落第騎士の英雄譚~規格外の騎士(アストリアル)~【凍結】   作:那珂之川

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―弐― 新たなる風の予感
#21 偏り過ぎるのもよろしくない


まるで一週間を詰め込んだような一日も終わり、異性がルームメイトということから付随したハプニング―――あれは軽く作為的なものも含まれるが。心機一転、気を引き締めて頑張ろうと目を覚ました翔が見たものはいつものベッドの様子と違っていた。……いや、この場合は違っていたと言うよりは“状況が飲み込めない”と言うべきだろう。なぜならば、今の翔の視界は

 

「(目を覚ましてるはずなのに、目の前が真っ暗ってどういう状況だ……?)」

 

完全に真っ暗であった。そもそも寝つき自体はいいほうだと思うし、アイマスクなど着用して寝ることなど()()()()()()()。間違って真夜中に起きた可能性も考えたのだが、それならば窓のカーテンの隙間から僅かな光が覗く光景も見ることができない、完全な暗闇だ。

 

(……考えたくはないけど、まさか……)

 

次第に翔自身の意識がはっきりしてくるにつれて、視覚のみならず他の五感も働き始める。その中の触覚―――顔を覆っているのは枕よりも『生暖かい』もの。柔らかさと弾力の両立を果たしている存在。おまけに聞こえる『くすぐったさを押し殺すような声』。ついでに自分の身体の周りにまとわりつくような感じに近い拘束感。いやな予感がして、翔は異能で自分の置かれた状況を瞬時に察した。そして、

 

「時折とかは許したけど、初っ端からやるんじゃねえ!!」

「ひゃうん!?」

 

翔はその拘束を解除し、拘束という名の抱きつきをしていた相手―――エリスをデコピンで強制に叩き起こした。これには流石のエリスも痛みのあまり飛び起きる羽目となったのであった。ようは簡単な事……エリスが二段ベッドの上に寝ている翔の寝床に潜りこんで、彼に抱きつくように寝ていたということだ。嬉しくはないわけじゃない……だが、翔自身エリスに対する感情がはっきりとしていないので、甘えるのも甘えさすのも控えめにしようとするのだが、ルームメイトが()()では厳しいであろう。それを思っても口にしたら負けだと思うので、黙ることしかできないのだが。

 

「うう……もう少し優しく起こしてほしいです」

「初日の夜にいきなり潜りこんでくるだなんて、誰が予想できるか……」

「え?でも日本には『ヨバイ』という文化があるんですよね?」

「おい、誰だそんな文化吹き込んだ人は。ちょっとお話ししようか」

 

そう言って二人は部屋のソファに座る。OHANASHIではなく、れっきとしたお話だ。議題は無論『エリスの持っている日本の知識』。そして、至った結論は現代の日本を知らない外人によくある室町・安土桃山から江戸時代あたり―――封建社会時代の日本であった。それはどう考えても“意識の違い”が生じるのは当たり前の話だ。そもそも、昨日のステラの件からしても民主政の日本と帝政のヴァーミリオン皇国という統治システムの違いから来るものも少なからずあるのだが。というかだ、留学にあたって日本の事を学ばなかったのかと尋ねたところ、

 

「お姉ちゃんが日本の番組のDVDを持ってたので、それで知識を学びました」

「それ絶対に知識が偏るの不可避じゃねえか!!……はぁ。とりあえず、その辺りは後でお勉強といきますか」

 

これ以上聞くと朝から疲れ切るのが目に見えたので、翔はそれ以上の追及を止めた。いや、止めないと体力どころか命まで削られそうな印象を拭えないからだ。ただでさえエリスのネグリジェ姿は男子である翔にとっては眼福を通り越して“兵器”なだけに。それはともかく、翔は昨日言いそびれていたことを尋ねることにした。

 

「あ、そうだ。実は俺と一輝、毎朝鍛練してるんだけど、よかったらエリスもどうだ?無理にとは言わないけれど。」

「鍛練、ですか。それなら大丈夫ですよ。こう見えても毎朝フルマラソンしてましたから。」

「成程。確かにあの伐刀絶技(ノウブルアーツ)を考えるとそうしててもおかしくはないか。ちなみに、ステラの方は解るか?」

「そこまで体力はないと思います。何せ、同じ種類の武器でも振るい方が両極端ですから。それに、お姉ちゃんは起こすのが大変なので。」

「まさしく“竜”だな、それ。」

 

エリスの伐刀絶技はそれこそ緻密な魔力制御を要求される。絶大な魔力量を持っていても魔力制御がおざなりではすぐにガス欠になる……とりわけ広範囲にも及ぶ伐刀絶技ならばなおさらだ。そこから考えてもエリスの発言には納得できるものがあると翔は判断した。それでなくともエリスの振るう<変則軌道剣技(シフトチェンジアーツ)>は一度に複数の剣撃を振るう様なものなだけに、それを持続して行えるだけの体力が不可欠だと彼女自身理解した上で長距離走に取り組んでいる……ともなれば、翔や一輝のやっている鍛練にもエリスはついていけるであろう……ステラにしてみれば『きつい部類』になるかもしれないが。

 

「解った。とりあえず、着替えたら向こうの二人を待とうか。……そういや、着替えどうしよう。」

「え?私は別に構わないんですけど?」

「俺が気にするの!!」

 

普通女性が恥じらいを持っているもののはずだ。なのに、ルームメイトである彼女はそこら辺に欠けているのか大胆というべきなのか……結局、背中合わせで互いに着替えることになった。本当ならば別々の部屋がいいのだろうが……隣の部屋の二人は現状別々に起きるので、さして問題はないだろう。この状況になって初めて翔は一輝の事を羨ましいと思った……この部屋分けにしたのは他でもない翔自身なので自業自得ということは甘んじて受け入れることにした。理解はしても納得できないことは山の如くあるのだが。

 

 

動きやすいジャージ姿に着替えて、部屋を出たところで同じように着替えていた一輝が部屋の前にいた。見るからにステラを待っているような節であった。すると、ちょうど部屋を出てきた翔とエリスに気付いて挨拶を交わす。

 

「おはよう、翔にエリス。……翔、ひょっとして疲れてる?」

「おはようございます、イッキ」

「おはよう、一輝。まぁ、朝っぱらから色々あり過ぎたとだけは言っておく。一輝はステラ待ちか?」

「そうだね。一緒に走るって聞かなかったものだから……って、エリスも?」

 

翔の様子がいつもと違っていたことにすぐ気付いた一輝が問いかけると、翔はお茶を濁す様な答え方をしつつ話題を変えるように一輝のルームメイトのことを尋ねたところ、どうやら押し切られる形になってしまったようだ。負けず嫌いな彼女らしいと言えばその通りなのだが。

 

「はい。向こうにいた時も長距離走は欠かさずやってましたから」

「一応、その辺りは本人から聞いた限り大丈夫だろう。残る問題は彼女だけなんだが……」

「お待たせ、イッキ。って、翔にエリスじゃない。おはよう二人とも」

「おはよう、お姉ちゃん」

「おはよう、ステラ」

 

ともあれ、どれぐらいついていけるのかを見るためにも一輝と翔がステラとエリスに対して簡単に説明をした後、30kmのジョギングを開始した。だが、このジョギングはただ走るだけではない。一分間ジョギングから30秒間ダッシュ、それを交互に繰り返して30kmを走る。それだけでもかなりきついのだが、ここから更に魔力制御の一環で足の裏だけに魔力を固定する。これほどのことを同時にやるので、実質100km以上走っているようなものだ。流石に初日なのでステラとエリスには魔力制御抜きのダッシュ&ランニングの30kmに専念してもらい、一輝と翔は普段通りの30kmをこなすことにした。その結果は……

 

「まぁ、こうなるだろうなとは思ってた」

「もう、意地を張るからだよ、お姉ちゃん」

「はぁ………はぁ………」

「大丈夫?ステラ」

 

途中でステラがぶっ倒れる有り様となったのだ。長距離走を走りこんでいるエリスも軽く息が上がっている様子に、純粋なランニングから段階を踏んだ方がいいと思う。最初からオーバーペースでやっても絶対にもたないのは翔も一輝も同じ……なので、限界を少し超え続ける要領を繰り返して今の段階に至っているということをきちんと説明すべきだろう。ということで、ステラが落ち着いたのを確認した上でそのことを話し、慣れてくれば30kmに上げてもいいという形にした。

 

「はぁ、アタシも負けないぐらい努力してきたつもりだけれど、カケルとイッキはそれ以上だったのね。これはアタシも負けてもおかしくないわよ。というか、エリスは何で誘ってくれなかったのよ!!」

「だって、お姉ちゃん……最初のころ誘ってたけど『あと5分…』と言って全然起きなかったでしょ?最近は改善されたけれど」

「うぐ……」

 

エリスに噛みつくような発言をしたところ、それに対するエリスの言葉にステラ本人はぐぅの音も出なかった。私的な所は気が緩むとそうなる傾向があるらしいが、それは改善しているようである。ステラの様子も落ち着いたので、一輝とステラ、翔とエリスで<幻想形態>の霊装を展開する。尚、指定された場所以外での霊装の展開はこの学園の責任者―――つまりは理事長の黒乃が許可の権限を持つのだが、その辺りの柔軟な判断を鑑みて、絢菜にもその権限があり翔は昨日会った段階でそのことを聞いて許可を貰っている。無論、非常時ではないので伐刀絶技自体は禁止としている。

 

「……ふっ!」

「はあっ……!!」

 

『叢雲』を振るう翔と『緋凰の魔剣』を振りかざすエリス―――互いに交わされる剣撃の応酬。一輝とステラは先に休憩にすると、翔とエリスの剣術の鍛錬という名の試合を見つめながら会話を交わす。

 

「ふぅ……にしても、アタシですら一苦労のエリスの剣撃に()()()()()()だなんて、正直カケルは凄いわよ。聞けば、模擬戦の開始時点で彼女の得意とする<三重円舞(トライサークル)>を初見で見切ったそうじゃない?」

「僕も傍から見ていたから解る。多分僕ですら初見の一撃は貰っていた可能性が高かった」

「アタシの剣技を“盗んだ”イッキがそこまで言うだなんてね」

「はは……何せ、翔は<六道の雷神>から武術を学ぶだけでなく、世界のあらゆる武術を蓄積した上で『分析(アナライズ)』することで自分の戦闘スタイルを確立したからね。一年間同じルームメイトだった時に、色んな技巧を学ばせてもらったよ」

 

人間は見たもの全部を記憶することはできない。それをやってしまうと脳の伝達神経が焼き切れてしまう。だが、翔はその行為自体を可能としている。人間の神経を伝う電気信号……翔は何とこの電気信号の大半を“雷で補う”という大胆な手段に打って出た。武術における技巧を解析し、その欠点を他の武術の技巧で埋めることにより『上位互換の技巧』を生み出す―――ようは一輝の<模倣剣技(ブレイドスティール)>と似たようなもの。膨大な脳容量をフルに駆使し、なおかつ体内の電気信号に異能をプラスすることで伝達処理速度を極端に上昇させ、目にしたものすべてのあらゆる技巧の上位互換を生み出す翔にしかできない技術―――<模倣技巧(スキルラーニング)>。

 

なお、流石に翔といえども一輝の<模倣剣技>は完全に真似できない。あれは拠り所となる基本剣術を持たないが故の芸当であり、翔がやろうとすれば確実に基本剣術である『葛城八葉流』『八葉理心流』がベースとなった上でのものであり、その状態で一輝と似た芸当をしても、それは相手の剣術の上位互換とは言えなくなる。しばらく打ち合っていた翔とエリスであったが、休憩ということで二人も霊装を解除して一輝とステラのところに来る。

 

「おつかれ、翔」

「ありがと、一輝。いや~、エリスの剣術は正直怖いと思うよ」

「それを捌ききっているカケルに言われると癪なのですが……」

「エリスの言うことも尤もね」

「ステラまでそれを言うか……別に嫌味言ってるつもりはないんだけどなぁ」

「ふふ、解ってますよ」

 

エリスとステラの言葉に頭を抱えたくなる翔。その姿にエリスは笑みを零し、一輝はそんな親友の姿を見て苦笑を浮かべるほどであった。そして翔とステラ、一輝とエリスで手合わせをした後、一輝とステラ、翔とエリスは学園のシャワー室で汗を流した後、それぞれ部屋に戻った。そして翔が机の上に置いたのはノートPC―――インターネットを用いつつ、近代~現代の日本について勉強することとなる。翔にしてみれば復習にあたるのだが。

 

「まずは知識の確認なんだけど、エリスはどれぐらいまで知ってる?」

「そうですね、日本が第二次世界大戦に勝ったところまでは理解してます」

「だとしたら、その辺かな」

 

当時の日本……いや、現代もそうなのだが、石油という資源は常に付きまとう問題であった。仮に開戦してもその不足を完全に補うのは難しい。いや、むしろ逆に窮地に立たされることであろう……そこで考え出されたのは、“異能”を持つ超常能力者の集団に独立した権限を与え、完全なる遊撃部隊として敵部隊を掻き乱すということであった。非現実というべきか、そんな夢物語が可能なのかと……その部隊に配属された中心人物は、後の<サムライ・リョーマ><闘神><六道の雷神>と呼ばれる三人の青年。

 

戦争―――第二次世界大戦の相手国でもある連合国軍は日本を侮った。彼等に力があろうとも、それをねじ伏せるのは可能なのだと……だが、それをいとも簡単に覆したのは<六道の雷神>葛城左之助の知略であった。彼は自らの異能で信頼できる人にのみ伝達し、作戦遂行を迅速かつ内密に行った。それもそうだろう……“筆談も耳打ちも要らない伝達手段”を用いるということ自体想像できるわけがない。彼は暗号通信が敵軍に知られていることも前提で作戦を立案した。それに従い<サムライ>や<闘神>は敵の攪乱というか殲滅に近い所業を成し遂げるほどであった。

 

曰く『飛行機から飛び降りた人が地面に拳を叩き付けただけで飛行場にクレーターができた』とか、『突如積乱雲が発生し、敵機を一機残らず撃墜した』とか、『目視で視認できない距離から海面とほぼ水平に戦艦の砲弾が飛んできた』とか………

 

とまぁ、現実離れした戦果のお蔭というか“そのせい”で日本は戦勝国側となり、戦後は軍部のごたごたなどもあり……その後民主政へとその道を大幅に転換することとなる。それに関わる因縁が未だに燻った状態なのは言うまでもないことだが、今はその話をする必要などないので翔はその話題をしないことにした。

 

「とまぁ、今の日本は平和な方だよ。」

「そうだったんですか。てっきり田舎の方はニンジャがいるのかと思ってましたよ。」

「それは流石にないからな?」

 

翔の目の前にいる皇女の知識の偏り具合に、彼は頭を抱えた。ともあれ、理解してくれたところで翔はブラウザを閉じようとした時、気になる記事を見つける。それは、タイトルが『ヴァーミリオン皇国の天才騎士、無名の騎士と戦い……』という意味ありげなタイトルになっていた。それは翔がよく見ているニュースサイト―――翔は気になってそのページを開き、貼られていた動画を再生すると……それは紛れもなく、一輝とステラ、そして翔とエリスの模擬戦の様子であった。流石に携帯からのものなので、全体的にぼやけているのは仕方ないが。

 

「え、これって……!?」

「誰かがあの戦いを撮って、アップロードしたってことか。少なくとも破軍学園の誰かだろうが……どうやら、これで存在がやや表に出た形になるか」

 

紛れもなくAランクの伐刀者を破った二人の『無名』の伐刀者―――その噂は既にネットの巨大掲示板でいくつものスレが乱立するほどであった。それを見た翔は、自らの力も出自もいずれは知られることになるのだとため息を吐いた。

 




あけましておめでとうございます。今年も宜しくお願いします。

気が付けばUA30000……お年玉的なものは一切ございませんがw

本編を簡潔に述べるのならば、二度あることは三度あるって偉い人が言っていた(何

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