落第騎士の英雄譚~規格外の騎士(アストリアル)~【凍結】   作:那珂之川

11 / 61
―壱― 天才騎士と落第騎士
#09 二人の天才騎士


新学期の始まりとなる始業式・新たな一年生というか翔と一輝にとっては同級生が入ってくる入学式も差し迫った頃、翔は以前から聞かされていた話に関わることを一輝に切り出した。

 

「部屋移動?翔が?」

「ああ。理事長の命令でな。幸いにも隣の部屋が空き部屋だったから、荷物に関しては運べるものだけ先に運んだんだ」

「成程ね。ということは、今度入ってくる一年生の誰かがルームメイトになるってことなのかな?」

「理事長の方針からすれば、そうなるだろうな」

 

あらかたの荷物は運びだしていたので、後は軽い手荷物程度。寝具に関しては空き部屋の備え付けのものと交換し、今日の夜から別々の部屋。一輝は405号室、翔はその隣の406号室となる。翔としては『別に今年度も一輝と同じ部屋でよかったんだけれどな』とでも言いたげな表情で話し、それを感じ取りつつも一輝は新たなルームメイトが来ることにどこかしら歓迎の気持ちがあったのだろう。()()()()()()()()身としては複雑であると翔自身は思った。流石に口には出さなかったが。だが、それを聞いて疑問を浮かべていたのは他ならぬ一輝であった。

 

「どうかしたか?」

「いやさ、翔もそうなんだけれど、Fランクの僕と同レベルの伐刀者がこの学園に入ってこれたのか正直疑問でね」

「入学試験でCランクの折木先生、ハンデ付とはいえAランクのうちの姉を倒した奴が何言ってるんですかねぇ……」

 

ランクで比較すれば正直一輝の疑問も腑に落ちる。とはいえ、現理事長である黒乃はあくまでもランク度外視の実戦力重視。当然、部屋割りというのもそれを見越した形となり、今年度大量採用となった学園教員たちも彼女の面接で選りすぐった実力者ばかりだ。無論、スパイなどの危険も考慮して摩琴による“選定”も行われたのだが、それは見なかったことにした。

 

「一輝も忘れたわけじゃないだろ? 理事長は実力を重視する……ともなれば、高ランクの伐刀者をルームメイトに宛がう可能性だってあるだろ?」

「まぁ、そうだよね。翔のように仲良くできる人だといいけれど」

「一輝の事だから、初日からハプニング起こしそうな気はするけどね」

「サラッと酷くないかい!?」

「事実を言ったまでだが……っと、そうだ。一輝、明日の朝練はちょっと出れそうにない。理事長から外せない用事を頼まれてしまって」

「了解したよ、翔。にしても、最近理事長から頼まれごと多くない?」

「それは理事長本人に聞いてくれ」

 

『あ~、面倒だ』という言葉が翔の顔に書いてあるように見え、一輝は翔が何だかんだで苦労人なのだと苦笑を零した。その一方、先ほど言った言葉に関しての翔の『一輝に対しての言葉』は嘘ではない。互いに一年間禁欲生活してきたようなものだ……互いに模擬戦をやるのが楽しかったせいで、そういう方面に縁がなかったというのもあるが、ルームメイトの存在でそれが崩壊しかねないか……十中八九崩壊はするだろう。それは翔自身にも言えた台詞だが。成人しているとはいえ、お互いに16歳の思春期の少年……せめて嫌われない様に心がけようと翔は心に決めた。

 

 

そして次の日、翔は目覚ましよりも早く起きたことにちょっぴり残念な気持ちを抱いたが、気持ちを切り替えてベッドから降り、朝の支度をしながら早朝のニュース特集を見やる。その一面とも言えるのが、

 

『ヴァーミリオン皇国から二人の“天才騎士”が留学のため来日されます。予定では本日の朝に到着され、そのまま『破軍学園』に向かわれるとのことです』

 

とテレビから流れるニュースの音声。それを軽く見た後、翔はテレビを消して今日のために用意された衣装に袖を通し、忘れ物がないか確認した上で……一度テーブルの上を見やった。そこにはいつ戻ってきても良い様に朝食の支度をしていた。

 

「流石にそんな時間はかからないだろうし、最悪昼食ということでもいいか……」

 

とぼやいても、昨日までいたルームメイトと今日からは別の部屋なので、息を整えて部屋を後にした。無論、戸締りはしっかり確認した上で。尚、翔の今着ている衣装は破軍学園の制服でも、鍛練用の動きやすい服装でもない。黒を基調としたスーツに、胸ポケットにしまい込んでいるのはサングラス。そして翔は待合の場所に着くと、一台の立派な車と、待ち侘びたかのように佇むスーツ姿の女性―――破軍学園理事長である新宮寺黒乃その人であった。

 

「おはよう、葛城。今日はよろしく頼むぞ?」

「お願いどころか“職権乱用”ですよね、これは。まぁ、便宜を図ってくれるからにはやりますけど」

「運転手兼SPとしてはこの上ない人選だろう?」

「勝ち誇ったかのように言わないでください」

 

そう言って翔はサングラスを身に着け、車の運転席に座る。それを見た黒乃は運転席の真後ろに座り、扉が閉まったのを確認して、翔はアクセルを踏み込んで車を走らせる。本来の年齢であれば車の免許を取得できないのだが、15歳で成人扱いとなる『騎士』に対してあらゆる便宜が図られている。その一環が自動車などの運転免許だ。翔は両親のみならず車に同乗している黒乃から言われ、取る羽目となった。その際の費用は全額学園で負担してもらったので強くは言えない。

 

「そう言えば、ルームメイトの詳細は黒鉄には言っていないか?」

「言うな、と言ったのはそちら側でしょうに。流石にこの時期の部屋移動なので、新一年生がルームメイトに入るのでは? ぐらいは言いましたよ。そうでないとアイツも納得しないでしょうし」

「ふふ、黒鉄の奴もよもや“Aランク”の人間を宛がうとは思ってもいないであろうな」

 

そう言葉を零す黒乃に対し、翔は『絶対面白がってやっているとしか思えない』と思い、冷や汗を流した。そして話題は自然とそのルームメイトとなるであろう『ヴァーミリオン皇国の皇族』に話が移る。

 

「にしても、“Aランク”ですか……よもや同年代でその言葉を聞くことになろうとは思いませんでしたが」

「私も今回の話を持ち掛けるために彼女たちに会ったが、あれは紛れもなく『天才姉妹』の名に偽りなしだと思った。とはいえ、<風の剣帝>や<夜叉姫>に打ち勝ったお前にしてみれば相手にならんだろう」

「どうでしょうね。実際に打ち合ってみないことには解らなすぎる部分が多いので。それこそ『勝負はやってみなくちゃわからない』だと思いますよ」

 

Aランクの人間に一度勝った経験があっても、二度目は勝てると必ずしも限らない。同様にAランクの別の人間に勝てるとは100%断言できない。それこそ能力が異なれば別の対策を考えねばならない。相当の実力者に勝っていても驕らずに努力をする翔の姿に、黒乃は“(いっき)”の存在が大きいのであると笑みを零した。

 

「というか、昔のこととはいえ知ってたんですね。母からですか?」

「まぁな。お前の家が危うくなりかけてた頃によく話を聞いていた。無論、お前が外国へ行くという話もな」

「……そうですか。これは、理事長に頭が上がらなくなりましたかね?」

「気にするな。私も我侭を言って絢菜からお仕置き(アイアンクロー)を貰ったからな。それでチャラということだ」

 

世の中が狭いとはよく言ったものだ、と翔は思いつつ少しそれてしまった話を戻すことにした。

 

「と言いますか、よく先方―――とりわけ親御さんが納得してくれましたね。特にヴァーミリオン国王が」

「娘たちが説得して折れたようでな。実際に話をした際には軽く灰になりかけたような様相だったが」

「(精神攻撃で心折りまくったのか……)」

 

そうこうしている内に車は空港の到着口に到着し、既に皇族を護衛するためのSPが配置されていた。テロなどを警戒するため、彼等も無論伐刀者で構成されている。皇族ということはいわばVIPのようなもの……というか紛れもなくVIPであり、報道陣が詰めかけていた。まぁ、当然と言えば当然の状況といえるだろう。すると、報道陣が慌ただしくなり、フラッシュの雨が目に見えるほどであった。傍にSPが同行するその対象は破軍学園の留学生にして二人の天才騎士、今年度の首席・次席入学生であるヴァーミリオン皇国の皇族―――第二皇女ステラ・ヴァーミリオンと第三皇女エリス・ヴァーミリオンその人であった。流石に後部座席に三名は宜しくないので黒乃が助手席に移動し、SPに守られながら車に乗り込んだ皇族の服を身に纏ったステラとエリス。扉が閉まった所でステラが息を吐くのを見て、黒乃が話しかけた。

 

「良く来たな、ステラ・ヴァーミリオン。そしてエリス・ヴァーミリオン」

「理事長先生、宜しくお願いします」

「よろしくお願いします」

 

ちゃんと乗ったのを確認し、車はゆっくりと動き出し……一路破軍学園へと向かう。その中で翔は運転に集中しながらもステラとエリスの『留学の理由』を聞くこととなった。状況的には盗み聞きに近いので、場合によっては忘れようとも思った。すると、ステラが運転手が意外にも若いことに気付いた。

 

「理事長先生、運転手をしている彼なのですが、見たところ若くないですか?」

「ああ、彼は君たちと()()()()()()()()だ。とはいえ、後々で会うことになるだろう。今日は君たちのために運転手の役を買ってもらったのさ」

「(この状況だと下手なこと言えないって解ってるから、そう言ってるんでしょう!?)」

 

万が一交通事故なんてしたら国際問題になりかねないため、運転に集中せねばならない翔の気持ちなんていざ知らず、黒乃は疑問を浮かべるステラに対して答えていた。しかも嘘ではないので性質が悪い。一応それでステラの方は納得してくれたようだが、

 

「………」

「(何故か視線が痛いです、はい)」

 

ステラの疑問でエリスも前の席の運転手―――翔の存在に疑問を持ったのは言うまでもなく、その視線を痛く感じてしまうほどであった。その後は特にトラブルなどなく車は無事学園正面玄関前に到着した。二人はこれから寮の手続きを行い、制服に着替えるためにそれぞれ宛がわれた部屋に向かうこととなっている。二人を見届けるように佇む黒乃であったが、視線を車に寄りかかっているスーツ姿の翔を見やる。身長が180前後位あるので傍から見ても立派なSPなのだが、その彼の表情は疲れ切っていた。

 

「ご苦労様だったな」

「苦労で済むんなら、尚更ですよ。確実に疑問に持たれたようですからね……<微笑の皇女>エリス・ヴァーミリオンには」

 

そう、本来この時期に“同学年の生徒”がいること自体おかしいのだ。それこそステラやエリスの様な留学生であるか、もしくは転校生か留年生でない限りは。ステラの方は押し黙ったが、エリスの方は確実に翔の事を疑問に思った事だろう。だからこそ、頭が痛い話なのだ。何せ、『これから切磋琢磨することになるであろう少女』なのだから。

 

それとは別にあの燃えるような紅蓮の髪の二人の少女―――翔の記憶にはそれを鮮明に覚えていた。ヴァーミリオン皇国を訪れた際、賊に捕まりそうになっていた少女を大人達から救い出したことがある。その面影は何処かしら似ているが、流石に他人の空似であると思って、それ以上深く考えるのを止めた。

 

「と、俺の事はともかくとして……万が一、一輝とステラさんでトラブルになったら模擬戦でもして解決させるつもりでしょう?」

「その方がいいだろう?騎士らしく実力で決着をつけるのだからな」

 

やっぱりか、と翔は黒乃の答えを聞いて肩を竦めた。

 

そして、翔は当たってほしくはないと思っていたトラブルが起きるのであった……

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。