落第騎士の英雄譚~規格外の騎士(アストリアル)~【凍結】 作:那珂之川
『強い、今年の一年生は強すぎます!第二試合で<
当初の下馬評などまるでアテにならない……と言わんばかりの月夜見の言葉。何せ、相手の棄権によって不戦勝となった第一試合の勝者―――序列第一位<雷切>は順当だとしても、続く第四位<城砕き>と第二位<紅の淑女>に黒星をつけるという“下剋上”を一年生が成し遂げたのだ。厳密に言えば片方は“もう一回一年生”なのでルーキーとは言えないが。
「カケル、さっきの言ったことはどういうことなの?」
月夜見の実況を聞きつつ、ステラは気になった質問を翔にぶつけた。それは他でもない、これから戦うルームメイトである一輝の事に他ならない。武器の相性で言えば一輝にとっての天敵。加えて一輝には広範囲攻撃を行えるだけの伐刀絶技を持たない……だからこそ、翔の言葉が気になったのだ。
「確かに気配も匂いも遮断できる
「負けている部分?」
「それは、これから繰り広げられる戦闘を見ていればわかるよ。多分だけど……仮に矢が“見えなくなった”としても、アイツは
翔の言葉にやや疑問は残りつつ、ステラはリングに視線を向ける。すると赤ゲートより先に登場してきたのは先週末に思わぬ助けとなった桐原であった。すると観客席からは黄色い歓声が上がる……おそらくは彼のガールフレンドなのだろう。その歓声には翔も思わず怪訝そうな表情を浮かべるほどであった。
『さぁ、赤ゲートより登場したのは、昨年度首席入学にして昨年の七星剣武祭代表を成し遂げ、一回戦では優勝最有力候補とも言われた文曲(ぶんきょく)学園の三年生を相手にワンサイドゲームで勝利!公式戦・模擬戦共に『無傷』のパーフェクトゲームを成し遂げています。今日もまたその功績が加わることとなるのかが見物です!二年・桐原静矢選手!!』
「……初見じゃないけれど、ムカつくわね。アイツのあの表情。」
「同じ性別の人間からしても、あれほど厭味ったらしい奴は正直初めてだよ。」
登場してきた桐原のその表情に、どうにも腹立たしさを感じるステラと斗真。それにはあの時の桐原を見た周囲の人間も同意見なのには違いない。そして実況の月夜見が桐原の対戦相手―――桐原とは反対側のゲートから出てきた人物の紹介に移る。
『そして、その対戦相手はなんと“Fランク”!ですが、侮ることなかれ!先日の模擬戦において<紅蓮の皇女>ステラ・ヴァーミリオンを破った騎士なのです!その実力は本物なのか!?それともただの<
先程の桐原の時とは異なり、観客席の殆どから“なぜこのような奴が”と言わんばかりの表情と、侮蔑とも取れる視線が向けられている。だが、その観客席にいる一人―――翔は正直呆れてものも言えないほどであった。
当然だろう……
「一輝、先に行って“待ってる”から、
「ホント、カケルが羨ましく思っちゃうわよ。」
「流石、というべきでしょう。」
「全くだ。」
これ以上今の一輝に言える言葉はないだろう……今の一輝に“囚われる”と言う概念はない。先日のステラとの模擬戦の時の様な“万全なコンディション”。あとは、その試合を見届けてあげるだけだと。
(ありがとう、翔。今の僕に、もう迷いはないよ。)
大勢の人間に見られながら戦うという経験はない……でも、今はそんな“些細な事”など気にもならなかった。先程の翔の言葉に一輝は心の中で礼を述べた。翔も、エリスも、そしてステラも勝ったのだ。今度は遅れないように自分も続く番なのだと。そうして相対する……その相手である桐原はまるで侮蔑とでも言わんばかりの表情を一輝に向けていた。
「……やれやれ、“同じ落ちこぼれ”から応援が飛んでくるとはね。というか、本当に出てくるとは思わなかったよ<
「与えられた
「ふぅん……ここに出て来たからには、またボロ雑巾にしていいんだよな?<
「そう出来るのなら、
「―――さぁ、狩りの時間だ『朧月』」
「―――来てくれ、『陰鉄』」
真剣な表情をしている一輝を面白くなさそうに見据えながら桐原は翡翠の弓を顕現させ、対する一輝は自らの霊装である黒鋼の太刀を顕現させた。互いに戦闘の準備が整う……そして、試合開始の
『
『陰鉄』を眼前に構える一輝に対し、余裕だと言わんばかりに戦闘の体勢を取らない桐原。既に試合は始まっているという状況での余裕……それだけ自身の
「おお、怖い怖い。とても元クラスメイトに向ける目じゃないねぇ。」
「これは『お遊び』じゃないからね……とだけは言っておくよ。」
「余裕のない人間は嫌われるぜ~?それじゃあ、
そんな桐原はまるでエアーピアノのような仕草を始める。それに反応するかのように桐原の周囲から生えてくる植物―――正確には、彼の伐刀絶技<
『でたぁーっ!!桐原選手の伐刀絶技<
『黒坊が広範囲攻撃の術を持っているならいとも簡単に攻略するだろうねぇ。ただ、そうでないとしたらちと苦戦するかもしれないってところかな。』
「ステルス能力をフルに使うための
「ああ。昨年の七星剣武祭においてもこれで一回戦を勝ち上がった。尤も、二回戦は棄権したけれど。」
「成程、だから“無敗”ではなく“無傷”ということだったんですか。」
この程度のフィールドならばステラの<
一方、<
(“小手調べ”のつもりかな)
お遊び、と言っても差し支えない威力の矢。そこから一輝が力強く踏み込み、一気に加速した瞬間……
「そこにいるね、桐原君?」
『!?』
桐原の眼前に迫る一輝。振るわれた『陰鉄』………桐原は咄嗟に近接戦用の魔力爆弾をばら撒き、強引に距離を取った。これには実況の月夜見も驚きを隠せない。
『おおーっと!!黒鉄選手のいた場所が突然爆発したかと思えば、次の瞬間には見えないはずの桐原選手を捉えたぁ!!一体、何が起こっているというのでしょう!?これが彼の伐刀絶技『一刀修羅』なのでしょうか!?……西京先生?どうかしました?』
『いやはや……今の黒坊のアレは、伐刀絶技じゃなくて
全身の力を余すところなく一点に収束させ、爆発的な移動速度を発揮する歩法。理屈は解っていてもそれを完全に習得するのは困難……しかも、それの完成形ともなると移動したことすら解らなくなる……西京はその名を呟いた。
『歩法<瞬動>―――ここにいる人間なら知ってるんじゃないかな?ヴァーミリオン姉妹が来るまでは、破軍学園において歴代最高成績・在籍三年間歴代最強を誇っていた<
その名を知らぬ者はいない。だが、彼女は卒業後魔導騎士として活動を始めた際、黒鉄本家の権力を使って記憶を抹消し、写真はあらかた破棄していたのだ。それは“力”に対して対抗策を打とうとする連中への対策の一環でもあった。魔導騎士の活動に関してもその殆どが裏方支援であるため、表向きはその姿を知られていない。なので、現在の彼女の姿を知るのは彼女と現在も付き合いのある人間に限定されるほど。一輝が絢菜の嫁ぎ先を知らないのもその辺りが関わっているためだ。
絢菜の本領は
彼女は自らの異能である“風”と実家に伝わる護国の剣術―――旭日一心流(きょくじついっしんりゅう)を組み合わせた<
その彼女が使用していたのが<
(でも、黒坊がアレを習得しているってことは、かけ坊もその可能性を秘めているってことなんだよねぇ……前の理事長はとんだ“愚か者”さね。)
西京は確信めいたものを感じていた……一輝と翔は紛れもなく『七星剣王』を目指せるだけの可能性を秘めているということに。
そして、内心で黒鉄本家の息がかかった前理事長は“愚か者”と評すべきだと率直に思った。黒鉄本家に対する面子を気にするが余りに、自らの功績を手放してしまったことに気が付かなかったのだから。