~085~
伝説の吸血鬼――キスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレードの詳細について、今更敢えて言及するまでもないと思うので割愛させて貰うが、確かに、これ以上ない莫大な力を内包した存在だと言える。
この世界の理を超越した、不可能を可能にする、人知を逸脱した存在だ。
「なるほどな……盲点というか、灯台下暗しってやつだな」
言われるまで、全く頭になかった考えだ。
僕が真っ先に思いついて然るべき一案なのに、羽川に余計な気苦労を掛けてしまった。
「何にしても羽川が気に病むことはないって。つーか今はお眠の時間だからそもそも聞いてないっぽいし」
忍が寝ているというのは口からのでまかせで、陰ながら――影に潜みながら僕達の話を訊いている可能性の方が高い気もするが、まぁ忍だってそこまで狭量な奴でも…………あるな。
基本的に文句が多いし、根に持つタイプだった。
豪気な性格ではあるが、思いの外その器は小さい。
それに何より羽川に対しては、色々物思うことがあるはずなのだ。
ある種のわだかまりを抱えているといってもいい。
春休み折、口論というには些か語弊もあるが、言い争いをしていた二人である。
ともあれ――羽川にフォローを入れつつも、僕は視線をキュゥべえへと移す。
「で、どうなんだ? 例えばの話、吸血鬼の力を提供すればお前は引き下がるのか?」
吸血鬼の力を有用なエネルギーとして変換する方法やら提供する手段とか、他にも諸々棚上げ状態で、かなり漠然とした問い掛けになっているが、取り敢えず聞くだけ聞いてみる。
「うーん。魅力的ではあるけれど、まだ調査不足だしなんとも言えないかな。ただ正直なことを言わせてもらえば、とてもじゃないけど、僕達が目標としている値のエネルギーを賄えるとは思えない。まぁ本当にエネルギーの回収が見込めるのであれば、喜んで撤退させてもらうよ」
どこか挑発的な物言い。
キュゥべえの評価は今一つと言ったところか。
興味はあるが、然程期待はしていないって感じ。
「キュゥべえくん。その言葉、くれぐれも忘れないでね」
が、僕の認識とは裏腹に、含みを持たせた、強気な語調で羽川。
こんな大見得を切って大丈夫なのだろうか?
「おい……いったいどうするつもりなんだ?」
「どうするって、キュゥべえくんも言ってるじゃない。“調査不足”だって。だったら吸血鬼に秘められた力を証明すればいいんだよ」
「証明?」
「うん。幸か不幸か、吸血鬼の力を最大限に発揮できる、お誂え向きの舞台がもうすぐ整うでしょ」
羽川は言う。
「数日後、見滝原にやってくるという超弩級の大型魔女――『ワルプルギスの夜』。その魔女をもし吸血鬼の力で圧倒することが出来れば、キュゥべえくんも認めざるを得ないじゃないのかな?」
~086~
キュゥべえとの話を終え、羽川が次に切り出した要望は、忍野のところに案内して欲しいというものだった。
「でもなぁ……あいつ、この件に関しては一線を引いてるからな、多分、行っても意味ないぜ?」
別に連れて行くことを拒否しようって訳ではない。
それでも一応、無駄骨に終わる可能性があるとだけは言っておかないと。
魔女の正体を知った今、忍野が不干渉を貫いていた理由もよくわかる。
協力してくれないからといって、責めるなんて以ての外だ。
魔女と怪異は全く異なる存在で、あいつが収集しているのは怪異譚なのだから、こればっかりは致し方ない。
「そんなことないと思うな。事情を説明すれば、忍野さんだって相談にぐらい乗ってくれるよ」
しかし、羽川の見解は違うようだ。
先を見通すことに長けた彼女の場合、何かしらの根拠があってのことだろう。
そう思った僕は、その理由を訊いてみる。
「ん? 忍ちゃんには前もって魔法少女と魔女の情報を教えてあげてたって話でしょ?」
「あ、そういえば」
「積極的ではないにしろ、どうにかしたいって気持ちがあった証拠だよ。それと忍野さんなりに阿良々木くんの身を案じての配慮でもあったんじゃないのかな」
「そういうもんかねぇ」
「そういうもんだよ」
何が嬉しいのか、にやにやと笑みを浮かべる羽川だった。
「まぁそうだとしても、実際、面と向かって断られてるし、あいつが表立って動くことはないんじゃないのか?」
「でも、忍野さんって確か怪異専門の
「ああ。そんな胡散臭い肩書きを名乗ってたな」
「だったら、もう忍野さんだって無関係とは言えないよ」
「ん? どういうことだ?」
「だって吸血鬼の力を最大限に活用しようとしているんだから、事前に対策しとかないと、荒れに荒れちゃうじゃない。それこそ“バランスが崩れる”っていうか。そうなって困るのは忍野さんだし。まぁまだ吸血鬼の力を活用すると決まった訳じゃないけど、そういったことも含めて、忍野さんには話を通しておいた方がいいんじゃないのかなって」
「…………………」
羽川の計算が恐ろしい。もういっそ、計略と言い換えてしまってもいい。
吸血鬼の力を組み込むことで、否応なく忍野を引き入れようとしていた。
どこまで先を見通しているのやら……一流の棋士が、数十手先を見越して指し進めるかのような、そんな周到さである。
後日、ほむらのことも紹介して欲しいといわれているが、羽川ならきっと上手く進めるだろうという確信がもてる。
とまぁそんな訳で、次の目的地はあの廃墟と化した塾跡地となった。
取りあえず、羽川には校門で待ってもらい、僕は通学用のママチャリの回収へ。
キュゥべえの首根っこを引っ掴んで、早足に自転車置き場へと向かう。
一応キュゥべえも連れて行くことになっているので、僕の方で責任をもって管理しておく。一時でさえ、羽川の所には置いておけないからな。
そういや、羽川にはキュゥべえの姿が見えているんだよな。
これってそのまま魔法少女になる資格があるという裏付けなのか、はたまた、キュゥべえの意志で姿を現しているだけなのか、どっちなんだろう。
まぁ資格があったとしても、もう魔法少女になることの危険性についてはしっかりと把握しているのだし、間違っても契約を結ぶなんて事態にはならないはずだ。
あ、これフリとかじゃないからね。
でも、羽川の魔法少女姿は是非見てみたい!
はてさて。
魔法少女の衣装って、その少女が持つ内なるイメージがそのまま反映しているような認識なんだけど――まぁこれは僕の憶測ではあるが、勝手にそうであったと仮定した場合、羽川はどういった衣装を着ることになるのだろう?
でも僕、羽川の制服姿しか見たことないんだよな(例外として下着姿は見たことあるけど)。
普段、着ている私服とか知っていれば、大よその見当はつきそうなのに困ったな。全く想像できないぞ。
もうこの際、羽川に似合いそうな衣装を考える方向に切り替えるとするか。
まずは既知の情報を参考にしてみよう。
となると、僕が知っている魔法少女は四人だけだが、その中の衣装で一番合いそうなのは、巴さんの着てる英国風の衣装だろうか?
着痩せする羽川であっても、あの衣装を着ればそのポテンシャルが遺憾なく発揮されること請け合いだ!
コルセットで腹部が絞られ、より身体のラインが強調されるという…………いや、別におっぱい基準で選んだわけじゃないよ!
ただパッと真っ先に思い浮かんだだけであって他意はない!
よし、次にいこう。
次点でいえば、杏子の深紅の衣装も、中々似合いそうだ。
モチーフとなっているのは多分神父服なのだろうが、どことなくチャイナドレスを想起させる。
杏子が着た場合、紅く燃えるような色合いから、勇ましさとか旺盛さとか、バイタリティー溢れる印象を受けるが――羽川が着るとなれば、その評価は一変する。
なんかこう、胸元に空いた隙間からいい感じに谷間が露わになり、僅かに見える生足とかもう魅惑的過ぎる! おっと、もうこれ以上の言及は控えておく。僕の品格が疑われかねない。もう手遅れな気もするが。
では無難にほむらのシンプルな衣装はどうだ?
三つ編み眼鏡の真面目な委員長さんには、こういった抑えた色合いの衣装の方がいいかもしれない。
って、あれ? なんか妙にしっくりくるこの感覚はなんだろう。
いや、口では上手く説明できないのだが…………デジャブともまた違うんだけど……まぁ別に大したことではないので流してもらって構わない。
つーか、直江津高校の女子の制服って、上がピンクだしな。
ほむらの衣装の方が、まだ普通の学生服として機能しているんじゃないのか?
そして残るは美樹の衣装だけど、これは少し違うかな。
活発な美樹にはよく似合っているけど、羽川のイメージには少しそぐわない気がする。
う~ん。
別にどれも悪くはないのだが……僕の心をグッと掴むほどではないんだよなぁ。
やはり、個性に見合った衣装でなければ意味がないということか。
仕方あるまい。
こうなったら、僕の独断と偏見で羽川に適合する衣装を見繕おうではないか!
よし。まず、僕の持っている羽川のイメージを抽出してみるとしよう――
真面目。生真面目。清楚。高潔。完璧。本物。穏やか。善良。献身。面倒見がいい。巨乳。優秀。委員長。優等生。安産型。眼鏡。黒髪。三つ編み。少し地味。
こんなところか。
これらに合致し羽川の魅力を引き立てる衣装となると…………悩みどころではあるが『巫女服』なんてどうだろうか?
羽川の持つ神聖さを更に引き出し、それでいて親近感も与えてくれる。
悩み事の相談にも快く乗ってくれそうで、僕の持つ羽川のイメージにぴったりだ。
少し無難過ぎる気もするけれど……まぁ奇を衒った発想でいくのなら、ベビードールとガータベルトのランジェリー風衣装に猫耳をつけたのとか提案してみたいものではあるが。
しかし懸念もある。
巫女服を改造して魔法少女スタイルにすると、なんか俗っぽくなってしまいそうだよな。
巫女服本来の厳かな気品が損なわれてしまいそうだ。
何ならもう普通に巫女服を着てくれないかな。
巫女さんってある意味、和装魔法少女の起源だし(違うか)。
こうなるともう、始めの趣旨と違ってきてるな……。
ただ僕が『羽川にどんなコスプレをして欲しいのか』っていうだけの話になってしまっている。
まぁ脱線したついでに――巫女と言えば、ナコルルの衣装っていいよな。まぁあれは巫女服じゃなく民族衣装なんだけど。大自然のおしおきを受けたいものだ。
なんて下らない妄想をしつつ――
校舎の角を折れ、目当ての自転車置き場が視界に入ったところで――僕の足は止まった。
ぞくりと言い知れない怖気けが身中を駆け巡り、頭の中で警鐘が鳴り響く。
やばい。やばいぞこれは。
時間はなんやかんやでもう下校時刻の午後六時半を過ぎている。
文化祭の準備もまだ本格的には始まっていないし、クラブ活動も特に盛んという訳ではないので、残っている生徒の数もまばら。
なので自転車の数も数台しかない。
また、ある程度自分の自転車を停める定位置みたいなものが決まっているわけで――故に、すぐに自分の自転車が何処にあるのかは発見できたのだが…………。
なぜか僕の自転車の傍に一人の女生徒が立っていた。
そして、現在進行形でその女生徒と視線がかち合っている。
氷付けかはたまた石化してしまいそうなほどの眼力で以って僕を見据えていた。
いやいや、これは被害妄想か幻覚で、普通に無表情なんだけどね。なんか睨まれているような気がしてならない。
皆さん、もうお解かりですよね。
その女生徒の正体は――戦場ヶ原ひたぎ。僕の彼女である。
もう一度確認しておくが、時刻は既に午後六時半を過ぎている。
まさかまさか……授業が終わって、三時間近くもこの場所で待ち続けたとでもいうのか!?
制服を着たままだし家に帰ったということもあるまい。
え、どうしよう……身の安全を確保するには、此処は踵を返し一目散に逃げるべきだ。
しかし、どう考えても、後に待ち受ける制裁の方が恐ろしい。
というかなぜ僕は――自分の彼女が甲斐甲斐しく待ってくれている状況に、恐怖しか覚えないのだろう?