落第騎士の英雄譚~規格外の騎士(アストリアル)~【凍結】   作:那珂之川

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番外編です。ナンバリングは設定などの『EX○○』を使っていきます。


主人公というよりは、どちらかと言うと前の話に出てきた人のお話。


EX01 神風たる所以

『―――僕、世界を見に行くよ。』

 

息子がそう言いだしたのは、“もう一人の息子”が亡くなって半年が経とうとした頃。その頃の家族はいつバラバラになってもおかしくはなかった。“名誉挽回”で多忙な父や息子より年上の娘、身内の死による別の噂により自らの出生を知って精神的にまいってしまった義理の娘。黒鉄家からの“あらぬ疑い”が家族で過ごすという時間を確実に奪っていった。そんな中で、息子は自らの中に芽生えた力を見つめたい……その想いを遮る理由など、私にはなかった。

 

『解ったわ。見てきなさい……そして、最低でも一ヶ月に一回は絵はがきでもいいから送ってきて。』

 

そして、あの人を頼ることとした。翔一人でも問題はないだろうが、万が一のことを考えて……あの人の祖父である“六道の雷神”その人を。それからは、私は今までに引き受けていた仕事の量を大幅に減らし、息子に代わって家を守る立場となった。本当ならば、家事のことはこの家の大黒柱の妻である私がそれをしなければいけなかった。だが、その役目を伐刀者としての才能が乏しかった息子が担っていた。今はいないもう一人の息子や義理の娘の面倒を一手に引き受けてくれていたと思うと、私の方こそ“頭が上がらない”思いで一杯だった。

 

息子が旅に出て数日後、最初の絵ハガキが届いた。映っている場所には流石に戦慄したが、『本気で死ぬかと思った』という言葉にちゃんと生きているという表現が伝わってくるような気がしたのだ。後で聞いた“死ぬ気での旅行”には正直引き気味になってしまったが。次は一ヶ月後……と思いきや、その数日後には別の国で撮った写真を貼りつけたはがきが送られてきた。

 

そうして一ヶ月後には約50枚近くの絵ハガキが届いていた。そのはがきは息子が負けじと頑張って旅行しているという証。言い出したからには貫き通す……その思いがひしひしと伝わってくる。その思いは“負けられない”という気持ちに繋がった。

 

『翔も頑張ってる。留守を預かる私がへこたれちゃったら、翔だけじゃなく健にも顔向けできないもの。』

 

二ヶ月、三ヶ月と経つごとに積み上がっていく絵はがき。一ヶ月に一枚ぐらいと思っていたそれは、気が付けば200枚を超えていた。それを見た夫や娘たち、そして義理の娘はそのはがきによって勇気づけられ、気が付けば家族での団欒の時間が増えていた。たかが絵はがきと言う人もいるかもしれない。通信技術が発達したこのご時世にはアナログな手段……でも、しっかり形に残るからこそ、私達家族は息子からの手紙を楽しみにした。

 

そして、その過程で気が付いてしまったのだ。私達を支えていたのは伐刀者としては“落ちこぼれ”と言っても差し支えない彼なのだと。天国に行ってしまったもう一人の息子の事を誰よりも理解してあげていたのも彼なのだと。

 

だから、私も含めて家族全員で決めた。息子が魔導騎士を目指すのであれば全力で応援すると。彼自身が乗り越えるべき“壁”はともかくとして、彼を遮る“見えない障害”があれば躊躇いなく破壊すると。……例えそれが“()()とも言える権力を有する自らの実家”相手であってもだ。

 

 

「―――で、何でうちの息子を留年させたがっているのか説明してくれるかなぁ?く・ろ・ちゃ・ん・?」

「ま、待て!落ち着いて話を聞いて」

「問答無用!!」

 

―――ステラとエリスが留学のために来日した日から遡ること約8ヶ月前。葛城家を訪れた黒乃を待っていたのは……絢菜のお仕置き(アイアンクロー)であった。この時点でまだ理事長ではなかったが、“思わぬ助け”と理事会の承認を受けて10月から破軍学園の理事長を務めることが決まっている。そして、七星剣武祭の優勝を狙うための準備を進めるべく、理事会に了承してもらった上で黒乃は“最大の難関”に挑んだのだ。

 

「やれやれ、魔導騎士になってからさらに磨きをかけたようだな。……その、煙草を返してほしいんだが?」

「うちは禁煙ですので。」

「はぁ……」

 

黒乃と絢菜―――二人は学生騎士時代、破軍学園の序列一位(絢菜)と二位(黒乃)という“常識外れ”の強さを誇り、七星剣武祭においてはその二人に加えて<為神(なるかみ)>と<夜叉姫>の“四天王”と謳われるほどの強さであった。その後、そのうちの二人―――<為神>と絢菜は魔導騎士に、黒乃と寧音はKOKの道を歩むこととなった。そして時は経ち、その道は再び交わった。黒乃は事情を話さないと目の前にいる親友は納得してくれない……それを察して、話し始めた。

 

「葛城はこのままいっても進級は確定だろう……だが、どうやら黒鉄本家が目を付けているようでな。それを察してか、アイツは実戦授業の模擬戦全てを場外負けにしているとのことだ。それには彼のルームメイトが『黒鉄家の人間』ということが関わっているらしい。」

「翔と同年代、しかも同性のルームメイト……一輝君かな?」

「おや、知っているのか?いや、お前なら知っていても()()()()()()()な。」

 

そう、葛城絢菜の旧姓は“黒鉄”。れっきとした黒鉄本家の人間であり、現当主である厳の妹に当たる。元々破天荒な性格で、才能ばかり褒め称える身内に嫌気がさして自らの祖父である黒鉄龍馬の元に身を寄せていた。『鍛えてほしい』というぶっきらぼうな言葉を言い放った幼い頃の絢菜に、龍馬は笑みを零した。馬鹿にしたわけではなく、自分から分相応の大人になりたくないから逃げだしたというその意気込みを称賛するように。

 

「一輝君とはそれこそ何度か顔を合わせる程度だったけどね。最後に顔を合わせたのは、私の結婚式の数日前かな。」

 

一輝と最後に顔を合わせた時―――既に子どもも生まれていたのだが、結婚式はおろか入籍も“妨害された”。その原因は葛城家に嫁ぐことを反対した黒鉄家の人間たち。それは自分の兄でもある厳も絢菜が嫁ぐことを頑なに反対した。その理由は家名の格が下がるという、絢菜にしてみれば“非常にくだらないプライド”。なので、彼女はこう言いのけたのだ……

 

『私を真正面から打ち負かせるならば、そのことは白紙にする』と。

 

その時には正真正銘のAランクとなっていた絢菜。子供を産んだ身とはいえ完全にブランクは解消済。“七星剣王”にもなったことのあるその実力に敵う人間は、黒鉄本家・分家の中には()()()()()()()()()()()。だが、それでも何とか止めようと一対複数という非常識極まりない決闘の結果、勝ったのは絢菜であった。

 

『黒鉄の家には今後一切頼らない。もし私の邪魔をしたら………潰すよ?』という脅迫じみた言葉を実の兄に言い放ち、家を後にしようと思ったその時、絢菜は誰も使わなくなった道場から剣を振るう音が聞こえるのに気付き、様子を見ると

 

「ふっ!……はあっ!!……」

 

そこには兄の息子である人物―――黒鉄一輝が必死に剣を振り続けていた。誰にも相手にされず、存在そのものを認められていない少年………絢菜自身、一輝の事についてはある程度知っていたものの、兄から『お前には関係の無いことだ』と言われ続けたため、押し黙ることしかできなかった。しかし、ある日龍馬が冷え切った一輝を連れて帰ってきた様子を見て、絢菜は察した。

 

―――『兄は伐刀者の才能がないというだけでこの子を“切り捨てた”』のだと。

 

「頑張ってるね、一輝君。」

「えと、確か絢菜さん、ですよね?」

「うん。よく覚えてたね。前に会った時はゴメンね。まわりがうざったくて。」

「いえ、気にしてませんから。」

 

絢菜と言葉を交わしつつ、剣を振り続ける一輝。才能がなくとも諦めない想いさえあれば、人間はその不可能と思われたことを次々と覆し続けた。目の前に映るこの少年はその常識を覆せる人物になるかもしれない。そして……この子はきっと、同じように才能がない自分の子と道が交わるかもしれない……そう直感していた。そんなことを思いつつ、絢菜は話す。

 

「ねぇ、一輝君。私にもね、一輝君と同じぐらいの子どもがいるんだ。その子も男の子で、一輝君と同じく魔導騎士の才能がない。もし会うことがあれば、友達になってあげてほしいの。」

「……確証は出来ませんけど、それでもよかったら。」

「うん、それで構わないよ。……私は黒鉄家と縁を切るけど、君の事は応援しているよ。」

「……ありがとうございます。」

 

 

あれから数年。時が経つというのは本当に早いものだ。そして、まさか偶然とはいえ自らの願いが叶ったことには苦笑を浮かべざるを得ない絢菜に、黒乃は笑みを零した。

 

「昔一輝君にしたお願いがこう簡単に叶っちゃったのは、何かくやしいなぁ。ひょっとして、一輝君と翔を七星剣武祭に出させるためだったりもする?」

「それも当然ある。アイツらのデータを見せてもらったが、正直私ですら驚きだ……で、私が今進めているのは海外から高ランク、しかも来年度16歳になる世代からの選抜。一応アテがないわけではないんだが、私だけでは“決定打に欠ける”。そこで“魔導騎士”でもある“同学園の卒業生”のツテを頼ろうと思ってな。」

 

絢菜や黒乃と言った“常識外れ”の強さを持つ学生騎士などそう簡単にいるわけではない。破軍学園には<雷切>や<紅の淑女(シャルラッハフラウ)>といった実力者もいるが、彼女らには“常に限界を超えていく”という概念がない。これでは優勝すら狙うこと自体難しい……そう考えた黒乃が目を付けたのは黒鉄一輝と葛城翔―――周りから“外れた”彼等ならば、七星の頂が見えるのではないかと。更にそこに妥協せず、高ランクの新一年生候補を彼等に宛がい、七星剣武祭の()()()()()を本気で狙うために、黒乃は恥を承知で絢菜に頼み込んだのだ。

 

息子の性格ならば、ルームメイトと“対等の条件で”一緒に七星剣武祭に行きたいと言い出すであろう。そして、彼女がこれからやろうとしていることも察しつつ、絢菜は笑みを零した。

 

「しょうがないなぁ……留学の保証は出来ないけれど、親友の好でとびっきり高いランクの子に心当たりがあるから、連絡を取ってみるね。」

「とびっきり?」

「そう、翔の一個下―――明茜と同い年で“Aランク”の伐刀者がいるの。黒ちゃんなら心当たりあるんじゃない?KOKのA級リーグ興行で行ったことはあるはずだし。」

 

心当たりならばある。そう言い切った絢菜の言葉に黒乃は一つの可能性に行きつく。驚いたような表情を見せる黒乃に対し、絢菜はこう言い切った。

 

「一輝君と翔、そして<二人の天才騎士>。この四人で七星剣武祭を独占する。それはきっと夢物語じゃない。」

 

“不可能”とは言えない。誰よりも自分の可能性を信じた少年と、突如生まれた才能に驕ることなく研鑽を続ける自分の子ども。その二人ならば天才と呼ばれる二人の騎士に劣ることなどない、と<神風の魔術師(アウトレイジストーム)>という異名を持つ女性は自信を込めてそう言いのけた。尚、息子の留年に関しては、学費に関して卒業まで免除という条件をちゃっかり付けた上で了承を取り付けたのであった。

 




どん底に落ちるような書き方は苦手なので、程々にしました。

この設定は最初から決めていたことです。あの家にそんな人間がいてもいいじゃないとは思います。解りやすく言えば、一歩間違えると無○シリーズの織田信長を思い起こさせる感じの人物。あ、それはどちらかといえば一輝の兄の方だ(何

次回、アニメ第2話の分………というところまでは行かないと思います。多分。

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