落第騎士の英雄譚~規格外の騎士(アストリアル)~【凍結】 作:那珂之川
#30 選抜戦開始
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「―――飛沫け、『
選抜戦初日―――第十五訓練場では、今年の
『さぁ、選抜戦初日の注目カード!新入生にしてBランク、更にはあの『サムライ』と呼ばれた英雄―――黒鉄龍馬の血を引く少女、<
(まぁ、解ってはいましたが……正直、お兄様や翔さんなら
『放送部』のアナウンスに、新入生ナンバー3のその実力を偵察に来ている生徒たちから歓声が上がる。とはいえ、そう宣伝される珠雫の内心は穏やかではなかった。先日のショッピングモールでの翔と一輝の実力の一端―――『サムライ』の名に恥じないとするならば、むしろ彼らを褒めるべきなのだろう。だが、彼等は公式戦に出ていないが故にその実力は知られていない。それも自分の実家が関わっているということには正直恥ずかしいというか……複雑な心境だが、今は目の前の相手に集中する……珠雫の視線は相対する対戦相手に向けられる。
『その対戦相手は―――昨年冬に行われた貪狼学園(どんろうがくえん)との交流戦で、貪狼の七星剣武祭代表である安土山道行(あづちやま みちゆき)選手相手に勝利を収め、今年の七星剣武祭出場が期待されているCランク騎士、菅茂信(すが しげのぶ)選手です!実戦経験豊富な上級生が新入生に洗礼を与えるのか!あるいは、今年の
その相手も双剣の固有霊装を展開し、互いに試合を行う準備が整ったことを意味する。その静寂を破る様に、告げられる試合開始の
――――『
『おおっと、先に仕掛けたのは菅選手!』
その試合開始と同時に菅は自らの固有霊装に雷を纏わせる。それは彼が最も得意とする伐刀絶技であると同時に、彼は珠雫の異能属性が『水』であるという所を突き、一気に仕掛ける作戦に打って出た。
「悪いな、
彼が放つのは雷を斬撃として飛ばす<白雷刃>。普通に考えれば、属性の優劣によって一気に勝負を決める……確かにそれは最善の一手なのかもしれない。相手が
「―――『障破水蓮』!」
『おおっと!?珠雫選手も水流の防御壁を展開……なんと!?信じられません、菅選手の技を簡単にシャットアウトしたー!?』
「なっ!?『雷』が『水』を通さないだと!?そんなことはあり得ない!!」
確かに、菅の言っていることも一理はある。だが彼の言っているそれは『不純物を含んだ水』という前提が付くという条件を含むことが必要となる。その辺も含めて試合監督をしている人物―――<千鳥>葛城摩琴が説明をする。
『菅君の言うことも解る気はするよ。確かに雷は水を通す
『葛城先生、そんなことがあり得るんですか!?』
『ここにいる生徒はみんな義務教育を受けているから解ると思うけど、理科の実験である『水の電気分解』―――あれは水単体だと『電気を通さない』から、その導電触媒として塩化ナトリウム………食塩を用いることがある。』
例えば、海の中で距離の離れた電気クラゲに感電するのは水の中に不純物という導電触媒があるため。菅が『雷』の異能でそれを期待した上で珠雫に速攻をかけた。だが、その選択こそが彼にとっての“致命的なミス”であった。珠雫はその不純物を完全に取り除いた『超純水』の障壁を展開した。不純物という導電触媒の無い水はいわば『天然の絶縁体』―――つまり導電率ほぼゼロということだ。
結論から言えば、相手の評価を見誤った菅……それに対して、しっかりと属性対策を練っていた珠雫。この勝負に関してはもう決まったようなものであった。
『でも、他の選手は何故それをやらないんでしょうか?』
『やらない、じゃなくて“出来ない”んだよ。何せ、その不純物を取り除くためには緻密な魔力制御が一番大事。それこそ、珠雫ちゃんレベルの精度がないと出来ない芸当に等しいの。普通の伐刀者がそれをやったら魔力の過剰消費でオーバーヒートしかねないからね。』
不純物を取り除く行為そのものがイオンレベルの話となり、かなり精密な魔力制御が必要となる。ただでさえ労力のかかる行為を平然と実行できている珠雫の才能と努力は、紛れもなくヴァーミリオン姉妹に次ぐ才覚の持ち主だということだ。雷による属性の優劣は珠雫に対して無意味―――それを知った菅はすかさず距離を取ろうとするが、彼が一瞬動揺した段階で彼女は次の手を打っていた。それは、彼女の術によって完全に凍り付いた彼の足元。身動きの取れない菅に対し、
「―――『水牢弾』」
生成された直径三十センチほどの水の砲弾は菅の頭部をすっぽり覆った。これをなんとかしたくとも水という液体を掴むのは困難。しかも足元が凍らされたために身動きもとれず……肺の中の空気を使い切った菅が気絶したことを確認すると、珠雫はその状態と霊装を解除した。
『―――菅茂信、戦闘不能。勝者、黒鉄珠雫。』
『な、なんと!黒鉄選手、圧倒的技術の差で今年の代表候補の一角を無傷で退けました!!』
「…準備運動にもなりはしませんでしたが。」
この結果は当然だとしても、物足りなさを感じてぼやく珠雫……ふと訓練場の電光掲示板の時計を見やった。そう、今日は彼女の知っている人の何人かがこの初日で初戦を繰り広げている。そのうちの一人の試合―――第六訓練場は多くの観客で賑わいを見せていた。その数はざっと珠雫のいた第十五訓練場の四倍。
それも当然と言えば当然。彼等のお目当ては十年に一人とも言える逸材―――今年度次席入学者のAランク伐刀者、首席入学者である双子の姉―――<紅蓮の皇女>ステラ・ヴァーミリオン共々既に二つ名を持つ少女、<微笑の皇女>改め<
「いけー、光井!! お前ならやれるぞー!!」
「そいつはEランクに負けてるんだ! お前なら楽勝だろ!!」
『<
観客席からの応援に司会の期待。エリスの相手―――昨年度首席入学の<狩人>桐原静矢に引けを取らない優秀な成績、今年度の剣武祭代表入りの有力候補とも言われている<
「どうした、光井!」
「ビビる相手でじゃねえ、一気に決めちまえー!!」
―――いや、
(……な、何だよ、これは。こんなのに<
光井は昨年度、翔や一輝、桐原と同じクラスメイトであった。そして、この間の模擬戦の観客としてあの場にいた。エリス・ヴァーミリオンに関してはあの技を使わせる前に決着を付ければ勝ち目はあると……楽観的に思っていた。だが、そんな思考など
彼女の周囲に舞っている炎の羽根―――<
「どうやら、観客の方々と違って貴方は理解しているようですね。下手に突っ込んで火傷じゃ済まないのをお望みならば、遠慮なくかかってきていいのですよ?」
真剣な表情を浮かべているエリスの言葉には一切の誇張などない。この選抜戦は<実像形態>を用いて行われている。なので、<幻想形態>のように単純に体力を削られるだけでは済まないダメージを負うことは必至。下手すれば命に直結しうるような事態にもなる……無論、エリス自身
「……参りました。」
『―――光井充宏、ギブアップ。勝者、エリス・ヴァーミリオン。』
『おおっと、光井選手ここでまさかのギブアップ! <緋凰の皇女>エリス・ヴァーミリオン選手、なんと剣を交えずに初戦を白星で飾りましたー!!』
それは
『そして、たった今情報が入りまして、第六訓練場にてステラ・ヴァーミリオン選手、第九訓練場にて葛城明茜選手、第十五訓練場にて黒鉄珠雫選手が勝利したという情報が入りました! そのいずれもが序列高位相手に圧勝! 今年の新人は違う! もしかしたら七星の頂に届くのかもしれません!!』
(―――まぁ、アカネとシズクはともかくとして、お姉ちゃんは相手を挑発したのかもしれませんね……)
とはいえ、自身もそれに似たようなことで勝利を収めただけに……というか、
広大な敷地を持つ破軍学園のみならず、騎士学校には魔導騎士を鍛える施設も十二分に備えている。さながらプロアスリート育成ばりの充実ぶり……まぁ、伐刀者自体全人類平均で言えば1000人に一人―――“0.1%”と言う有り様に加え、国家にとっては財産とも言うべき伐刀者の存在はまさに文字通りの『稀少』。そのための福利厚生施設を騎士学校は備えている。その一角にあるトレーニングジム……シャワー室隣の更衣室には同じように試合を終えた珠雫と明茜、そして有栖院もいた。もうこれに関してはツッコミ入れる方が無駄な労力であるだろう……そして、先程まで体を動かしていたステラがシャワーを浴びている。
「アリスも勝ったんですね」
「ええ、相性のいい相手だったお蔭ね。にしても、貴女も貴女の姉も流石はAランク騎士と言った所かしら」
「あれで評価されてしまうと流石に困ってしまいますよ」
「正直相手が不甲斐ないと言うべきです。エリスさんの言う通り、あれで勝っても自慢とは言いがたいですよ……お兄様や翔さんを見習うべきかと。」
「それはちょっと酷じゃないかな、珠雫ちゃん」
珠雫の言うことも解らなくはないが、翔や一輝のように“覚悟を決める”というのはそう簡単なことではない。まるで才能だけで勝ってしまったかのようなニュアンスのアリスの言葉にエリスは苦笑を零し、明茜は珠雫の容赦ない言葉に対して冷や汗をかきつつも述べた。すると、そこにシャワーを浴び終わり、バスタオルで前を隠すようにステラが姿を見せた。
「ま、今回ばかりはシズクの言う通りよ。アンタ達も勝ったんだって?」
「ええ、お陰様でね」
「とりわけ苦戦するというほどではなかったですね」
アリスは珠雫の試合の次の試合に登場し、開始十秒という早さで決着させた。ともあれ、ここにいる五人は無事勝利を収めることが出来た。すると、突如開かれる扉―――そして飛び込むように入ってきたのは、カメラ片手に興味津々と言わんばかり……眼鏡をかけたピーチブロンドの女子生徒。その来訪者というか扉が急に開いたことに驚いたステラは思わず持っていたバスタオルを落としたため、その場に座り込むような形で大事な箇所を辛うじて隠す。
「凄かったですよー!!」
「キャッ!? カ、カガミ、吃驚させないでよ!!」
「あやや、ごめんねステラちゃん。何せ、一年生五人が快勝したと聞いたら興味あるじゃない?」
「気持ちは理解できますけど……」
「えっ……」
「申し訳ないけど、どちら様かしら?」
「私、新聞部の日下部加々美(くさかべ かがみ)と言います。最強のジャーナリスト目指してます!」
加々美はステラやエリス、翔や一輝と同じ一年一組のクラスメイトで、実はステラと珠雫のトラブルの際にその場に居合わせたというか、一輝を取材対象として追っかけていた子。しかも、入学式前に行われた翔と一輝の模擬戦も観戦していたのだ。彼女の能力自体は解らないが、最強のジャーナリストを目指すという言葉を指し示すかのように身のこなしは非常に軽やかと言える。その自己紹介を聞いたアリスは彼女に質問を投げかけた。
「へぇ、新聞部……ひょっとして、“学園内の噂”にも詳しかったりするのかしら?」
「う~ん、私はジャーナリストであってゴシップ記者じゃないんですけれど………まぁ、
「あら、やだ。貴女とは話合いそう。『かがみん』って呼んじゃってもいいかしら?」
「もちろんですよ~」
「「うふふふふふふふ……」」
「……何故だか解らないけど、一番会わせてはいけない二人を会わせてしまった気がするわ」
「……よもや、また貴女と意見が同じになるとは思いませんでしたよ」
「あはは……」
「えと、仲が良い人が増えたからいいのかな?」
明らかに碌でもないというか、『お主も悪よのう』みたいな江戸時代の時代劇によくあるワンシーンを垣間見たようで、ステラも珠雫もエリスも…そして流石の明茜もこれには冷や汗ものだった。
というわけで、エリスの二つ名はこれ以降<緋凰の皇女>となります。ステラに関してはまだ思案中です。というか、主人公の二つ名が本気で悩んでますw
そして、UA60000&お気に入り700越えという……恐縮でございます(土下座)