落第騎士の英雄譚~規格外の騎士(アストリアル)~【凍結】   作:那珂之川

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タイトルを散々悩んだ結果がコレですよ、ちくせう。


#17 何かとずれるタイミング

医務室を出たエリスはそこで一人の女性―――先程審判を務めたこの学園の理事長である新宮寺黒乃とばったり出くわす。よく見ると黒乃はたばこを口に咥えていた。これには流石にエリスもジト目で黒乃を見つめる。

 

「おや、ヴァーミリオン妹じゃないか。もう具合はいいのか?」

「はい。というか、理事長先生。流石にここは禁煙なんじゃないかと思うのですが。」

「気にするな。」

 

伐刀者の治療という意味ではここで喫煙をすること自体ダメではないか、という意味も込められたエリスの問いかけに対して、悪びれることもなくあっさりと答えた黒乃に冷や汗を流しつつも、エリスは気になる質問を投げかけた。

 

「……はぁ、そう言うと思いました。お姉ちゃんはどうです?」

「心配はいらん。お前と同じく<幻想形態>での極度の疲労を負っただけだからな。既に目を覚まして、さっきまで少し話したのさ。黒鉄の強さはお前も既に理解はしているだろうが。」

「模擬戦で、理事長の言った意味も理解させられましたよ。……正直、事実を知って更に困惑気味ですが。」

 

姉:ステラも目を覚ましたようで、エリスは少し安心した。元々命のやり取りをする試合でもなかったので過ぎた心配なのかもしれなかったが、それでも心配なものは心配である。それは置いといて……自身の模擬戦もそうだが、その前の一輝とステラの模擬戦を目の当たりにしたエリスは黒乃の部屋割りの配慮はこういった意味を含めてのものであったと理解させられた。“剣術に完全特化した一輝”と“魔力に頼らない翔”……そんな異質の伐刀者など前代未聞すぎることに困惑するエリス。それはステラも同様なのだろう…そんな様子のエリスを見やりつつ、黒乃は言葉を発する。

 

「まあ、無理もないことだな。姉には言ったが、確認した後でどうしても葛城との部屋が嫌なら私に言え。その辺の配慮はしよう。」

「う~ん、むしろ模擬戦吹っ掛けた私が彼に嫌われてないか不安なのですが。」

「心配するな。葛城(アイツ)はひねくれ者だが、そんなことぐらいで嫌うような奴ではない。……そう言うってことは、相部屋自体は構わないように聞こえるが?」

「その辺は確認してから考えますよ。同性ならばともかく、流石に異性での相部屋ですので。」

「だろうな。」

 

この学園における翔絡みの事は本人から詳細を聞いているので、エリスが述べた言葉の程度で嫌ったりするほど狭量ではないと黒乃は述べた。そこに加えられるように投げかけられた質問に対して、相部屋の件自体は翔本人と話してから決めると断りつつ、その場を後にして学生寮へと向かった。

 

エリスが406号室に戻ってくると、様変わりしている冷蔵庫の有り様―――扉を開ければしっかり補充されている食料類。これには手際の良さに感謝すべきなのか、自分たちの事を把握していることに恐怖を感じそうになった。それは見なかったことにしつつ、エリスは二段ベッドのほうに視線を移すと、上の段で静かに寝息を立てているのは先程の模擬戦でエリスを負かした男―――葛城翔その人であった。

 

「すぅ……すぅ……」

(確かに、見たところ技の影響はほとんど残ってないようで安心しました。)

 

規則的に寝息を立てている翔。エリス自身、伐刀絶技自体の威力は理解しているだけに不安はあった……流石にベッドの下からでは顔色をきちんと窺うことはできないが、その寝息からしても先程の模擬戦における影響は残っていないようでエリスは安心するように胸を撫で下ろした。

 

その不安が解消され、エリスは翔の事について考えていた。世界という枠組みで考えればその中でも強いと言えるほど自惚れてはいないが、程々と言える相手に対して圧勝を許すほど弱くはないと思っている。事実、魔力量に関してエリスの方が圧倒的上なのは紛れもない。ランクに関しても同じことが言える……だが、ベッドで静かに眠っている葛城翔という人物の存在はそれを根底から覆したのだ。

 

「カツラギ、カケル……」

 

その名を呟くだけでも、彼女の心の中は掻き乱されていた。エリス自身、ここまで特定の人物に対して興味を持つことは殆どなかった。強いて言うならば、数年前に自身を助けてくれた“あの少年”ぐらいであろう……ただ、翔に興味を抱いたとしてもそれがそれ以上の感情に発展することはないだろうとエリスは思う。それは自身が留学を決めた『もう半分の主な理由』に関わることでもあるのだが。ふと、エリスは今朝この部屋に入った際にはなかったものがテーブルの上に置かれていることに気づき、翔の事は置いといてそちらに近づく。

 

「これは、アルバムのようですが……」

 

エリスはテーブルの上に置かれた物―――見るからに真新しいアルバムを手に取った。見たところタイトルはない。少なくともエリスの私物ではないのは明らか。ともなれば、恐らくはベッドで眠っている翔の私物ではないかと思われる。流石に人の私物を見るのは皇女としてというか人としてどうかとは思うが、少なくとも葛城翔という人物の強さをここからでも窺うことができるのではないか?という欲求に駆られ、エリスはテーブルの前に座り、アルバムの表紙をめくった。

 

「これは………撮ってる場所がどう考えても常軌を逸しているとしか思えませんが」

 

正直エリスの眼から見ても、アルバムに貼られた写真から読み取れるであろう撮影場所がどう考えてもおかしい場所としか思えない様な風景写真が大半を占めていた。中には普通に撮影できそうな写真もあるのだが、インパクトが強いものというのは人の記憶に強く残るため、普通の風景画の写真でも疑心暗鬼になってしまいそうになるほどであった。そのアルバムには人を映した写真も何枚かあるのだが、割合からすれば数えるぐらいであった。

 

これから読み取れることは一つ。それは、これは単なる観光という目的ではなく、修行を目的とした旅行ということ。そして、世界中を渡り歩いて様々な事を学んできた結果、あのような強さを手にしたのだろう。故郷の中で己を高めていたこと自体を悪く言うつもりなどないが、学んできたものの量が違いすぎる……それが自分と彼との模擬戦の結果に繋がったのだろう。

 

「元から学んできたものの差が違いすぎる……葛城先生の言っていたことも間違いじゃなかったってことか」

 

瞼を閉じて息を吐くエリス。『元から勝てない勝負』に自ら挑んでいたことを軽率であったと言いたげながらも、笑みを零した。その間に次のページを開く……そしてページを開いたのを感じて瞼を開けたエリスは飛び込むように映った光景に一瞬、自分の目を疑った。

 

「えっ………」

 

それは、紛れもなくヴァーミリオン皇国で撮られたと思しき写真。故郷で有名な遺跡の写真からして、そのページの写真は大方そうであると思われる。だが、彼女が驚いたのは彼がヴァーミリオン皇国を訪れていたという事実ではない。その中の一枚の写真―――数少ない人物画の写真。そこに映るのは僅かに真紅の髪を覗かせる防寒具に身を包んだ少女の写真。

 

皇族である以上、パレードなどで平民から写真を撮られることも少なからずある。成長記録ということで皇族お抱えの騎士がカメラマンを兼任していることもある。だが、その一枚の写真はそれらの可能性に()()()()()()()ものであるとエリスは断言できる。何故ならばこの写真に写るのはエリスが姉であるステラよりも理解している人物の昔の容姿であるということ。さらには、プライベートの…しかも、周りに見知った顔など()()()()()()()()()()()()ものなのだから。そこから、その状況下でこの写真を撮影出来た人物は“たった一人”しかいない。

 

「………」

 

その写真が何故ここにあるのか。そこから導き出される推測……その推測にすぐさま至るほどに、エリスの知る少年とベッドの上で眠っている人物の共通点が存在していた―――蒼穹の鋼の太刀を振るい『雷』の力を自在に操っていたことだ。彼女の中に芽生えたこの疑問を聞くためには、やはり本人から聞いてみるのが早い……そう結論付けたエリスは彼に対しての申し訳なさよりも自分の疑問を解決したいという欲求に駆られるがまま、梯子に登って彼の様子を見やる。

 

枕元には生徒手帳が置かれており、アラーム自体は約3分後に鳴るようセットされている。でも、3分位ならば起こしても大丈夫であろうとエリスは翔の体を揺すろうと彼の右肩を掴むために左手を伸ばす。だが、ここで翔は寝返りを打って仰向けの体勢となり、エリスの左腕を下敷きにするかのように彼の右腕が覆いかぶさったのだ。

 

「えっ……!?(ぬ、抜けないっ……!!)」

 

間が悪いというか運が悪いというか、エリスは何とか左腕を引っこ抜こうと試みるが翔の身体が想像以上に重たく、抜ける気配すらない。しかも彼女がいるのは梯子の上なので足場としてはよろしくない。無理にでも抜けばその反動で梯子から落ちてしまう可能性が高い。

 

「(仕方ないですか……)」

 

エリスは息を殺して翔の寝床の領域に入る。彼を起こさない様に跨ると、右肩側を右手で上げて何とか左腕を引き抜くことに成功した。さて、今一番の不安事が解決したので残すは翔を起こすことなのだが、ここでエリスは一つの問題に直面することとなった。それは、この状態で翔を起こしてしまうことであった。

 

『目を覚ますと、現時点で今日初対面の異性が跨っていた』だなんてシチュエーション。下手すれば『えっちな女の子』という捉え方をされてもおかしくはない。ならば梯子のところに戻って体を揺する選択肢がまだ安全なのだが、先程の事があった以上また起こらないとも言えない。どの道アラームが鳴れば彼も反応するのだが、その発想を傍から捨てていたエリスはどの選択肢を取ればいいのか解らなくなっていた。翔にまたがっていた状態のまま悩む彼女を残酷な現実―――翔の生徒手帳のアラームが鳴った音に、エリスは自分の運命を悟ったかのように血の気が一気に引いていくのを感じ取った。

 

 

「ん、ちと寝すぎた………んんっ?」

「あ、ああ………(終わった……)」

 

瞼がゆっくりと開かれて目を覚ました翔。それとは対照的に青褪めた表情で翔の方を見るエリス。そして、翔の意識がはっきりとなると、置かれた状況に疑問符が浮かばざるを得ない表情を浮かべた。一体何があったのかを翔は尋ねた。

 

「えと、状況が呑み込めないんだけど、エリスさんは一体何をしているのか教えてくれるかな……エリスさん?」

「あぅ………」

「えっ」

 

問いかけの言葉を投げた瞬間、エリスは顔を青褪めながら身体が翔の眼から見て右側に倒れていく。ここは二段ベッドの上なので、その先にあるのは―――床。このままいけば床に顔真正面から激突不可避。それをすぐに察した翔はすぐさま上半身を起こし、同時に伸ばした右手で彼女の左二の腕を掴み、同じように左手で右肩を掴む。何とか“床にトマトジュース”は回避できたものの、その彼女自身はというと……

 

「――――」

「気絶してーら……」

 

先程起きた翔にはエリスが何故このような行動をしたのかも、その理由も解らなかったため……疑問符しか浮かばなかった。ともあれ、このまま下ろす方がいいのであろうが、先程の模擬戦で筋肉痛を負った身としては、自分のみならずその反動で彼女に危険が伴う可能性があり……止むを得ず、自分のベッドに彼女を仰向けで寝かせることにした。貧血ならば安静にして休ませた方がいいであろう、という考えからの結論。平民が使っている寝具に皇族の人を寝かせるのは倫理的によろしくないだろうが、この際背に腹は代えられないという考えでそうせざるを得なかった。

 

「………部屋のルールも彼女が起きないとどうしようもないし……風呂沸かしと夕食の準備でもするか。まだ筋肉痛は残ってるけど、動けないほどでもないからな。ついでに後で一輝たちの様子も見に行ってやるか」

 

初日だというのに、次々とハプニングが雪崩式に降りかかってくることを振り返るとため息を吐きたくなったが、こうなってしまったものはどうしようもないと思いつつ、翔は家事をこなすための行動に取り掛かることにしたのであった。その行動自体『現実から目を逸らしたかった』と言われても肯定せざるを得ないほどに……今までの非常識が生温いような様相を今日一日で味わった少年の一日はまだ続く。

 




ギャルゲーにおける展開?みたいな感じに仕上がりました。テンプレって何気にわびさびよね(棒)

アニメ一話の終わりぐらいは見えてきているのに、その道のりは遠い(大体自分のせい)

あと、お気に入りが気が付くと300件超えてました。
こんな素人にちょこっと毛が生えた程度の作品を読んでいただき、感謝です(DOGEZA)

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