【完結】孵化物語~ひたぎマギカ~   作:燃月

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アフター(after):【その後】【後日談・エピローグ】


こよみアフター~その2~【本編完結】

~122~

 

 取り敢えず、近況を振り返るのはこれくらいにして――

 

「ま、お前には散々迷惑をかけられたし、別れを惜しむ気持ちなんてこれっぽっちもないんだけど、達者でな!」

 

 別れの挨拶に来たキュゥべえに対し、形だけの礼儀として、おざなりに僕は言う。

 

「…………どういうことだい?」

 

 が、なぜか僕の言葉に不思議そうな反応を返すキュゥべえ。

 

「あれ? 生まれ故郷があるのかしんないけど、元いた星に帰るんじゃないのか?」

「……そんなことは言っていないはずだけど、僕は挨拶にきただけだよ」

「だから、別れの挨拶じゃ?」

「違うよ。これから、君の調査任務を開始するから、その挨拶だ」

「……………………え?」

 

「一応前以て宣言していたはずだよね? 君――というより、吸血鬼は有用な資源になる可能性を秘めている。だから要調査対象から、更に重要度を引き上げたって」

「………………つまり?」

「阿良々木暦。今日からよろしく! 君のことを徹底的に観察させてもらうよ!」

「帰れ! 今すぐ出ていけ!」

「そんな邪険にしないでもらいたいな……僕らとしても、君達の所為でエネルギーの回収が滞っているんだから、その補填となるエネルギーの調査に乗り出すのは当然のことだろ?」

 

「知るか! 目障りなんだよ! 立ち去れ!」

「大丈夫だ、僕は姿を消すことだってできる。君の視界には映らないよう配慮しようじゃないか」

「精神的に嫌なんだ!」

 

 視界から隠れていようとも、ゴキブリが部屋の中にいるとわかって過ごすことは、精神衛生上よろしくないのだ。

 不快感半端ない! 

 

「君が協力してくれれば、早い段階で調査が済むかもしれないよ?」

「ああ鬱陶しい! 忍の餌にすんぞ!」

 

「やれやれ……ここまで嫌がられるなんて…………まぁ無理強いはできないし、当面は君以外の吸血鬼のことを調べるとしようかな。もし気が変わったらよろしく頼むよ」

 

「…………もう諦めて母星に帰れよ。それか、別の星にでも行ってくれ。よく知んないけど、地球以外にも何かしらの生命体はいるんだろう?」

 

「いるにはいるけれど、地球ほど珍しい生態系を形成している星なんて在りはしないよ。それに、どうせ百年の辛抱だ。今更、他の星を開拓するメリットは感じられないね。とはいえ、百年の時間を無為に過ごすのも勿体ないからね、吸血鬼のことを調査するのに、この空いた期間は有効活用させてもらうよ」

 

 

「えっと……話が見えないんだけど、その百年っていうのは何の話なんだ?」

 

 吸血鬼のことを調査すること自体は、別におかしいことではない。

 けれど、予め調査する期間を決めていることに、そこはかとない違和感がある。なにより“百年の辛抱”“空いた期間”という表現が、非常に気に掛かる。とてつもなく嫌な予感がする。

 

「あれ? 君は訊いていないのかい?」

「………………訊いていないって何を?」

 

 そして、往々にして嫌な予感は的中するもので…………衝撃的な事実が発覚した!

 

「百年経てば、僕と戦場ヶ原様が結んだ『約束』の期限が切れるってことをさ」

 

「なん……だと!?」

 

 

 戦場ヶ原ひたぎぃいいいいいいい!! お前って奴はぁああああああああ!!

 

 

 

 

 当然そのまま放置できる案件ではない――張本人への事情聴取開始である。

 

 

「…………ってキュゥべえが言ってたんだけど、本当に本当なのか?」

「あら、知っちゃったの? 口止めしておけばよかったわね」

 

 罪悪感の欠片もなく、いつもの澄ました調子で戦場ヶ原。

 この女は…………もう……どうすんだよこれ!

 

「はぁ…………僕的には、キュゥべえを出し抜いて、完全なる大勝利だと思っていたのに。何でこんな期限を設けちゃったんだよ! これに、どういう意味があるんだ!?」

 

「意味なんてないわ。自分が死んだあとの世界がどうなろうと、知ったこっちゃないじゃない」

 

 それが戦場ヶ原ひたぎの返答だった。

 清々しいまでにきっぱりとした発言に、僕としても引き下がるほかない。

 というより、これ以上追及することを許さないという、禍々しいオーラを発していたから、退散するしかなかったのだ。

 

 魔法少女は夢と希望を与える存在だと、まどかちゃんは言っていたが、こんな奴が魔法少女であってたまるか! 発想の基盤が魔女のものじゃねーか!

 

 

 でも…………戦場ヶ原の答えに今一つ納得できなかった僕は、もう一人の首謀者の元へ向かうことにした。

 彼女がこの事実を知らないなんてことはないだろう。

 

 

 

 

 

「あぁ……うん…………知ってたよ。戦場ヶ原さんと共謀した仲だからね……はは」

 

 苦笑いを浮かべて、戦場ヶ原とキュゥべえの『約束』が期限付きであることを、羽川は事実あると認めるのだった。

 

 戦場ヶ原とは違って、一応後ろめたい気持ちがあったのか、申し訳なさそうな表情ではある。

 

「…………僕には戦場ヶ原の考えがちっともわからないぞ……あいつは自分の死んだあとのことなんてどうでもいいみたいなこと言ってたけどさ…………後味が悪いっつーか、わだかまりが残るっつーか…………何でこんな意味のない期限を設けちまったんだ?」

 

 

「……うん、そうだね。阿良々木くんの気持ちは重々理解できるんだけど…………でもね、意味がないなんてことはないよ。戦場ヶ原さんがどこまで考えていたのか、本当のところはわからないけど、これは極めて重要な必要不可欠な処置なのは確かだよ」

 

 と、僕の愚痴めいた不満を訊いた羽川は、教え諭すようにそんなことを言った。

 

「……どういうことだ?」

「幾つか理由が考えられるんだけど、一つ目は、『約束を遵守させる力』をより完全なものにする為――期限を設けることで、より効果を強化できるとでも言えばいいのかな。もし永続的に、それこそ、無期限で効果が続けば、それに越したことはないけれど、限界を超えた力は、必ず何らかの不和を生み、効果そのものに、綻びが生じることになりかねない――――簡単に言えば、効果範囲を広く設定し過ぎると、その分、力が不安定なる。だから敢えて効果範囲を狭めて、力を安定させるみたいな」

 

「……なるほど」

 

「阿良々木くんも知っての通り、魔法少女がどんな願いでも叶えられるとは言っても、個々人の資質によって、叶えられる願いの規模は変わってくる。それはつまり、叶えられる願いには『上限』があるってことの裏付けなんだよね」

 

「…………だから、予め約束の期限を設定したってことか」

 

「そういうことだと思うよ。ただ、鹿目さんだけはそんな『上限』さえ無視できるほどの、魔法少女だったんだろうね。キュゥべえくんの話から推察するに、神様にも等しい存在になれたかもしれないよ。新しい世界をまるごと作っちゃったりとか」

 

 どこまで本気なのか、羽川がそんな推論を述べる。まどかちゃんの力が規格外に凄いことは疑う余地はないけれど、流石にそこまでの力が…………いや、ほむらでさえ時間遡行なんて芸当をやってのけている。まどかちゃんなら本当に……でも、例えそんな力があったとしても、好き好んで神様になんてなりたくないだろう。

 

 

 ただ普通に、大切な人と過ごす事が出来れば、それ以上の幸せはない。

 どれだけ素質があり、強大な力を持っていても、まどかちゃんは普通の女の子なのだから。

 

 

「それと、あともう一つ」

 

 と、羽川が逸れていた話を引き戻す。

 僕としては、もうある程度は納得できていたのだが、まだ何か理由があるようだ。

 

「今回の件を、キュゥべえくんの立場で考えてみるとね、リスクをかなり緩和できているんだよね」

「ん?」

 

「もし仮にね、戦場ヶ原さんの『約束』の力が永続的に働いて、キュゥべえくんの契約を未来永劫、封じ込められた場合、どうなるのか。阿良々木くんが本来望んでいた結末はこっちなんでしょ?」

 

「そりゃな。それこそが最良の未来っつーか、キュゥべえの企みを完全に封じてこそ万々歳ってなもんだろ?」

 

「うん、私たち――人間側の心情とはしては、そっちの方がいいよね――でも、そうなった場合、キュゥべえくんがどういう行動にできるのかを考えてみて」

 

「キュゥべえの行動? ああ、さっき言っていた、キュゥべえの立場で考えるって話に繋がっているのか…………と、言われても、アイツの思考なんて読めないぞ。何考えてるかわかったもんじゃねーし、存在そのものが謎だらけだ」

 

「そうだね。阿良々木くんの言う通り、キュゥべえくんは謎が多すぎる。私たちは、全くといっていいほど相手の情報を把握できていない――その上、相手は人類より、圧倒的に上位に位置する存在であり、人間を観測する立場にあるのを忘れちゃ駄目だよ。力関係で言えば、間違いなく相手が上手」

 

 警告を飛ばす羽川の言葉に、心臓が跳ねたような心地だ。

 心のどこかで、キュゥべえという存在を甘くみていた自分に気付き、自省の念に駆られる僕。

 

「そんな相手の計画を、完全に破綻させた場合どうなるのか――多分、その状況を打破しようと試みてくるんじゃないのかな。手段を選ばず強硬策に打って出てくる可能性が高いって、私はそう思うんだ。そうなった場合、相手がどんな手を使ってくるのか、私には予測しきれないよ。……可能性の話だから、必ずそうなるとは限らないんだけど」

 

「いや……お前の懸念は尤もだ……」

 

 地球を観測する立場にある異星生命体が、形振り構わず敵対してくるってのは、あまりにもぞっとする話だ。

 

「だからこそ、期限を設けることが、重要になってくるんだよね。だって百年経てば、また活動が再開できる。私達の感覚の百年と彼等の感覚の百年は、全く違うってのは分かるよね? なんせ相手は有史以前から人間に干渉してきた存在なんだもん。たかだか百年の停滞って捉えると思うよ。計画の大幅なロスにはなるだろうけど、決して挽回できないものじゃない。ただ計画のロスって観点で言えば――今後も鹿目さんが狙われる可能性は否めないかな……。やっぱりキュゥべえくんにとって、彼女が魔女になって獲得できるエネルギーは魅力的だろうし。ちゃんと警戒しておかないと駄目だよ。ある程度は戦場ヶ原さんの『約束』の力を駆使して、搦め手で封じたつもりだけど、絶対に大丈夫なんて保証はできないんだから」

 

 計画の妨害が不完全であるからこそ、インキュベーターも躍起になって問題の解決に乗り出さない。

 吸血鬼の調査に乗り出すとか言っているけど、それは無駄な時間を過ごさないようにする為の、時間潰しに過ぎないのだろう。

 

 百年経てば、また元通りに戻るのだから。

 インキュベーターにとって百年という年月は、ただの誤差でしかなく、十分に許容できる範囲。

 

 ただし、まどかちゃんのことをキュゥべえが簡単に諦めるとは考えにくいので、その点はしっかり留意しなくてはならない――ということか。

 

 これが羽川の言う、リスクの緩和――忍野のバランス理論ではないが、均衡を保つ為には、何事にもバランスが大事ってな訳だ。

 抑え過ぎると、その分だけ反発が強くなる。過度の改革は叛逆を招く。

 

 故に――これが帳尻を合わせたギリギリの調整。

 

 それが今回の魔法少女に纏わる物語の妥協点であり、落とし所なのかもしれない。

 

 

「でもこれは、どうしたって百年後の人類のことを完全に無視した、独善的な考え方にはなってしまうよね…………これを許容できるか否か、戦場ヶ原さんの言う通り、知らんぷりして割り切ってしまった方が賢明なのかな…………それこそ、全宇宙のために犠牲になることなんてできないしね。なんて言い出すときりがないし、問題のすり替えになっちゃうんだろうけど――それでも、人間は、どこまでも自分勝手に、利己的に生きていくしかないんだよ」

 

 

 

 

 

 

 

~123~

 

「なぁ戦場ヶ原。答えたくなかったら別にいいんだけど、お前は……魔法少女になったことを、後悔していないのか?」

「何それ」

 

「いや……だから、魂を移し替えられて……人間としての在り方からは、だいぶ外れちまっただろ?」

 

「阿良々木くんは、その事で私のことを疎んじるつもりなの?」

「それだけは絶対にないよ。お前はお前だからな」

「なら、いいじゃない」

 

「んーでも。やっぱ、多少なりとも気苦労はあるだろ? ソウルジェムをずっと装着しておかなきゃいけない訳だし」

 

「結婚指輪だって肌身離さず身に付けておくものでしょう。あーでも本物の結婚指輪を貰った時のことを考えると困るわね。ね、阿良々木くん」

「え、何そのプレッシャー!?」

 

「あらあら、どうして阿良々木くんは、これをプレッシャーに感じるのかしら?」

 

 抑揚のない平淡な声音。

 恐い! マジ恐怖!

 

「失礼。噛みました。本当はプレジャーと言いたかったのに、舞い上がっちゃってさ……ははは、僕は歓喜に打ち震えているってことだよ!」

 

 『プレジャー』――『喜び』という意味である。

 僕の恋人の冗談は見極めにくい。迂闊な対処をしたら、即制裁だ。

 

「阿良々木くんだって吸血鬼――でしょ。人間としての在り方から、だいぶ離れているけれど、それで何か困っているの? お互い便利な身体じゃない」

「……そうだな」

 

 戦場ヶ原が気にしていないというのなら、これ以上僕が変に気を回し過ぎるのもよくないか。

 デリケートな問題だから、戦場ヶ原と他の魔法少女の子達を同様に扱ってはいけないが、戦場ヶ原に関しては、もっと軽く考えた方がいいのかもしれないな。

 

 

「阿良々木くん」

「ん? どうした?」

 

「お互いの為に、ちゃんとけじめをつけておきましょうか」

 

 けじめと言う言葉を訊いて連想されるのは、先ほど上がった『結婚』という単語。

 え? 嘘。まだ僕達高校三年生ですよ? いや、嫌ってことはないし、戦場ヶ原のことは好きだけど、ちょっと早すぎませんか? なんて内心で慌てふためいている僕であったが――

 

「もう阿良々木くんに対し、『約束(ピンキースウェア)』の能力を使わないと、『約束』するわ」

「お、おう」

 

 ――そういう話ではなかった。

 『絶対遵守の約束』――確かに、その力があると、戦場ヶ原と迂闊に約束が交わせない。

 

 だから戦場ヶ原は自分自身に『約束』の力を行使して、僕との関係を対等なものにしてくれたのだ。

 さて、自分自身との『約束』が成立するのか、そもそも本当に力を使ったのか、僕には判断できないが、それを信じなくては、僕に彼女の恋人たる資格はないだろう。

 

 普段の彼女のことを、信用できるかは兎も角としてだ!

 この決意表明だけは、信じるに値する。

 

 そして、その直後に戦場ヶ原は言った。

 

「じゃあ阿良々木くん、一つ私と『約束』してもらおうかしら」

 

 だから、これは何でもない本当にただの『約束』だ。けれど、大切な。一生ものの。

 

 臆面も恥じらいもなく、真面目な、戦場ヶ原の本気の想い。

 

 戦場ヶ原が僕に何を求め、何を言ったのか、それを明らかにするのは無粋だろう。

 

 僕の為に、魔法少女になった彼女に対して、僕は迷わず即答する。

 

 

「ああ勿論。約束するよ」

 

 

 まだ終わらない僕達の物語を、二人で寄り添って歩き続ける為に。

 

 

 

 

 

 




 『孵化物語~ひたぎマギカ~』無事完結いたしました!

 最後まで投げ出さずに読んでくれた皆様、本当にありがとうございます。
 また、感想や評価などは執筆する上での、何よりのモチベ―ションでした。こうして完結を迎えることができたのも皆様のお陰です。

 ご意見、疑問、質問したいことなどありましたら、活動報告かメッセージにてお願いします!
 それでは、重ねて心よりの感謝を申し上げます。

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