ほむらウォッチ~その1~
~008~
鹿目まどか。
彼女を救う為に、私は魔法少女になった。
まどかに待ち受ける苛酷な運命を変える、ただそれだけの為に、私は幾重もの時間を繰り返した。
だけど、そのどの時間軸に
何度も、何度も。
繰り返し、繰り返し。
手段を変え。方針を変え。
今度こそはと、意気込んでやり直してみても、どうしても覆せない。覆すことができない。
まどかを救えない。
過程を幾ら変えようとも、辿り着く先は、絶望という名の終着が待っている。
世界の意志によって、運命が収束していくかのように結果は変わらない。
いや、『世界の意志』なんかじゃない……。
『
その下準備とも言える、最たるものが、『鹿目まどか』と『巴マミ』の、出会いの斡旋。
時期の早い遅いの僅かな差異はあれど、二人は必ず巡り会い――結果、巴マミが彼女を魔法少女への道に
何度繰り返して、何度修正しようとも、この結果は避けられない。
奴が後ろで手ぐすねを引いて、この状況を誘発させているのだから、それを阻止することは難しい。
巴マミは、まどかを危険に晒し、キュゥべえとの契約を助長する。
まどかを『魔法少女』にする先導者にして、キュゥべえとの橋渡し的な役割を担う厄介な存在と言えた。
はっきり言って、彼女の存在は、まどかを救うプロセスの妨げにしかならない。
負の感情を溜め込み穢れきったソウルジェムが、グリーフシードとなって『魔女』へと生まれ変わる――『魔法少女の仕組み』を知ることになった、美樹さやかが魔女へと堕ちたあの時も……。
絶望し、自暴自棄に陥って、周りを巻き込んで命を絶とうとした。
魔女を生み出す前に対処するという点では、冷静な判断と言えるのかもしれないが、まどかを救う為に
あんなところで終わらせて堪るものか。
それに加え、キュゥべえに対し、頑なまでの信頼を抱いているのが問題だ。アイツの言葉を鵜呑みにしてしまっている。
例えるなら、悪徳宗教に嵌った信者のようなもの。
いくら私が言葉を尽くしたところで、巴マミに私の言葉は届かない。
元凶であるキュゥべえの暗躍を除けば、まどかを魔法少女にする一番の要因を作り出しているのは巴マミに他ならない。
彼女とキュゥべえの繋がりを絶たない限り――
彼女がキュゥべえを信頼し続ける限り――
まどかの未来に、道は開けない。
~009~
まどかは可愛い。どの時間軸にいこうとも、それだけは変わらない。まどかは可愛い。
私の心のオアシス。
彼女のあどけなく愛らしいその姿が、どれ程私の支えとなっていることか。
出来ることなら、四六時中まどかを見つめていたい。
これは文字通りの意味でもあるし、まどかとキュゥべえの接触を阻むという意味に於いても肝心なことと言える。
とは言っても、残念ながら、それだけに尽力している訳にもいかなかった。
遡行する時間の微調整は行えず、強制的に一ヶ月前まで戻される。その時点から限られた時間の間に、やらなければいけないことが山ほどあるのだから。
時間停止の力を使えば時間はいくらでも引き延ばせると、誤解されているかもしれないが、それは間違いで、私が止められる時間には制限がある。
その限られた持ち時間でやり繰りをする必要がある為、無闇矢鱈と使い続けることは出来ない。
それに加え魔力も無限ではない。
素の状態でも、微量ながらに魔力は消費され続けているし、時間を止めている間は必然的に魔法少女の姿になる必要があるのだから、その消費量は嵩んでいくばかり。
力を使用すれば、それだけソウルジェムに穢れが溜まる。
況して、浄化もせず使い続ければ、どこかの馬鹿のように魔女になってしまう。
魔力の源であるソウルジェムの浄化の為に、強いてはまどかを巻き込むかもしれない魔女の討伐も兼ねて、定期的なグリーフシードの調達は必須事項なのだ。
まどかに害なす存在は全て排除する。
あと、これらと並行して行わなければいけないのが、凶悪な魔女『ワルプルギスの夜』への対抗手段の事前準備。
『ワルプルギスの夜』――最凶にして最悪の超弩級魔女。
一介の魔女とは比べ物にならない程の力を有し、出現しただけで、大災害と同等の被害を周囲に
こいつを倒さない限り、まどかの運命は閉ざされたまま。
そして――事前準備とは即ち、武器を収集すること。
在りし日の私は、自作のパイプ爆弾などを使用していたが、やはり近代兵器の性能には劣る。
まぁその近代兵器を自分の使いやすいよう、多少カスタマイズすることはあるけれど。
その近代兵器を盗み出す事が、『ワルプルギスの夜』が出現するまでにしておかなければならない、大切な課題の一つだ。
ただし、闇雲に武器を集めればいいというものではない。
盗み出すにも、それなりの順序というものがある。
とある時間軸の失敗談ではあるが、かなり早い段階から兵器の収集を開始し――陸上自衛隊から『88式地対艦誘導弾』が搭載された『74式特大型トラック』を始め、得物になりそうな物を根こそぎ強奪した時があった。
しかしそれが、テロ組織による大規模な計画的窃盗事件として扱われてしまった為、日本中の軍事施設で警戒態勢をしかれる大事件へと発展したのは誤算だ。
連日ワイドショーで取り沙汰され、各方面の責任問題に発展していたが、まぁそんなのは私に関係ない
其の所為で、武器の調達が却って、滞る結果となってしまったのは、苦い思い出である。
防犯機器の増設に、何重にも施錠された扉を掻い潜るのは、本当に骨が折れたものだ。それで開錠のスキルが飛躍的に高まったのは、怪我の功名とも言えるけれど。
手痛い教訓となった出来事だ。
盗むならバレないように。バレるなら『ワルプルギスの夜』が襲来する時期を念頭に置いて逆算し、発覚してもその後の調達に、支障を来さない頃合いを見計らわなければならない。
初期段階では、暴力団(お得意先は射太興業事務所、近場にあって管理が
窃盗、強奪を解禁したいま、私を縛る法律は皆無。
私の犯した罪状など、あげればきりが無い。
窃盗罪、銃刀法違反なんて可愛いもの。時には恐喝、殺人未遂などなど…………もうこの手は完全に汚れきっている。
繰り返すうちに、要領よくこなしていくことは可能になったが、それでも限界があった。
どうしても、まどかに付きっ切りという訳にはいかない。
その隙を縫ってキュゥべえは、甘言を用いてまどかを
そして、今回の時間軸でも……。
私が“撃ち”洩らし、仕留めそこなったキュゥべえは――助けを求めまどかの元に逃げ込んだ。そして、そこに現れたのは例によって、巴マミの姿。
またしても、まどかとの接触を許してしまったのだった。
それから数日後の放課後のこと。
今日も今日とて、私はいつものように彼女の動向を見守っている。
時間が許す限り、それだけは決して怠らない。怠ることなどあるものか。
巴マミを介して、キュゥべえとの接触を許しはしたが、まどかには再三警告もしているし、まだ契約を結ぶには至っていない。
視力の強化を用いて遠巻きながらまどかを観察する。
幼さの残る、可愛らしい天使のようなその相貌。
笑みを浮かべれば、それだけで春の日だまりのような心地よさを体感させてくれる。
赤みがかった髪を頭の上部両サイドにまとめて結い、その両方の結い目にアクセントとして赤いリボンを付け、それがまた、彼女によく似合っていて、学生服の胸元を彩る大きな赤色リボンとの調和が見事に決まっていた。まどかママのセンスには敬意を表したい。
脚は白のニーソックスで包まれ、スカートとの間に僅かに覗く素肌がとても魅力的だ。
小柄な体格で、保護欲を掻き立てられる可憐な少女こそが、私が救うべき相手――鹿目まどか。
その華奢な身体の右肩に、白い宇宙生命体――キュゥべえが乗っかっていた。
いつもながら、まどかに引っ付いて羨ま……目障りなことこの上ない。絶対に殺す。意味が無くても殺す。
多少は私の気が晴れるだろう、いや、見ているだけで不快感を催すのだから、本末転倒か……。
まぁいい。
あと……この世に顕現した最愛なる私の女神の横には、付属品である美樹さやかの姿があった。
二人で何やら話しながら歩いていく。
だけど、その表情に会話を楽しんでいる様子はなく、どこか翳りを帯びた暗いものだった。
まどか達を追っていくと、そこは三年の教室に向かう階段で、深く考えずとも、巴マミの元に向かおうとしているのは分かったけれど、これは珍しいことだ。
魔女退治にいくときは、近場のファーストフード店で待ち合わせたり、校門近くで落ち合うことが多い。直接、教室にいくのは他学年ということもあり抵抗があったのだろう。
今までのどの時間軸に於いても、直接教室に向かうなんてことはなかった。
なんてことない日常の一場面のようだけど…………俯瞰して照らし合わせれば、異例としか言えない事態に、あの二人の思い詰めた表情が気に掛かる。
変調の兆しを感じとった私の行動は素早かった。
周囲に人の目がないことを確認すると、ソウルジェムを掲げ瞬時に変身を完了させる。
私にお似合いな、黒と灰色の地味な色合いの衣装に身を包むと、すぐさま左手に取り付けられた、小盾に触れ、
カチッと歯車が噛み合わさる音。
それが時間停止の合図。
盾に内蔵された赤い砂粒の砂時計が傾き、現実の時間を止める。
世界の理から、私は解き放たれる。
私は、窓を勢いよく開け放つと、そのまま飛び降りて足早に校庭へと向かう。
そして、巴マミの教室を窺うことが可能な、校庭側に植えられた植木の枝に跳び乗ってから、時間停止を解除させた。
以上の工程を経ているので、目撃者は皆無。生い茂った緑葉のお陰で、私の姿は部活動に励む生徒達の視線に晒されることはない。
まどか達はまだ教室に向かっている最中のはずだ。
巴マミが夕暮れ染まる教室で、一人座っているのは確認できたが、やはり、この距離だといくら視力を矯正したところで、得られる情報が乏しい。
仕方なく、異空間に通じている(としか説明が出来ない。私も未だ詳しい原理を掴めていない)盾に手を突っ込み、双眼鏡を取り出すと、魔法の力でより性能を強化してから覗き込む。
視力強化との相乗効果と相俟って、巴マミの様子が鮮明に窺えた。
巴マミは一人教室で、意思なき人形のような虚ろな表情で座っていた。
髪は
顔色も青白く、いつもの凛とした姿は見る影も無い。
まるで、『魔女の口付け』を受けた人間のようだ。なぜか、無気力状態になっている。
巴マミの警戒力は強く、普段なら一定の距離に近付くと気取られ、あまり迂闊に近寄ることはできなかったが、今のこの状態なら…………多少無理してでも接近し、ソウルジェムで強化した聴覚ならば、会話が聞こえる距離まで近付くことが出来るかもしれない。
そう結論付けた私は、再び時間を止めると――彼女の教室に向け足を運ぶのだった。