落第騎士の英雄譚~規格外の騎士(アストリアル)~【凍結】   作:那珂之川

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#13 <道化の騎士>vs<微笑の皇女>①

「………」

 

エリスが聞いた<道化の騎士(ザ・フール)>に関わる噂―――この訓練場に来る途中もそうだが、すれ違う生徒達から聞こえてくるのはどう解釈しても悪いイメージしかなかった。少しばかりいいイメージがあるのかと思ったが、それなど微塵にも感じられなかった。

 

―――曰く、<落第騎士(ワーストワン)>より少し優秀だが、まともに授業すら受けない『問題児』。

 

―――曰く、公式戦には出ていないが、(一輝とのを除く)模擬戦・実戦授業においてもその全てを『自分から場外負け』にしているという『負け犬』

 

―――曰く、『落第騎士と付き合うと内申に響く』という人の忠告を無視してでも<落第騎士>のルームメイトであることをやめなかった『愚か者』。

 

その過程で<落第騎士>黒鉄一輝の噂も聞いた。だから尚の事疑問は尽きなかった。何故この二人がこの学校にいるのかも、そして理事長である黒乃が彼等をエリスや彼女の姉のルームメイトに宛がったのか。エリスも正直、自分の姉が自分たちよりも下のランク―――それも“Fランク”に敗れたことには驚きであった。それ以上に、黒鉄一輝という人物を甘く見ていたのかもしれない。彼は紛れもなく『努力に裏打ちされた実力者』なのだと。だがそれは、今は考えるべきことではない、と彼女はフィールドで相対している相手―――<道化の騎士>葛城翔を見つめる。

 

「ここに来る途中で色々話を聞きました。正直言って、何でこの学園にいるのか不思議でなりません」

「まぁ、その反応が来るとは正直思ってた。大方問題児とか負け犬という類のものだとは思う。けれど、この勝負を自ら棄てるつもりはないと最初に言っておく」

「正気ですか?先程戦った彼よりは少し優秀かもしれませんが、それでも“Eランク”の貴方が私に勝てると?」

 

傍から聞けば気が狂ってる、と言われても何ら不思議ではない。相手にしてみれば先程の一輝とステラの試合で自分にも勝てると思い込んで、そのような発言をした……そう考えることであろう。彼女(エリス)の発言は紛れもなくステラ同様に膨大な量の努力によって為された才能の力を持つからこその言葉である―――それは、理由などなくとも翔にとっては“理解している”ことだ。とはいえ、言葉にしなければ伝わるはずもないので、翔の言葉はステラの感情…とりわけプライドを逆撫でしてしまった形となってしまったことに翔は内心でため息を吐いた。

 

(というか、俺は一輝のように彼女を泣かせるようなことはしていないはずだし……訳が分からないよ)

 

そもそも、翔からすれば一輝のように特にトラブルらしいトラブルなど起こしていないにもかかわらず、理由を知らされず一方的に因縁を付けられての模擬戦だ。しかも、負ければ一輝とステラの賭け事同様の条件がある。下僕云々ならばともかく、後々条件を追加されて退学になるのは真っ平御免。

 

(でもまぁ、やってやりますか。一輝にあんな試合を見せられた以上、ここで負けたら俺自身が恥ずかしいからな)

 

翔の目の前にいる少女は知らない。翔の“Eランク”という評価はあくまでも

 

『とある項目の能力値が規格外なため、まともにランク評価が出来ないがために、止むを得ず評価を付けた結果』

 

だということに。そして、彼女の問いかけに対して翔は真剣な表情で答えた。

 

「先程の試合を見て自惚れた、とエリスさんが考えても不思議じゃない。魔術の才能()()で言えば君に劣っていることも事実だ。けど、覚えておくといい。“ランク”という概念に縛られて本質を見れないようでは、君に勝ち目()()()()

「!?……言葉だけならば、何とでも言えます」

「ご尤も」

 

これ以上の問答は野暮。それは、互いに理解していた。それを察したのか、審判である黒乃が合図を送る。

 

「それではこれより、葛城とヴァーミリオン妹の模擬戦を開始する。解って入ると思うが、あくまでも模擬戦―――相手の体力を削り切れば勝ちだ。先程の試合と同様、霊装(デバイス)は<幻想形態>で展開すること」

 

黒乃が下がると、訓練場のリングに特殊なフィールドが形成される。そして、互いに固有霊装を展開する。翔の周囲に轟くは『雷』、エリスの周囲を燃え盛るのは『炎』。

 

()()()()()()()()()()―――来い、『叢雲』!」

「飛翔せよ―――『緋凰の魔剣(アロンダイト)』!」

 

翔は右手でその雷を掴み、握った左手を握った右手に合わせて鞘から引き抜いたように顕現させたのは、派手な装飾などなく、障泥形(あおりがた)の鍔を持つ蒼穹の鋼の太刀。エリスは周囲の炎を右手に集約させ、炎を掃うように振るって顕現させたのはステラの持つ<妃竜の罪剣>とデザインが酷似している白銀の大剣。そして試合開始のアナウンス音声が訓練場に鳴り響く。

 

 

Let’s Go Ahead(試合開始)

 

 

先に仕掛けたのはエリス。先程のような試合展開からすれば、短期決戦で一気に潰せば決着は付けられる。そう判断して頭上から『緋凰の魔剣』を翔の霊装ごと叩き折らんとごとく振るう。無論、翔もそれに対応して太刀で防御の構えを取る。それを見たエリスはそこから『身体能力強化』で瞬時に剣の向きを変え、反時計周りの遠心力そのままに翔のがら空きな箇所である左脇腹へ剣を振るう。そう、これは先程の一輝とステラの模擬戦でステラが見せたフェイント。この変則的な剣技は元々エリスの技巧の一つ。ただ、力技を得意とするステラがそれを再現するのはかなり根気がいる。

 

「えっ……!?」

 

それで勝負は決まった。そう確信したエリスは目を疑った。何と、翔は瞬時に体を逆立ちの要領で空中に浮かせると同時に、『緋凰の魔剣』の刃に『叢雲』の鍔をわざと引っ掛けたのだ。剣の勢いは当然、鍔を伝わって翔の体に伝わり、彼の身体を回転させる。その勢いのままに翔は唐竹割りの要領で彼女に対して太刀を振るう。

 

「くっ!?」

 

だが、彼女もれっきとした実力者。両手で強引に防御姿勢を取り、何とか直撃は免れたものの、その攻撃の衝撃でエリスは後退させられる。その間に翔は姿勢を立て直し、『叢雲』を構えなおす。それを見たエリスは息を整え、再び翔に向かっていく。

 

(『一段』をまぐれとはいえ、受け切った。なら、『これ』ならばどうです!!)

 

エリスが振るう軌道は袈裟斬り。無論、翔も太刀を構えて警戒する。そこからエリスは何と逆袈裟斬りの軌道に移行。当然、翔はそれに対応しようとする。それを感じ取ったエリスは何と“翔の背後に回った”。相手の視界外、しかも相手の姿勢は先程の逆袈裟斬りに対応しようとしている体勢。これならばいくらなんでも回避も防御も不可能。躊躇うことなどなく翔に一撃を与えるための剣撃を繰り出す。

 

「申し訳ありませんが、これも「勝負は終わって初めて結果が出るもの、でしょ?」!?」

 

エリスの言葉に被せるように言い放った翔。だが、剣撃は振るわれている。もう躱すことなどできない。そんなエリスの思考を翔は完全にかき消す様な手段を取った。なんと、エリスの視界から翔の姿が()()()のだ。当然、振るわれた『緋凰の魔剣』は空を斬って床に当たり、その一撃は訓練場全体を揺らす。

 

「ふぅ、まさか『二段変則三段構え』が出来るとは思っても見なかったよ。今のは結構危なかった」

 

そう呟く翔の声。その声が聞こえた先は―――エリスの背後。これにはエリスもすぐさま姿勢を立て直し、『緋凰の魔剣』を前に構える。そして、翔もまた『叢雲』を前に構える姿勢をとる。大剣という部類ならば、先程の一輝とステラの試合の印象から力押しで来るであろうという“先入観”を持ったとしてもおかしくはない。だが、エリスの眼前に映る葛城翔という存在は、その先入観を()()()()()()上で彼女との試合に臨んでいる。それは、傍から試合を見ている一輝と黒乃にも伝わるほどであった。

 

「これは、正直凄いですね。僕ですら多分一撃(クリーンヒット)は貰ってるでしょう」

「姉が力ならば、妹は“技”。あんな武器であれほどの動きが出来ること自体、常軌を逸している」

「それを可能にしているのは、ステラさん以上に『身体能力強化』を重視しているからでしょう。加えて、あの手首の柔らかさが相手のガードを躱して無防備箇所を突く剣撃を可能にしている」

 

恐らくは膨大な魔力量をステラ以上に『身体能力強化』に割いている。そして、彼女の持つ手首の関節の柔軟さが彼女の剣技である<変則軌道剣技(シフトチェンジアーツ)>を可能にしているのだと一輝は持ち前の動体視力で読み切った。二人が話し込んでいるところに話に加わってきた女性が二人。それは、一輝は勿論ではあるが、とりわけ黒乃にとってみれば良く知っている人間であった。

 

「いやはや、ステラ・ヴァーミリオンもそうだけど、その妹も想像以上の実力者だねぇ。かけ坊が『リミッター』を外しているというのは、つまりそういうことなんだろうし」

「流石に寧音ちゃんの時じゃないから、全部じゃないけれどね」

「西京先生に葛城先生」

「葛城、ヴァーミリオン姉はどうした?」

「そっちは大丈夫ですよ。極度の疲労で寝ているだけだし、すぐに目を覚ましますよ」

 

<夜叉姫>西京寧音、<千鳥>葛城摩琴。現役のKOKリーグ選手にして破軍学園の講師も務めている実力者。摩琴に関しては弟が心配だったということもあるのだろう……<世界時計(ワールドクロック)>と呼ばれる黒乃も含めて、三人のAランクの実力者が注目をする。その注目の先は―――エリスではなく、翔のほうであった。

 

「それじゃあ、今度はこっちから()()()()()()()()よ」

 

『叢雲』を構えた翔はエリス目がけて飛び上がった。その姿勢から空中からの唐竹割りだと判断したエリスは当然、迎撃するように構えるが……彼女は目を疑った。先程まで4~5メートル先にいたはずの翔が次の瞬間、()()()()()()()()のだから。

 

「っ!?」

 

これにはエリスも堪らずに防御に回る。すると、試合展開は翔が優勢を取る形で一気に攻めにかかる。それに対して<変則軌道剣技>を振るう選択もあるのだが、翔は既にそれを二度破っている。しかも、エリスの剣技を出させない様に、攻めのリズムを『完全不規則化』までするという徹底振りに寧音は摩琴に問いかけた。

 

「かけ坊のあの動き―――あれは“八葉流”でしょ?まこちゃん」

「正確には葛城八葉流・裏―――“八葉理心流”の奥義の一つ、<雷火(らいか)>。如何なる状態からでも攻撃・防御・回避に瞬時に転じるための呼吸法と言えばいいかな。考え方的には<抜き足>に近いと思ってくれていいよ」

 

普通に考えれば、瞬時に攻守の切り替えを行うのは難しいだろう……<雷火>はどんな形であれ『一点に力を込められる』場所があれば、そこから相手の無意識に潜りこみつつ攻守の切り替えを行うという技。ただ、いくら伐刀者の能力で強化したとしても、本来の<雷火>は地上でしか使えない。摩琴もその技を使いこなせるが、それでも使いどころが限定されるほどに。だが、彼女の視線の先にいる翔は“空中で”その技を使った。

 

「本来は<抜き足>と同様にある程度安定する足場の上じゃないと使えない。何せ、『雷』で足場を作るって結構大変な作業だからね」

「それを可能としたのは、アイツの並外れた魔力制御ということか。まったく、そこにいる黒鉄といい、とんでもない“規格外”だな」

「理事長、僕は翔のようにそこまでの存在ではないのですが」

「ハンデ付とはいえ、世界ランカーを破った輩の言う台詞ではないと思うぞ、黒坊」

 

空気はその存在自体が強力な絶縁体だ。空気を伝わらせるためにはそれこそ数万ボルトという莫大な熱量(エネルギー)を必要とする。足場を作ろうとするならば、それ以上の熱量が必要なのは明白。現状で不可能といえるその所業を可能としたのは、翔自身の並外れた魔力制御。

 

「けど、驚いたね。前よりも精度が上がってるだなんて。これも黒鉄君がルームメイトだったお蔭かな?」

「はは、恐縮ですと言えばいいですかね?……ただ、翔の使ってる<雷火>は<抜き足>の技術も取り入れられているみたいですね」

「おそらくは<闘神>仕込みだろう。一時期彼に師事していたとは聞いたことはある」

「んげっ、それだと二年前より確実に強くなってるってことじゃん。まこちゃん、かけ坊は“化け物”と言ってもいいんじゃない?」

「大気圏外から隕石落とす寧音ちゃんが言うかな、それを」

 

別に足の裏全体に張り巡らせる必要などない。足の裏に力を込められるだけの『雷』の塊さえあれば、そこから繋げられる……一輝の常人離れした考え方はルームメイトであった翔にも影響を与え、持てる技全てを研ぎ澄ませてきた。摩琴はそう言った意味では、弟が彼と出会えたこと自体に感謝したいと思うほどだ。

 

そして翔の使っている技巧に別の技巧も取り入れられていることを見抜く一輝に黒乃は思い出したように呟くと、寧音は怪訝そうな表情を浮かべ、彼女の問いかけに対してジト目で見つつ摩琴が一撃をくらわす様な口調で述べた。

 




一個の戦闘シーンで10000文字近くとか orz

長ったらしくなっちゃったので二分割しました。

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