落第騎士の英雄譚~規格外の騎士(アストリアル)~【凍結】   作:那珂之川

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#31 いつも通りに

さて、その頃彼女らの知り合い―――翔、一輝、斗真の三人は何をしていたのかというと……

 

「じゃあ2.1秒インターバルいくぞ。用意……ドンっ!!」

「ふっ……!」

「はあっ……!!」

 

丁度暇が重なったので、翔が斗真に声を掛ける形で誘い、選抜戦中のおかげで殆ど人のいない陸上訓練場……そこでトレーニングをすることとなった。

 

傍から見れば単なる20mシャトルランにみえるが、実はそうではない。実際のシャトルランは最速想定でも3.7秒、折り返しタイムロスを勘案しても2.7秒程度で20mを走らなければならない。だが、そこから彼等は0.1秒刻みで()()()()()()()()方式で走り続けているのだ。これを何と20分持続の3分の休憩を挟む形で行い、体に負荷をかけている。とはいえ、選抜戦の事もあるので今日に関しては“軽く流す”程度なのだが。

 

「ふぅ、いい汗かいたよ。」

「その様子だと、緊張は完全にねぇみたいだな。かく言う翔もだが。」

「やっぱバレてたか。ま、ルームメイトから良い活を貰ったからな。踏ん切りは付いた。」

 

三人とも明日がいよいよ選抜戦初戦。しかも、三人の相手が昨年の七星剣武祭代表ということもあってか、学園内では最大規模の武闘場『大闘技場』での試合。翔は第二試合、斗真が第三試合、そして一輝が第四試合という続けざまのスケジュールとなる。斗真は翔と一輝が緊張しているのを一目で見抜いていたが、昨日とは打って変ってその様子が完全になくなったことに一安心であった。かく言う斗真も三年ぶりの公式戦なのだが、特に緊張した面持ちは感じられない。というのも、それは彼の身内に大きく関係している。

 

「でも、滝沢君は緊張してない様に見えるんだけど?」

「斗真でいいよ、黒鉄。ま、俺の身内に中学生(シニア)の世界王者までのし上がった奴がいるからな。そいつの鍛錬に無理矢理付き合わされてたから、大抵の事はもう慣れたのさ」

「成程ね。あと、僕の事は一輝でいいよ」

 

彼の双子の姉である優紀の鍛錬に付き合わされたこと……その“お蔭”か“せい”なのか、特に緊張するだけ無駄だと斗真は解り切っていたからだ。適度な緊張ならばともかく、極度な緊張は自らの行動のみならず思考までも極端に狭めてしまう。そうなれば己の力を十全に発揮すること自体難しくなってしまう。理解はしていてもそれを実際に行動に反映させるのはそう簡単なことではない。

 

「あっさり納得……ああ、そうか。お前の身内に戦闘狂(バーサーカー)がいるからか」

「戦闘狂って……まぁ、強さを追い求めるという点では間違ってはないけどね。僕としては王馬兄さんに勝ったらしい翔が凄いと思うけれど。」

「加々美辺りから聞いたのかな、それ……俺としては、勝ったとは言い難い結果だけれど」

 

斗真と一輝の言葉に溜息を吐きつつ、翔はそう答えた。翔と王馬は実際に手合わせしたことがある………二度ほど。そのいずれも形式上翔は勝利を収めたが、一度目は翔自身でいう所の『まぐれ』、二度目は王馬の“謎の不調”と言う塩梅だ。あれから四年という月日がたった今、黒鉄王馬という人間の強さは想像もつかないが……その時翔が得た感覚からすれば、彼は“とんでもない埒外”になっている可能性があると。

 

とはいえ、翔自身もまた四年という月日で得たものは多い。規格外の異能のみならず、世界を旅した際に身に着けた技術……その全てを七星剣武祭でぶつけられるかどうかは正直疑問ではあるが。

 

「そういや、桐原とか言う奴の能力―――<狩人の森(エリア・インビジブル)>だっけか。対処法のある俺や翔ならばともかく、聞いた話だと広範囲攻撃の術を持たないんだろ?」

「はは、まあね。確かに相手の姿が見えないのはそれだけでも脅威だ。加えて、昨年から磨き上げている可能性もあるけれど、僕が一番想定している可能性の範囲内なら、十分勝機はあると思う。」

「だから、昨年の奴の動画を“敢えて見なかった”んだよな、一輝は?」

 

普段なら必要な相手の情報をその場に応じて取得する一輝であるが、そもそもの話……一輝はそういったことを()()()()()()()()()のだ。

 

相対する伐刀者の能力など解らないのが基本……魔導騎士ともなれば、それが日常茶飯事ともなりうる可能性が高い。ともなれば、戦いの中で相手の能力を把握しなければならないが、これもまた至難の業だ。相手の戦術やクセ、武器や異能の性質までも全て見切るのはそれだけでもかなりの労力を割く形となる。

 

だが、この黒鉄一輝という人間にはそれが可能である。その一端が相手の剣術の理を掴み、上位互換の剣術を編み出す<模倣剣技(ブレイドスティール)>なのだから。誰にも何も教わらなかったが故に、“観る”という能力を徹底的に磨き上げてきた。それに付随する形で、彼は<サムライ・リョーマ>の愛弟子から自らの肉体を鍛え上げる鍛練法を伝授してもらい、自らに課した。その力を発揮した一端は先日のショッピングモールで見せた動き。あの時一輝は<一刀修羅>すら使用していないのにもかかわらず、さながら映画の超人的動きを見ているかのような体捌きを発揮した。

 

「動画を見てしまうと、()()()()()()()だと思ってしまう可能性があったからね。正直翔のように刷り込みの割り切りなんて簡単に出来ないから」

「コイツがチートなだけだよ」

斗真(おまえ)が言うな」

 

少なくとも一輝だけの心配をしていていいのか、という疑問はあるのだが……斗真に関しては特に心配していない。翔についても緊張がほぐれたのでとりわけ問題はない。後は明日に備えて十全に体調を整えるだけ。すると互いの生徒手帳の着信が鳴り、その内容はそれぞれのルームメイトが勝ったという報告であった。

 

翌日のまだ夜も明けない時間……学生寮のベランダで翔は体を動かしていた。普通ならば今日の選抜戦の為に緊張をほぐす、と他の人が見ても不思議ではない。

 

だが、彼がやっていることは他の人からすればあまりにも“異常”とも言える様相……されど、剣の達人が見ればそれがどういった意味を持つのかを瞬時に理解できる。何故ならば、彼が手にしているものは固有霊装ではなく、自身の使うものと寸分たがわないほどの長さで刃引きをしてある日本刀。更にはその金属は比重の高い鉛ほぼ100%の代物だ。されど、彼はそれを片手で難なく振るう。

 

「久々に持ってみたが、やっぱり“軽くなった”な」

 

そう呟く翔だが、今持っている代物自体が摩耗などによりすり減ったわけではなく、単純に翔の身体能力自体が昔より向上していることの証であった。今までにしてきた経験もさることながら、この学園に入っての一年間は彼自身にとって十二分とも言える経験を積むことが出来た。その引き換えという形で<道化の騎士>という二つ名まで付いたのであるが。

 

『黒鉄のルームメイトを辞めろ。これは……ひっ!?』

『そんなに文句があるのなら、俺を負かしてみてくださいよ。何でしたら、この学園にいる()()()()()()でも構いませんよ?ただし、俺が勝った場合はこれ以上干渉しないでください。……俺を追放する前に貴方方が社会的に抹殺されることになりますよ』

 

実際のところ、今の理事長や教頭でもある自分の母親:絢菜には知られていて、それ以外―――例えば、一輝やエリスには話していないこともある。前理事長から直々にルームメイトの件を“脅迫”されたこともあった。だが、翔は昨年度いた人間も含めて、この学園に在籍する教員全員に()()()()()()()()。無論、それは自分の担任である折木にも、だ。そこまでしてルームメイトを続けていた理由は、黒鉄一輝という人間を翔は認めていたから。そして同時に好敵手としても彼を目標としている。

 

「何も知らない人間が知ったような口を利くだなんて、本当に馬鹿げてると思うわ……人のことは言えないけれど」

 

才能のある者が才能の無い者を尊敬する―――ランク社会である魔導騎士からすれば“馬鹿げた話”なのかもしれない。だが、人並外れた努力の果てに常識を打ち破っている人間を尊敬できない方が人として正直情けない……少なくとも、翔はそう思っている。そして、一輝とある約束をしている……それは奇しくもエリスと交わした約束とほぼ同じようなものなのだが。

 

気付くと東から昇ってくる太陽。山吹色の光が翔の立っているベランダを次第に明るくしていく。翔にとっての七星の頂―――<七星剣王>を目指すための第一歩が、本当の意味で始まるのだから。

 

 

授業が午前中で終わり、流石に午後入ってすぐの試合ともなるので一輝はカフェテリアで提供されているゼリー食で済ませたのだが、翔と斗真は別であった。

 

「二人とも、こんな時にゲン担ぎ?カツ丼にカツカレーって、流石に重いような……」

「変に気遣うよりも、しっかり食べないといざという時に動けなくなるからな。俺も斗真も。」

 

翔はカツカレー、斗真はカツ丼であった。ゲン担ぎということは否定しないが、こういう時に普段口にしないものを食べるとロクでもない結果を生むことがある……それに、試合のためのエネルギーは確保しておいて損はない。幸いにも翔と斗真の代謝は早い方ということもあるのだが。

 

「あ~、それは解る気がするわね。」

「そう言っている貴女はマウンテン盛りカレーですか。豚にでもなる気なんですか?」

「あらぁ?何か言ったかしらシズク?」

「お姉ちゃん、こんな時ぐらい落ち着いて食べましょうよ」

(そう言っているエリスちゃんもステラちゃんと同じもの食べてるのが凄いよ…)

 

ステラとエリスが食べているのは普通の4倍ほどの量である『マウンテン盛りカレー』。その量を前に多くの生徒が轟沈してきた難攻不落の山を二人はあっさりと食べつくして見せた。以後、週に一回は頼むほどのメニューとなってしまい、その光景から<計測不能(キャピタルオーバー)>というカフェテリア限定の二つ名が付いてしまった。尚、会話していても持っているスプーンの動きは止まることなく彼女らの胃袋の中に放り込まれるがごとく食べていく……さながら蒸気機関車の機関(エンジン)に石炭を次々と放り込むかのように。

 

ともあれ、昼食を済ませた頃には時刻は13時前を指していた。第一試合はそろそろ開始の時間であり、第二試合である翔は試合開始時間十分前までに控室にいなければならない。待機の時間上、斗真は翔の試合を見ることができないことに不満げであったが。

 

「僕は試合の関係で斗真の試合を見ることはできないけど……翔、観客席で見せてもらうよ」

「その様子だと大丈夫だな。ま、恥となるような戦いはしないさ。お前にも見せておきたいものがあるからな。詳しくは実際の試合にて、だけど」

「そう言えている状態のお前が一番手強いと思うわ……ま、頑張って来いよ」

 

自分の戦いだけでなく、元ルームメイトの試合を観戦できるぐらいの余裕が今の一輝にある。それを感じた翔はしっかりとした口調でそれに応えるだけの戦いはすると言い放った。その言い方をしたときは彼の覚悟が決まった時であり、その時の翔の強さを知っている斗真は冷や汗を流す。

 

「アタシも観客席で応援するわ。エリスを破った実力、見せてもらうわよ」

「カケル、頑張ってください」

「お兄ちゃん、頑張って!」

「あたしも観客席で応援するわ。無論珠雫もね」

 

そして翔に投げかけられるステラ、エリス、明茜、有栖院の言葉に翔は力強く頷く。そして、踵を返して大闘技場の選手入口に入っていく。そこで有栖院は何も言わなかった珠雫に視線を向ける。その表情を汲み取るかのように、有栖院は呟いた。

 

「……全知全能、というわけにはいかないわよ珠雫。貴女だって伐刀者である前に一人の人間なのだから」

「うん、それは解ってるのアリス。あそこまでお兄様を理解している人だからこそ、お兄様がどうすれば力を発揮できるかを知っている。それこそ、私よりも……」

「仕方ないと思うわ。翔は一年間ルームメイトという誰よりも近い場所で彼を見続けてきた。そして、多分彼は一輝に“近い”からこそ、彼の心の叫びを察することも出来ていた」

 

有栖院は言うまでもないことだが、珠雫とて葛城翔という人間の全てを知っているわけではない。事実を知ったとしても、その事実に対しての当事者の考えや思いは珠雫の予想した通りになることなど『ない』ことだってある。

 

黒鉄本家ではあまり笑顔を見せたことのない自分の兄……だが、この学園では感情表現豊かな人間らしい兄の姿に安心しつつも、珠雫は何処かしら寂しさを覚えていたのも確かであった。居場所を既に持っている彼に対してお節介なのではないかと……そんな気持ちも読み取ったかのように、有栖院は述べた。

 

「でもね、妹を邪険にする兄はいないと思うわ。だって、貴方のお兄さんは優しいから」

「アリスは本当に鋭いと思う」

「ふふっ、これも乙女のなせる業、と言っておこうかしら」

 

二人にしか聞こえないぐらいの声量で話された会話……そんな会話を交わした後、先に向かったステラたちの後を追う様な形で大闘技場の観客席へと向かうのであった。

 




次回、主人公の選抜戦初戦です。

なお、対戦相手に関してはオリ設定も少し含みます。
性格というか戦い方が個人的に嫌いではないのでww

ただし<狩人>、テメーはジャン拳だ(ぇ

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