落第騎士の英雄譚~規格外の騎士(アストリアル)~【凍結】 作:那珂之川
「ふぅ……」
「落ち着かない様子だね、黒ちゃん。そんなにあの子たちが心配?」
一輝と連絡を取り終えた黒乃は、一輝から伝えられた『霊装使用許可の人物リスト』を聞いたとき、流石に一瞬ためらってしまうほどに……それでも、相手が<
「アイツらが、というよりは対峙した<解放軍>に同情したいレベルだ。確かに葛城兄は魔術においては“Eランク”。それは嘘偽りない……だが、アイツの持つ能力を勘案して査定すると、
そう言って黒乃がディスプレイに表示させたのは、翔の持つ規格外の異能を勘案した上で評価を付けたステータス。これには黒乃自身驚きを隠せない……
<葛城 翔 Katsuragi Kakeru>
攻撃力:A 防御力:B+ 総量 :A
制御 :S 運 :S(暫定) 身体能力:A+
模擬戦においてのデータを基に算出したのだが、そのステータスだけでもヴァーミリオン姉妹すら凌駕しうるレベル……何せ、模擬戦においては全四段階のリミッターの内の三つまでしか外していないのだ。残る一つまで外した場合はどうなるのか……その答えを述べるかのように絢菜が発する。
「まぁ、相手の“伐刀絶技ごと叩き潰せる”程度の威力は出せるはずだよ?正直、私やうちの旦那……左之助さんですら、能力を自覚した翔には勝てないだろうって言うほどだったから。ま、そんなことは滅多にしないけどね。ああ見えて優しいから。それを言うんだったら、黒ちゃんは甥っ子の心配をしなくていいの?」
「斗真の事か……いい加減ではあるが、努力自体は惜しまない奴だからな。正直、現時点において奴が本気で戦えばヴァーミリオン姉妹でも勝てない可能性がある。<七星剣王>や<風の剣帝>といい勝負は出来るやもしれんが」
絢菜の問いかけに対して、黒乃はそう答えた。斗真に関しては表向き面倒くさがりな性格だが、その気になった時には双子の姉に引けを取らない実力を発揮しうる。Cランクという評価自体、彼が実戦授業に真面目に取り組んでいないから、という理由が大きい。試験においてもそこそこの成績となるよう調節したものだろうと黒乃は推測する。正直言えば、彼が身内のいる
「せめて、<解放軍>の連中の命があることを願うよ。……連中が変な行動に走らなければという前提ではあるが」
「やってることがやってることだから、その願いは無駄に終わるかもしれないけどね」
「それを言うな……」
その頃、一輝たちと別れた翔と斗真は三階:モール区画の人気のない一角に身を顰める。念のために警戒はしている……そんな中、翔は急いでメールを打ち、送信ボタンを押して手帳の電源を切った。
「明茜ちゃんにか?」
「ああ、さっき読み取った情報の中に“妙な気配”を感じたからな。後は明茜がメールの存在に気付くかどうかだ」
先程翔と斗真がトイレで行ったのは、『音波』と『雷』によって様々な状況を瞬時に把握する伐刀絶技<
先程読み取った情報の中で、翔は人質の中に“妙な違和感”を抱いた。それはその中に知り合いがいたこともそうだが、それ以上にその人質を見張っている連中に近い何かを感じ取った。だが、漠然としているために詳細までは掴みとれない……なので、その探知が出来る明茜にメールを送った。もしかしたら電源を落としている可能性もある……なので、翔と斗真は別行動を取ることとした。
「武装している連中は36名……いや、多分“37名”だ。フードコートにおそらくは10人くらい……残りは各階を巡回しつつ、警察が入ってこないよう見張ってる」
「随分と用意周到なことで……翔、俺は東に回るわ」
「ああ。西は俺が受け持とう」
派手に引き付けて<解放軍>の兵士を叩きのめす。その事実がおのずと人質がいる区画にも遅かれ早かれ伝われば、なにかしらの動揺が生まれる。その同様で事態を察してくれるであろう…なぜならば、人質の中に『今年度優秀成績入学の四人』がいるのだから。そうして必要な情報を交換した後、翔と斗真はそれぞれ行動を開始した。
「しっかし、こうもあっさり行くと逆に退屈ってものだぜ……」
「そうぼやくな。金が手に入るまでの辛抱だ」
「だな」
ショッピングモールの西区画……二人一組で巡回している武装した<解放軍>の兵士。元から計画していたこととはいえ、ここまで思惑通りに事が運んだことが逆に退屈な様子で会話をしつつ、警戒を緩めない。目的のものが手に入ればそれ以外に用はない……そう考えていた兵士の一人が通路の先にいる一人の少年を見つける。
「な、ガキだと!? おい、しくじったんじゃないだろうな!?」
「確かにくまなくチェックしたはずだ……そこの貴様、動くな!!」
その兵士は銃を構える。だが、その少年はその銃口に臆することなく、閉じていた瞳を開く。そしてそこから発せられる威圧は……『明確な殺意』を体現したかのような様相。これには兵士もたじろいでしまう。
「っ!?」
「な、何だこの感じは……!? いいか、そこを動くなよ!動けば」
その威圧に屈することなく……いや、正確にはそんな威圧如きに負けていては<解放軍>の名折れというプライドが彼等の銃口をその少年に向けたのだろう。だが、その行動自体が彼等にとって『愚か』という他なかった。なぜならば兵士たちが瞬きした次の瞬間、その少年は目の前ではなく
「どうなるというのですか?」
―――彼等の後ろにいたのだから。その声に反応するかのように兵士らは振り向いて銃を構えようとするが……それは叶わなかった。なぜならば、その銃を持っている腕は
「がああああああああ!? ブ、
「何が『選ばれた名誉市民』だ。そんな考えが伐刀者の地位自体貶めると気付け……下衆が」
そう言って付いた血を掃って霊装を解除すると、次の瞬間、兵士たちに無数の斬撃が襲い掛かり、そのまま気絶した。その太刀筋どころか、彼が血を払う箇所以外の行動の一つすら彼等には“見えなかった”。腕に関してはどのみち治せるし、先程の斬撃に関してはその大半が<幻想形態>のものなので、出血多量ですぐ死に至ることはないであろう。正直こんな相手に慈悲をかけてやることなどないのだが……
「俺も甘くなったのかな」
そう零した少年―――葛城翔は残る西側の<解放軍>を対処すべく、先を急いだ。その同時刻、東側では銃弾の嵐が飛び交っていた。下手に踏み込むだけでも致命傷になりうるその光景の中、前髪をヘアバンドで上げた少年はそれに臆することもなく平然と立っていた。
「くっ、伐刀者だと!?」
「かまうな、撃て! 撃ち続ければ魔力はいずれ尽きる!! 『名誉市民』の我らが負けるわけなどない!!」
既に飛んできた銃弾は四桁に上るかもしれない……事実、少年の後ろの柱は綺麗な人型を画くように弾痕でその輪郭がはっきりとしているほどであった。それでも尚、四方八方から飛んでくる銃弾……流石に突っ立っているだけというのは、よろしくない……少年―――滝沢斗真は一つため息を吐いた。
「はぁ……そんじゃ、いきますかね。―――突き抜けろ、『蜻蛉切(とんぼきり)』」
そう言って斗真が顕現させたのは両端に十字の刃を持つ槍。いわば『双十字槍』の霊装『蜻蛉切』を構えた斗真は、その霊装で払うかのような構えを取った次の瞬間、床が陥没して彼の姿が
「ぐわあああああああ!?」
「があああああっ!?」
「かはっ!?」
兵士達は次々と叩き付けられるかの如く床に……壁に……天井にクレーターが形成される。その際に武器まで粉々になってしまうほどに……そして最後の一人となった兵士はこの状況を伝えるべく武器を捨てて逃げようとしたが、それは叶うことなく床に叩き付けられ、気絶した。先程の銃声が嘘だったかのような静寂。聞こえるのはモールの外に停まっている緊急車両のサイレン。そして、元いた場所に斗真は降り立ち、霊装を解除した。
<解放軍>の兵士を圧倒せしめた斗真の先程の技―――『音』を圧縮して加速することで、人の動体視力を遥かに超える移動速度を以て相手を叩き伏せる斗真の伐刀絶技<
「てめえらに罪はねえが、大切な友人を人質に取ったのが運の尽きだよ。骨折だけで済んでいるのだから、感謝はしてほしいな」
自分ならばともかく、幼馴染の彼に至っては『四肢切断』も辞さないであろう……それほどまでに、彼は<解放軍>に対していい感情を持っていない。まぁ、彼等とは異なるが、身内を殺したということは簡単に許せることではない……斗真にも彼の気持ちを推し量ることなどできないのだから。
「おい、西側からの定期連絡が途絶えた!」
「東側からもだ。まさか、警察の連中が!?」
「いや、奴らは動いていない。どうやら、伐刀者が紛れ込んでいたらしい」
もくろみ通り、その異変は人質のいるフードコートにも伝わっていた。その様子を陰で見ていた一輝とアリスにも明白に見て取れるほど。そして、その行動を起こしているであろう人物に心当たりがあった。
「翔と斗真、だね。十中八九」
「でしょうね。とはいえ、これで警戒は強まった……成程、
「アリス? 何か解ったのかい?」
騒ぎを起こせば、人質に危害を加えるということを知らない。最悪のケースを想定していたアリスであったが、ここで一つの可能性に行き当たり、納得した。その様子に一輝は首を傾げるが、アリスはこう告げた。
「ええ。確か翔は昨年度貴方のルームメイトだったのよね?」
「え? う、うん。それは間違いないよ」
「あたしの勘だけど、彼はあの中にいる人物を信頼した上で、その行動を起こしたと思うの。貴方の知ってる彼なら、こういった時どういう行動をとるかしら?」
「……成程、珠雫か」
一輝の知っている葛城翔という人間は感情的な行動を起こすこともあるが、そのいずれもが出来る限り“必要最小限の被害”を出来る限り優先している。そして今回の状況打破を握っているのは自分の妹……幸か不幸か、先日のハプニングの際に珠雫の近くにいた少女―――明茜も近くにいる。
「しばらくは様子見―――いざとなれば、一気に行く」
「ええ。恐らくは珠雫も既にその準備をしているでしょう」
そこからそれほど離れていない場所―――人質の中にいたステラ、エリス、珠雫、そして明茜の四人。ステラとエリスに関しては顔が知られているため、帽子でばれないようにしている。周りの兵士が慌ただしくなったのを見た明茜は、ポケットに入れている生徒手帳の着信ランプがうっすらと付いていることに気づき、その上に手を置き、兵士の目を盗むように『雷』の力で生徒手帳を『読み取る』。
「(メール?こんな時に一体誰が………お兄ちゃん!?)」
葛城家は『雷』を攻撃のみならず多様な用途に使うことを得意とするエキスパート……無論、その一族である明茜もその能力を使うことができる。そして読み取った情報からそのメールの内容を把握した。その上で、隣で準備している珠雫に小声で話しかける。
「珠雫ちゃん、あとどれぐらいかかる?」
「あと30秒ですね。……もしかして、翔さんが?」
「うん。エリスちゃんとステラさんもそれまでは静かに……」
「解りました」
「善処するわ」
彼等はそう話すものの、周りにいる人質は非能力者……ともなれば、事態はそう簡単にすんなり進むものではなかった。兵士に対して懇願する女性を銃で殴りつけるように突き飛ばしたのだ。
「お母さんをいじめるなああああああ!!」
これを見た子どもの一人……恐らくはその女性の子どもと思しき男の子がその突き飛ばした兵士に向けて、手に持っていたアイスクリームを投げつけ、彼の頭にあたる。攻撃力自体は皆無……とはいえ、その行動は『選民意識』の高い兵士を怒らせるには十分すぎた。
「こ、こんのガキャアアアアアアア!!」
そして、その感情の赴くままに男の子を蹴り飛ばすかのごとく、右足を振り上げた。
―――この時、この兵士は自分の取った行動によって自分がどういった未来を迎えるのか解っていなかったのであった。
早めに書けたので更新。
まぁ、結末は次回をお楽しみに、ということで。