落第騎士の英雄譚~規格外の騎士(アストリアル)~【凍結】   作:那珂之川

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7000字ってなんだよ……(白目)


#22 嵐の前の静けさ

時期は四月の早朝。まだまだ肌寒い初春……広大な敷地を有する破軍学園の敷地に四つの人影があった。

一つは正門前で浅く肩を上下しながら、水筒に入れたスポーツドリンクを飲んで渇きを癒しているジャージ姿の黒鉄一輝。二つはランニング後のストレッチを各自でこなしているジャージ姿の葛城翔とエリス・ヴァーミリオン。そして…三人からかなり離された場所でヘトヘトになりながらも三人のいる正門前を目指して走るジャージ姿のステラ・ヴァーミリオンであった。

 

トレーニングは一緒に暮らすことになってから三日目。元ルームメイトであったことから一分周期(サイクル)のダッシュとジョギングを30kmこなす翔と一輝のレベルにいきなり合わせるのは大変だと考え、二日目に関してはステラとエリスを20kmこなしてもらう形とした。それでもステラは吐いてしまった。

 

で、三日目。エリスは30kmに引き上げ、それに続く形でステラも30kmにあげようとしたのだが、いきなりはきついということで結果として25kmで妥協する形とし、一週間単位で余裕が出てきたら30kmに引き上げるという翔の提案をステラは飲む形とした。とはいえ、翔と一輝に関しては魔力制御訓練(翔は自身の異能に魔力を使わないが、コントロールの練習)も兼ねていることは、実はこの二人に伝えていない。別に意地悪しているわけではなく、オーバーワークを避ける意味合いが大きい。この二人も翔や一輝に劣らず負けず嫌いなので尚更である。

 

「それにしても、たった数日でここまでペースを上げられるのは流石だね。」

「皇国にいた時はほぼ毎日お姉ちゃんと打ち合ってましたから、そのお蔭でお姉ちゃんにも体力がついたのかもしれません。」

「そりゃ、毎日<変則軌道剣技>を受けりゃ否応にも鍛えられるよな。」

 

わずか三日で現在こなしているノルマの距離だけで言えば8割をへとへとになりつつもこなせるのは、才能だけではなく肉体面においても妥協せずにいじめぬいて身に着けたもの。努力に裏打ちされた証拠だ。少しずつ近づいてくるステラを見やりながら交わす言葉。そして、ステラがようやく正門前に辿り着いた。

 

「ゴールっ……!はぁ……はぁ……」

「お疲れさん、ステラ。」

「こ、これぐらい、どうってことはないわよ……」

 

そうは言っているものの、息を整えるのに集中しているせいか、汗を拭う余裕もないほどだ。その根性は大したものであると褒めるところであるが。一輝は労いつつも自分の持っているスポーツドリンクの入った水筒を差し出すのだが、それを見たステラは戸惑いの表情を浮かべている。これには一輝が首を傾げた。

 

「はい、ステラも」

「え?そ、それって……」

「?普通のスポーツドリンクだけど?」

「そ、そうじゃなくて、その…………間接キス……」

「あ、ご、ごめんね、気が利かなくて。男が口を付けたのなんて嫌だったよね?」

「そ、そうじゃないわよ……その、むしろ……いいから、よこしなさいよ!」

 

申し訳なさそうな表情を浮かべる一輝に対し、しどろもどろに答えるステラ……結局、ステラは一輝の持っていた水筒を奪い取るような形で受け取り、水筒のスポーツドリンクを飲む姿に翔とエリスが小声で話す。

 

「―――エリス、ありゃ一目惚れか?」

「可能性は大きいかと……私は歓迎するんですけど、お父様が何というか……」

「そのうち恋人になるでしょ。向こうも気にかかっているようだし」

 

ステラとしては自分を打ち負かした初めての同年代の少年に興味がある。それは先日のマウントポジション事件から明らかだ。対する一輝の方も自分からルームメイトになってほしいというあたり、どこかしら興味があるのは十中八九だろう。一年間ルームメイトをやってきた経験は伊達ではない……すると、エリスが翔に一つ質問を投げかけた。

 

「そういえば、カケル。先日お会いしたカケルのお母様のことなのですが」

「ん?何か気になることでも?」

「その、破軍学園に同じ名前の方がいたのです。あと、母様からも話を聞いたのですが……えと……」

「ああ、それね。やっぱりエリスとしては母さんのことが気になったか。それに関しては大方“予想通り”かもしれない、とだけ言っておくよ」

 

エリスが絢菜と話した後、エリスの母親―――つまりヴァーミリオン皇国の皇妃と電話していたようで、その折に彼女の素性を知ったらしくエリスは戸惑っていた。それに対する翔の答えは『肯定』とだけ答えた。何せ、この事情を知っているのはここにいる四人で言えば翔と…知ることとなったエリスの二人だけだ。

 

「どの道摩琴姉と母さんが教員になっちゃった以上は避けて通れないことだからな。……妨害してくるつもりなら、切り札は大量にある」

「はは、逞しいですね。お父様相手でも物怖じしない様相が目に浮かびますよ」

「“害しか齎さない”面倒事は嫌いなだけの人間だよ、俺は」

「それは普通だと思うのですが……そういえば、お姉さんに名前を付けていますけど、他にも?」

「ああ。もう一人は結婚して名字が変わってるからね。髪の色も俺や摩琴姉とは違うし……ブラコンじゃないけど、何かと世話焼きの優しい姉だよ」

 

努力ならばいくらでも積み上げることに苦はないのだが、面倒事は御免被る……そう言いのける翔に苦笑を零すエリスだったが、気になる質問を翔に投げかけ、それについて答える。年齢で言えば翔から四つ上で、十六歳の時点で結婚して既に子どもまで授かっている。普通ならば反対されるだろうが、その姉もれっきとした伐刀者であり、公式戦には世界大会までいける予選会を一気に勝ち上がり、彗星の如く中学生(シニア)の世界王者となった人物。それもたった一度限り……そして、彼女は今別の舞台にいる。

 

「実力に関しては確実に摩琴姉より上。でも、『魔導騎士の雰囲気は私に似合わないからパス』と言って、今はSPやってるよ」

「じょ、女性がSPですか!?」

「驚くのも無理ないかな。でも、世界各国の首脳夫人からオファーが殺到するぐらいに信頼されてるって言えば、その凄さは解るだろ?」

「それは解りやすい信頼度ですね」

 

どうしても異性のSPというのには抵抗があるという女性のVIPも少なからずいる。そう言った方々に安心してもらえるような女性のSPをこなしている。男性との体格差はあれど、摩琴すら上回る実力者という実績に加え、元世界王者ともなればこれ以上に無い信頼度ともなる。そんなことを話していると、一輝とステラが二人の会話が気になって近づいてきた。

 

「二人とも、楽しそうに話してるけど何の会話?」

「ちょっとカケルの姉について話してたんです。そうだ、お姉ちゃん。お姉ちゃんがファンのあの人、ここの教員だって」

「えっ!?<千鳥>と呼ばれてるマコトさん!?」

「そうだよ。で、カケルのお姉さんだって」

「ちょっと、何で教えてくれなかったのよ!?場合によっては燃やすわよ!」

「そんなふうに興奮してまともに会話できなくなるからだよ!!だから『妃竜の罪剣』出すのやめーや!」

「あはは……ステラにそんな趣味があったことを初めて知ったよ」

 

笑顔を浮かべるエリス、霊装を展開して翔に食い掛かろうとする表情のステラ、それを真剣白羽止めで抑える翔、そんな光景に苦笑する一輝であった。ともあれ、摩琴にはサインを貰えるよう交渉することで妥結した。何せ、写真や握手は気軽に応じるが、滅多なことでサインを書かないのでプレミアがつくほどであった。そんな会話の中、一輝は正門前に置かれたもの―――『入学式・始業式』と書かれた看板を見つめている。

 

「にしても、あっという間に一年か……翔とはその時からの付き合いだよね」

「だな。周りから『黒鉄といるとよくない』とか言われた時は、消しゴムに画鋲仕込んでやろうかと思ったよ」

「地味にヒドイ嫌がらせだよね、それ!?まさかやってはいないよね!?」

「物の例えだよ」

「翔は地味にやりそうだから冗談に聞こえないんだけど……」

 

不当にチャンスを奪われ続けた一輝。そして、自らの力の事もあるが自分の出自絡みで一輝のルームメイトを続けた翔。ちなみに、一輝と翔の『血縁関係』を一輝は知らない。まぁ、どの道黒鉄本家が一輝の妨害をするならば、自身にもそれが降り掛かってこないとは限らないからだ。

 

「生徒はともかく、前理事長派の教員の弱みはきっちり新宮寺理事長に渡したけど」

「………聞かなかったことにしておくね」

(カケルがイッキのルームメイトを一年間できた理由がよく解ったわ……)

(あはは……)

 

翔と一輝の会話を聞いたステラとエリスは揃って苦笑を零した。転んでもただでは起きない曲者だからこそ、というのもあるのだが……エリスには解っていた。会話の中に出てきた言葉にその意図はなかったとしても、翔への侮辱も含まれているからこそ彼も面白くない気分であったのだと。それは彼自身親友とも言える一輝に対して気を使っているので、口に出すことは決してしない。話題は自ずと今度入ってくる一年生の話となる。

 

「そういえば、記憶が確かなら一輝、お前の妹の珠雫(しずく)ちゃんも今年入学じゃないのか?」

「そうだよ。先日メールでここに入るって聞いてね。そういや、この前の正月に出会った明茜(あかね)ちゃん?だっけ…あの子も?」

「そうみたいだな。あそこなら巨門のほうが近いんだけど、『家の近い方が落ち着く』って言ってたからな」

「えと、カケル。その子って?」

「妹だよ。正確には再従妹だけど、そういう感情は持ってない。あと、一輝の妹はちゃんと血が繋がってるから」

「ならいいわね。」

「え?」

「(解りやすくないか?)」

「(解りやすいですね)」

「そこの二人、聞こえてるわよ!!」

 

会話の中で出てきた二人の少女。一輝の妹の黒鉄珠雫(くろがね しずく)と翔の再従妹であり義理の妹でもある葛城明茜(かつらぎ あかね)……ステラやエリスという“Aランク”には及ばないものの、“Bランク”では上位に位置する二人。無論入学生の中でステラとエリスに次ぐ成績で入学している。双方共にAランクとなるだけの資質を持つだけに気になる。まぁ、一輝としてはこの学園に来る前の『唯一の家族』と言っても差し支えない存在であろうその妹に会えるのが楽しみなのだろう。

 

「まぁ、何にせよこれから慌ただしくなりそうだな……」

 

そう言って翔は空を見上げる。確かに一年という時間は戻ってこない……でも、その間何もしなかったわけではない。寧ろもう一回一年生が出来ることには感謝だ。中途半端にやり直すより一からリセットした形からの学園生活……新たに出来た好敵手と本気でやり合えるのだから。七星剣武祭代表をかけた戦いが今ここから始まっているのだから……

 

 

広大な敷地を持つ破軍学園。東京ドーム十個以上の敷地を持つだけに、学校自体は郊外にあるので何かと不便な面もある。その一つである交通面を担っているのは学校内の駅と市街地を繋ぐモノレールだ。学園行きのモノレールを待つ一人の少女……銀色の短髪に翡翠色の瞳を持ち、その身に纏うのは破軍学園の制服。色素薄目なその肌から薄幸そうな印象を纏う少女は鞄一つで到着した学園行きのモノレールに乗り込み、空いてる座席に座る。

 

「………」

 

傍から見ればその光景を見るだけでも絵になるような印象。その少女は窓の外の風景を見つめながら、ここに来る前の事を思い出す。それは、彼女が知らなかったこと―――身内に関わることを言い合った事であった。

 

『何故ですか!?どうしてお兄様にあのような仕打ちをするのですか!?』

『お前がそれを知る必要などない。強いて言うならば、才能の無いものに何をしても無駄だということだ。』

『だからお兄様の事を見ようともしないのですか!答えてください、お父様!!』

『………そろそろ出ないと、遅れることになるぞ。』

『………失礼しました。』

 

『才能がないから』……そんな理由で自分の愛しい兄を、父も、母も、その上の兄も、“ほとんどの”親類も、愛情を注ごうとしなかった。その少女は、その中でも一輝と向き合ってくれた人がいた。

 

(私の知る限りにおいては、お兄様を認めてくれた人がいた……でも、その人も黒鉄と縁を切る形であの家を去ってしまった。)

 

その人の事を皮肉るつもりなどない。あの人は愛する人と結ばれたいのに、それを黒鉄本家の干渉……いや、少女にとっての()()()()が干渉したのだ。結果として、彼女は不合理な決闘に勝って黒鉄の名を捨てた。そこにどれほどの決意があったのかは解る。彼女の事を調べる過程で知ってしまったこともある……これを実の兄に伝えることはできない。そんなことを考えていた少女に話しかける人がいた。

 

「すみません、どこも空いてないみたいなので、相席してもいいですか?」

「え?ええ、構いませんが。」

「ありがとうございます。それじゃ失礼しますね。」

 

銀髪の少女の向かい側に座ったのは、薄めのラベンダー色の長い髪を持ち、上の方を短いツインテールにしている少女。そしてアメジストを彷彿とさせるような紫の瞳。その服装は自分と同じ破軍学園の制服であった。向かい側にその少女が座ると、その子は鞄から何かを取り出して向かい側に座る銀髪の少女に差し出した。

 

「えと、お礼と言いますか、お近づきの印にどうぞ」

「お饅頭、ですか?」

「うん、私の実家の名物なの。あ、もしかして苦手だったかな?」

「……いえ、ありがたくいただきます。……美味しい」

「よかったぁ。えへへ、こんなところで出会えたのも何かの縁だね。あ、そう言えば自己紹介してなかったです。私、葛城明茜(かつらぎ あかね)と言います。よろしくね」

「……」

 

少女は驚いた。素性を知らないとはいえ、自分に対してここまで親切に接してくれる人は久しぶりであった。今まで見て来た媚び諂う様な大人達とは違うと率直に感じ取れるほどに。そして、『葛城』と言う名はその少女にとって聞き覚えのあるものだっただけに尚更だ。

 

「黒鉄珠雫(くろがね しずく)、と言います。噂は聞いてますよ。<天雷の士(スターセイヴァー)>の二つ名がつくほどだそうで」

「そんなことないです。<深海の魔女(ローレライ)>って二つ名がつく人に比べたら……えと、珠雫ちゃんって呼んでいいかな?」

「そこは好きにしていいですよ。じゃあ、私は明茜って呼びますね」

「うん、よろしく珠雫ちゃん」

 

自分の名字を出しても物怖じしない……やはり、『葛城』という名を持つ者たちは確固たる意志を確実に持っている。権力といった力に屈しないだけの胆力を。無論それだけではないだろうが、向かい側に座るその少女―――明茜とは仲良くやれそうな気がする、と珠雫はそう思った。…そんなやりとりをしている間にモノレールは出発し、学園へと向けて動き出す。すると、明茜の方から珠雫に質問が投げかけられる。

 

「ところで、珠雫ちゃん。珠雫ちゃんってお兄ちゃんがいたりする?」

「え?ええ、二人兄がいますよ。」

「そうなんだ。私もお兄ちゃんと二人お姉ちゃんがいるんだ。直接血は繋がってないんだけどね。」

「もしかして、従妹ですか?」

「再従妹なの。でも、みんな優しくて……って、聞きたいことはそれじゃないんだった。えと、珠雫ちゃんの名字を聞いて思った事なんだけれど、“黒鉄一輝”って知ってる?」

 

互いに兄という存在を持つ身。血の繋がりなど関係なく本物の家族同然に扱ってくれることに明茜は感謝している……というのを置いておき、問いかけた人物の名に珠雫は驚きを露わにした。何せ、この学園に進学を決めた理由の一つにその人物の存在があったからだ。一輝を知るのがまさか葛城の人間だとは驚きだったが、問い詰めるのはこの少女に失礼だろう…そう考えた珠雫は心の中で深呼吸をしながら、明茜の問いに答えた。

 

「ええ、私の愛しのお兄様です。でも、明茜は何故知ってるのですか?」

「えと、多分お祖父ちゃんが興味を持ったらしくて、この間の年末年始にお兄ちゃんが連れてくる形で来たの。異能使っても勝てなかったんだけどね……正直吃驚だったよ。同年代であそこまで“至った”人間はいないって言うぐらいだし」

「そうだったんですか。まさか、お兄様に会ったことがある人に会えるなんて思いもしませんでした」

「私もその人の妹に会えるなんて思ってなかったよ。そうだ、珠雫ちゃん。その、珠雫ちゃんさえ良かったら、友達になってくれないかな?」

「……選抜戦で当たった時は容赦しませんよ?」

「それは勿論だよ。お兄ちゃんにも『礼には礼を』って教わったからね」

 

どこか純粋そうな雰囲気であるが、その根底にある芯がはっきりしている……先程の発言は少し無粋であったと珠雫は笑みを零した。そこで、珠雫はふと明茜の根底にあるであろう“お兄ちゃん”の存在が気になり、問いかけることとした。

 

「明茜、ちなみにですが、そのお兄ちゃんという人は……」

「お兄ちゃんは葛城翔って言うんだ。昨年度はさっき言っていた一輝さんのルームメイトだったんだって」

 

珠雫は明茜の言葉に対して内心驚愕していた。明茜の兄が自分の兄のルームメイトであったという繋がりもさることながら、珠雫はそれ以上にその人物を知っている。何故ならば、彼が能力を発現するきっかけとなったあの時、観客としてあの場に自分自身もいたのだから。その顛末も知っている……そして、知らされることのなかった事実までも、彼女は()()()()()()()

 

黒鉄珠雫と葛城明茜………そんな二人もまた、破軍学園の七星剣武祭代表候補に名乗りを上げていくこととなる。

 

 




ちょっと補足。珠雫は絢菜の存在もあって完全な人間不信というわけではなくなっております。ちょっと自制の利く感じにしました。当人の前では……続きはWebで(何

あと、明茜のイメージはぶっちゃけア○タリスクで刀使う子みたいな感じです。中身は色々違うけどね!ww

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