落第騎士の英雄譚~規格外の騎士(アストリアル)~【凍結】   作:那珂之川

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#25 よく解らないものは少なくない

入学式でのハプニング未遂ということもあったが、少しは落ち着いた時間が流れ……金曜日の昼。いつもの流れという形での四人での鍛錬ということで、互いに霊装を展開して一対一の打ち合い。一息ついて休憩する四人……すると、ステラがどこかしら落ち着かない様子で一輝に話しかけている。それを見た翔は『ああ、()()()()()()()。』と納得しながらその様子を見ている。それは翔の隣にいるエリスも同様であった。まぁ、妹としては姉の恋路を応援してあげたいとは思うのだろう。

 

「というか、姉妹でここまで差が出るとは思わなんだ。」

「どういう意味でしょうか?」

「いや、恋愛に対しての事柄が戦闘スタイルと真逆だからな。」

「私の場合はお母様やお姉様だけでなく、お城に仕える同性の騎士やメイドにも話を聞いていますので。知識は豊富にありますよ?」

 

相手ごと叩き潰すスタイルのステラと相手の無防備箇所に正確無比の一撃を見舞うスタイルのエリス。恋愛に対する差がここまで出たのはエリスの興味本位から来る学習意欲。彼女は皇族のみならず、平民でもある城仕えの人間にも話を聞いている。なので恋愛に対する心構えはできているようであった。その心構えから来る表現方法というのは流石に口に出すと恥ずかしいので言わないが。

 

「心構えは出来ていても、実際に経験するのでは違うと思うけれど?」

「そうですね……カケルは私からすれば『背中を預けられる人』ですので。」

「えっらく買い被られている気がするんですがねえ……まぁ、素直に受け取っとくよ。」

 

そんなことを当たり障りに話している……正直に言えば緊張感がないとみられても仕方がないとは思う。何せ、来週からは選抜戦がスタートする。七星剣武祭への切符を手に出来るのはわずか八枠……この学園にも名だたる実力者がいる以上、全勝無敗がひとつの基準(ボーダー)となってくることは明白。

 

「そういえば、エリスは初戦の相手は決まったの?」

「はい。三年生の序列十二位、光井(みつい)って人ですね。カケルはまだでしたか?」

「まぁね。とはいえ、遅くとも日曜までにはメールで通知が入るだろうから、気長に待つよ」

 

正直、現状のエリスを相手に出来るのはそれこそ七星剣王を狙えるレベルの人間に限定される。なので、エリスが万全ならば余程のことがない限り勝ち進むであろう。一方の翔はまだその初戦が決まっていない。とはいえ、誰が相手でも負けてやるつもりなどないが。そろそろ昼休みも終わるので戻ろうとしたところ、

 

「あ~!!ちょ、ちょっとー!!」

「えっ!?何!?何なの!?」

 

「……一輝は少し位、女心というものを学ぶべきだと感じたのは俺だけだろうか?」

「あははは………」

 

突如放たれたかのようなステラの言葉に驚く一輝、それを見て、大方の事情を察してため息を吐く翔、その言葉で理解できたエリスは苦笑を浮かべざるを得なかった。そう言う翔自身が良く理解できてないところもあるのは否定できないし、する気もないが。とはいえ、今までそういうことを考える暇さえあれば鍛練に費やしてきた一輝なだけに、そう言った方面の知識や機敏に疎い部分があるのは事実だろう。その彼にいきなりそうしろと言っても難しい話なのには変わりない。

 

「それじゃあ、私達もデートでもします?」

「そういう関係でもないでしょうに。って、だから睨むの止めてくれませんかねぇ。……じゃあ、明茜と斗真も誘っていいか?」

「………仕方ないですね。それで許してあげます。」

 

エリスの言葉に翔は恋人でもないのにデートとは…と言いたかったが、むすーっと頬を軽くふくらませるように不機嫌な表情を浮かべたので、『これは誘ってあげないとまずい』ということから妥協点として知り合いを誘うということを提案すると、渋々認めたようだ。流石の翔とていきなり二人きりは慣れていないだけに尚更だ。

 

「その代り背中流しますよ。」

「やめーや。」

 

「……エリスがあそこまで積極的な所は、アタシも見習うべきなのかしら……」

「何か言った?」

「な、何でもないわよ!バカイッキ!!」

「いきなりバカ呼ばわりされた!?」

 

翔とエリスのやり取りを遠目で見たステラは、妹の積極性を見習うべきかと真剣に悩み……一輝はステラが何か言ったことに気付いて声をかけるが、それに対するステラの反論に一輝自身が驚く羽目となったのは言うまでもない。その夜、翔の入浴中にエリスがまたもや入ってくるハプニングが起こったのはここだけの話である。

 

そして、翌日の土曜日―――翔とエリスはモノレールの駅前で知り合いを待っていた。翔は白のシャツに黒のベストと黒色系のズボンというシンプルな格好。エリスはチュニックにジーンズ、それと暖色系のカーディガンというお洒落な格好。で、本来ならば寮の前で待つのがいいのだろうが、どうやら一輝たちの方も映画を見に行くために寮の前で待ち合わせのようであった。なので、時間をちょっと早めにしたうえで駅前集合という形にしたのだ。

 

「にしても、二人のルームメイトも誘いたいって来るとは思ってなかったな」

「実力に近い人同士で組ませる方針からしても、それなりの実力者だとは思いますけどね」

 

明茜と斗真から親睦も兼ねてルームメイトを連れてきてもいいか、という質問に翔は問題ないということで返信した。それに対してエリスが不機嫌になったのは言うまでもなく、交換条件を出すことで機嫌を直した。……正直自分自身の寿命が縮まっているのではと、翔は率直に感じてはいるが。すると、向こうの方から歩いてくる人影を見つける。だが、その人影はどう見ても“二人”しかいない。

 

「あの、見間違いなのでしょうか?」

「いや、見間違いじゃないな……というか、明茜はともかくとして斗真のクラスを聞いてなかったし……」

「お、お待たせしちゃいました!」

「わりぃわりぃ、ちょっと手間取ってよ」

「いや、それはいいんだが……お前らルームメイトなのか?」

「……あわわ、ばれちゃいました!?」

「どうやらそうらしい。ったく、叔母さんってばこういうところは容赦ねえよ……」

 

慌てふためくワンピースの上にカーディガンを羽織っている明茜、頭を抱えているTシャツとネルシャツにジーンズ姿の斗真。どうやら、斗真の親戚である人物が実力を見抜いて、同実力程度の明茜を宛がったのだ。確かに明茜の実力を考えれば適切な人選だろう。どこかの馬の骨ならばともかく、幼馴染兼親友の彼ならば問題はないだろう。すると、斗真が近づいて翔に小声で話す。

 

「なぁ、翔。明茜ちゃんって寝相悪いのか?」

「何かあったのか?」

「その、な……朝起きたら隣に一糸まとわぬ姿の、な……襲ってはないからな」

「斗真、お前も苦労してるんだな……」

 

どうやら、斗真たちのところは斗真が下で明茜が上に寝ているとのことだ。彼の言葉で大方の事情を察した翔は静かに頷き、返ってきた言葉で斗真も察し、互いに力のこもった握手を交わす。明茜にそういった癖があるというのは、昔からであった。その際は弟か母に任せていたので自分はその姿を見たことはない。ギリギリ寝間着がはだけかけていたところまでだろう……それ以上を見てしまった斗真にとっては命が縮む位の衝撃。何せ、そういうことは自宅以外で起こったことはないだけにだ。しかも、血は繋がってないにしろスタイル傾向は母親である絢菜に近い……身長を圧縮した分出るところは出てるという有り様だ。その間にエリスと明茜が挨拶を交わしている。とはいえ、あまり内緒話も宜しくないので、二人のところに近づくことにした。

 

「おはよう、明茜。」

「おはよう、お兄ちゃん。それにしても、映画見に行くのって久々だよね。」

「まぁ、俺もあちこち行ってたからなぁ。……エリス、どうかしたのか?」

「ああ、えっと…さっきトウマが言っていた叔母とは誰の事なんですか?聞くからに学園関係者だとは思うのですが…」

「滝沢黒乃……この名前に聞き覚えは?」

「それでしたら、KOKトップリーグの選手で、結婚を機に引退したと……え?“クロノ”?」

「まぁ、その疑問は正解。現在の名字は『新宮寺』―――この学園の現理事長は斗真と<絶対の女帝>滝沢優紀の叔母にあたるってわけ。」

 

世界は意外にも狭い……翔の出自もそうだが、彼の親友の身近にも凄い人物がいたことに驚きであった。ともあれ、その話は移動中でもできるので、駅の中へと入っていく四人。今日向かうのは学園近くにあるショッピングモール。確か、一輝たちも映画を見ると言っていたので、ジャンルによっては鉢合わせする可能性もある。ちなみに見るタイトルは四人である程度詰めていたので、最初から決まっていた。

 

「小さい映画館だからしょうがなかったけど、まともなのがなかったからな……結局アクション系にしたわけだけど。」

「タイトルを見た瞬間、ツッコミしかなかったがな。」

「あはは……」

「それは否定できませんよ。」

 

タイトルは『ガンジー 怒りの解脱』………もう何というか、非武装という悟りを通り越して有象無象爆破と銃撃しそうなそのインパクトに四人の意見がまとまった。とはいえ、上映までは時間があるので先に座席のチケットを購入し、開場時間まで時間を潰す意味合いも込めて明茜が買い物をしたいと言い出したので、付き合うこととなったのだが……その行先は男性にとって天国と地獄を味わうかのような場所であった。

 

「ルームメイトとして頑張れー」

「が、頑張るよ、ううっ……」

 

明茜の下着の試着に斗真が付き合うこととなったのだ。明茜曰く『責任を取ってほしい』とのことらしい。それがどういった意味での責任なのかは彼女も口を噤んでしまったためにそれ以上の追及はしなかった。というか、そこから追求したらロクな答えが返ってくる保証が皆無なだけに……だが、それは斗真だけではなかった。

 

「じゃあ、折角ですからカケルにも手伝ってもらいますか」

「…………」

 

エリスに連行されて二人の後を追う様な形となった翔も正直泣きたくなった。いや、健全な男子である以上異性が気にならない訳ではない。寧ろ気になる。だからと言って、そう言ったハプニングが続くのも大変なことだ。嫌われたくないので翔も斗真も……おそらくは一輝もそういったことを出来るだけ考えないようにしている。感情に流されて鍛練が疎かになるのが怖いということもあるのだが。ともあれ、理性をフル回転させて何とかしのぎきることに成功した。上映時間も近くなったので四人は映画館のある四階へと向かうこととした。翔と斗真はそのまま映画館近くのトイレに入ったのだが、そこで知り合いと鉢合わせとなった。

 

「あれ、一輝じゃないか。」

「翔!? 隣にいるのはこの前騒ぎの時にいた……」

「滝沢斗真という。よろしくな、黒鉄。で、そっちにいるのは…男だよな?」

「生物学的にはね。あたしは一輝の妹―――珠雫のルームメイトの有栖院凪(ありすいん なぎ)、『アリス』と呼んでちょうだい」

「なるほどね。昨年度一輝のルームメイトをしてた葛城翔だ。よろしく、アリス。」

「よろしく、翔。貴方は一輝や斗真と違って驚かないのね?」

「まぁ、世界を旅したお蔭で色んな人間に出くわしたからな。アリスぐらいならまだ『可愛げがあるレベル』だから」

「あら、そんなことを言う人なんて初めて見たわ。なんだったら、本気で狙っちゃおうかしら?」

「それはやめてくれ、マジで。俺は健全なんだ」

 

一輝とアリス、翔と斗真がトイレの中で出くわし、自己紹介することとなってしまった。どうやら、一輝たちも同じ映画を見るようで、身内だらけの様相となっていることに頭を抱えた。すると、斗真が何かを感じ取り、アリスもそれを察したようだ。

 

「……っ!三人とも静かに。どうやら『物騒な客』のお出ましのようだ」

「どうやら、そのようね」

 

状況が呑み込めない一輝をそのまま押し込むような形でアリスが個室に入り、その隣に翔と斗真が入り込んで静かにしていると、突如乱暴に開かれるトイレのドア。その様子からしても既に只事ではない―――すると次の瞬間、放たれるは実弾。しかも狙いを付けずに水平射撃する有り様。これにはその銃を乱射している人間の傍にいた人物が制止に入る。

 

「お、おい!人質がいたらどうするつもりなんだ!!」

「それなら心配いらねえよ。ほら、血の跡は見られねえ。なら人はいないってこった」

「ったく、ビショウさんに怒られても知らねえぞ……」

 

どうやら、このショッピングモールに人が残っていないかあらかた調べていた、ということであろう。制止した人物が発した言葉からすれば、人質にする腹積もりだということは明白。そして離れていく足音……それが聞こえなくなったところで、個室から四人が姿を見せた。翔と斗真は普通に、一輝とアリスは『影』から姿を見せた。

 

「すまないな、斗真」

「これぐらいどうってことねえよ。恩返しにも足りねえぐらいだ。しっかし、アリスの能力は便利なことだな」

「あら、理解が早いわね。もしかして、貴方も似たようなものなのかしら?」

「ま、ちょっとした手品もできる程度だけど。……ただの悪戯犯、ってわけでもなさそうだ」

 

先程の銃撃を斗真は『音波の壁』で遮断していた。それでも万が一ということを考え、アリスは自らの異能―――『影』を操る力で一輝ごと避難させていた。翔に至っては高密度の『雷』を纏うことで弾けるようにしていたが、なんとか無事にやり過ごせたようだ。ただの立てこもり犯にしては人数が多い……その中で翔は呟いた。

 

「―――<解放軍(リベリオン)>。その可能性が高いだろう。というか、何のイベントもないこのショッピングモールを占拠する考え自体阿呆だろ。人に恐怖というインパクトは確かに与えられるけど」

「『解放軍』というのは間違いないのか?」

「翔の言う通りね。あたしも昔、事件に巻き込まれたことがあって、その時の奴等と武装が同じだったから。そうなると、珠雫たちが心配ね」

 

<解放軍>―――この世界では最も名の知れた犯罪組織。彼らは伐刀者を『選ばれた新人類』とし、非能力者を『下等人類』と名付けた上で現在の社会システムの破壊を目論んでいる。力の在る者が力の無い者を支配する……誰しもが考えそうなことであり、ましてや超常的能力者自体の数をそう簡単に増やせない伐刀者が『選ばれた人間』というのも烏滸がましいことだとは思う。

 

「だな。でも、その前にやるべきことがあるな……翔、やるぞ」

「ああ、アレだな。一輝、理事長に連絡して、お前たちと俺、斗真、明茜、エリスの霊装の使用許可を。アリスは他に人が来ないか見張っててくれるか?」

「解った」

「承ったわ。その代り、さっきの霊装使用は黙っておいてね」

「あいよ」

 

そう言って斗真と翔は同時にトイレの壁に手を付き、それぞれの異能の波長を“ほぼ同じ”にする。その間に一輝は理事長に連絡を取り、アリスは周囲の警戒を行う。そして一輝が連絡を終えたと同時に斗真と翔もやるべきことを終えたようで、二人の元に近づいた。

 

「霊装の使用許可は下りた。で、翔と斗真は何をしてたんだい?」

「ああ。とりあえず二人とも、俺の掌に触れてくれ」

「?」

「? え、ええ」

 

翔から言われた言葉に疑問を感じつつも、彼の掌に触れる一輝とアリス。それを確認すると翔は異能を発動――― 一瞬、静電気が走ったような痛みが二人を襲うが、それと同時に流れ込んでくるのはこのショッピングモールの見取り図と人質のいるフードコートの状況。必要な情報を渡し終えたところで、翔は息を吐く。

 

「とりあえず、必要な情報は渡した。二人は人質たちのところに急いでほしい」

「それは構わないけど………翔達はどうするの?」

「他の<解放軍>を炙り出す。何、心配するなよ」

 

そう言って翔と斗真はトイレのドア側から出ていく。それを見た一輝は二人を止めようとしたのだが、トイレの外側を見た時には二人の姿がなかった。これにはどうしたものかと言いたげな表情で悩む一輝に、アリスは首を傾げつつ尋ねた。

 

「って、ちょっと……止められなかった。」

「ひょっとして、理事長さんに何か言われたのかしら?」

「ああ、うん………」

 

『極力葛城兄を<解放軍>と戦わせるようなことをしないでほしい。流石にリミッター全解放はしないだろうが、アイツは文字通りの『情け容赦ない』戦い方をしかねない。他の人からすれば『無残』とも言えるほどのな……』

 

黒乃にそう言わせてしまうほどの何か……翔は<解放軍>と何らかの因縁を持っている。そして、彼に同行した斗真も……恐らくはそれを知っている可能性が高い。だが、今はそんなことを考えている余裕はない。この間にも事態は進行しているのだから。

 

「アリス、翔達の事も気になるけど、ステラや珠雫たちも心配だ。そっちに急ごう」

「了解したわ」

 

アリスは自らの固有霊装―――ダガーナイフの霊装『黒き隠者(ダークネスハーミット)』を展開して<影の道>を作り出すと、アリスと一輝は人質のいる場所であるフードコートに急ぐこととした。別行動を取った二人の同級生のことも気にしつつ……

 




書いてて思ったこと……うちの女性陣、(一部天然)肉食系じゃね?(今更)

次回、ひっさびさの戦闘シーン。
翔だけでなく、斗真も暴れます。

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