落第騎士の英雄譚~規格外の騎士(アストリアル)~【凍結】   作:那珂之川

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この話はやっておかないといけない気がしました。


#33 人ならざる存在の教え

選手入口に立っていた一輝。時間的には第三試合が始まっている頃であろう。翔の親友である斗真の試合……彼の異能も合わせて気にならない訳ではない。それはともかく、自分の試合に集中するべく、<実像形態>に伴う注意事項のパネル―――その承認ボタンを一切躊躇うことなく押す。すると、彼の背後から声が発せられた。

 

「ふふ、思い切りがいいね一輝君。」

「その声……絢菜さん!?」

「うん、久しぶりだね。」

 

その人物―――絢菜の登場に一輝は驚く。彼からすれば絢菜は叔母にあたる存在。一輝はその詳細を知らないが、愛する人と結ばれたいがために黒鉄との関わりを断ち切った存在でもあり……大半の黒鉄関係の人間が存在すら認めなかった一輝を認めた数少ない人物の一人であるだけに。

 

「昔と変わりないって正直凄いですよ……ひょっとして、絢菜さんもこの学園の教員に?」

「今年度からだね。始業式の時は所用があって出れなかったけれど。にしても、一輝君も立派に成長したね。」

「いえ、絢菜さんがくれたもののお蔭ですよ。そういえば、絢菜さんとの約束、果たせなくてすみません。」

「ん?約束なら()()()()()()()よ?」

「えっ……」

「っと、そろそろ試合監督に戻らないとね。一輝君、試合は見に行けないけれど頑張ってね。」

「あ、はい。ありがとうございます。」

 

一輝が最後に出会ったのは約9年前―――その時と遜色ない容姿を持っている絢菜に一輝は驚いたのもそうだが、絢菜が放った言葉には一輝も流石に呆けた声が出たほどであった。試合監督だと言ってその場を離れていく絢菜……一輝はそこで我に返り、自分の試合の為に控室へと向かった。

 

必要最低限ともいえる殺風景な控室。だが、それは逆に今の一輝からすれば自身の緊張を確かめられる都合の良い場所。ここに来るまでに失ってきた色々なもの……だが、それと引き換えに様々なものを得てきた。

 

「……本当に、“彼”には感謝しきれないな。」

 

そう呟く一輝は瞼を閉じ、昔の事を思い出す。

 

 

親族からはおろか、家族の殆どの人間から“いない存在”として扱われてきた一輝。自身を認めてくれた叔母の絢菜が黒鉄本家を去り、自分に諦めるな、と言ってくれた曽祖父―――龍馬が亡くなった直後位の時、一輝の部屋に真新しい手紙が扉の下から差し出された。

 

「これは……」

 

おそらく持ってきたのは、自分の妹であろうが……その手紙の差出人は一輝に生きる道を指し示してくれた人物の名であった。

 

“黒鉄 龍馬”

 

一輝はその封を開け、中に入っていた便箋に目を通す。そして、それを読み終えると一輝は絢菜から渡された物を懐に隠し、誰にも見つからない様に館を出てその便せんに書かれた場所を目指す。元々いない存在として扱われてきたが故に、その存在に気づこうとする者はいない。強いて言うならば一輝の妹ぐらいであろう。そうして館を出て歩くこと15分……深い森の中を抜けた先、開けた場所に出る。

 

「これは……家?」

 

そこにあるのは一軒家……屋根はしっかりとした瓦でできており、いかにも百数十年経過はしているだろうが、まるで先程新築したかのような状態というのには、流石の一輝も驚きを隠せない。だが、更に一輝を驚かせたのは彼に投げかけられる声であった。

 

『ほう、このような所に来客とは珍しいな。“黒鉄一輝”?』

「え……声?一体……」

『お前からすれば屋根の上にいる存在だ。』

「えっ………」

 

一輝は自分の目を疑った。何せ、その声を発した存在は()()()()()()()()のだから。その家の屋根に立っているのは…いや、とまっているのは“隼”だったのだから。人間以外の動物が人間の言葉を喋る……噂程度に一輝は知っていたが、こうして目の当たりにすると流石に驚くのも無理はない……その辺も隼は察して言葉を続ける。

 

『人間とて超常能力―――“異能”を持っている。それが他の動物に起きないとも限らない……俺がその例という訳だ。で、何故君の名を知っていたのかということだが、“マスター”に頼まれたんでな。お前も“マスター”から手紙を受け取ったのだろう?』

「“マスター”……龍馬さんってこと?」

『ああ。異端であり、行く当てのなかった俺を拾ってくれた命の恩人だ。……そうだ、俺の事は“ジョニー”とでも呼んでくれ。“マスター”は俺の事をそう呼んでいたからな。』

 

その隼―――ジョニーは説明を続けた。龍馬は死の間際、ジョニーと珠雫に頼みごとをしたのだ。珠雫には自身の書いた手紙を誰にも悟られることなく一輝に届けること。そして、ジョニーに対しては……

 

『中学に行くぐらいまで――大体6年ぐらいか。それまでは俺が鍛えてやろう。尤も、人間ではない以上出来ることは限られるから、お前自身の鍛錬に関しては見ることしかできないが。』

「………」

 

一輝は正直驚きであった。だが、自分の曽祖父とて何の考えもなしに“彼”に託したわけではない。漠然と修行するよりも遥かに効率は良くなる。どの道小学卒業までは実家から出ることも許されない……強くなるためならば、ここで躊躇ってはいけない。同年代の黒鉄関係の人間よりも劣っているのは、一輝自身もう散々解りきったことなのだから。

 

「お願いします、ジョニーさん。僕を強くしてください!!」

『ほう、思い切りがいいな。自分で言うのもなんだが、俺は得体の知れない相手なのだぞ?』

「龍馬さんは何の考えもなしに貴方に僕の事を託したりはしない。僕に『自分を諦めるな』と言ってくれた……なら、僕は立ち止まってなんていられませんから。」

 

ジョニーは一輝の瞳に強い意志が宿っていることを確信した。それは紛れもなく、自身のマスターの瞳と同じ……そして、彼の愛弟子に宿っていた意志と同じものを感じ取った。そこに偽りなどない……ジョニーはその眼を一輝に向けた。

 

『いいだろう。ただ、鍛練は生半可じゃないということは覚悟の上だぞ?』

「はい、解っています。」

 

その日から、ジョニーが見守る中で一輝は鍛練を始めた。当然ながらジョニーは隼なので、剣術を教えることなどできない。だから一輝は自身でその剣術を磨かねばいけない。

 

その過程で、一輝は家の中にあった本―――いや、漫画を見つけた。恐らく龍馬の私物なのだろう。今まで俗世に触れることもなかった一輝にとっては新鮮そのものであった。その中には太刀、すなわち自身の霊装『陰鉄』と同じ種類の武器を用いて戦っている漫画の登場人物もいる。そのいずれもが“普通”という常識をかなぐり捨てた末に得た強さを発揮する場面(シーン)は一輝の脳裏に色濃く焼き付いた。

 

常識的に考えれば再現することは不可能だろう。だが、一輝自身も能力自体は他の人よりも劣っているがれっきとした“伐刀者”―――“異能”を操る人間だ。創作上の剣技―――それを再現できない道理なんてない。龍馬(かれ)は『諦めない気持ちがあれば何でもできる』と言ったのだから、これも“できる”のだと。

 

剣を速く振るうためには、その動作のロスを限りなく無くすこと。とはいえ、それは一朝一夕には完成しえぬことも解りきっている。その境地に一日でも辿り着くためには、一輝自身の持てる力の全てを研ぎ澄ませなければならない。人よりも一歩先で足りぬのならば、十歩も百歩も先を往く。劣るのならば力をかき集めろ。“塵も積もれば山と成る”の言葉を体現するかのように、“最弱”が“最強”に勝てない道理を打ち壊すために。自らの脳裏に焼き付けた“創作上の剣士”が至った境地を自らの剣で再現するために。

 

その一方でジョニーからは動体視力と幅広い視野を持つことを重視した鍛練が一輝に課された。相手を打ち負かすには相手を瞬時に“把握する”能力は必要不可欠。とりわけ一輝の様な人間にそれを習得させても損はしない、という龍馬の思いがあったのだろう。その鍛練法というのは……

 

『ほう、良く躱したな。少し休むか?』

「いえ、続きをお願いします!!」

 

ジョニーの持つ異能の力は“風”―――それによって形成された様々な風の魔術……それは針の形をしたり、球体であったり、時には綺麗な正方形であったり、形が全て一定ではない物体を把握し、躱し続ける。とりわけジョニーの力はいわば目に見えない―――実体の無いものを躱すということ自体無謀とも思えるが、これは単に動体視力ではなく“観る”という力を身に付けさせるというものだ。視覚のみの“見る”ではなく、味覚以外の視覚・触覚・嗅覚・聴覚に加え、達人級の人間が持つとされる“第六感”を習得させるための訓練。それを極限まで研ぎ澄ませれば、相手がこれから攻撃する軌道すら読む“行動掌握(パーフェクトロード)”……無論、それのみではなく一輝はあらゆる技術を習得していった。

 

 

その他にも、ジョニーとの鍛錬を重ねた一輝……そして月日が経ち、一輝が実家と決別する日。中学進学と共にこの実家を去る日であった。

 

 

一輝はその家の傍に作られた小さな墓にかき集めてきた花の束を添え、手を合わせた。そう、ジョニーはもうこの世にいない存在となってしまった。

 

「本当に、唐突なお別れだよ。」

 

旅立ちの一ヶ月前、力を失くしたように床に落ちていたジョニー。人間と鳥類では生きる時間が違いすぎる……普通の隼よりも長生きはしていたが、それでも寿命という定めには勝てなかった。その最期の言葉は、はっきりと覚えていた。

 

『自分を……諦めるなよ……』

 

その言葉は彼の“マスター”と同じ言葉……二度目となった言葉に一輝は決意を新たにした。自らのランクからすればこれから目指す道は険しいだろう。“できるわけがない”と諦めるよう言ってくる人間もいるのは想像に難くないことであった。それでも、彼は目指す。魔導騎士という道を。そのためには、何が必要なのかを……普段はあまり見せたことのない笑顔で、墓に語りかけた。

 

「いってきます、ジョニーさんに龍馬さん。」

 

 

『―――黒鉄一輝君、桐原静矢君。時間になりましたので、入場してください。』

「―――さて、行こうか。」

 

入場を促すアナウンスに、一輝は現実に引き戻された。時間を見ると時計は既に13時半を指していた。まさか物思いに耽っていたらあっという間だったことに苦笑を零す。

 

自分を見守ってくれた存在がいた。悪い噂にも屈せずに自分をフォローしてくれた親友(ライバル)が自分を支えてくれた。そして、

 

『うじうじ悩んでるだなんて、アタシの大好きなイッキらしくない!あんな奴、真正面からぶっ飛ばしなさい!!アタシにとって、アンタはカッコいい騎士のままでいてほしいのよ!!』

 

今のルームメイト―――自分の緊張を察してくれたのか、ありのままの思いを素直にぶつけてくれた紅蓮の髪と瞳を持つ強い騎士―――少女(ステラ)の存在。ここまでしてくれて、更に“無傷で勝て”と言われた本人がそれを成し遂げたのだから、それに応えない方が男として恥という他ない。

 

一輝は意を決した。相手の能力がどれほど昨年よりも進化していようが“関係ない”。今の自分に出来ることを最大限発揮する……今までも、そしてこれからもそうやっていくと決めたのだから。扉を開けた一輝が目にしたのは、前の試合から戻ってきたであろう友人―――斗真の姿であった。

 

「あれ、斗真。ここにいるってことは……」

「まぁ、勝ったさ。正直手を抜いても良かったんだが、そうなるとあの姉にまたどやされるからな……」

 

勝つということは面倒事……そう言いたげな斗真を見やりつつ、一輝は苦笑を零した。学内序列第二位“紅の淑女(シャルラッハフラウ)”相手に勝利を収めるのは並大抵ではない……見たところ衣服の破れや切り傷はあるが、致命傷を回避せしめたことに彼の実力を窺わせる。

 

「それでも正直凄いことだよ。」

「ま、能力の相性自体も良かったからな……一輝、相手が見えなくなるからって、別に相手が()()()()()()()姿()()()()()()()()()()からな?」

「……ありがとう、斗真。頑張ってくる。」

「おう。」

 

斗真の言葉に一輝はしっかりとした口調で答えを返し、自らの決戦の舞台へと歩いていく。その背中を見た斗真はポツリとこう呟いた。

 

「はぁ……やっぱ(アイツ)とどことなく似てるわけだ。こりゃ、無傷で勝つとかいうレベルになるのかねぇ……」

 

その後、自身の言葉が奇しくも現実となってしまう結果に苦笑を滲ませることに………

 




てなわけで、色々フラグ追加です。
まぁ、常識外れな部分も否めませんが、伐刀者ということで全て解決してくれるでしょう(マテ

次回、いよいよ<落第騎士>あらため<?????>の初公式戦。

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