落第騎士の英雄譚~規格外の騎士(アストリアル)~【凍結】   作:那珂之川

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#10 始まりは物騒ごとから

理事長の用事も終わり、破軍学園の制服に着替えた翔。制服はルームメイトが異性ならば起こりうるであろう『ハプニング』も想定して予め持ちだしていた。こんな初日にいきなり騒ぎなど起こしたくはない……そう思ったところで、予期せぬところからハプニングというものは舞い込むものである。

 

「いや~、不幸な事故でしたね」

「不幸な事故、ねぇ」

 

場所は変わって破軍学園の理事長室。椅子に座る理事長の新宮寺黒乃、左頬に綺麗な紅葉が浮かぶ格好の黒鉄一輝、そして元ルームメイト兼今回の留学の件を知る葛城翔の三人がいた。

 

さて、まずはこうなった原因はというと、『一輝がトレーニングを終えて自室に戻ったら下着姿の女子がいて、それに対する仲裁策として自分も上半身を脱ぐという行為に至った』ということになり、一輝は警備員に連れられて理事長室に連行されたという顛末だ。それに対する言葉はというと、

 

50:50(フィフティ・フィフティ)で穏便に済む紳士的なアイデアだと思ったんですけれどね」

「いや、アホだろお前。部屋で着替えてたら見知らぬ男の人がやってきて、自分の目前で突如キャストオフしたんだぞ。誰だって悲鳴あげるわ」

「葛城の意見に同意だな。とどのつまり、彼女の魅力的な裸体に魅入って、自らも思わず上半身をキャストオフしたと」

「そう言われると、確かに危ない人ですね……」

 

その行動に至った一輝に対して翔と黒乃は揃って容赦ない言葉を浴びせ、それによって彼女の立場になって改めて考えると、確かに軽率な行動ではあったと思う一輝であった。にしても、普段はこういう所も冷静に応対できただろうに、それが鈍っているということは……一輝は異性に対しての扱い方自体慣れていないのだろうと思う。とか思っている翔にも人の事は言えないのであるのだが。

 

「で、何で俺まで呼ばれたんですか? 用件はあらかた済んだでしょうに」

「なに、この先起こるであろうトラブルの仲裁を頼もうと思ってね。現時点において“日本でもトップクラス”の実力を持つ<道化の騎士(ザ・フール)>?」

 

道化の騎士(ザ・フール)>―――それが翔に付けられた二つ名だ。入学試験以来目立った行動をとらず、実戦授業においても目覚ましい成果を上げられず、後半の授業にはすべて欠席していることに加え、<落第騎士(ワーストワン)>の二つ名で呼ばれる一輝のルームメイトであったことから、侮蔑の意味も込められた二つ名。まぁ、翔自身二つ名にそこまでの拘りなどないのだが。それは置いといて、黒乃からまたもや厄介事を頼まれたことに翔はため息を吐きつつ、嫌味の一つでも言いたそうな様子を含んだような言葉を当事者である一輝に投げつけるが如く吐いた。

 

「………まぁ、そんな気はしてました。にしても、災難だったな一輝」

「すっごい他人事のように言ってるよね!? ……でも、ステラさんには悪いことしたなぁ」

「なんだ、黒鉄はヴァーミリオンの事を知っていたのか?」

「今朝のニュースでもその話題だったことをついさっき思い出しました。その時は気が動転していて忘れてましたが」

 

欧州の小国であるヴァーミリオン皇国。その国の第二皇女であるステラ・ヴァーミリオンが今回のトラブルの当事者。そしてもう一人、第三皇女であるエリス・ヴァーミリオンの二人が破軍学園創立史上『歴代最高成績』での入学という話は新聞やテレビで報道されており、記憶に新しい。

 

「歴代最高成績、同年代でも稀有な『Aランク』の二人がこの学園に入学するんですから、知らないほうがおかしいですよ」

「能力値は双方共に平均値を大幅に上回り、伐刀者にとって大事な能力である総魔力(オーラ)量に至っては新入生平均の約三十倍。正真正銘の“Aランク(ばけもの)”というわけだ。能力が低すぎて留年し、もう一度一年生をやることになる“Fランク(だれか)”や“規格外(だれかさん)”とは違ってな」

「ほっといてください」

「まったくです」

 

黒乃の言葉に対して悪態をつきたくなったが、生憎事実なのでそれ以上は言い返さなかった一輝と翔。だが、平均未満の魔力量しか持たないことは紛れもない事実であった。それはともかく、と黒乃は言葉を続けた。

 

「しかし、困ったことになった。留学には色々手続きがあるため入学式よりも前に来日してもらったのだが、まさかこんなハプニングが起こるとはな……この一件、国際問題になりかねない以上、黒鉄に非はないものの責任は果たしてもらうぞ。男の度量を見せてみろ」

「何でこういう時だけ男は不利なんだろうな……」

「そうぼやくな」

 

黒乃が指を鳴らすと入ってくるのは二人の女子生徒。二人の送迎に関わった翔は無論、ニュースなどでその顔を見たことのある一輝はすぐに理解した。ステラ・ヴァーミリオンとエリス・ヴァーミリオンその人であると。それを改めて見た翔の感想としては、

 

『ああ、こりゃ一輝が見とれても無理ないわな』

 

その一言に尽きた。何せ、二人とも同年代の平均的な女子から比べても立派なスタイルをしている。あの時は運転に集中していたからそこまで気にする余裕もなかったが、これには一輝の動揺も納得せざるを得ない。よく見ればステラの眼元が赤く腫れていた。先程まで泣いていたのだろうと明らかに解るほどであった。一輝は二人―――ステラの方を向き、取った行動は

 

「ごめん。あれは不幸な事故で、別にステラさんの着替えを覗こうと思ったわけじゃないんだ。見てしまったものは見てしまったわけだし、男としてけじめはつける。ステラさんの気が済むまで、似るなり焼くなり好きにしてくれ」

 

正直な謝罪。まぁ、これが妥当な判断だろう。流石に一輝に対して金銭は無理だから自ら身体を張るという選択肢しかない。これをみたステラは『サムライの心意気ってやつかしら?』とか述べた。これに関して翔は嫌な予感がした。

 

(今、サムライって言ったよな?……まさか、とは思いたいが……)

 

そんな翔の杞憂は、ステラの口から放たれた言葉で見事に打ち砕かれた。彼女が一気に要求したこと、それは

 

「イッキ。貴方のその潔さに免じて―――ハラキリで許してあげるわ」

 

……文字通り命差し出せって、何なんですかねえこの皇女様!?そう言いたげな翔であったが、それは一輝も同意見だったようで慌て始めた。無理もない。下着姿見ただけで死刑とか、この国の法律でもありえないことだ。どうやら、この皇女様には日本に行ったことのない外国人が持つであろう『偏り過ぎたイメージの日本』がそのままインプットされているようである。だが、そこに油を注ぐような形でステラの後ろにいた少女―――エリスがステラに、

 

「だめだよ、お姉ちゃん。ハラキリさせる前にハイクを読ませてあげないと可哀想だよ。化けて出られても困るでしょ?」

「そ、そそ、そういうことは人前で言わないでよ!!というか、エリスの意見にも一理あるわね」

(ねーよ!!!)

 

翔は盛大にツッコミ入れたかった。黒乃に至ってはこの状況を黙って見つめるだけ。ともあれ、一輝にとっては自らの命で平和を買われることになるだなんて真っ平御免である。これには翔も引き攣った笑みしか出てこなかったほどに。何とか回避しようと試みる一輝であったが『下着姿を見ただけで命を取られるのは』という言葉にプライドが高いステラはカチンと来てしまった様で、

 

「覚悟なさい……アンタみたいな変態・痴漢・無礼者のスリーアウト平民は、この私が直々に消してあげるわ!」

 

ステラが纏うのは『炎』の力。その熱の余波で鳴り響く警報機。それに慌てる一輝。

 

「待ってよ、ステラさん!落ち着いてっ……!!って、翔は何で端っこにいるの!?」

「当事者の喧嘩に第三者が関わっちゃまずいでしょ。……安心しろ。骨は拾ってやる」

「この後僕が死ぬ前提だよねぇ、それ!?」

「エリスは手を出すんじゃないわよ。……人の部屋に忍び込んでおいて、この肌を汚しておいて……!」

「汚しただなんて、そんな人聞きの悪い……」

「アタシの裸をいやらしい目で見た癖にぃ……舐めるように、弄るようにじーっと見てたくせに!!」

 

……どうやら、ステラにとっては『下着姿=裸』となるようだ。……そんな無茶苦茶な道理で押し通そうとしているステラに対して、一輝は

 

「あ、あれは、その………あまりにもステラさんが“綺麗だった”から、見とれちゃったんだ!!」

「ふえっ!?」

 

率直に女の子らしさを褒めたらステラの顔が真っ赤となり、スプリンクラーの起動と共にステラの炎は綺麗に鎮火したのであった。まぁ、伐刀者は才能面を第一に見られるが故に、自らの容姿を褒められることには慣れていないのだろう、と翔は思った。あっちはこれでどうにか頭は冷えたであろう。すると、ステラの後ろにいたであろう少女―――エリスが翔の元に近づいた。

 

「ごめんなさい。お姉ちゃん、結構プライドが高いので」

「君が謝ることじゃないんだけどね。(煽った時は流石にツッコミ入れたかったけど……)で、何か聞きたそうな表情をしてるけど?」

「そうですね。……今朝の送迎をしてくれた運転手さんは、貴方ですか?」

「その根拠を聞いても?」

「単純に言えば、感じられる魔力が同じだったから…というのは理由にならないですか?」

「流石はAランク、か。ま、その推測は合ってるよ」

 

魔導騎士としての才能・潜在能力から推測してはじき出された答えに驚きつつも、嘘をつく道理はないと判断して、翔は答えた。そして、目の前でスプリンクラーをもろに浴びた二人を見やりつつ、自己紹介をすることとなった。

 

「改めて……俺は葛城翔。そこにいる男子―――黒鉄一輝の元ルームメイトであり、406号室―――つまりは君のルームメイトになる人間だ。よろしく、エリスさん」

「え……ええ!?異性がルームメイトなんですか!?」

「俺らだけじゃないけどな。そこで“ずぶ濡れになっちゃった二人”が同じ部屋だよ」

「はあっ!?」

「ちょ、ちょっとどういうことよ!?」

 

翔の言ったことにはエリスのみならず、一輝とステラも驚きを隠せない。それもそうだ。ランク基準で言うならばステラとエリスで組ませるのが筋だろう。だが、それでは“待遇”と見られてしまうのは想像に難くない。実戦力基準でいえば、間違いなくこの分け方となる……とはいえ、その分け方には翔自身も関わっているのだが。翔は息を吐き、そう仕向けた当事者である黒乃に視線を向ける。

 

「俺が説明してもいいけど、ここは理事長が説明すべきでしょう?」

「やれやれ……黒鉄、『私の方針』は無論知っているな?」

「完全な実力主義、徹底した実戦主義……でしたよね?でも、それがどう繋がるって言うんです?ステラさんみたいな“Aランク”の人と僕みたいな落第生が一緒だなんて。それなら同じAランクのエリスさんと組む方が自然なのでは?」

 

一輝の疑問も尤もだろう。同じ実力を持つという観点から行けば、一輝と翔、ステラとエリスで組む方が自然なのだろう。だが、()()()()()()()()()。元々切磋琢磨して来た者同士では手の内をほぼ知ってしまっているようなもの。これでは黒乃の期待している成長は望めないと判断したのだ。

 

「はあぁ!?アンタ落第生なの!?」

「うん。ランクはFだし、使える異能も必要最低限の『身体能力強化』だけだし」

「他の能力値も半分以上が最低値。ついた二つ名は<落第騎士(ワーストワン)>」

「ワ、<落第騎士(ワーストワン)>……」

 

これにはステラも引き攣った表情を浮かべていた。何故AランクとFランクを同室にするのか。その答えを示すかのように黒乃が述べた。

 

「まぁ、それが答えでな。黒鉄程“劣った”者は他にはいない。ヴァーミリオン姉ほど“優れた者”もまた然りだ。同ランクというならば姉妹で組ませることも考えたが、それでは競争にならない可能性もあった。そこで、ヴァーミリオン妹に匹敵しうるだけの“劣った者”を選抜した―――それが、そこにいるEランクの<道化の騎士(ザ・フール)>と呼ばれる葛城をルームメイトにすることとした」

「あの、ひょっとしてカケルも……」

「『留年』―――悪く言っちゃえば落第生だな。その認識に間違いはないよ」

 

これにはヴァーミリオン姉妹共々吃驚だろう。何せ、Aランクという上の領域に下の領域とも言えるE・Fランクの人間をルームメイトとして、しかも落第生とも言える二人を組ませることにだ。

 

「だ、大体、男女が一緒の部屋だなんて、間違いが起こったらどうするんですか!?」

「ほう?一体どんな間違いがあるのか、聞かせてほしいところだが?」

「そ、それは……」

「理事長、何泥酔したおっさんみたいな絡みをしてるんですか」

 

ステラと黒乃のやり取りを見て、流石に引きつつも翔がツッコミを入れた。これに黒乃は『冗談だ』と言いつつも、この決定を覆すことはしなかった。加えて、いくら皇女とはいえ他の生徒と同様に扱うのが前提であり、特別待遇はしない。それが嫌ならば退学だと言った。これには黙っていたが、ステラが渋々口を開いた。彼女にも態々日本にまで留学をした理由がある。それはエリスも同様であり、その理由を翔は聞いている。

 

「わかりました。でも、一緒に暮らすにあたって三つ条件を守ってもらうわ」

「何だい?」

「話しかけないこと、目を開けないこと、息しないこと。それが守れるんだったら、部屋の前で暮らしてもいいわ」

「その一輝君、間違いなく死んじゃうよ! 最低限息だけでもさせてよ!!」

(部屋の前で暮らすということに関してはツッコミ入れないのかよ)

「嫌よ! アタシの匂いを嗅ぐつもりでしょ、この変態!」

「じゃあ口呼吸するから!」

「駄目よ! アタシの吐いた息を味わうつもりでしょ、変態!!」

「その発想はなかった!!」

(俺にもねえよ、そんな発想! というか皇女だよね!? 変態とか言ってるお前がよっぽど変態だよ!?)

(お、お姉ちゃん……私もそんな発想はなかったよ)

「嫌なら退学しなさいよ!!」

「そんな無茶苦茶な理論、言われたの初めてだよ!!」

 

被害妄想というべきか、ステラが斜め上どころか野球のフォークばりに急降下の発想に至れるのか、一輝も翔も……妹であるエリスにも理解できなかった。というかだ。このままでは埒が明かなさすぎる、と黒乃はため息を吐き……いつまで経っても解決しないであろう一輝とステラの二人に提案をした。

 

「まぁ、落ち着け二人とも。埒が明かないのなら『騎士らしく』己の剣で運命を切り開く。勝った方が部屋のルールを決める、ということでどうだ?」

「実力で勝負を付けろ、ということですか?」

「ああ、二人で模擬戦を行い、その結果で決める。それで文句はないだろう?」

「うん、それなら公平でいいですね。そうしようよ、ステラさん」

「はあ? アンタ落第生なんでしょ? 言っちゃなんだけど、Aランクのアタシに勝てると思ってるの?」

「勝負はやってみなくちゃわからないし、僕もそれなりに努力はしてるから」

 

一輝はそう言うものの、あれを『それなり』で片付けたら、その他の努力が霞むレベルなのは明白だ。どうやら、ステラは自身と一輝の“ランク”というものにとらわれ過ぎて黒鉄一輝という人物に対して慢心しているのがはっきりと解る。一輝だって勝つことに関しては最初から諦めていない。だが、それを聞いたステラのプライドに触れてしまった様で、その勝負に更なる“爆弾”を放り込む形となった。それは、

 

「解ったわ。やってやるわよ。その試合。でも、それなら……賭けるものはもう部屋のルール()()()()()()()()()()()?」

「え?」

「負けた方は勝った方に一生服従! どんな屈辱的な命令でも犬のように従う“下僕”になるのよ!!」

「そ、それはやりすぎなんじゃ……」

「い・い・わ・ね!?」

 

……阿呆だ。翔は率直に思った。よりにもよって自分が負けたときのことも考えずに『とんでもない賭け』を持ち込んでしまったのだ。おまけにステラ自身の慢心。ランクだけで言えばステラの勝ちだろうが、この勝負は既に()()()()()()()()()()。まぁ、これでハプニングが収まるのならばいいだろう……そう思った翔に、エリスが話しかけてきた。

 

「カケル、一つ聞きたいのですが……テーブルの上にあった朝食は貴方が?」

「ああ、うん。もしかして食べちゃったとか? それなら別にいいんだけれど」

「……です」

「え?」

「納得いかない、と言ったんです! お姉ちゃんと同じ条件で勝負していただきます!!」

「はあっ!?」

「い・い・で・す・ね・?」

 

訳が分かりません、翔の気持ちはこう思う他なかった。だってそうだろう……理由も知らずに一方的に勝負を吹っ掛けられるこんな理不尽があるだろうか……まぁ、翔にしてみればそんなことなど()()()()()()()()()()が。それがまた一個増えたところで、今更であった。エリスのこの様子では受ける以外の選択肢はないと感じ、渋々翔も了承した。

 

「決まったな。これより一時間後、第四訓練場にて黒鉄とヴァーミリオン姉、その十分後に葛城とヴァーミリオン妹の模擬戦を行う」

 

こうして、<二人の落第騎士>と<二人の天才騎士>がぶつかることとなったのであった。

 




アニメが熱すぎる……これを文章で表現したい、マジでw

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