落第騎士の英雄譚~規格外の騎士(アストリアル)~【凍結】   作:那珂之川

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今回は主人公出番お預け。


#16 強くなるために選んだ道

エリス・ヴァーミリオンは夢を見ていた。いや、夢と言うよりは昔の記憶を“思い出している”と言った方が正しいのかもしれない。ただ、その光景は夢であるせいかおぼろげであった。

 

吹雪の森の中、数人ほどの大人と対峙しているのは“その時”の自分と同じ年齢位の少年。彼の左手に握られているのは蒼穹の片刃剣―――いや、その時には既に日本の事を少し齧っているので、それが太刀と言う“サムライの武器”であることはすぐに理解できた。その少年が自分の目前から消えた瞬間、突如眩い光が自分を襲うかのように辺り一面が覆われた。それと同時にエリス自らの意識も現実へと戻されていく。

 

「んぅ………」

 

目を覚ましたエリスは、周りに映る場所が気を失う前にいた訓練場ではないことに気付く。更には、自分の現在の服装と置かれている状況から医務室にいるのだとすぐに気付いた。すると、扉が開いて先程の審判をしていた人―――黒乃とは別の女性が入ってきた。その顔に見覚えのあるエリスは驚きを隠せない。何せ、伐刀者ならば…いや、伐刀者でなくとも知らない人はいないほどの有名人だったからだ。厳密に言えばステラが運ばれた際彼女に同行していたのだが、その時は自分の試合の事に集中していて気が付かなかったようだ。

 

「失礼するよ~、って、丁度目を覚ましたみたいだね。その様子だと自分の状況にも気づいてそうだけれど」

「え、KOK・A級リーグ<千鳥>の葛城摩琴さん!?」

「おや、欧州の一国の皇女様に名前を覚えてもらってるなんて光栄だね。今はそこに破軍学園の実戦授業担当も付け加えられるけど」

 

花形競技のトップリーグ選手、世界序列(ランク)トップクラスという存在。ましてや同じ女性としては世界ランカーの一角を担う実力に憧れを抱いても不思議ではないにしろ、摩琴は同ランクの人間がそこまでの反応を見せてくれたことに笑みを零したほどであった。

 

「お姉ちゃんが良く試合を録画して何度も見返すほどのファンですので。あとでサイン欲しいってねだるかと思います」

「それぐらいはお安い御用なんだけれどね。まぁ、そこまで流暢に話せるってことは、大丈夫そうだね」

 

摩琴からそのような言葉を掛けられるということは、エリスは今置かれた状況を把握する。正直夢だと思いたかったが、この状況だけでもそんな都合の良いことなどない。模擬戦に負けたのだ。それも、自身の切り札とも言える“とっておき”を切ったにもかかわらず、それを凌がれるどころか逆に手痛い一撃を貰う格好で。言い訳などしても、ただの負け惜しみにしかならないほどに。

 

「お姉ちゃん以外に負ける、というのは本当に久しぶりです。この気持ちも……そういえば『葛城先生』。カケルは……」

「大丈夫よ。あの爆発にもちゃんと耐えきってる。ちょっとばかし筋肉痛で休んでるかもしれないけれど」

 

とりわけ後遺症もない。まぁ、元々模擬戦ということで<幻想形態>での展開を義務付けていたことから、極度の疲労程度で済んでいる。エリスは先程の模擬戦で自分が放った伐刀絶技による彼への影響を心配したが、摩琴の言葉を聞いて少し安心したと同時に気分が重くなった。

 

「あの爆発に耐え切ったって、一体どういうからくりがあるっていうんですか……でも、彼が耐えきれなければあの一撃を貰ったりすることなんてありませんし」

「まぁ、二年前の時点で<夜叉姫>はおろか私も負けちゃってるからね。今のエリスちゃんが勝てないのも無理はないよ」

「ええっ、何なんですかそのデタラメな事実は」

「デタラメ、ねぇ。まあ、翔の能力からすれば間違ってはないかな」

 

摩琴は身内なので、弟である翔の能力は知っている。彼が本気を出した際の破壊力も然り。少なくとも、その攻撃力は<紅蓮の皇女>が己の持つ潜在能力を全解放ぐらいだろうと黒乃は推測しているが、実際にそういう事態にならないと解らないことでもある。……ふと、エリスは気になる質問を投げかけた。

 

「葛城先生、そういえば翔は先生の…」

「弟だよ。私だけじゃなく、私達家族にとっての自慢かな。尤も、ランクのせいで周りから奇怪な目で見られることはあるだろうけれど、彼自身は気にしてないかな」

「やっぱりそうだったんですか。……でも、あれだけの事が出来て“Eランク”はどう考えてもおかしいと思います」

 

エリスの疑問も尤もだろう。前半の魔力行使なしでの剣術捌きはまだ予想の範疇内にしろ、後半で見せた圧倒的とも言える『雷』の力は確かにエリスの伐刀絶技である<万象焼き尽くす鳳凰の翼>を凌駕し、<灰燼に帰す天翔の炎>ですら完璧に凌ぎ切った。エリスが知る限りにおいて、そんな芸当ができるのは自分の姉であるステラぐらいだと思っていた。そうなると、彼のランクも“Eランク”という評価自体おかしいということになる……自らの絶対的信頼を寄せる技を覆されたことも驚きだが、一番の疑問は翔の能力行使をした際、形跡が()()()()()()()()ことだ。それらも含めて摩琴は話す。

 

「翔のランクなんだけれど、あれは暫定算出なんだよね」

「暫定?どういうことですか?」

「うん。伐刀者の評価項目の中に“運”という項目があるんだけれど……以前計測した際に機械がぶっ壊れちゃって、そのために“Unknown(計測不能)”という状態なの。だから、魔力量ベースで暫定算出しての“Eランク”というわけ。そして、この辺りは本人から聞いた方がいと思うけれど……翔の持つ『雷』の力は()()()()()()()()らしいの」

「聞けば聞くほど出鱈目に聞こえてしまうんですが……」

「それがまともな人の反応。私や身内も吃驚したけどね。でも、これは嘘偽りのない事実ということは覚えておいて」

 

厳密に言うとぶっ壊れたというより“ぶっ壊した”という表現が正解なのだが、これだとオーバーな表現になりそうだったので若干マイルドな表現に留めつつ、摩琴は翔のランク自体『伐刀者の評価システム』に則れば間違ってはいないとエリスに説明した。それでも、エリスの心の中は納得いかない気持ちで溢れていた。

 

「だとしたら、なぜ留年してしまったんですか。余程の事情ならばともかくとして、あれだけの実力を有しているならば進級しても、だれも異論は挟まないはずです」

「……ま、隠しても仕方ないよね。翔は留年したんじゃなく、留年()()()()()()の」

「えっ……」

 

このままエリスが納得いかない状態でも困る。そう判断した摩琴が述べた言葉にエリスはきょとんとした表情を浮かべる。『した』のではなく『してもらった』―――つまりは『誰かに頼まれる形で翔は留年した』ということをエリスは察した。そんなことをすれば自身の将来にも関わるようなことをどうして受け入れたのか…それに対する答えという形で摩琴は言葉を発した。

 

「エリスちゃんなら、弟の実力を肌で感じたでしょ?あれぐらいの実力ならば七星剣武祭で優勝を狙えるほどに。でも、伐刀者の評価システム―――ランク選抜という“壁”がその道を閉ざした。そもそも、魔力を使わずにあんな芸当ができる人間を周りの伐刀者からすればどう思うかぐらいは解るよね?」

「………はい。」

 

『羨ましい』と最初はそう思うであろう。だが、それは次第に『卑怯だ』『まやかしだ』『反則技を使っている』などとありもしない様な暴言や噂が彼に対して投げかけられるのは想像に難くない。魔力を使わずに異能を使う者と同等以上に渡り合える存在はそれ自体が脅威とみられる。なので、翔は伐刀絶技の行使の際、ほんのちょっとだけ魔力を放出できるようにしている。それでも微量というレベルなのだが。

 

「それを一番解っているから、弟は入学試験以降学園における能力の使用自体を今まで封印してきた。でも、今日その戒めを解き放った。信頼できる人にしか明かさないと決めたその異能(ちから)を。それはつまり、エリスちゃんの事を『認めた』ってことだと思うの。お姉ちゃんとしては納得いかないけれど。」

「は、はぁ……」

 

摩琴のブラコンに若干引き気味になりながらも、彼女の言葉に翔が過酷な境遇にその身を置きながら戦っていることを率直に感じた。エリスも彼女の姉もこの力をものにするまでにはかなりの時間を要した。『力』の暴走で火傷や怪我を負うこともあった。でも、それに屈することなく努力を重ねた結果の力。彼の場合は多くの伐刀者からすれば“規格外”の存在であるからこそ、信頼できる人にしかその力を明かしていないということも自然と納得出来る。その一人として認めてもらえたということは、エリスにとって何故だか嬉しい気持ちを抱いた。

 

「ま、その他にも色々あるんだけれどね……魔術の才能がなくとも、その結果に妥協することなく己を鍛え続け、人にはない才能に目覚め、そして<微笑の皇女>すらも凌駕するほどの実力を手にした。そして今も、その強さに妥協などせずに磨き続けている。本人は『別に最強を目指しているわけじゃない』とは言っていたけれどね」

 

どのような状況においても自分自身に対して妥協しない。それは簡単に見えるようで実は一番難しいことだ。人間は努力していく上で必ず壁にぶち当たる。才能と環境―――他にもあるだろうが、大まかにはこれらが最大の壁となって立ちはだかることをエリス自身もよく理解している。幸いにもエリスにはその二つをクリアできるだけの状況が既に整っていた。それに加えて自身が生まれ育った国の内情、<解放軍(リベリオン)>という存在、伐刀者という超常能力で成り立つ危ういバランス。それを理解していたからこそ、己をここまで高めることが出来た。そこまで来てエリスはもう一つの“壁”を目の当たりにした。だからこそ、彼女はそれを乗り越えるための手段として故郷を離れた経緯がある。

 

「理事長から留学の経緯は聞いているよ。『あの国にいると上を目指せなくなるから』……『天才騎士』という柵(しがらみ)かな?」

「はい。幸いにもお姉ちゃんがいたからそこまでではないのですが、やはり周りの人たちは私達を『ヴァーミリオン皇国の天才騎士』として称えます。それは仕方のないことだとは理解してますが、それじゃいつかは自分に妥協してしまう…それが怖かったんです」

 

妥協することを恐怖と感じたエリスに舞い込んできた留学の話は魅力的であった。自分と同ランクの人間を輩出している国ならば互角に戦える騎士もいるのではないかと。ならば、と彼女は留学を決意した。祖国を護れるだけの強い魔導騎士になるために。その悉くを打ち負かして七星剣王になるために。それを主立った理由にしているのは()()()()()()()()()ようなものなのだが。

 

「妥協を怖いと思えるのは一つの才能だとは思うよ……エリスちゃん。とりあえずはこの一年、弟君の背中を全力で追いかけてみるといいよ。それはきっと、この後の人生において無駄にはならないと思う」

「……正直、まだよくわからないです。本人からその話を聞いたわけではないですから」

「ま、そうだよね……あ、あと忠告なんだけど」

 

摩琴の言葉にエリスは明確な答えを返さなかった。まぁ、そういう反応が帰ってくることは想定内での言葉だっただけに摩琴はそれ以上言わないつもりであったが、摩琴にとってはどうしても言っておかないといけない言葉をエリスに向かって撃ち込むがごとく言い放った。

 

「スタイルいいからって、弟君の“霊装”を誘惑するようなことは私が許さないんだからね」

「すみません、何を言っているのかさっぱり……って、どうしてそういう発想に至るんですか!!」

 

表情はいたって真剣なのに、完璧私情丸出しとも言える摩琴の発言。そういう方面に敏(さと)すぎる姉ならばともかく、エリスは摩琴の言葉に一瞬首をかしげたが……その意味を理解すると頬を紅に染めて反論するような勢いで声を荒げた。何せ、ルームメイトの件で模擬戦をやってその決着が済んだ段階なので、部屋のルール自体完全白紙なのだが。ともあれ、疲労も大分抜けたのでエリスは制服に着替えて、医務室を後にした。向かう先は宛がわれた学生寮の406号室―――恐らくは自分を打ち負かした相手も戻っていることであろう。

 

「でも、悪いことしちゃったかなぁ……ついカッとなって勝負挑んだようなものだし。う~、嫌われてなければいいんですけど」

 

模擬戦をしようと言った原因が自分の方にあるだけに、気まずい表情をしつつ相手に嫌われていないか不安な様子を隠しきれないエリス・ヴァーミリオンであった。しかし、彼女は忘れていた……その賭けごとに『とんでもない約束事』をしていたことに。

 




摩琴は程度が軽いとはいえ、珠雫みたいなものです。
彼女の本領はここで発揮させませんが。

あんまりやり過ぎると主人公自ら鎮圧します( )


こんな短期間にUA20000越えとか恐縮過ぎて、頭倒立DOGEZAレベルでございます。これからもまったりやっていこうとは思いますので宜しくお願いします。

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