【完結】孵化物語~ひたぎマギカ~   作:燃月

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ウィッチ(witch):【魔女】


ひたぎウィッチ~その5~

~007~

 

 僕達の住む町ではあまり見ることはない明るい髪色。

 羽飾りの付いた焦げ茶色の帽子を頭に乗せ、ロール状にカールされた髪を二つに結んでいる。

 西洋風コルセットと一帯になった白いブラウスに、薄黄色のスカート。胸元にはスカートと同色のリボンがあしらわれていた。

 

「私の友達を――返して貰うわよ!!」

 

 舞台演劇で着る衣装のような、派手な格好をした少女は、そう宣言して僕達の方へ腕を伸ばす。

 けれど距離は5メートル以上離れている。そんな離れた場所で何をしているのかと疑問に思ったその矢先――少女の腕の先から帯状のリボンが無数に伸び、それが戦場ヶ原に襲い掛かった!

 

 いや、違う。

 

 無数のリボンは地面すれすれを滑空すると、横幅を広げながら一つの絨毯のように形を変え、キュゥべえの下に滑り込む。そして、そのままキュゥべえを掬い上げると、正に魔法の絨毯さながらの動きで、少女の元へ引き戻されていく。

 瞬く間の奪還劇に、僕と戦場ヶ原は呆気にとられるしかない。

 

 

「キュゥべえ、大丈夫!?」

 

 切迫した声で少女が呼びかける。

 僕達には目もくれず、無惨な痛々しい姿に変わり果てたキュゥべえに向けて手をかざす。

 すると――黄色に輝く淡い燐光がキュゥべえを包み込み、見る見るうちに傷が癒え、異物が除去されていく。

 これもさっきのリボンと同様、魔法の力で治癒しているということなのだろうか?

 その不思議な力に驚きながらも、感心する僕だった。

 

「マミ。来てくれたんだね。ありがとう、助かったよ」

 

 元の健全な姿となって息を吹き返したキュゥべえは、感謝を伝え尻尾を大きく揺らす。

 犬のような感情表現の仕方だ。

 

「よかった……ほんとうに、よかった。心配したんだからね」

 

 少女はキュゥべえの無事を確認すると、目元を拭いながら安堵した表情を浮かべる。見ている僕が感じ入ってしまう優しい顔付きだ。

 

 

 

「あなた達、これはどういうつもり?」

 

 だけど……僕達を見据えた時には、もう優しげな表情は消え失せていた。

 怒りに打ち震える冷めた声音で、僕達を責め立てるように詰問する。

 

「いや、これは…………」

 

 キュゥべえを助けにきた、この子にどう説明しろと?

 間違いなくキュゥべえに対し、好意的に接している人間だ。

 

 ありのままを伝えるなら、『キュゥべえの本質が人類にとって危ないものだったから、危険因子と見做して、制裁を加えた』ってことになるんだろうけど、そんな言い分が通じるなんて、とてもじゃないが思えない。

 っていうか、僕だって戦場ヶ原はやり過ぎだって思ってた訳だし…… 

 

 僕はしどろもどろとするだけで、言葉を紡げない。

 

「どういうつもりも、なにもないわ。人間様に向かって嘗めた口をきいた畜生に、罰を与えてやっただけよ」

 

 だが、其処は戦場ヶ原さん。

 取り繕うことも、弁解する気も全くない彼女は、寧ろ相手を挑発するように、言い返した!

 火に油を注ぐとは正にこれ。

 

 微塵も臆することなく応じる戦場ヶ原は、なんて頼もしい味方なんだ!

 

 

 

 なんて、僕が思う訳がない!

 もう和解への道は閉ざされたと言っていいだろう。こいつと同じ仲間だと思われていることに僕は苦言を呈したい!

 あーもう! 平和的解決を願う僕とは相反する存在だ。

 

 

「キュゥべえがいったい、何をしたっていうの?」

 

 問答無用で怒鳴り返しても許される場面だが――自制して、戦場ヶ原の意図を探ろうとする辺り、やはり正義の味方を称する魔法少女ってところか。

 少女の大人の対応に、影ながら感謝の念を送る僕。

 

「怪しい契約を、私に持ちかけてきたわね」

「契約? そう、よね……キュゥべえが見えるってことは、あなたも魔法少女としての素質を備えていることになる……」

 

「そんなことほざいていたわね。魔女を倒すだとか願いを何でも叶えるだとか、胡散臭い事をペラペラと。まぁ当然、断ってやったわ」

 

「確かに、簡単に信じられる話ではないでしょうけど、キュゥべえの言っていることは本当よ。それは私が保証する――なんて言ってみても、あなたが魔法少女になるのを断るのは自由よね。私が口を挟む権利はない……」

 

 と、そこで戦場ヶ原から視線が僕に移り、訝しげな目で見つめられる。

 怪訝な顔をして考え込む少女。そしてくまなく僕の全身を観察すると、小首を傾げながら、信じられないといった面持ちで質問してくるのだった。

 

「男の……人よね?」

「そりゃ勿論」

 

「…………もしかして……あなたも、キュゥべえが見えているの?」

「はぁ、この白い小動物のことなら見えてますよ」

 

「嘘!? なんで? どうして!?」

 

 僕の言葉にびっくりした様子の魔法少女。

 ああ、そっか。キュゥべえは普通の人間には見えないってのは、やはり魔法少女の間でも通例なのか。キュゥべえが淡白な反応しかしないもんだから気にしていなかったが、これは異例の事態らしい。

 

 ただ、どうしてと言われても、なんて説明したものやら。吸血鬼のことを話してなんていられないし……。

 

「ええ、まぁ、僕、霊感強いんで」

 

 結果、適当にお茶を濁す感じではぐらかすことにした。

 

「…………そう……こんなこともあるのね。これからは、気をつけないと」

 

 その言葉に納得しかねる少女ではあったが、僕にキュゥべえが見えるのは事実だったので、認めるしかなかったようだ。

 

 

「それは、いいとして――」

 

 仕切りなおすように少女はそう言うと、再び戦場ヶ原に向き直り、怒気を漲らせて問い掛ける。

 

「あなたが、魔法少女に対し懐疑的な気持ちを抱くのは理解できるけど……それでなぜキュゥべえがあんなに酷い仕打ちを受けたのか、その理由がわからない。断るのなら口で言えば済む事だし、あそこまで残虐なことができるなんて、異常よ。返答次第ではあなたを許さない。その覚悟をもって説明してもらえるかしら?」

 

 うん、全くの正論だ。

 あの拷問も、ほぼ戦場ヶ原の屈折した夢を実現させる為だけに行われた、悪趣味な行為でしかないのだし、そこを責められれば返す言葉もない。

 

「あなた、年齢は?」

 

 だがしかし――その追及には取り合わず、妙な質問を返す戦場ヶ原。

 相も変わらず、言動が読めない。いったい何を考えている?

 

「は? そんなこと今は関係ないでしょ!」

 

 唐突な質問に少女は戸惑いを示すも、当然そんな質問には答える必要はないと、突っぱねる。

 更に彼女の怒りを買っただけだ。

 

「私の名前は、戦場ヶ原ひたぎ。私立直江津高校三年、17歳」

 

 戦場ヶ原は脈絡もなくお構いなしで自己紹介を決行する。

 

「で、あなたは?」

 

 渋った表情で、逡巡してから――その少女は不承不承に口を開く。

 

「…………巴マミ……見滝原中学……三年……………14歳」

 

 根が生真面目過ぎるのだろう。

 名乗られたからには名乗り返す。礼儀を重んじることは美徳だが……今回に限っては礼儀を尽くす必要性はなかったんじゃなかろうか。

 

 まぁ兎にも角にも、少女の情報が手に入ったわけだけど――巴マミっていうのか。しかも14歳で年下……ずっと同じぐらいの年齢だと思ってたのに。まさか中学生だったとは驚きだ。

 

 僕が言うのもなんだが、変わった苗字だよな。苗字が名前みたいな響き。

 年下の子を苗字で呼び捨てすることに、特に抵抗はないけれど、『巴』だけだと、下の名前を呼び捨てにしてるみたいで僕的に違和感があって気持ちが悪い。

 

 年下だけど――あまり親交もない相手だし、ここは『巴さん』と無難に呼ぶことを心の内で決定付ける。

 

 あと、見滝原といえば、隣町にそういった地名があった気がする。僕の住む町よりもかなり栄えた地方都市で、開発が盛んに行われているところだ。

 

 というか、魔法少女の素性って普通、秘密なんじゃないのか? 一般人には知られてはいけないお約束。

 まぁそんなのは漫画やアニメの勝手な設定なわけだし、そういった制約はないのか、戦場ヶ原に押し切られ、已むなくバラしてしまったのか。僕達がもう一般人じゃないと見做されたのか。

 

 

 う~む……改めて巴さんを観察する僕。

 

 これで……火憐と同い年なんだよな、この子。あいつは上背が高いが、妙にガキっぽいからな……彼女が醸し出す大人びた雰囲気と相俟って、到底同じ年とは思えない。

 優雅で気品があって、年齢以上の貫禄を身に纏っている。

 

 うん、此処まであえて言及しないように頑張って自制してきたけど、もう限界だ。

 

 特に胸の辺りの自己主張が激しすぎる!

 

 いや、『胸』などと、常識人ぶった言い回しをするのは卑怯だ。僕はそんな迂遠な言い回しで言葉を濁す、矮小な男ではない!

 

 敢えて言おう。『おっぱい』であると!

 

 なんだあれは。中学生で、あの豊満さ……たしかに僕は、それに匹敵するであろうおっぱいの持ち主を二人程知っている。が、一人は人外なので除外しよう。もうあの頃の姿に戻ることはないしね。

 

 残る一人は、勿論あの素敵眼鏡の三つ編み委員長さんだ。

 あれこそ本物だと、僕は信じて疑わない。だけど、どうも着やせするタイプなようで、制服の上からでは、その凄まじさは伝わらない。

 

 けどこの巴さんは違う! 腰元を絞めるコルセットがおへそ辺りのラインを引き絞る関係で、もうこれ見よがしに双丘が強調されているのだ! いや、これは彼女のポテンシャルを更に引き出す相乗効果といえよう。

 これが今時の中学生なのか? 発育が良すぎるだろ!

 

 いや、今の不穏な雰囲気の状況化で、我ながら、何を語っているのだろうか。

 

 で、結局、戦場ヶ原が年齢を訊いた理由はなんなんだ?

 意識を戻して、彼女の言葉に耳を傾聴させる。

 

 

「よね。巴さん。私の方があなたよりも年上。なら、それ相応の言葉遣いがあるんじゃないかしら?」

 

 言質を取った戦場ヶ原は途端に先輩風を吹かせ、年上としての特権を最大限に利用し始める。

 年下と確信があった上で訊いたような感じだったし、どこで見抜いたのだろう?

 

「……そう……ですね……失礼しました、ごめんなさい」

 

 戦場ヶ原の理不尽な言い分に、思うところはあるのだろうが、出かかった言葉を押し留め、謝罪してしまう。

 けど、巴さんは本来下手になる立場ではない。もっと高圧的な態度が許される立場のはずだ。謝る必要なんてないんだ! 騙されちゃいけない! 

 僕は心の中で声援を送る。 

 

 しかし、こんな険悪極まりない状態で、上下関係を構築させた戦場ヶ原ひたぎの悪辣な手腕には驚きを禁じえない。こいつだけは敵に回したくないと心の底からそう思う。

 

「で、あの獣を虐げた理由? 理由も何も、あいつの存在が気に食わなかった以外ないわよ。ったく、飼い主は巴さんなのでしょう? ならペットの躾ぐらいしっかりとして、首輪にリードでもつけて繋いどきなさい。私の周囲を嗅ぎ回られていい迷惑よ」

 

 逆切れとも言える戦場ヶ原の言い分に反省の色はまったくといってないようだ。

 

「キュゥべえはペットじゃなく、友達です」

「友達? そう言えばさっきも言ってたわね、聞き間違いかと思ってたわ」

 

 侮蔑を含ませた声音で嘲笑するように戦場ヶ原は言う。

 

「キュゥべえは私の大切な友達――」

 

 再度巴さんは力強く言い直し、

 

「――それを揶揄するのは許しません、もとより友達を理由もなく傷つけたあなたを、もう許すつもりはないですけれど」

 

 もう怒りで自制心も限界に近いであろう巴さんに向け、戦場ヶ原は構わず捲くし立てる。

 

「人の交友関係に口出しするのはどうかと思うのだけど、こんな獣が友達って、あなた気は確か? 友達は選ぶべきよ。というか他に友達いないんじゃないの?」

 

 これには、巴さんも怒りが爆発して、襲い掛かってもおかしくない場面だと、僕はそう身構えていたのだが……事態は此処から、予想だにしない方へと転がっていく。

 

 

 

「そ、そんな事ないわ。クラスには一緒に話す友達だって……いるし――」

 

 なぜか困惑した様子で、視線をさ迷わせる。それから、しばらく逡巡し、何か思い当たったのか、両手を合わせ、仄かに表情を綻ばせる。

 

「――そう先日、後輩が二人、私の家に遊びにきてくれたもの! 一緒にケーキを食べて、いっぱいお話して、もうすっかり仲良しになったわ」

 

 その二人を思い浮かべたのか表情が和らぎ、とても魅力的な笑みを浮かべる。

 

「ああ。まどかと、さやかのことだね」

 

 それに続いて、巴さんの足元に身を寄せているキュゥべえが補足説明を入れた。

 

 いや、入れた事によって、その話の意味合いに余計な付加要素が加わってしまった、とでも言うべきか。

 キュゥべえがその後輩という二人の名前を、親しみの込められた声で発したって事は、つまり……。

 

「その後輩ってのは、あなたとも顔見知りなのかしら、キュゥべえ」

 

 戦場ヶ原も当然それに気付いており、キュゥべえに説明を求めてしまう。

 

「うん、そうだよ。鹿目まどかに、美樹さやか。君と同じく――彼女達もまた、魔法少女になる資質を持った女の子達だ」

 

 と、情報保護の観点などものともせず、簡単に詳細を明かしてくれるキュゥべえだった。口が軽い。

 

「へぇ、そうなの」

 

 キュゥべえの言葉と、巴さんの言葉を寄り合わせた末、戦場ヶ原は一つの予想のもと喋り出す。

 

「先日って、知り合いになったばかりってことよね。その子達が家を訪れ、遊びに来た。知り合って間もない後輩達が、家に……ね。いったいどんな楽しいお喋りをしたんでしょうね。あぁ、そういえば、その子達って魔法少女ってのになれる逸材なのよね、すごい偶然ね」

 

 はっきりとは言及せず、遠まわしに厭らしい言い回しで巴さんを嘲弄する戦場ヶ原。

 

「そ、そうよ。それの何がいけないの!? 運命的な出会いよ! 一緒の中学に通う後輩が、魔法少女になって共に戦ってくれるかもしれないなんて! そんな未来があるかもしれないなんて素敵じゃない!」

 

 それに対して、今まで見せたことがない剣幕で言葉を紡ぐ。しかし直に、自分の熱の入りように我に返ったのか、

 

「……まだ、決まったわけじゃないけど」

 

 と小さく付け加える。

 

「勿論、その後輩って子達とは毎日、メールや電話でやり取りする間柄なのよね? 仲良しこよしのお友達なんでしょ?」

 

「え?」

 

「してないの?」

 

「……知り合って間もないし……まだ連絡先も……訊けて、ない…………」

 

 口ごもりながら、尻窄みな声で巴さんは言う。

 

「え!? 嘘。連絡先さえも知らないっていうの!? それで友達っ!?」

 

 口元を押さえ目を見張り、大仰に驚きを顕わにする戦場ヶ原だが、その言葉も動作も全てがわざとらしい。

 

「違っ……、だ、だって……!」

 

 弁明しようとするも、巴さんの言葉は続かない。

 

「あなたが友達と定義付けるのは自由だけど、家に訪れたぐらいで友達になったと結論付けるのは早計ではないかしら。勝手に友達面されて、その後輩達もいい迷惑でしょうね」

 

「……そ、そんなことは……ないはず……だわ。あんなにも私のことを慕ってくれてるし……」

 

 食い下がってどうにか釈明しようとする巴さんに向かって、戦場ヶ原は端的に言い放つ。

 

 

「もしかして。あなた、ぼっち、なの?」

 

 

 そう言った。いや言ってしまったというべきか。

 

「は……はは……ぼっち……? ううん……ぼっちなんかじゃ……ない……うん。違う、そうじゃない」

 

 必死になって取り繕おうとしているが、見ている僕が痛々しく思うくらい、その表情は引き攣っている。

 余裕のあった優雅な雰囲気は――完全に消失していた。

 

 

 駄目だ。戦場ヶ原の毒舌は、こんな純真な女の子が浴びせられていいものではない。毒素が強すぎる。

 もう僕から見たら、高校生が中学生を苛めているようにしか見えない。

 キュゥべえを助けてやる義理はないが、巴さんは違う。寧ろ、かなり常識のある善良な中学生じゃないか。魔法少女なんて役割を担っているのかもしれないが、保護されて然るべき存在だ。

 

 

 戦場ヶ原に歯向かうことになるが、仕方ない。

 

「おい、戦場ヶ原。そもそもお前が言えた話じゃないだろうが。お前だっていつも一人でいるし、友達いないんじゃないのか!?」

 

 巴さんを友達がいないみたいに言う戦場ヶ原だが、こいつだって似たようなもんだ。棚上げも甚だしい!

 そして、その戦場ヶ原を責める僕さえも、そんな事を言える筋合いはない。

 僕の友達は一人だけだ。そう一人。

 最近一人、掛け替えのない友達ができたのだ! だけど零と一ではまったく違う!

 

「はっ。友達なんて要らないわ。“いない”ではなく“要らない”よ。阿良々木くん。そこを勘違いされては困るわね。それに、そんな上辺だけの提携関係を結んでも、人間としての弱みが増えるだけじゃない」

 

 やばい、まさかこんな身近に、僕の有した『友達を作ると、人間強度が下がる』と同じ主張をする、人間がいるとは! いや、僕はもう羽川に諭され、その理論から脱却することができたのだけど。

 

 

 あ、まずったな……。

 

 戦場ヶ原に酷な事を言ったと、遅まきながら思い至る。失敗した。

 彼女はおいそれと、他人と触れ合うことが許されない身体なのだ。彼女は『重さ』の秘密を死守するために、自ら交友を拒絶しているのだ。これは、本心ではない、戦場ヶ原の方便とも考えられる。

 

 それについては、後で正式に謝罪することにしよう。

 

 

 さて、巴さんの様子はと――窺ってみると、巴さん未だ消沈したままで、

 

「――だって、友達が居ないのは、魔法少女としての責務があって……魔女退治や見回りが大変で、遊んでる暇なんて……せっかくのお誘いも、断るしかなくて、私だって好き好んで、一人でいるわけじゃ……クラスには気遣って声をかけてくれる子もいるけど、なんだか……施しをうけているみたいで……いつも教室では寝たふりをして……でも魔法少女のことなんて誰にも話せない……でも、やっと、本当の私を……打ち明けることができる、後輩ができた…………けど、連絡先も知らない……ううん、何度も訊こうとしたけど、自分から訊くのが恥ずかしくて……意地張って、格好つけてただけで…………あれ? おかしいな……私って……私って……」

 

 

 独り言のようにブツブツと呟いている。だけど、声が小さすぎて僕にはよく聞き取れない。

 

 そんな巴さんを尻目に、戦場ヶ原がキュゥべえに声を掛ける。

 

「そこの白い畜生」

「それは僕のことでいいのかな?」

 

「巴さんとあなたはお友達なのよね?」

「そうだね、それがどうかしたのかい?」

 

「巴さんが勝手に友愛の情を抱くのはともかく、お前に友情なんて概念がほんとにあるのかしら?」

 

「僕の使命の一つに魔法少女のサポートが含まれるから、行動を共にする機会は多いのは確かだよ。それをパートナーと呼ぶことはできるし、友達と言い換えてもおかしい話じゃない、だから僕がマミと一緒にいることで――」

「そんな事は訊いていないの――」

 

 キュゥべえのおためごかしを遮り、

 

「キュゥべえ。“あなたが巴さんを、友達だと思っているか”そう訊いているの。それだけを訊いているの」

 

 それ以外の答えは必要ないと、戦場ヶ原は限定してキュゥべえに問い質してしまう。

 

「ん~生憎、何とも言えないね。僕としては個人で如何様にでも解釈してくれて構わない、僕からは特に異存はないし、断るつもりはないよ。だからマミが友達というのなら、友達で構わない」

 

 あー……言ってしまった……この生命体が空気なんて読める訳なかった! 人間の機微で繊細な感情を理解できるはずがなかった!

 当然それは巴さんの耳にも届いているだろう。大切な友達と言っていた相手の『無感情』な言葉を。

 

 信じていた友達の言葉に――巴さんは既に放心状態で……。

 

「ねぇ巴さん――巴マミさん」

 

 戦場ヶ原が名前を呼ぶと、微かに反応を示し、顔を上げた彼女に向け――まざまざ現実を見せつけるような染み入る声音で戦場ヶ原は告げる。

 

「一方の都合で友達と言い張るのは自由だし、あなたがそこまで強く言うのなら、友達なんでしょう、けど――」

 

 言葉を区切り、巴さんの耳元に顔を近づけると、戦場ヶ原はそっと囁いた。

 

 

 

「――それって本当に、友達?」

 

 

 

 惨禍を撒き散らす悪しき者。負の感情を増大させる災厄。

 魔法少女と対立する敵対者が『魔女』と呼ばれるというのなら、戦場ヶ原こそ『魔女』と呼ぶに相応しい存在ではないのか……なんて、そんな感想を抱いてしまう僕だった。

 

 

 


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