落第騎士の英雄譚~規格外の騎士(アストリアル)~【凍結】   作:那珂之川

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#08 六者六様の思い

冬休みも終わり、三学期も過ぎ、春休みとなっていた。既に留年が決まっている翔と一輝の二人は冬休み後の実戦形式の授業に出ることなく、暇さえあれば空いている訓練場で実戦形式の模擬戦を春休み中もほぼ連日のようにこなしていた。使用許可に関しては翔の身内が教員にいるので言わずもがなであり、監督者という形で摩琴や黒乃が立ち会うことが多いのだが……今日は非常勤の教員がその二人の監督をしている。

 

互いに太刀を用いる翔と一輝。だが、そのスタイルはまったく異なる。八葉流をベースとし、あらゆる武術をその身に取り込んで洗練させた翔。何も教えられなかったが故、相手の剣術の『理』を掴んで状況に即した上位互換の複合剣術で相手を打ち負かす一輝。

 

「まったく、翔は底が知れないね。だからこそ、戦い甲斐がある!!」

「一輝にそう言ってくれるだけでも、光栄だな!!」

 

一輝の特技『模倣剣技』によって取り込まれた“表八葉”の剣技が込められた彼の固有霊装『陰鉄』は確実に翔を捉えるように振るわれる。それに対し、翔もまた『叢雲』で表八葉の剣技を振るい、互いの剣技は互角の様相を呈するほどに凄まじいものである。

 

実際のところ、互いに<幻想形態>でやっている側面もあるのだが、これでも翔も一輝も本気は出していない。鍛練の一環という意味合いでの模擬戦ということもあるのだが、そもそも翔と一輝がこの学園で出会ってから、二人の模擬戦の数などとうに()()()()()()()()。表八葉に関していえばその全てを完全に模倣している一輝。かといって迂闊に“裏八葉”を使うことなどできない。いや、表八葉を完璧に模倣できるからこそ裏の存在も少なからず理解はしているだろう。故に翔は裏八葉を披露するようなことはしていないのだ。

 

なので、互いにどれぐらいの切り札を持っているかということは解り切っている。だが、翔にも一輝にもその切り札を『化けさせる』ことができる。互いに異なる方法ではあるが常識という言葉を打ち破ってきたからこそ、互いに底が知れないと思う。そうして打ち合うこと10分……互いに太刀を構えているが、翔は『叢雲』を解除し、それを見た一輝も『陰鉄』を解除した。

 

「一先ず休憩にするか」

「だね。流石に汗もかいちゃったし」

 

厳格に試合をしているわけではなく単純な鍛練。実戦形式の勘を養い、なおかつ数をこなすとなればこの方が一番効率がいい。翔はともかく魔力で<幻想形態>を使用する一輝の側からすればそれだけでも大変だろうが。すると、二人を褒めるように姿を見せたのは、騎士学校という場所からすればあまりにも目立つ着物の格好をした女性。

 

「いやぁ~、これはまたすごいねぇ。あのくーちゃんや、あやちゃんが目にかけてるわけだよ」

「貴方は確か……」

「<夜叉姫>西京寧音(さいきょう ねね)さんじゃないですか」

「おや、うちの名前をご存じで?って、そっちの少年は面識があるわけだしねぇ、『かけ坊』」

「ま、お久しぶりですね、寧音さん」

 

現世界序列三位にして東洋太平洋圏最強の『KOK』トップリーグ選手。<夜叉姫>の異名を持ち、学生時代にはこの学園の現理事長である新宮寺黒乃、そして翔の母親である葛城絢菜の三人で七星剣武祭史上初となる“没収試合”をやらかすほどの実力者。その能力に関しては関わりのある翔も良く知っている。なお、このように身なりは整っているが、私生活の方は……という塩梅だ。流石に本人を前にして言うという命知らずは勘弁願うところだ。ふと、一輝が気になる質問を投げかけた。

 

「というか、プロのリーグ選手がこんなところで何を?流石に部外者がここにいてはまずいんじゃないですか?」

「……もしかして、非常勤の教師って寧音さんの事です?」

「ビンゴ。ちゃあんと教免はもってるってわけよ。で、今日は君ら二人の監督ついでに、くーちゃんやあやちゃんが気にかけてるのがどんな子なのか見に来たってワケ。かけ坊は前に手合わせした時より強くなってそうだし」

 

黒乃が理事長に就任した際に彼女が言う所の“使えない教員”を大量にリストラし、その結果として人材不足となった…当然と言えば当然だ。その影響が一輝に対してダイレクトに出ているのだが。なので、その穴埋めという形で常勤講師(現役リーグ選手のため実戦授業のみ受持ち)として摩琴を、非常勤として寧音を呼んだということなのだろう。その際に色々な禁則事項も聞くことになったのだが、それは聞かなかったことにした。

 

「翔、西京先生と手合わせしたことがあるの?」

「二年前に一度だけな。<覇道天星>使われた時は流石に命の危機を感じましたけどね」

「いや~、あの時のあやちゃんの拳骨はマジ痛かったわ……」

「当たり前です。あんな“禁技”をまともに受けたら地球が崩壊します」

 

寧音の伐刀絶技<覇道天星>―――言うなれば常識外れの()()()。それを躊躇いもなく翔に撃ち込んだのだ。何とかなったからいいものの、その後絢菜から拳骨を貰った上に正座させられた寧音の姿を見て、苦笑を浮かべたのは言うまでもない。

 

「何を言うかねぇ、それを真正面から()()()()()かけ坊が」

「偶々ですよ、偶々」

「(ということは、二年前の時点で現世界序列三位と互角に渡り合えるってことじゃないか……やっぱ凄いな、翔は)」

 

二年前という過去の時点でありながら、翔が世界でも名の知られた伐刀者と互角に渡り合えるその事実は正直に凄く、それでいて未だに底を見せていない自分のルームメイトを一輝は末恐ろしく思った。力を自慢することもなく、只純然とその力を研ぎ澄ませる翔のその姿勢は驚嘆に値する。尤も、翔のそういった姿勢の形成には一輝も関わっているのであるが、本人はその事実に気付いていない。そして、翔自身が“現時点で最も戦いたくない相手”が黒鉄一輝その人であるということも。

 

今に妥協することなく力を磨き続ける翔と一輝。だが、それを快く思わない人物がいるというのは、ここにいる三人の中では翔が良く知っているというのも事実であった。

 

 

所変わって、東京都新宿区。立ち並ぶ摩天楼のその中に聳え立つは三十階建の高層ビル。高さよりもその特徴的なデザインのビルは『国際魔導騎士連盟・日本支部』。その最上階の支部長室には、備え付けられたデスクの椅子に座り厳しい表情をする男性。そしてその表情を向ける先にいるのは、そんな彼の気持ちなどどこ吹く風と言わんばかりの表情を見せている男性の二人がいた。

 

「これはまた、支部長殿はおかしなことを言うものですなぁ。俺には息子の交友関係に口出しする権利などないというのは知っているでしょうに。どうしようもない悪党とつるんでるならばともかく、支部長殿の息子と友達であることに“デメリット”があるのですか?」

「それは問題なのだから言っているのだ。あれだけの噂を流せば大抵の人間は屈するはずなのに、だ」

「俺の息子はそう簡単に屈するほどやわな鍛え方はしてないんでな……それはそうと、身内を潰そうとしたことは認めるってわけか。とんでもない頑固者だよ、てめぇは。親の風上にも置けねぇよ」

「あんなのを子として認めた覚えはない。魔導騎士なんぞ目指さなければ、考えてやらなくもないが」

「自分の非は認めねぇ、とでも言いたげな口ぶりだな」

 

デスクの椅子に座り、頑なとした表情を浮かべるのは日本支部長であり、一輝の父親である黒鉄厳(くろがね いつき)。そして、そんな厳の考えに悪態をつくような言い方をするのは日本支部副支部長であり、翔の父親でもある葛城武志(かつらぎ たける)。この二人は同期の魔導騎士であり、昔は良き好敵手であった。

 

本来で言えば支部長という上司に向かってそのような口の利き方など許されないであろう。だが、それを許されるのは武志が形式上『魔導騎士本部出向』と言う扱いで日本支部の副支部長を務めているからだ。武志の本来の部署は魔導騎士本部の支部監督のような仕事。いわば監査官のようなもの。故に彼を追い出すようなことをすれば即刻本部から査察団が入り、最悪支部長の職を降りることにもなる。しかも武志の身内に対しての“前科”は本部にも伝わっており、彼に対して何らかの妨害をすることができない。更には武志自身の異能によってあらゆる企みすらも看破されてしまう。これがいかなる理由があろうとも武志を追い出すことができない理由なのだ。

 

「なら、そんな支部長殿に提案なんだが」

「何だ、武志」

「――――――――というのはどうだ?それぐらいは許されるだろう?」

「……何が目的だ。」

「目的などないさ。条件はそうだな、『――――――――』というので手を打とう。必要なら今ここで誓約書の一枚や二枚、書いてやるぞ」

「―――いいだろう」

 

こうして厳と武志の間で交わされる一つの密約。この密約は、後の彼等の息子―――黒鉄一輝と葛城翔にとって大きな意味を成すものになるというのは、当の本人たちには知らないことであった。

 

 

……更に所変わり、日本からほど遠い場所。欧州の小国であるヴァーミリオン皇国。日本と同じ北半球に位置するため、冬ともなれば気温は低く雪も積もる。その一角にある競技場(コロッセオ)ではそんな積もった雪など一瞬で蒸発させるがごとく、『二つの炎の塊』がフィールドでぶつかり合っていた。いや、それは塊などではなく、高密度の魔力を纏った二人の少女であった。互いに燃え盛るような炎を具現するかのような紅蓮の髪。だが、それぞれに持つ武器と具象化するモノは異なっている。

 

 

―――黄金に輝く『火竜の大剣』を以て圧倒的力を振るう。それはまさしく“竜”を体現せしめる伐刀者。

 

 

―――白銀に輝く『炎凰の大剣』を以て巧みに力をいなし、隙あらば正確無比の一撃を与える。言うなれば“不死鳥”を体現するかのような伐刀者。

 

 

その圧倒的力はこの国において比類すべき存在などいない。それも当然だ。その二人のランクは最高位の“Aランク”。それだけでも十分凄いのだが、その二人の年齢はなんと15歳。当然、周りの人間たちはその二人を『天才』などと持て囃している。それを一番快く思わないのは、他でもなくそうやって持ち上げられる本人たちに他ならない。しばらくして二人は距離を取ると、互いに魔力の展開を解除して、固有霊装も解除した。

 

「っと、ここまでにしておきましょうか。エリス、大丈夫?」

「大丈夫だよ、ステラお姉ちゃん。にしても、また腕を上げたね。私もうかうかしてると追い越されそうだよ」

「そう言われちゃうと、勝ち越されている側からしたら正直嫌味にしか聞こえないんだけど?」

「べ、別にそういう訳じゃないけど」

「解ってるわよ、それぐらいは」

 

互いにまともに競い合える相手が少ないからこそ、互いに本気を出せる相手が互いの目前にしかいないことに少なからず、危機感を抱いていた。そもそも、Aランクという高ランク伐刀者自体“少なすぎる”のだから仕方がないし、この国にいるBランク伐刀者を軒並み圧倒してきたのだから、現状こうやって互いに競い合うぐらいしか手段がないのも事実であった。エリスと呼ばれた少女はバツが悪そうな表情を浮かべ、これに対してステラと呼ばれた少女は苦笑を浮かべつつ、彼女を見やっていた。

 

「……それにしても、意外だったなぁ。お姉ちゃん、最初は留学に乗り気じゃなかったのに」

 

エリス―――ヴァーミリオン皇国第三皇女エリス・ヴァーミリオンとステラ―――ヴァーミリオン皇国第二皇女ステラ・ヴァーミリオンは日本でいう所の来年度から留学をするため、この国を離れる。だが、最初にこの話を受け取った時、ステラは悩んだとエリスは述べた。その理由はというと、

 

「乗り気じゃなかったというより、また父様が以前やらかしたことを他の国でやらかさないか不安だったのよ」

「あ~……私もそれは思いましたけれど」

 

二人の父親―――つまりはヴァーミリオン皇国の皇帝。何をしでかしたかというと、端的に言うなら『親バカをこじらせすぎて、変装してまで二人の様子を偵察していた』過去を持つ。その時は怒ったステラがミディアム位に焼いた記憶が蘇り、エリスもこれには苦笑を零した。そのような“外国で自国の恥をやらかす”ことを危惧した。流石に一国の国家元首である以上、そのような事には及ばないであろうと願った。神様に。そのデメリットの様なものを差し引いても、妹であるエリスに置いていかれないためには、自分自身も世界に飛び出して自らを高める必要がある。このままでは恐らく成長は見込めない、という焦りも少なからずあったのかもしれない。

 

「にしても、留学先がかの<サムライ・リョーマ>の国、日本だなんてね。それを聞いた瞬間に、エリスの目の色が変わったのは吃驚したわよ」

「あはは、今にして思えば、あの時はちょっとはしたなかった、って反省はしてるけど」

「別にそれぐらいは許すわよ。でも、何か嬉しいことでもあったの?」

「嬉しいというか、もしかしたらまた会えるかもしれないって思うと、気持ちが舞い上がっちゃって」

 

エリスの言葉に、ステラは一つの心当たりがあった。それは、数年前のとある出来事。攫われてしまいそうになったエリスを助けたのは同年代位の一人の少年。彼はステラに抱きついて泣いていたエリスの姿を見て、その場を去ろうとした際、ステラはその少年の出自を尋ねた。それに対して、彼はこう答えた。

 

『また会えるなら、その時はきっと日本で。そこが僕の故郷だから』

 

エリスにとっての“王子様”―――名前までは知らなかったが、大の大人たちを圧倒せしめるだけの『雷』の力。その彼がいるであろう日本への留学が決まった時のエリスの気持ちは、解らなくもない。双子なので、その辺りの気持ちは自然と伝わってくるほどに。そのことを律儀に覚えているのは、皇族として借りを作ったままではいられないという父親譲りの性分なのだろう。

 

「会えるといいわね、エリスの王子様に」

「茶化さないでよ、お姉ちゃん。もしかしたら、お姉ちゃんにもいい出会いがあるかもしれないよ?」

「せめてアタシを打ち負かす位じゃないと、簡単には惚れてあげないわよ~お姉ちゃんは」

 

後にエリス・ヴァーミリオンはこう語った。

 

『お姉ちゃんってフラグ建築に関しては得意なんだなぁ……』

 




これにて零章終了。原作で登場する人もちょっと早めの登場です。

人物紹介・用語説明もちょっと入れていよいよ原作に入ります。難儀しそうなのは戦闘シーンですがw

そしてこんなところでもフラグを立てることに余念のないステラさんでございます。流石チョロイン。

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