【完結】孵化物語~ひたぎマギカ~   作:燃月

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ハッチ(hatch):【孵化する】【企む・目論む】


こよみハッチ~その9~(Suleika)

~069~

 

 闇と同化することで、全ての攻撃を無効化することが可能――対抗手段である光がなければ、この魔女を実体として捉えることはできない。だというのに、『影の魔女』の結界の影響を受けたこの空間内では、どうやっても光を生み出すことができず――歪な状態で干渉し合った魔女の結界からは、脱出することさえできない。

 

 不幸中の幸いとして、魔女は自身の性質である『妄想』にご執心のようで、此方から攻撃を仕掛けない限りは安全ではあるのだが――それでも現状を理解すればするほどに、置かれた状況の悪さを痛感することになる。

 

 正に八方塞がり。打つ手がない。

 

 だからと言って、何らかの行動に移らなければ――打つ手がなくとも、一か八かで打って出なければ――一生この結界の中に閉じ込められたまま。待っているのは『死』という現実だけだ。

 

 助けを待つという選択肢もないわけではないが、それはやれることをやってからの最後の選択。

 

 

 そうして、僕と巴さんが無理矢理絞り出した窮余の一策は――これだ。

 

 

「ティロ・フィナーレ!!!」

 

 最大火力の魔法砲撃。

 実弾ではない純粋な魔力放出による熱量攻撃だからこそ、実体で捉えることが出来なくとも、闇と同化した魔女にダメージを与えられる可能性は十分ある。

 

 いつぞやの、キャンディ頭の魔女を相手にした時よりも更に巨大な固定砲台から、耳を劈く轟音が響き渡り、撃ち出され魔力の奔流が魔女の全身を撃ち貫いた!

 魔力を込める時間は幾らでもあったから威力の程は申し分ない。

 

 

 けれど結果は……。

 

「マジかよ…………」

 

 本来なら、凄まじい閃光を伴って貫くはずが、やはりこの空間内では光に成りえず……予想していなかったわけではないが、魔女は全くの無傷。

 

 そしてあろうことか、あらん限りに魔力を注ぎ込んだ巴さんの必殺技に、魔女は一切の反応を示さなかった。

 

 反撃を想定し、僕は杏子を抱え(例によってお姫様抱っこである)いつでも逃げ回れる態勢で待機していたのだが………相手にもされていない。

 

 魔女の反撃がなかったことに安堵している部分もあるが――それよりも、僕達がどう足掻いたところで無駄だと言われているようで、これは相当にショックがでかいぞ……。

 

 いや、ショックの度合いで言えば、僕よりも巴さんの方が大きいはずだ。

 

「ごめんなさい……力及ばない結果になってしまって……」

 

 巴さんがか細い声で、謝罪の言葉を口にする。

 渾身の一撃が不発に終わったことで、体力的にも精神的にも憔悴し切っているようだ。

 

「謝る必要なんてないって。寧ろ巴さんに頼っているだけの、僕の方が謝るべきだ」

 

 ほんと情けない。ここにきてから僕が役立ったことは一度もないもんな……。

 

「いえ、そんなことは……」

 

 巴さんは気遣って否定してくれるけれど、自分自身に嫌気が差す。己の不甲斐なさに恥じ入るばかりだ。

 

 なればこそ、ここら一つ汚名返上といきたい。

 

「まぁ、次は僕の方でやれることをやってみる。巴さんは休んでて」

 

 僕は努めて軽い口調でそう言って、杏子をゆっくりと地面に寝かせてから、自分の頬を挟み込むように力一杯叩く。

 気合注入の為の軽い儀式みたいなもんだ。

 

 よし。これで覚悟はできた。

 

「阿良々木さん?」

 

 僕のその発言と奇異な行動に、巴さんが不思議そうに首を傾げ――何をするつもりなのかと、言外に問いかけてくる。

 

 ただ、僕はそれには気付かない振りして、巴さんから少し距離を取ってから“交渉”に取り掛かった。この作戦を巴さんに知られることは避けたいのだ。反対されるのは目に見えている。それはもう間違いなく。

 

 

 

「忍」

 

 巴さんには聞こえないよう声量を抑え、影に潜む半身の名前を呼ぶ。

 

『なんじゃ我があるじ様よ?』

 

 呼びかけに応じ、忍が直接脳内に語りかけてくる。

 まぁ、要件は一つだけなので、単刀直入に僕は言った。

 

「心渡を貸してくれないか?」

『ん? 貸すのは別に構わんが、どうするつもりじゃ? 幾ら心渡が類稀なる妖刀と言えど、傷をつけれんことには、効果の程は見込めんじゃろうよ』

 

 当然、忍もこの致命的な問題に気付いていない訳もなく、僕に説明を要求してきた。

 んー、借りる立場なんだから、忍には話しとくべきか。

 

「えっと、簡単に言うと、“肉を切らせて骨を断つ”みたいな?」

『は? 何を言っているのかようわからんが……』

 

「あの魔女って、攻撃を仕掛けてくる時、部分的にだけど実体化するんだよ」

『ほう、して?』

 

「だからさ、捨て身でわざと相手の攻撃を受ければ、その箇所は実体になってるはずだろ? そこを心渡で一刺しすることができりゃ、活路が見いだせるんじゃないかと思って」

 

『………………………………のう、お前様よ。自分の言っている言葉の意味をちゃんと理解しておるか?』

 

「ああ、そりゃな。かなり無茶な作戦だってことは解かっているけど、この吸血鬼状態の身体なら何とかなるだろ。他に有効な方法も思いつかないし、多少の痛手は止むを得ないさ」

 

『はぁ……………………お前様は本当にアホじゃの』

 

 忍が心底呆れたように言う。

 

『身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれとも言うしの。まぁ確かにそれならば、どうにかなるやもしれん』

「そうか? お前にそう言って貰えるなら、心強いぜ。んじゃ悪いけど、心渡を頼む」

『いや、それには及ばん』

 

「あ? それってどういうことだ?」

 

 と、忍に真意を問い掛けたところで――

 

「阿良々木さん。どうかされたんですか?」

 

 ――巴さんが近づいてきてしまった。

 

 流石に、話が長引きすぎてしまったようだ。

 そりゃ、巴さんから見れば、何をするでもなくただぼーっと突っ立ているようにしか見えないもんな。気にもなるだろう。

 

 困った。まだ忍との交渉は済んでいないのに。

 というか、あれは断られたのか? 

 

 何にしても、ちゃんと忍の言わんとした意図を確かめたいところだ。

 そうなってくると、巴さんにも軽く事情説明しておくべきか。

 

 無論それは『肉を切らせて骨を断つ作戦』の方ではなく、忍と交渉中である事について――この状態で忍との会話を続行させると、僕がぶつぶつ独り言を喋っている危ない奴になってしまうからな。

 

「ちょっとね。忍と意見交換していたところなんだ」

「しのぶ……とですか?」

 

「あ、そっか。名前はまだ教えてなかったっけ。忍野忍――以前話した元吸血鬼のことなんだけど、覚えてる?」

 

「はい。勿論覚えています。伝説とまで謳われた伝説の吸血鬼。今は確か、阿良々木さんの影の中に封じられているんでしたよね?」

 

「そうそう。そいつと今、話していたところなんだ」

「あ、すみません、お話し中に割り込んでしまって」

「いやいや、いいっていいって」

 

 ややこしい僕と忍の関係というか、あの春休みの出来事については既に話したことがあったで、これだけで察してもらえたようだ。

 

「まぁそういうことだからさ、ちょっとの間独り言みたいな感じで喋ってるけど、別に気にしないで」

「はい、わかりました」

 

 巴さんからの了承が得られた所で、僕は再度忍に問い掛ける。

 

「で、忍――さっきの話の続きだけど、どういうことだ?」

 

 密談を続けるのは、なんか巴さんに失礼だし声量は普通に戻しておく(巴さんに忍の声は聞こえないけど)。

 聞かれたくなかった作戦内容については、もう忍に伝えているので問題もないだろう。

 

 

『のう、我があるじ様よ。儂がお前様に同行すると言った時の言葉を覚えておるか?』

 

 僕の問いに対し、忍は質問で返してきた。

 

「ん? あん時は結構色々なこと喋ってたし……んな漠然と言われても」

『なら“同行理由”と言い換えてみたらどうじゃ?』

 

「………………うーん」

 

 しばし思索に耽るも、これといった回答が出てこない。

 

『なんじゃ、あまりピンときとらんようじゃの』

「うん、悪い。降参だ」

 

『別に勝負しとったわけでもないし、降参されても困るんじゃが――お前様よ、覚えておらんかの? 儂の目的――同行理由は“グルメ旅行”じゃよ』

 

 グルメ旅行? なんじゃそりゃ?

 所謂、食べ歩きみたいなもんだよな?

 

「んな、ドーナツにしか興味ない奴に、グルメ旅行とか言われても」

 

『違う違う、確かに儂にとってドーナツを食すことは無上の喜びじゃが、それとは別に、食してみたいものがあると言っておいたはずじゃろ?」

 

 と、そこまで言われてようやく察することができた。

 

 ああ、確かに言っていた。一度ぐらい食してみたいとかなんとか。

 

 忍にとって、ドーナツは嗜好品であり、『食事』とはまた別種の枠組みである。

 そして、忍が好んで食すものなど限られている。大別すれば、二つしかない。

 

 一つは、『人間の血液』。吸血鬼が吸血鬼たる所以。

 ただ、忍野によって“体質改善”された今の忍は、僕の血液しか摂取することができないので、故に、今回忍が目当てにしている食してみたいものもとは、つまり――

 

「魔女、か」

『そういうことじゃ』

 

 そう。忍は怪異を喰らうのだ。

 魔女も怪異の範疇なのだから、当然、忍にとっては食糧に分類される。

 

 しかし……本気だったのか?

 あれは同行するにあたっての、尤もらしい理由付けなんだろうと、そう理解していたのだが…………。

 

『よい機会じゃからな、あの魔女は儂が頂くことにする――お前様の獲物を横取りすることになるが、それでも構わんかの?』

 

 いや、そうか。これもまた“尤もらしい理由付け”なのか。

 僕の無謀な作戦を止める為の口実であり、自分勝手な我儘であるという意志表示。

 

 忍は、事あるごとに自ら率先して人間側に肩入れすることはないと言っていたから、その体面を保ちつつ、婉曲的に魔女退治を引き受けてくれたのだ。

 

 感謝の言葉が湧き上がってくるが、それはぐっと抑え込んでおく。

 それを口にするほど、野暮な事もない。

 

「ああ…………それがお前の目的だしな。構わないよ」

 

 まさか、忍自ら魔女討伐に乗り出してくれるとは思いもしなかった。

 ただ、そうは言ってもだ。

 

 

「忍、勝算はあるのか?」

『む? なんじゃ、儂が後れを取るとでも言いたいのかの?』

 

 心外だとばかりに忍は言う。

 

「そういう訳じゃないけど、だって……相手は闇と同化するんだぜ」

 

 幾ら忍とはいえ、こんな無敵の魔女相手にどう戦う?

 実体なき相手にどう、牙を突き立てるというのだ? それこそ“歯が立たない”。魔女を食べようにも、忍お得意のエナジードレインが使えないのではないか? 

 

 が、僕の憂慮を余所に――

 

『たかが闇と同化するぐらいなんだというのじゃ?』

 

 ――忍は平然と言い切る。

 

「……お前な……それに僕達がどれだけ苦しめられていると…………でも、そこまで言うのなら、何か妙案でもあるのか?」

『妙案もなにも、普通に』

 

「…………普通にって、何が普通になんだよ」

『じゃから、普通に闇から引きずり出せばよいだけの話じゃろ』

「……………………はい?」

『お前様よ。何か心得違いをしておるようじゃの。闇と同化するだけで、無敵など片腹痛いわ。そんなもの、儂が数多所持するスキルの一つに過ぎんぞ』

「ああ、確かに言われてみればそりゃそうだったな」

 

 こいつは吸血鬼で――それも怪異の王とまで称された伝説の吸血鬼ではないか。

 無用の心配だったというより、僕の発言は忍の力を軽んじる失礼極まりないものだったのだ。

 

 いや、でも待て。 

 忍の自信満々な雰囲気に流されかけたが、一抹の不安は残る。

 

 比類なき吸血鬼――

 鉄血にして熱血にして冷血の吸血鬼――

 怪異殺しの怪異の王――

 

 そんな数ある肩書きも、残念ながら過去の栄光に過ぎない。

 

 僕が中途半端な吸血鬼もどきであるのと同じく、忍もまた中途半端な吸血鬼もどきなのである。

 

 元吸血鬼。

 伝説の吸血鬼の成れの果てにして搾りかす。

 それが今の忍野忍だ。

 どうしようもなく、どうしたってそれが現実だ。

 

 まぁ、僕が吸血鬼化していることに伴い、必然的に忍の吸血鬼度も上昇している訳ではあるのだが、それでも、全盛期の力には程遠い。

 

 吸血鬼としてのスキルだって、弱体化していることを念頭に置かなければならない。

 そこら辺の勘定を忍が考慮していない可能性はあった。

 基本的に、大ざっぱで己の力を過信する傾向にある奴なのだ。

 

「そうだ。もう少し、血を吸っておくか?」

 

 魔女退治に参戦するにあたって、人間味を僅かに残す程度に――ほぼ限界値ぎりぎりまで吸血鬼度を上昇させてはいるが、それも時間経過とともに減少していく。

 その減った分の吸血鬼度を取り戻すため、もう一度チューニングしておこうと言う提案である。

 

 万全を期すに越したことはない。

 

 しかし――

 

『今の状態でも十分じゃと思うが』

 

 当の忍はこの反応。

 

「いや、でもな…………」

 

 食い下がろうとしたが、その先の言葉を言いよどむ。

 

 これ以上続けると強要になってしまいそうだ。

 

 忍は今現在、僕の事を主人として見定めている。僕が否定しようともそれに意味はない。

 吸血鬼の主従関係は絶対であり、立場的に僕が命令という形をとれば、強制的に従わせることは可能なのだが――それは避けたい。というか僕個人の心情的な都合で、ただ単に嫌なのだ。

 

 ここは忍の力を信じるべきか。

 でも忍の無事を願うのなら強権を奮うことも止むを得ないか…………そんなことを唸りながら考え込んでいると――

 

「あの、阿良々木さん」

 

 控えめな調子で巴さんが僕を呼ぶ。

 

「ん? どうしたの?」

「もしよければ、私に協力させてください」

 

 僕が呼びかけに応じると、巴さんは真剣な声音で言うのだった。

 

「協力?」

「はい、私なら大丈夫です。少し怖いですけど、いえ覚悟はできています」

「ん?」

 

 発言の意図が読み取れず、僕は困惑する。

 

「え? 巴さんッ!?」

 

 違った、困惑どころではない! 驚嘆する!

 

 どういうわけか、巴さんは徐に胸元のリボンをするりと抜き取ると――続けてブラウスについたボタン代わりの留め具(フックが付いた横紐)を外していき、終いにはオープンファスナーまで下ろしてしまう!

 当然、ファスナーを下ろしたことで肌蹴た状態となり、鎖骨から豊満なバストまでが露わに(言うなれば花魁が着物を着崩してるみたいな感じ)――どうしたって僕の視線は谷間に釘付けである!

 

 ただここで一つ悲しいお知らせがある。

 物語の語り手として、ここでしっかりとブラの描写をしなくてはいけない場面ではあると重々承知しているのだが――この影絵空間の中では全てがシルエット化しており、幾ら目を凝らそうとも、どう頑張っても細部まで見通すことは叶わないのだ!

 くそっ。なんてこった。こんな千載一遇のチャンスを逃すことになるなんて! 『影の魔女』テメェだけは絶対に許さねぇ!

 

 しかし、見れば見る程に、規格外の大きさだよな。シルエットであろうともそれは一目瞭然だ。

 これで中学生だというのだから恐れ入る。もう畏怖の対象といってもいい……って、危ねぇ! そうだった! 相手が中学生女子であることを完全に忘れていた。

 

 今更ながらに視線を逸らす僕である。

 言い訳になるが、健全な男子ならこんなの誰だって抗えないはずだ。不可抗力であったことはご理解頂きたい。

 

 ともあれかくあれさて置いて。

 

 なぜ巴さんはいきなり胸を見せつけてきたんだ?

 協力とはいったいなんぞや?

 

 何が何だかわからない。

 巴さんはいったいどうしてしまったのだろう?

 

 

 


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