落第騎士の英雄譚~規格外の騎士(アストリアル)~【凍結】   作:那珂之川

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#28 繋いでいく支え

映画を見に行くただの休日のはずが、<解放軍>のせいで何かと慌ただしい一日になってしまった……部屋に戻った翔とエリスであったが、翔は手帳を取り出して何やら打ち込んだ後、

 

「エリス、ちょっと出かけてくる。夕飯までには戻ってくるから。」

「あ、うん、解りました。」

 

そう言伝を残して翔は部屋を出た。その様子にエリスは何やら引っ掛かりを感じた。いつもならばそういった行動をとらない彼がこの時間に外出をするということに……流石に気になったエリスは速やかに動きやすいジャージ姿に着替え、戸締りを確認して部屋を後にした。

 

とはいえ、翔は行き先を告げていないのだから、寮の前で見失う形となった。これには困った様子のエリスに声をかける人物―――ジャージ姿の一輝が通りすがった。どうやら、帰ってきてからジョギングをしていたようであった。

 

「あれ、エリス?君もトレーニングかい?」

「イッキですか。実は……」

 

エリスは先程翔が用事のために出かけたことがどうにも気になったということを説明すると、一輝も普段はあまり見せることのない彼の行動に疑問を感じたようだ。とはいえ、彼の行き先の見当はつかない。

 

「成程ね。でも、行き先が解らないんじゃ探しようはないけれど……」

「イッキ?」

「ああ、いや。実は途中までステラと一緒に走ってたんだけれど……『用事を思い出した』とか言って別れたんだ。流石に学内だから問題はないと思ったんだけど。」

「………ひょっとして、ですかね?」

「可能性はあるかもね。別れた場所は解るから、行ってみるかい?」

「是非お願いします。」

 

 

互いのルームメイト同士が不可解な行動をとった……これには二人を放っておくという選択肢は消え、探す方向で何故か意見が一致した一輝とエリスであった。さて、その片割れ同士―――翔とステラは学校を見渡せる小高い丘にいた。呼び出したのは他でもない翔自身……そして、ステラを呼び出したのは大切な用事があったからだ。

 

「すまないな、ステラ。流石に今回の話は一輝に聞かれたくないからな。」

「それって、余程の事なんでしょ?アンタがそんな表情をしていたら理解できるわよ。」

「だろうな。」

 

別に恋愛感情云々という訳ではない。互いには気になる相手もいるのだから……それよりも友人としていい関係が築けそうだと思ったのは互いに言うまでもない。ともかく立ち話もよろしくないので、二人は芝生の上に座った。

 

「一輝が昨年度実戦授業を受けられなかった……その辺りは多分本人からも聞いてるだろ?」

「ええ。模擬戦はカケルとかなりの数をこなしていたってこともね。」

「この一年で四桁は超えてるほどにな。でも、公式戦に出たことはたった一度もない。つまり、今年の選抜戦が彼にとって初めての公式戦となるわけ。そのプレッシャーってステラも経験位はあるだろ?」

「まあね。―――ひょっとしてイッキも、ってこと?」

 

初めての公式戦―――模擬戦とは勝手が違う。大勢の観客の前で戦うということは、その視線を浴び続けるということ。その状態に慣れれば苦ではない……だが、それを初めて経験すれば多少なりとも萎縮するのが当然である。一輝とて人間である……彼もそのプレッシャーと戦っているのだろう。これにはステラも首を傾げ、それを見た翔は苦笑を零す。

 

「実家の滅茶苦茶な理由でそのチャンスを奪われ続ける……それがどれぐらいの苦難なのかは想像に難くない。ようやく掴んだチャンスをものにしたい……一輝は、時として必要以上に自分を()()()()()()()癖がある。」

 

昨年度の一年間、一輝のルームメイトをしてきた翔は彼の異常性を目の当たりにした……それと同時に、彼の精神の脆さを見てしまった。一輝は傷つけられることに“慣れ過ぎてしまっている”ということに。ある意味似たようなものである翔自身がそれを言えた義理はないのだが、それは彼が今までに受けて来た仕打ちからすれば想像に難くはない結果……常人ならば既にそのストレスで爆発している臨界点であろうとも、彼は揺らがない―――表面上は。

 

「今でも十分プレッシャーは感じてるんだと思う。何せ、初戦の相手が相手だからな。」

 

だが、その彼とて心の悲鳴を上げている。上げているのだが……最早、その悲鳴を上げている本人ですら気が付いていないのだ。その彼に気遣うというのは中々に難しい……なので、半ば親切を押し売りするかのように翔は一輝に対して接してきた。ただ、それも昨年度まで……

 

今年度は彼と別の部屋となり、互いにルームメイトがいる。部屋は隣だが、いつも一緒にいられるわけではない。なお、翔にそのような趣向はないということはあらかじめ言っておく。まぁ、だからこそ、元ルームメイトとして何かできることはないか……その結論として、彼は今の一輝のルームメイト―――ステラへその役目を託すことにした。

 

「アイツの勝負に対する本来の姿勢はステラも感じてるはずだ。なら、“それとは違う”姿勢を感じた時が一輝の心の悲鳴となるわけ。変に気遣えば『大丈夫』としか言わないからな。……俺がステラを呼んだのは、ルームメイトとしてアイツの心の声を聞ける人間になってほしいというお願い。」

 

一輝の親友として、そして良き好敵手でもある翔の言葉……その言葉をしっかり聞き終えて、ステラは笑みを零しつつしっかりとした口調で宣言するかのように翔へその言葉を放つ。

 

「成程ね。いいわ、承ってあげようじゃないの。アタシにとってイッキはカッコいい騎士なんだから。」

「それはつまり、一輝の事が好きだから?」

「そ、そそ、それは、まぁ、嫌いじゃないけど……って、何言わすのよ!」

「話を振って自爆ったのはそっちじゃないですか。」

「うぐっ…」

 

翔の冗談めいた言葉に顔を赤くしつつ、反論するそぶりを見せるステラにジト目で翔がそう淡々と述べると、流石のステラも押し黙る他なかった。しかし、エリスもそうなのだがステラとこんな場所で再会することになろうとは思っても見なかった。それはステラも同意見であった。

 

「もしもエリスが惚れてなかったら、アタシがカケルを狙ってたかもしれないわね。」

「強ち冗談に聞こえないんだが……そういえば、俺と左之助さん―――ああ、あの時俺に同行してた人が国を出た後、大丈夫だったか?」

「え?エリスもアタシも無事にお城に辿り着けたけど?」

 

翔の問いかけにステラは特にあの後トラブルなどなく無事に帰ることが出来た。後遺症などと言う大仰な事でも聞いているのだと思ったが、そう思っているのだと察した翔は言葉を選ぶように呟いた。

 

「いや、そうじゃなくて……娘が襲われたとなれば両親―――とりわけ、ヴァーミリオン国王が黙ってなさそうだったから。」

「あ~、うん。実際激怒したわ………襲った賊じゃなくて、カケルに。」

「え?俺に?」

「ええ。『大事な娘を惚れさせておいて、勝手な理由でこの国を出ようなどとは思わんことだ!』とか言い出しちゃって。その際にエリスがウェルダンばりの火力で燃やしてたけど。ま、その後は態度がコロッと変っちゃったのよね。」

「燃やされて思考が逝かれたのか?」

「それは直接の原因じゃないから。というか、本気で殺したいと思わせる父親だから、簡単にくたばらないのよ。」

 

最初は娘に手を出した不届き者という印象であった。だが、(エリス)に嫁ぎ先が出来ただけでなく、それまで姉の陰に隠れがちで臆病だった姿勢を改善せしめた……その功績から『娘と結婚しないと国総出でその人物を殺す』と国王自身が言いのけてしまったほどにだ。普通とは異なる有り様の出来事に流石の翔も言葉を失くした。翔がエリスを娶らないと“ヴァーミリオン皇国に殺される”という事態になりかねないというとんでもないこと……これに対してどう言えばいいのか解らなくなった。

 

「普通は『娘が欲しいなら俺を倒して見せろ!』とかいうのかと思ったんだが、どこをどうしたらそうなるんだか……」

「お父様は頑固者だから。ふふ、頑張ってね“お兄様”」

「仮にそうなったらステラが俺の義姉になるんですけど!?何ですかねぇ、その呼び方!?」

「双子だから問題ないわね」

「開き直った!?」

 

自分の気付かぬところで自分の人生が決まりつつあることに翔は自らの運を何故だか恨みたくなった。まぁ、そんなことをするとその反動でえらい目にあうのは解り切っているので実際に恨むようなことはしないが。何せ、以前そんなことを思いながら自販機のジュースを買ったらそのボタンのジュースが売り切れになるまで出て来たことがあっただけに……流石にその時は業者に電話して対応してもらったが、業者の人曰く機械は故障しておらず、結局原因不明だったらしい。

 

そんな個人的事情は置いといて、翔は一つため息を吐いた。それは自分自身の事もあるのだが……それを見たステラが首を傾げた。

 

「カケル、どうかした?」

「いや、どうやらいつからいたのかは知らんが……そこで聞き耳立てている運動着姿のルームメイトさん? 出てこないと低周波治療の刑に処すよ?」

「そ、それは勘弁願いたいかな」

「ちょ、ちょっとイッキ!?」

「って、エリスまで!?」

 

翔の言葉に降参の様なジェスチャーをして木の陰から出てきたのは他ならぬステラのルームメイトにして翔の元ルームメイト―――黒鉄一輝その人であった。しかも、それを止めるかのようにジャージ姿のエリスも姿を見せたのだ。普段はそのような行動をとらないだけに心配をかけてしまった様で、これには翔も苦笑を浮かべてステラを見やると、彼女も苦笑を零すほどであった。

 

「で、いつからいたんだ?」

「翔が、国を出た後無事だったか?ぐらいのところからだね。流石に場所を突き止めるのは苦労したよ」

「もう、本当に心配させないでくださいよ。……ひょっとして、お互いに」

「それはないから安心しろ。初対面でマウントポジション取って興奮する人はちょっと……」

「どういう意味よ、それ!?」

「あははは……」

 

どうやら、肝心の部分は聞かれずに済んだようで何よりであった。流石に聞かれていたら、本格的に記憶の強制消去やらかすところだっただけにだ。そして、いよいよ明後日の月曜日から七星剣武祭代表を賭けた選抜戦がスタートする。四人の気合は十分……とはいえ、一人だけプレッシャーを感じている人もいるのだが。

 

「そういえば、カケル。アンタも公式戦は初めてよね?」

「まぁな。でも、世界を旅した時に経験したことに比べりゃ優しいと思ってるよ。それこそ命スレスレの経験もしたわけだから」

「翔が一体どういう相手と戦ってきたのか聞いてみたくなるよ…」

 

それに対して翔は『色々だよ』と言葉を濁し気味に答えた。何せ、これに関しては言う言わない以前の問題なのだから。

 

 

その頃、理事長室では今日の<解放軍>絡みでの後始末―――モールに設置された監視カメラの映像分析を黒乃と絢菜、そして摩琴が請け負っていた。正直摩琴はそんな仕事なんてほっぽりだして弟のところに行こうとしたのだが、

 

『だーめ、翔は疲れてるんだから休ませてあげなさい』

『それじゃいけないと思うな!今にもあの女の毒牙によって侵食されてると思うと』

『働かないと、今日の夕食、塩パスタになっちゃうよ?』

『それはもっといやー!!!』

 

葛城摩琴……いかんせん料理が苦手。なので、この学園のカフェテリアと母親の作る食事に頼り切っていた。絢菜としてはちゃんと料理位覚えて嫁の貰い手を探してほしいと願うのだが、弟を溺愛する彼女に酷な注文なのかもしれないと若干諦めも入っていた。それはともかく、胃袋を握られては絢菜の言うことに従う他なく、不機嫌そうな表情を浮かべながらもしっかり仕事をこなしていた。

 

「―――よし。こっちは大体終わったよ」

「って、もうこんな時間か。黒ちゃん、とりあえずカフェテリアで何か食べましょうか。そろそろ行かないと閉まっちゃうからね」

「解った。…よし、それじゃあ行くとするか」

 

休憩中に時間のかかる処理を優先するようにセットした上で、三人はカフェテリアへと向かうこととなった。誰もいなくなった理事長室……理事長の机のモニターでは、今回の許可承認に対する説明を求められた際の証拠として、監視カメラの映像ファイルをコピーしていた……その中の映像には、翔が映っていたシーンから()()()()()()()()で兵士たちの後ろにいた様子が映っていたのだが、黒乃も絢菜も摩琴も……それに気づくことはなかった。

 




てなわけで、オリ要素でございます。これによる影響でとある人物の出番を奪う形になってしまいますが、その人物には別方面で出番があるのでそっちで頑張ってもらいます。

次回はいよいよ選抜戦……ここまで30話弱も使うと思っていませんでした、マジで。

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