落第騎士の英雄譚~規格外の騎士(アストリアル)~【凍結】   作:那珂之川

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えーと、前回の話の後書きで今回から選抜戦の予定だったのですが……

あれは嘘になってしまいました。

どうしてもこれやっとかないと先に進まないんだもの、ちくせうorz


#29 人のふり見て我がふり直せ

七星剣武祭代表を決める選抜戦……各々の対戦相手も決まり、いよいよ明日から約三~四ヶ月にわたる戦いに身を投じることとなる。翔もその知り合いや友人も初戦の相手は上級生。しかも、その内の三人―――翔、一輝、斗真は昨年の七星剣武祭代表と戦うこととなる。第十一訓練場では異能抜きでの軽い手合わせ……そのフィールドにいるのは同じ部屋のルームメイト―――斗真と明茜であった。

 

「はあっ!!」

「っと、あぶねえ!そいやっ!!」

「くっ、やりますね!!」

「男としてそう簡単に負けてはやれねえんで、なっ!!」

 

明茜が振るうのは長太刀―――名の知れた剣豪の一人、佐々木小次郎が使っていた通称『物干し竿』とも言われた類の霊装『夕霧(ゆうぎり)』。対して斗真が振るうのは双十字槍の霊装『蜻蛉切』。明日からの選抜戦も考慮してというのもあるのだが、この二人はいわば“兄弟弟子”―――武器が異なるので学んだ種類は異なるが、二人とも八葉流を修めている。それを見ているのは、同じく八葉流を修めている人物―――翔と、その隣には翔の付き添いということでエリス……まぁ、その背後には監督者として摩琴がいる。

 

「で、摩琴姉は監督というのも理解はできるんだが……選抜戦の仕事はしなくていいんですかねえ……」

「そっちは全部ぶん投げて来たよ♪」

「いや、教師なんですから仕事はしましょうよ……」

「私にとっては弟が毒牙にかからないよう見張るのが大事なの!」

(あ、これ後で母さんに『塩パスタの刑』される流れだ……)

 

現状では翔の気持ち自体ハッキリしていないのでまだマシなんだろうが……ココから発展したらどうなるのか解ったものではない。最悪全リミッター解放して『もう一度叩きのめす』ことも考慮した上で、翔はフィールドで戦っている二人を見やる。明茜の能力はまだまだ粗削りだが、彼女の魔力量は“A”ということから伸びしろはかなりある。その数値はヴァーミリオン姉妹に及ばないものの、新入生平均の約25倍という常識外れの魔力値を有している。

 

対する斗真は何と魔力値を()()()制限するリミッターを課し続けている……それは、彼がそれをしなかった状態で嫌な目にあったことがあったからだ。だからこそ、彼はリミッターをかけた上でその実力すら偽り続けている。で、その魔力値はというと……これは、今言うべきではないのでこれ以上の言及は避けるが、少なくとも世界王者経験者の彼の双子の姉―――()()()()()()()()()ということだけはハッキリと言える。

 

(しっかし、何だかんだ言いつつ斗真君もしっかり鍛えてるみたいだね。“将来の弟君”の行く末が楽しみだよ)

(え?あの二人って許婚なんですか?)

(本人たちはそれを知らないけどな。知ってるのは両親と綾華姉と摩琴姉に俺、それと斗真の両親ぐらいだ)

 

斗真に聞かれない様にちゃっかり『雷』による会話―――まぁ、エリスはその属性ではないので、心の中で思うぐらいしかできないが……葛城家は黒鉄家のように家名を重んじるのではなく“その人自身”を重んじる傾向が強い。家に拘り過ぎては己を滅ぼすことになる―――それを歴史が証明しているため、様々な繋がりを重んじていた。

 

過去で言うと……江戸時代は名のある武家であったが、能力と人柄に問題がなければたとえ農民であっても養子縁組を躊躇わずに実行していた。さらに昔―――平安時代の書には、藤原氏お抱えの一族として天皇と深いつながりがあったとか、その後―――鎌倉時代以降も朝廷の重鎮として天皇や上皇の影の護衛も担っていたとか、更には分家の一部が忍者と呼ばれる一族となったとか……正直何処までが本当なのかは疑問が尽きない家だということは確かであった。

 

普通ならば純真で可愛い妹が他の男に取られるというのは、気分のいいものではないだろう。だが、斗真は幼馴染という点に加え、一時期籠りがちであった明茜を立ち直らせる手助けをしていた。斗真本人は『幼馴染が暗い気分でいられると、こっちも気分が滅入る』と言っていたが、対する明茜の方はどうやら斗真に対して心を許している部分がある……そうでなければ、斗真が先日遭ったハプニングに見舞われることなどない。それを知ってか知らずか、翔達の両親と斗真の両親が許婚ということを本人たちの了承もなく決めた、というところだ。

 

「まぁ、とりあえず摩琴姉は母さんから罰を受けること確定だけど。」

「ええっ、何で!?私実戦授業担当だけだし!」

「ほう、そのような生意気な口が聞けるのか……なら、元世界ランカーとして大人の節度というものを学ばせてやろう」

「えっ……」

「あ、理事長先生」

 

そこに姿を見せたのは黒乃。その表情を見るに怒っているというのはすぐに読み取れた。まあ、この後の展開は予想するまでもなかった。

 

「こんなところで油売ってる暇があるんなら、手伝ってもらうぞ。断れば絢菜曰く『塩パスタ』だそうだ」

「アイエエエエエエエエエェェェェェェェ………」

「………頑張ってください、カツラギ先生」

(天使だなぁ……)

 

首根っこを掴まれる形で黒乃に連行される摩琴。ステラと珠雫の“喧しい”やりとりよりも程度が温いことに翔は何故だか感謝したくなった。それを見届けた後、フィールド上で繰り広げている明茜と斗真の手合わせを見つつ、エリスが話しかけてきた。

 

「そういえば、昨日は何を話していたんですか?正直に話さないと今度は何も着ないでベッドに潜りこみますよ」

「話すからそれはやめーや。ま、一輝の元ルームメイトとして今のルームメイトにアイツの事をちゃんと見てやってほしいとお願いしたのさ。ちょっと前と違って一輝の様子をちゃんと感じ取れる状況じゃないからさ……男が好きとか言うそんな趣味は持ち合わせていないけどな」

 

それは羨ましいとか言うレベルではなく、下手すれば『既成事実』のレベル……なので、翔は正直に昨日ステラと話した内容をエリスに伝えた。無論、一輝にはそれを言わない様にとの暗黙の了解の上だが。

 

「成程……確かにお姉ちゃんはイッキと一緒にいる時間が多くなりますから、適任と言えば適任ですけど……大丈夫なんでしょうか?」

「伊達に首席入学はしてないだろうから、そこは信じてあげようよ……」

「それはそうなんですけど。……カケル、差支えがないなら答えてほしいんですけど……昨日助けに入ったあの人物の言っていたことは本当なのでしょうか?」

「それは本当だよ。というか、面倒事になりそうだったから逃げた、というのが正しいかな」

 

エリスが言ったあの人物―――桐原のことについて、翔は彼の言ったことも事実であると肯定しつつ、その理由を述べた。翔からしても桐原に対して良い印象は抱いていなかった。確かに昨年度首席入学者の彼の実力は七星剣武祭代表になれるほどなのだから、強いと言えて当然だろう。その強さは少なくとも認めている。だが、それ以外はと言えば……印象としては最悪を通り越して『印象を付ける価値すらない』と酷評してもいい位の“下衆の極み”―――それが翔の桐原に対する印象であった。

 

一輝が彼から一方的に決闘を吹っ掛けられ、それを断った一輝に対して容赦なく攻撃を加えた時点で騎士と呼べる資格などない。正直<解放軍>とどんぐりの背比べが出来るほど……そんな感じだった。そして桐原は当時一輝のルームメイトであった翔にもその牙を向けた。なので、彼に察知されないよう、色んな場所に隠れまわった。その過程での実戦授業では彼に対戦を挑まれ、場外負けにしたこと。その後の授業でも彼は執拗に相手に選んできたので、その全ても場外負けにしたのだ。その理由は

 

「仮に勝てば、前の理事長を含めた黒鉄の息がかかった連中から面倒な理由を付けてのし返されることが読めていたからな。だったら、わざと場外負けにして悪口言われた方がはるかにマシだったからさ」

 

ただでさえ自分の事で家族に迷惑をかけたのに、これ以上迷惑を掛けたくない……留年の時点で迷惑をかけているのは言うまでもないが、これ以上重荷を背負わせたくはない。そういった意味では、翔自身人のことなど言えた義理はないのだが。幸いにも後期から理事長が黒乃に変わり、黒鉄の息がかかった人間は全員解雇され、桐原からの『悪口スピーカー』はあまりなくなった。その陰で“惨めな騎士”と侮蔑していたのには変わりないのだろうが……それが<落第騎士(ワーストワン)>の元ルームメイト<道化の騎士(ザ・フール)>と呼ばれる所以だった。すると、手合わせを終えた明茜と斗真が二人の元に近寄ってきた。

 

「お、何やら大事な話か?何だったら席を外すが?」

「いや、そこまで深刻な話じゃないさ」

「エリスちゃん、大丈夫ですか?」

「え?あ、うん。大丈夫ですよ」

 

二人の言葉に翔は何もないと平然とした表情で答え、一方のエリスは深刻そうな表情をしていたことに明茜が首をかしげたが、慌てて取り繕う様な笑顔を浮かべてその場を凌ぐように単語を並べたような口調で話した。ともあれ、このまま長居すると他の生徒の迷惑になってしまうので、四人は訓練場を後にして寮方面行きのバスに乗り込んだ。話題は当然明日から始まる選抜戦に関してだ。

 

「エリスは序列十二位、明茜は序列十七位の人とねぇ……まぁ、勝てなくはないだろ」

「勝負はやってみないと解らないよ、お兄ちゃん。でも、斗真君もお兄ちゃんも大丈夫なの?」

「斗真は校内序列二位<紅の淑女(シャルラッハフラウ)>、俺は序列四位<城砕き(デストロイヤー)>が初戦の相手だからな……まぁ、お互い勝てない相手()()()()かな」

 

二年二組:生徒会書記<城砕き>砕城雷、三年三組:生徒会会計<紅の淑女>貴徳原カナタ。校内序列上位の人間……一位から四位の四人も属している破軍学園生徒会執行部の面々のうちの二人がそれぞれ斗真と翔の初戦の相手だ。

 

だが、翔はそれに対して恐れなどなかった。それは、彼は非公式戦ながらも校内序列一位<雷切>を過去に一度()()()()()()からだ。しかも互いに異能を使った状態での“ほぼ本気”での試合……いや、翔にしてみれば霊力上限(デバイスリミッター)を第三段階まで外した状態での戦いなのでそれを本気と言っていいのかは解らないが。

 

「ま、慢心なんてするつもりは最初(ハナ)っからないけどな……そういう翔は大丈夫なのか?お前だって一輝と同じく公式戦は今回が初めてだろうに」

「大丈夫、とは言っておくよ」

「………(カケル……?)」

 

斗真の問いかけに対しての翔の言葉……それには流石のエリスもどこかしら引っかかるものを感じた。とはいえ、そこまで気にすることではないだろう……でも、どうしてもエリスには気になって仕方がなかった。寮の前で斗真と明茜の二人と別れ、翔とエリスは自分たちの部屋に戻った。

 

「さて、夕飯はどうしたものかな……」

 

呑気そうに話す翔……その背中を見て、エリスは今まで気にかかっていたものを察した。それは、彼の今の心境そのもの……彼の中に抱えているもの……エリスは意を決し、翔に対して言葉を発する。

 

「カケル」

「え、どうかしたのかエリ、ス……え?」

 

翔がエリスの方を向いたのを見計らうかのように、エリスは彼の胸に飛び込むように抱き着き、腕はしっかりとホールドするかのように彼の背中まで腕を回していた。異性に抱きつかれるというのもそうなのだが、双子の姉に負けず劣らずのスタイルによる感触がヤバいほどに伝わってくるだけに翔はエリスの行動に驚きを隠せなかった。何故そのような行動をしたのか……その答えをエリスが答えるかのように叫んだ。

 

「無理しないでください!出会ってまだ一週間とちょっとですけど、カケルは何もかも背負い込み過ぎです!!優しいのはいいですけど……っ……」

「エリス………」

 

慣れたとは言っても、傷つかない訳じゃない。彼が話していた一輝のこともそうだが、翔もまた“慣れ過ぎていた”のだ。同じ類の人間と関わってきたせいか、そのことに対して何の疑問も抱いていなかった。だが、エリスにとってはそれが違和感として映っていた。それがはっきりと解っていなかったのだが……翔がステラに話した内容を聞いて、ようやく違和感の歯車が噛み合った。

 

他人から謂れのない悪口を言われ続けながらも、一輝のルームメイトを続けた。耐え続ける彼のフォローを一年間ずっとしてきたのだ……それに対する心の負荷は尋常ではない。だが、彼はそれを耐えきった……いや、心のストレスの限界を超えて悲鳴を上げる自身の心の声を彼が感じ取れていなかった。彼女はそれを感じ取った……翔は誰かをフォローする代わりに、彼自身を支えてくれる人間がいなかった……いや、いるにはいるのだが、彼の罪悪感がそれを無意識的に拒んでいた。だからこそ、エリスは決めた。きっと彼の家族も支えになって彼を支えるのだろう……それ以上に、一番近くにいる自分が彼の支えになろうと。

 

「カケル、約束してください。七星剣武祭の舞台で、また戦うと……逃げ出したら承知しませんからね?」

「……やれやれ、本当に強いなエリスは。それこそ俺から言わなきゃいけないことでしょうに。ホント、大馬鹿者だよ俺は」

 

翔自身緊張していない訳ではなかった。能力がないことに諦めがあった幼少期、周りの人間が小学生(ジュニア)中学生(シニア)のリーグで活躍する姿を羨ましく思った。この異質の力―――“魔力を使わない異能”の存在が知られれば自分の身も危なくなり、また家族を危険な目に晒す……選抜戦に出るというこの選択が本当に正しかったのか、と。

 

「そんじゃ改めて……七星剣武祭の舞台で、最高の試合をしよう。君と俺と……あの二人で」

「はい」

 

その迷いを振り掃うかのように投げかけられたのは、燃え盛る炎の如き瞳と髪を持つ少女であった。自分が世界を旅することが出来たのは、他でもなく彼女との約束があったから……よもや、二度も自分の心を支えてくれる存在になるとは思いもしなかった。ちょっと過激な表現もあるが、それでも行為を素直にぶつけてくれるこの少女の想いを、願いを無碍にすることなど罰当たり以外の何ものでもないのだと。

 

「(試合後に言いたいことはあるけれど、口に出したらフラグになるから謹んでおこう。それこそ慢心になるし)……なんか、隣が騒がしいな」

「イッキとお姉ちゃんの部屋ですよね……何かあったんでしょうか?」

「ちょっと、見に行くか」

 

一先ず会話も終わった所で隣―――405号室が騒がしいことに気付いた翔とエリスは流石に気になって隣の様子を見に行くこととなったのだが、目の当たりにした光景は………想像の遥か斜め上であった。

 

「なぁ、エリスさんや。これはどういう状況なんだろうねぇ……」

「う~ん、すみません。私にも理解できません。強いて言うなら『痴話喧嘩』と言うものだと思うのですが。」

「「違うからね(わよ)!?」」

 

一見すればステラに押し倒された一輝という光景にしか見えず、まさか二度もこういう状況になるとは思ってもいなかった……エリスの言葉に一輝とステラが同時に反論したのには翔も内心笑いが止まらなかった。で、とりあえずその状態から四人がそれぞれ座った所で事情を聞いた。どうやら、一輝の様子がどう見てもおかしいとステラが詰め寄り、それには大丈夫と答えた一輝……それでも納得できないステラが更に詰め寄り……結果として押し倒す結果となった。

 

「というわけで、“葛城裁判長”判決をお願いします」

「一輝、有罪(ギルティ)

「冤罪だよ、それは!?」

「被告の反論は受け付けません。罪を晴らしたくば、初戦を無傷できっちり勝つことが条件です。……それぐらいできるだろ、今の一輝なら」

「はぁ……翔は解っていたけど、ステラにも解っていたってことか。ありがとう……良い活が入った。無論、エリスにも感謝しないとね」

 

ある意味ノリで出来た会話ではあったのだが、何はともあれ一輝のプレッシャーも解消することができたので、一先ずは良しとすることとした。尚、部屋に戻った後、翔とエリスはというと……

 

「はい、大人しくしてくださいねー」

「うぃーっす………」

 

翔の耳掃除という名目でエリスに膝枕される羽目となったのであった。嬉しくはないわけではないが、色々魅力的な彼女の身体的特徴に自分の理性を保たせるので精一杯であった……

 




というわけで、初戦の煽りシーン消滅フラグ完成でございます。

一輝とステラが一体何を話していたのかは、後々に明かす予定です。

またの名をネタストックとも言いますがw

次からは本当の本当に選抜戦開始でございます!いや、マジで!

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