落第騎士の英雄譚~規格外の騎士(アストリアル)~【凍結】   作:那珂之川

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UA50000越え&お気に入り600突破………もう土下座しか出ません、マジで。


#27 絶対的な確執

アイスを子供に投げられた。いや、そんなことはその男にとっても大事なことではない。彼にとってもっと大事なのは、『名誉市民』である自分の顔をアイスによって汚されたことその一点であった。彼は伐刀者ではないが、崇拝対象の伐刀者を信頼する非能力者は<解放軍>からそのように呼ばれている……無論、彼もそれを誇りとしている。その誇りを目の前に映る少年が汚した。

 

「こんの、ガキャアアアアアアアアアアア!!」

 

渾身の力を込めるかのように振り上げられる右足。その間合い(リーチ)には少年がいる。しかも少年に伐刀者のような素振りは見られない……これは十中八九当たるであろうと彼は確信した。だが、その確信は()()()()()()()()()()()()

 

「アアアアアア…………あ?」

 

間合いにいたはずの少年との距離が開いていく……いや、それどころか人質の近くにいたはずなのに、みるみる視界が()()()()()()()……一体何が自分の身に起きているのか……それを彼は文字通り“身を以て”知る羽目となる。

 

「ぐああああああああっ!?」

 

壁に叩き付けられ、しかも寸分違わぬ感覚で見えない何かが…腕に、足に、腹部に…彼の身体を凹ますように撃ち込まれていく。その状態になって彼は自分が“壁に叩き付けられた”ことを知る。命に別条はないにしろ、手足の骨を確実に折った状態にされ、その兵士はうつぶせの状態で身動きがとれず銃もロクに握れない。その視界に映ったのは、その少年と母親を気遣う双十字槍を持った少年であった。

 

「同じ男としてその勇気は買ってやるが、あんまりお母さんを困らせちゃだめだぞ?」

「うん!ありがとうお兄ちゃん!!」

「あ、ありがとうございます!!」

「どういたしまして……さあて、次に病院送りにされたい奴はどいつだ?言っておくが、俺は奴よりも“優しい”からな」

 

その槍を持つ少年―――伐刀者である斗真その人であった。彼の登場には人質の中にいる知り合いも驚いていた。無論、モールの陰からその様子を見ている一輝とアリスもであった。無論、他の兵士達も突如姿を見せた斗真の姿に驚きを隠せない。

 

「な、他にも伐刀者が!?」

「こうなったら、人質もろとも……!!」

 

兵士達は斗真らに銃を向ける。だが、彼が姿を見せるということは注意を引くということでもあり……彼が作り出したその隙を人質の中にいた人物―――珠雫は見逃すことなどしない。人質をカバーできるだけの範囲は確保できた―――そして、放たれる珠雫の伐刀絶技。

 

「――――遮れ、『障破水蓮』!!」

 

それによって形成されるのは高密度の水による障壁。いくら火器と言えどもアサルトライフル如きと言えども貫通させられないほどの力を持つ。これで、人質の心配をすることなく心置きなく戦えるということを意味する。珠雫は斗真に感謝した上で信頼する人の名を呟く。

 

「感謝します、斗真さん。翔さんにお兄様、後は頼みました」

 

 

「っと、どうやら遅かったようだな。()()()()

「何をぐああああっ!?」

「ああああああ、う、腕がああっ!?」

 

斗真の言葉に首を傾げる暇など与えないかのごとく、次々と切り刻まれていく<解放軍>の兵士。ある者は滅多斬りにされ、別のものは銃を寸断され、また別の兵士は腕ごと斬り落とされていた。そんな様相を平気で出来るのは、斗真の知る限りにおいて一人しかいない。斗真の背後に背中合わせの如く立った少年―――霊装に付いた血を掃い、一息つく翔の姿であった。

 

「お疲れさん、翔。そっちには?」

「いんや、いなかった。ということはそっちにもか?」

「だな。」

 

二人がこんな作戦を組んだ理由は、先手必勝という形で敵側の伐刀者を叩き伏せる意味合いもあった。だが、両翼側にはいなかった。となれば残るのはこのフロアを含めた中央側。すると、騒ぎを聞きつけるかのように姿を見せたのはフードで表情を見せないようにしている法衣を纏った男性とお付きの兵士。その人物はその有り様を見て冷静ではいられなかった。

 

「なっ……貴様ら、伐刀者でありながら我らの邪魔をするというのか!?」

「非力な女子どもを人質に取ったテメエらが言う台詞じゃねえよ、阿呆が。」

「どうやら、アンタが親玉のようだな。けれど、アンタらが姿を見せたこと自体“失策”と言う他ない。」

「ほう、どういう意味かな!?」

 

そのフードの人物を挑発するかのように放たれた斗真と翔の言葉に男と兵士は銃を構えた。だが、銃から弾丸が発射されることはおろか、その引き金すら引くことを()()()()()()()。それを不思議に思った男が見たものは―――銃を持った右腕が地面に落ちていた風景。

 

「へ―――――がああああああああああっ!?」

「第七秘剣『雷光』……ふぅ、見様見真似だけど何とかできるものだね」

「はい、妙な真似はしないことね。所謂王手(チェックメイト)ってところかしら」

「だから言わんこっちゃない……とでも言っておけばいいかな?」

 

男の腕を切り落としたのは他ならぬ一輝。なんとモールの壁を蹴り飛ばして一気に加速する、という荒行をやってのけたのだ。そして彼の持つオリジナルの剣技の中でも最速を誇る第七秘剣<雷光>で男の腕を切断した。その間にアリスが自らの異能で死角に近付き、兵士の陰を縛り付けたという訳だ。ちなみに一輝のやったことは<一刀修羅>を使わない状態での有り様。これには翔との鍛錬も大きいが、その原点となったのは絢菜の存在であった。

 

一輝にとって、黒鉄本家で自分の存在を見てくれた人間は龍馬、珠雫、そして絢菜の三人。その中でも絢菜は一輝に一つの贈り物をしていた。それは、剣術の根幹を成す基礎……一部を除いた身体中のあらゆる筋肉を余すところなく鍛えるための指南書の写しであった。

 

剣術を除く体術関連は黒鉄家でまったく教えられることはない。伐刀者の才能の成長を優先するがあまり、そのようなことに時間を割く必要がないと判断されたためだ。だが、絢菜は<神風の魔術師(アウトレイジストーム)>と呼ばれる得意なスタイル―――遠距離魔法戦をさせてもらえない相手への対策として独学でその鍛練法を編み出し、努力を重ね、<七星剣王>へと上り詰めた。魔術関連の才がなくとも、騎士を目指すならば無駄にはならないと絢菜は一輝に託したのだ。そして同様に、彼女の子でもありながら魔術の才に乏しかった翔もその鍛練法によって努力を重ねている。

 

「ほら、この間翔が模擬戦で天井に上昇したじゃない?アレをちょっと再現してみたのさ」

「たった一度でそこまで模倣されたら驚愕ものだよ。まぁ、一輝だからしょうがないけど」

 

あらゆる力の全てを圧縮して最弱(さいきょう)の力とする<一刀修羅>という“集中の極致”に加え、翔との鍛錬で得た高精度の魔力制御、そして幼少期から<神風の魔術師>直伝の鍛錬法をこなしてきたことを勘案すれば、これぐらいは何とかできるレベルであった。先程のは、踏み込む瞬間に魔力なしの筋力のみを余すところなく足裏に神経を研ぎ澄ませ、踏み込んで蹴り飛ばす要領で加速したという訳だ。驚くべきはこれを魔力行使なしで出来るようになった点であろう。それはさておいて、一輝に腕を斬られて蹲る男に翔は『叢雲』を突き付けた。周囲に危険が去ったことを確認した珠雫も伐刀絶技を解き、エリスとステラも合流する形となった。

 

「さて、大人しくすればこれ以上の危害は加えない」

「くっ……(甘いな、甘すぎる……)」

 

その男は悔しそうな表情を滲ませているが、その内心は『ほくそ笑む』様相であった。とはいえ、翔にはその表情などとうに読めており、明茜に話しかけた。

 

「明茜、そっちはどうだ?」

「うん、問題なく気絶させたよ」

「なっ!?」

 

翔と明茜の会話に驚く男が明茜の方を見やると、予め人質の中に仕込んでいた“伏兵”が気絶した状態で地に伏せていた。態々ショッピングモールという場所を選んだからには、いくつかの(カード)を仕込んでいるのは明白。人質の中に二段構えとなる人物を仕込んでいても何ら不思議ではなかった。だからこそ、翔は人質の中に明茜がいるということを掴んだ上でその策を実行に移した。それに、明茜ならば周囲に被害が及ぶことなくピンポイントで狙うことができる利点も大きかったのだ。

 

「ぐ、ぐぐぐ……貴様ぁっ!!!」

 

ともあれ、これで<解放軍>の切り札を全て看破した……このまま大人しくというのは、男―――ビショウ自身のプライドが許さなかった。彼は残っている左手で近くにいた翔に殴りかかろうとした。その時、彼の後ろに光る何か―――それは真っ直ぐビショウに向かっていた。彼は気付くことなくその“光”に貫かれ、意識を失ったのかその場に倒れ込んだ。他の意識があった兵士達もその“光”で次々と意識を刈り取られていく。

 

「やれやれ、結局手を貸すことになっちゃったか。正直、手柄を横取りするようで嫌だったんだけどねぇ」

 

まるで頭に直接響いてくるかのような声。するとその空間の一部の景色が剥がれ落ちる……そこから姿を見せたのは翔や一輝たちと歳の変わらない線の細い少年。その手には弓が握られていた。

 

「どういうこと……アタシが気配すら感じ取れなかった……」

「俺ですら感じ取れなかったぞ……つまり、“そういうこと”ってわけか」

 

<解放軍>の僅かな気配を感じ取れたアリスと斗真ですら感じ取れない彼の『認識隠蔽(ステルス)』―――なぜならば、それこそが彼の異能の一端であり、この中にいる面々では翔と一輝が良く知っている能力。何故ならば、二人にとってその少年は元クラスメイトだったからだ。その姿を見た翔はため息を吐いた。

 

「まさか、こんなところで出くわすとは思ってなかったけどな。桐原」

「久しぶりだね、葛城翔君に黒鉄一輝君。君ら、()()学校にいたんだ」

「っ……」

 

その二人をあざ笑うかのような表情を浮かべているのは桐原静矢―――昨年度の首席入学生にして、一年生にして昨年の七星剣武祭代表を務めている。そして、翔と一輝の悪い噂を流し続けた張本人……まぁ、結果的には彼等の鎮圧をしてもらったのだから、ここで彼に対して酷な事を言うつもりなど毛頭ないのだが。

 

「……正直、嫌なやつね」

「……まさか、貴方と意見が合うとは思っても見ませんでした」

 

ともあれ、突入してきた警察によって<解放軍>は無事拘束され、翔や一輝たちはその解決を担ったということで事情聴取を受けることとなった。尚、桐原は『少し手を貸した程度』とか言いながら取り巻きの女子たちと何処へ行こうかという相談する始末に、初対面であるステラとエリス、それに珠雫もあまりいい印象を抱くことはなかった。あれでいい印象を受ける方が“どうかしている”…と斗真が零すほどに。警察の事情聴取の後、律儀な性格の一輝は桐原に礼を述べた。それに対して『弱きものを助けるのが騎士の務め』というところまではいい……だが、そこで終わらないのが桐原の性格でもあった。

 

「しかし、黒鉄君。君はいつまでその()()()()()()()()で騎士道を歩み続ける気だい?無論、君だけじゃなく葛城君にも同じことが言えるんだろうけれどね」

「ちょっと、アンタも大概にしなさいよ!!」

「ステラ、いいから」

「よくない!!」

 

先程の人質での鬱憤を晴らすかのように、その発言に噛み付いたのは他でもないステラであった。自分を負かした騎士のみならず、自分の妹を下した騎士の事まで見下すように言いのけた桐原の発言は、ステラの堪忍袋の緒を切るには十二分過ぎた。一輝は弱くはない……ランクという壁すら超越した彼の強さを間近に感じたからこそ、それを言わずにはいられなかった。

 

だが、彼女は知らない。桐原の力を……一輝と桐原、それに翔と桐原の間にある隔たりを。ステラの言葉を一通り聞いた後、桐原の取った反応は………まるで笑い話とでも言いたいかのように、笑った。

 

「あ、あははははははは!これは傑作な笑い話だ!どうやら、黒鉄君は自分の事を格好よく吹き込んでいるようだね。でも、ダメじゃないか―――君らがかつて、ボクと戦うのが怖くて逃げだした臆病者だってことをさぁ」

 

その言葉にステラは一輝を、エリスは翔の方を見やる。二人はそれを否定しない。それは紛れもなく事実なのだから……そして、桐原はそこに付け加えるかのように、言い放った。

 

「ああ、そういえば……黒鉄君、生徒手帳は見たかい?」

「手帳?………なっ!?」

 

驚愕する一輝。その視線の先に映るのは生徒手帳のメール画面―――それは選抜戦初戦の対戦相手を知らせるメールであった。しかもその相手というのは……一輝の目の前にいる人物に他ならないからだ。

 

『黒鉄一輝様 選抜戦第一試合の対戦者は 二年三組 桐原静矢様に決定しました』

「そう、初戦の相手はボク。昨年七星剣武祭で破軍の代表を務めた、桐原静矢様だ。今度は逃げないでくれよ、<落第騎士(ワーストワン)>。尤も、<道化の騎士(ザ・フール)>の方は逃げ出してもおかしくない相手だけどね。それじゃあ、選抜戦で会えることを楽しみにしているよ。惨めな騎士君?」

 

そう言って去っていった桐原を横目に、翔は生徒手帳の選抜戦対戦相手の名前を見る。桐原があんなことを言った意味がこの文章に集約されていたということに。

 

『葛城翔様 選抜戦第一試合の対戦者は 二年二組 砕城雷(さいじょう いかずち)様に決定しました』

 

だが、それよりも更に大変な人間が一人いた………選抜戦のメールを見た少年―――滝沢斗真がため息を吐いたのは、その対戦相手であった。

 

『滝沢斗真様 選抜戦第一試合の対戦者は 三年三組 貴徳原(とうとくばら)カナタ様に決定しました』

 




てなわけで、ちょっと(?)一輝にテコ入れ。
次回から選抜戦……の前に、ちょっとやっておきたい話があるので、そちらを消化します。

あと、主人公・エリス・ステラの二つ名を考えてますが中々思い浮かばない……やはり中二心を解放しないと駄目なのか(ぇ

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