎士の本当の怖さを理解した。達人級と言ってもいい位の剣術でも、<一刀修羅>によるブーストでもない……目にした物事の本質を全て暴き出すという照魔鏡が如き洞察眼を持っているということだ。そこに至るまでに一輝がどれほどの努力を積んだのかさえ桐原には理解できないであろう。才能を持つものが持たざる者を理解するというのはそれこそ“努力”が必要なのだから……

 

「そういえば、さっきイッキはアイツの矢を逸らしてたみたいだけど、何をしたの?」

「簡単な話だよ。純粋な剣術で軌道を逸らしたんだ。」

 

一輝の持つ七つのオリジナル剣技……そのうちの一つ、第三秘剣<(まどか)>を矢を逸らすために使用したのだ。元々は相手の力を利用して自身の力を上乗せする“カウンター技”のようなものだが、それを咄嗟に応用……魔力の矢に込められた力を『陰鉄』の刃で受け流して軌道を逸らしたのだ。無論、その時点で一輝が桐原を“掌握”していたから出来た芸当、というのもあるのだろう。

 

(ホント、末恐ろしいと思うよ。)

 

「くるな、くるなあああああああああああああああああああ!!!」

 

リング上では逃げ惑う桐原とそれを追いかけている一輝の構図が完全に出来上がっていた。いくら矢を放とうが、逃げ惑おうが、数に限りが存在する以上今の一輝に捉えきれないものはない。<狩人の森>がほぼ無用の長物となった以上、今の桐原はただの弓使い同然。いくら声を上げようとも、彼に一輝を止める術などもうない。

 

「ほ、ほら、元クラスメイトじゃないか!?友達じゃないか!?」

 

(人の悪口を平然と流す奴のどこが『友達』なんだか……ま、一つ言うとするならば……)

 

試合前にあれほど相手を挑発した人間がこの期において命を乞う様な有り様。この選抜戦は実戦形式だということを承知して上がってきたのではないのか……そもそも、騎士である以上覚悟を決めてくるのは当然の話……その意味では、桐原は伐刀者であっても到底騎士と呼べる人間ではなかったということだろう。それに関しては元から解りきっていた話なのだが。

 

(“くじ運が悪かったのは一輝ではなく桐原の方だった”ということだろうな。)

 

「あ、ああ……」

 

そしてリング上に突き立てられた『陰鉄』。そのすぐ傍に桐原は確かにいた。彼の<狩人の森(エリア・インビジブル)>は解除され、桐原は鼻の皮膚を少し傷つけられた程度なのだが、その恐ろしさに気が付けば気絶してそのまま仰向けに倒れ込んた。

 

「1ミリ予測とずれたか…僕もまだまだだな。」

 

たかがそれだけの誤差、という人間が大半なのだろうが……それが致命傷になりうるのだと一輝は思う。だからこそ、自身の評価をそこまで過大評価などしない。桐原が気絶したことを確認すると、一輝は<一刀修羅>を解除し、『陰鉄』も解除してその場に立ち上がった。

 

『桐原静矢、戦闘不能。勝者、黒鉄一輝。』

『な、なな、なあんと!?勝ったのは昨年は模擬戦・公式戦はおろか、授業すら禁止されていたFランク騎士<落第騎士(ワーストワン)>黒鉄選手!昨年七星剣武祭代表<狩人>桐原選手の記録を奪い取る様に“無傷”での初白星を飾りましたー!!』

 

「お兄様……ホント、よかった。」

「流石、珠雫のお兄さんね。尤も、そこにいる彼のお蔭なのかもしれないけど。」

「俺は何もしてないっつーの……何故睨むんだよ、ステラ。」

「何でもないわよ!」

「あはは……」

 

リングを後にする一輝を見やりつつ、翔らも友人の初勝利を祝うために席を立ちあがった。すると、目的の試合が終わったのか多くの観客も立ち上がって後にしようとする。この後も試合は残っているのだが、この有り様では第五試合以降の人達はやりにくいであろう。その中には一輝に対して『あんなのあり得ない』と零す人も見られる。昨年は試合はおろか授業すら受けていない人が試合経験のある猛者を破ったという光景は現実味がないのだろう……それを言ったら一輝がステラに勝った模擬戦はどうなるんだというレベルだが。

 

「でも、これで一輝はもう<落第騎士(ワーストワン)>ではいられなくなる。剣武祭クラスの人間には、確かにその存在を刻んだことになる。」

「それをカケルが言いますか……カケルも<道化の騎士(ザ・フール)>ではいられないんですよ?」

「……解ってはいるけど、言葉にすると何か嫌だったから言わなかっただけだよ。」

 

この日を境に、一輝はネットの片隅で<落第騎士>に代わる新たな二つ名で呼ばれることとなる。その卓越した剣術と体術を以て才能ある人間すら凌駕しうる才覚を持つ剣士、そして元ルームメイトの<閃雷の剣帝(アストリアル)>に準えてこう呼ばれることとなる。

 

―――<瞬影の剣王(アナザーワン)>と。

 




てなわけで、ちょっと一輝の二つ名を弄りました。
適当でしたが、主人公と上手く対比させる感じになりましたw

ステラの新たな二つ名は……どうしよう(ガチ悩み)




あ、あと軽いネタバレになりますが、七星剣武祭に出場する面子に関しては、オリ要素多くなりますのでご了承ください(今更感満載)

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