落第騎士の英雄譚~規格外の騎士(アストリアル)~【凍結】 作:那珂之川
大闘技場からそう遠くはない場所―――憩いの場所として設置された中庭のベンチに、初めての公式戦を終えた翔が座っていた。
第三試合を戦う友人の様子が気にならない訳ではなかったが、翔は相手である<
すると、そこに静かに近づく人物の姿。背後にいてもその存在を掴むことができる翔は口を開いた。
「―――それで、何故音を殺して忍び寄るんですかねぇ、エリス」
「む、そこは空気を読んでくださいよ。というか、死角なのによく気づきましたね」
「それを狙ってできるエリスも大概だけど……ま、いろいろ経験したから、と答えておくよ」
その辺は性分なのだと言いたげな表情を浮かべる翔に対し、面白くなさそうな表情を浮かべるエリスであったが……諦めたのか、エリスは翔の隣に腰かけた。どうやら第三試合になっても戻ってこない自分をそれとなく心配していたような節を感じ、翔は口を開く。
「ま、何にせよ気になって探しに来たんだろ?連絡の一つでも入れればよかったかな?」
「カケルのことですから、それほど離れていない場所で休憩していると思いました…なにはともあれ、初勝利おめでとうですカケル…それ以上に、あれほどの技巧が出来たことに不満なんですが」
「ありがとう。で、そこでそう言われてもねぇ……模擬戦の時は、別に手を抜いていたわけじゃないし」
それは紛れもない翔の本音であった。カウンター戦術自体は得意としているが、エリスには<
……周囲には、特に人の気配はない。翔はそれを確認した上で、一息吐き……改めてエリスの方を見た。彼女には、どうしても言わなければならないことがあるからだ。
「エリス、ありがとう」
「え、突然なんですか!?」
「正直、代表戦自体に戸惑っていたのも事実だった。一輝と『七星剣武祭で戦う』って約束はしたけど、俺が持つ異質の力で他の人間を良からぬことに巻き込むんじゃないかって危惧を抱いてた」
他の伐刀者からすれば魔力に依存しない異能と言う存在自体“チート”と呼ばれても仕方のないことだ。自分自身だけが被害を受けるのならばまだしも、周囲の大切な人まで巻き込むことを翔自身良しとしなかった。だから、正直今日の初戦に関しても模擬戦の様な戦い方をすべきか戸惑っていた……それを知ってか知らずか、目の前にいる少女は活を入れてくれた。それでようやく吹っ切れたのだ。だから、礼の言葉を言わずにはいられなかった。
「私は、ただ自分のご主人様にみっともない戦い方をしてほしくないと思っただけです。自分の主の調子を見抜けない様では下僕失格ですから」
「うん、まぁ、エリスならそう言うと思った。それでもお礼を言いたくなったんだ」
……いや、翔が一番言いたいのは彼女に対する礼ではない。彼が最も彼女に伝えたいと思った言葉―――今口にしておかないと、きっと伝える機会を逸してしまうであろう言葉を……翔は意を決して、彼女に伝える。
「いや、お礼とかじゃない……もっと大事な言葉を伝えたい………エリス、俺は君が好きだ」
この気持ちに嘘をつきたくはない―――そんな想いを込めた翔から放たれた言葉にエリスの顔から全ての感情が抜け落ちたかのように黙する。彼の今言った言葉を一言一句ゆっくりと熟読するかのように読み取り……そしてそれを解読しきったエリスの最初の反応は
「………ふえっ!?」
悲鳴のような声をあげ、顔がみるみる彼女の髪に近いような赤に染まっていく。この反応を見た翔は理事長室で見た
「え、えと、今なんて言いました!?そ、その、聞き間違いじゃなければ…」
「俺はエリスが好きだ。立場とか関係なく、一人の伐刀者として…一人の女の子として、エリス・ヴァーミリオンが好きだ」
「あ、あわわわ、その、立場を解って言ってますか!?」
「その辺りは勿論」
今まで積極的に彼女の方からスキンシップを取ってきておいてのこの落差に、翔は流石に苦笑を零すほどであった。無論、身分という立場自体承知はしている。それでも、自分を二度も励ましてくれたこの少女を愛おしく思った。自身の力に屈することなく、自分との約束の為にその力を磨き上げた凄い騎士のことを。
「まぁ、返事は求めないよ。ただ、この気持ちを伝えておかないと後悔すると思ったから、そうしただけだし」
ステラから聞いたことに関しても正直半信半疑な部分があるのは否定できない。自身の実家が“常識外れ”といっても、それが他の家にも当てはまるとは限らないからだ。確かにエリスとは約束を交わしている…翔の持っている指輪の意味も知ることとなった。もし仮にそれが必要になればエリスに返すつもりでいた。そんな翔の気持ちとは裏腹に、
「ずるいですよ。カケルばっかり……」
エリスはむすっとした表情で翔の方をジト目で睨んでいた。これには流石の翔も申し訳なさそうな表情を浮かべつつ尋ねた。
「エリス? ずるいって何が?」
「一方的に気持ちを伝えられる身にもなってほしいです……ちょっと、目を閉じてください」
「え? 何で?」
「いいですから、とっとと目を瞑ってください!!」
「あ、はい」
唐突に有無を言わせぬエリスの物言いに、翔は大人しく瞼を閉じる。流石に心配をかけたので一発位ビンタでも飛んでくるのだろう。しばしの沈黙が流れた後、
「んっ………」
翔自身の唇に触れる柔らかい感触。それはほんの数秒程度であったが、それがまるで一分間続いたような錯覚に囚われるほどの衝撃を感じるほどに。この感覚には流石の翔も少々混乱し……落ち着いて瞼を開けると、そこに映ったのはまるで茹蛸のように真っ赤な顔をして俯くエリスの姿がそこにいた。
「えと、エリス。今のってその……」
「私も曲りなりに皇女です。その、ですから今のは私がしたいと思ったからそうしたんです。誰彼かまわずこんなことなんてしません。カケルだから、です……」
「そっか。まさか、こんな形でファーストキスになるだなんて予想外だったけど」
「え、それは本当ですか?」
「それはマジ。こんなことに嘘は付けないよ」
まぁ、何度もあのブラコンの姉に唇を奪われそうになったことがあるのだが、その度に一番上の姉が抑止力として止めてくれていたので、ファーストキスの相手が自身の愛しいと思った相手になったことには正直にうれしいことではある。その言葉を聞いたエリスは嬉しそうな表情を浮かべつつ、
「よかった……カケルにファーストキスあげられて。あ、でも、私男の人とお付き合いしたことないんですけれど……」
「家の事情からしてそんなんじゃないかって思ってたから、問題はないよ。そもそも俺自身恋人なんていなかったし」
「そ、そうですか。ふふっ、何だか嬉しいです」
女性との関わりはあっても恋人なんて皆無。まぁ、その原因を作ったのが“自身の姉”だということに翔は頭を抱えたくなった。いい加減彼氏の一人でも作って両親を安心させてほしいと願うばかりである……歳自体は二つしか変わらないので、まだチャンスがあることに変わりないが。その一方で頬を緩ませているエリスの様子を見た翔は
「えっ!? カケル!?」
「ごめん。今のエリスがマジで可愛くて、抱きしめた」
「ふふ……もうちょっと強引でもよかったんですけど」
「そういう趣味ねーからな、俺は」
出来るだけ優しく包み込むようにエリスを抱き寄せた。少し驚くものの、もう少し強引にしてもよかったと言い放つ彼女に対してそれは流石に、と言いたげに翔は呟いた。彼女から感じる暖かい感覚。まるで優しい炎の塊にでも触れているかのような熱を感じる。そんな熱を感じつつ、翔は意を決する。
「一昨日約束したことだけれど、改めて約束しよう。エリス、七星の頂を巡る戦いで……俺は“全力を以て”君と戦いたい」
それはつまり、翔が自身に掛けた<
その言葉を聞いたエリスの真紅の瞳は見開かれるが、次第にその瞳に強い光を感じる。それは紛れもなく、闘志がこもった焔の光であると。そして、エリスもその答えを返す。
「勿論ですよ、カケル。今度は簡単に負けてあげませんから」
翔もエリスも同じ気持ちであった。誰よりも互いに尊敬し、誰よりも互いに愛おしいと思うからこそ、互いに高みを目指す。無論、頂を目指すのは彼等だけでなく、彼の親友も、彼女の双子の姉も、更なる高みを追い求めることになる。七星剣武祭……その舞台で相見えることを目指す誓い。
そうやって話し込んでいた時に、ふと翔が手帳を見やると、時間はそろそろ一輝の出る第四試合が始まる頃合いであった。今から戻れば第四試合には十分間に合うだろう。翔はエリスの方を向くと、
「さて、そろそろ一輝の試合があるから戻ることにするか。……下手するとステラが爆発しかねないし。
「イッキのコンディションからすれば問題ないかと思いますけど……そうですね、戻りますか。
翔の言葉に『流石にそれはないと思いたい』と思いつつ、二度も前科があるのでここは大人しく戻ることに賛成した。エリスとしてはもう少し恋人として二人きりになりたかった節も否定はしないが……そんなことを察しつつ、翔は呟く。
「どの道同じルームメイトなんだから、時間はあるでしょうに……手、繋ぐか?」
「………はいっ!」
何だかんだで女性と関わる機会の多かった翔は、そこら辺の機敏位は読める。自然と差し出された左手に、エリスは右手を繋ぐ。そのつなぎ方は俗に言う“恋人繋ぎ”であった。尚、弟のこういった所に機敏なシスコンの摩琴はというと……
『(くぅ~、弟から感じるラブコメの波動……おのれ、あの
『摩琴先生、仕事してください。葛城教頭から『塩のみおにぎり』の刑だと』
『うぐ、り、了解です』
絢菜からの『鞭』を受けつつ、仕事をする羽目となったのであった。
流石に人目もあるので、大闘技場では繋いでいた手を離して横に並んで歩く翔とエリス。流石に観客席の場所は翔も解らないのでエリスの先導という形でステラたちのいる場所に到着すると、先程試合を終えた斗真も既に合流していた。
「よお、随分と物思いに耽っていたみたいだな、翔さんよ?」
「腹パンで逝きたい?」
「スミマセンでした」
その物言いに翔は有無を言わせぬ勢いで言い放ち、斗真はすぐに謝罪する姿に周囲の人間は冷や汗を流した。
「まったく斗真君ってば…初戦おめでとう、お兄ちゃん!」
「おめでとう、翔。先日の事といい、結構強いのね」
「ホント、エリスに勝ったっていう事実は本当のようね。おめでと、カケル」
「おめでとうございます、翔さん」
「ああ、ありがとうな。」
明茜、有栖院、ステラ、珠雫から祝いの言葉をしっかり聞き、それに対してまとめて礼を述べた翔は斗真の左隣(翔から見て右隣)に空いていた席に座り、エリスは先程一輝が座っていた席―――丁度翔とステラの間の席に座る形となった。
「しっかし、観客の数は減らないな。まぁ、次の試合も注目のカードであることに変わりはないが」
試合開始時間はまだだが、既に第四試合の準備は整っていた。大闘技場の観客も減ることはない……そう、次の試合も注目カードであることに変わりないからだ。既にリング上部に設置されたモニターには第四試合で対戦カード―――<落第騎士>黒鉄一輝と<狩人>桐原静矢が表示されている。
「お兄様、大丈夫でしょうか……」
「ま、緊張は完全に解れていたから、問題はないと思う」
片や先日の模擬戦で<紅蓮の皇女>の二つ名を持っていたステラを破った実力者。片や昨年の首席入学者にして七星剣武祭代表にも選ばれた実績を持つ人物。まぁ、その二人の騎士らしさを計ると文字通り“雲泥の差になりかねない”が……緊張している一輝相手ならば桐原にも分はあるだろうが、相見える相手は既に万全のコンディション―――それこそ、他の人の試合を見るぐらいの余裕があるほどに。そんな中、翔は思い出したように呟いた……黒鉄一輝という存在を。
「ここで言うのもおかしな話かもしれない。正直言うけどな……俺も
「それ、どういう意味よ?」
「言葉通りだよ。俺はこれでも記憶力に自信があってな。世界中のあらゆる武術を学んで取り込んできたけど、一輝の剣術の根幹にはどうやら創作上の剣術すら取り込んでる可能性がある」
その可能性に気付いたのは、一輝との模擬戦の時。最初に手合わせした時には僅かな違和感程度であったが、回数を重ねるごとに翔は気付いた……一輝が使っている技巧の一部に、この世界の現実に存在する武術にはない技巧を一輝は再現して使用していたのだ。確かに異能を操る伐刀者ならばその可能性を持つ人間は少なからずいたであろう。だが、それをほぼ完全再現するのに困難を極めるのは当然の帰結……一輝はその常識を己の努力で打ち壊した可能性がある、と翔はそう言い放った。
引き出しの数、と言ったが……正確には引き出しの“質”と言った方が正しいのであろう。その一端がショッピングモールで見せた常人離れした動きに繋がっているのだと。その上で、翔は述べた。
「今の一輝はコンディションとしては万全。仮に桐原がどんな攻撃をしたとしても、奴が
元ルームメイトの言葉が正しいか否かを証明するかのように、いよいよ第四試合が始まろうとしていた。
展開を考えたらこうするしかなかったんだ!(ア○ラン風)
次回はホントのホントに一輝初公式戦の巻。